「手に入れようとすればするほど、遠ざかるものが欲しい」

『高嶺の花』

 手に入れたいほど美しい、しかし今の自分の位置からは届くことのない場所に咲く美しい花を挿して、そのもどかしさを表した言葉だと言う。

 人間とはなんとも面白い。

 そんなもどかしさをわざわざ言葉にするところも、それを表現するのになんとも的確な言葉を思いつくところも、なんとも奇妙で、しかし面白い種族なのだなと感心した。

 そこから、人間に興味を持ったことで人間について知るために故郷をあとにした。

 両親含め、友人も国の皆も理解などしてくれなかったが、当然のことだ。自分達獣人、人獣は長く人間達に虐げられてきたのだし、今だってそうなのだから理解などしたくないに決まってる。

 だがそれでも、旅は自分の中の世界が広がった。

 人間を含め、様々な種族に出会った。色んな話を聞いて、色んなことを知って、自分の中の世界という認識は、広がり続けて行った。

「どけ! 人獣! それは王に捧げる奴隷だぞ!」

 その旅の途中だった。

 我慢ならなかった。如何に人間が面白い種族とはいえ、同族に首輪がかけられ、手枷をはめられて荷馬車にすし詰めにされて、連れていかれる様を見ていられなかった。

「交換条件と行こうじゃないか、人間。こいつらの代わりに、この俺を連れていけ。見ての通り馬鹿力にだけは定評のある体だ。肉体労働なら俺の方が向いてらぁな。それに人間の文化にも多少なりとも通じてる。何も知らないガキより使えるだろう、どうだ」

「どうだじゃない! そいつらを捕まえるために、俺達が一体どれだけの苦労を――!」

「待て」

 それは人間の女だった。

 このときは夜で、人間は闇夜に紛れるよう黒い防具に身を包んでいたが、彼女だけは金に輝く真白の鎧を身に付けていた。明らかに周囲の人間とは、位が違うのだと自分でもわかった。

 馬から降りた彼女は周囲の誰もが自分と距離を置く中で一人、堂々と真正面に立って来た。

「私は帝国騎士団、スィーリア・ベルクート。女だが、これでも騎士団長の右腕と謳われている者だ。獣人よ、其方の名は?」

「グーガランナ・ディアマンテだ」

「そうか。グーガランナよ、同族が首輪をはめられ、連れていかれる様を黙って見過ごせないという其方の気持ちは、人間である私にも理解はできる。だが、この子達はこの付近の村を襲い、人間を殺し、食物を奪った罪人だ。捕えた以上、わかったと逃がすことはできない。人間の文化に通じるというのなら、犯した罪の重さも理解できるはずだ」

 村の襲撃。殺人。強奪。

 なるほどそれは犯してはならない罪だ。しかも大罪だ。

 だがそれでも――

「なら、俺もまた罪人となろう」

 次の瞬間、グーガランナは目の前のスィーリアの腰に差されている剣を抜きとり、彼女の左腕を両断した。

 突如の事態に遅れて反応した兵士達も次々と斬りつけ、血の惨劇を繰り広げる。最後、無傷で立っていた者はなく、グーガランナもまた体の至るところに剣を突き立てられた状態で片膝をついた。

「襲撃、殺人、強奪……確かにこいつらの犯した罪は重い。だがそれは、おまえ達人間が俺達獣人、人獣にずっとしてきたことだ。俺達が、ずっとされてきたことだ。だから俺だって、見過ごすわけにはいかねぇんだ」

「だからといって、あなたも同じ罪を重ねることは、なかっただろうに……」

「おまえにはわかってるんじゃないのか……こいつらの痩せた頬、体を見ればわかる。何かしらあって、数日間まともに何も食えてなかったんだ。そんな中見つけたその村は、奴らにとって希望だった。だが人間は、獣人であるあいつらに何も施すことなく、奴らは生きるために襲ったんだ。見ろ、今になって、他の誰かを殺したことに怯えているじゃあねぇか!」

 荷馬車に詰め込まれた子供達は、血に塗れた姿で震えていた。

 グーガランナの言う通り、寒さで震えていないことは表情でわかる。人を殺めた自らの手を見て、泣き出す子供までいた。

「こいつらの罪は、人間が今までに俺達にしてきた報復と言ってもいい。こいつらのしたことが罪でしかなくても、こいつらの罪以前に殺された奴らに罪があったのは事実だ。そして、その罪の報復として俺もまた罪を犯した。これで俺を連れていく理由ができただろ?」

「……私もこの怪我だ。部隊は全滅。これでは怪物に荷馬車を壊され、罪人らを逃がしたと報告してもなんら不思議ではないだろうな。辛うじて、その怪物を片腕を引き換えに捕らえた。これでいいか」

「悪いな、女騎士――いや、スィーリア・ベルクート、だったっけか」

「あぁ、よく覚えておけ。私もおまえのことを忘れない」

 翌日、帝国にたった一人で舞台を壊滅させ、罪人を逃がした大罪人たる怪物が運ばれて来た。

 騎士団長の右腕と呼ばれていた女騎士スィーリアは隻腕となり、事実上の引退。しかし彼女たっての希望で、闘技場の剣闘士となった囚人の看守になった。

 担当は、グーガランナだった。

 かの怪物を唯一止めることに成功したと報告を受けた王にとって、彼女を怪物の担当にするのは自然なことだった。彼女はそれを見抜いたが故に、看守になることを望んだのである。

「やぁ、グーガランナ。気分はどうだ?」

「……わざわざ血生臭い場所に来るとは、変わった人間だな」

「今までだって血とは近い場所にいたからな、変わりはない。しかしさすが人獣だな。もうあのときの傷がほぼ塞がっていようとは」

「……おまえは、その腕をどうともしないのか。人間には色々と技術があるんだろ。その中に、義手という手の代わりになるものもあるはずだ。何故つけない」

「斬った本人が心配するようなことか?」

 スィーリアは斬られた左腕に手を伸ばす。

 元々利き腕は右なので生活に支障はないものの、やはり戦闘となると左腕が必要な場合も多い。相手は人殺しや強姦などの罪を犯した、血の気の多い囚人ばかり。両腕共に健全で、銃と剣を備えている看守でさえも、殺されることは珍しくない。

 だというのに、わざわざ危険なところに自ら志願して来た彼女の行動は、グーガランナの理解の外だった。

 彼女もまた「何故だろうな」と答えを返す。だがグーガランナはそのときの表情で、彼女の中に答えはあるのだと理解できた。ただ彼女が言葉にできないだけで、彼女には確かな答えがあったのだと、理解した――いや、察した。

「俺から、何を聞きたい」

「世界だ」

 聞けば、彼女は不運な星に生まれたらしい。

 戦争の最中に生まれ、直後に両親を失って孤児院に引き取られ、青年まで育てられると半強制的に騎士団へ入団。剣術と魔術を徹底的に叩きこまれた。

 そして今の今まで国の防衛の任務のため、帝国の領土から出たことがなく、世界と言うものを知らぬままに、世間では大人と呼ばれる年齢まで年を取ってしまった。

 グーガランナには世界を知る自由があったが、彼女にはなかった。こちらの両親は健在、彼女にはいない。自分には選択肢があったが、彼女にはなかった。

 聞けば色々と、自分と彼女には星の巡りがあったのかもしれない。

 人間とは、意外と不自由な生き物なのだなと、このとき初めて知った。

 それからだ。彼女には自分が見てきた世界というものを教えた。様々な人間、人種、種族、亜人、それらが構築するこの世界と言う理の仕組み。

 長い旅の間で実際に見て、聞いて、学んだすべてを彼女に教えた。

 看守と言う仕事の合間を縫ってのことだったので、一回に語れる内容は薄く、少ない。しかし重ねられる回数は多く、語れば彼女は初々しい反応を見せてくれるので、語ることは決して苦ではなかった。

 時間が流れ、自分の知る世界の形が古いものとなっても彼女は絶えず聞き続けた。

 その姿はまるで、絵本に描かれる未知の世界に憧れる子供のようだった。

 それこそ幼少期、人間達の作る絵本に描かれていた物語から、世界を見たいという好奇心を震わせていた自分の姿を重ねて、怪物は隻腕の女看守に世界を語った。

 いつまでも、いついつまでも。

「其方は本当に、色んな世界を見て回ったのだな」

 いつだったか。彼女は話しの終わりにそう言った。

 そう言われれば、グーガランナの返す言葉は一つだった。

「世界を見て回りたいとは、思わないのか」

「思わない、と言えば嘘になる。だが私はこの国に生まれ、この国を護るための訓練を受け、この国に生かされている身だ。孤児だった私にはそれしか道がなかったし、それしか選べなかったのは事実だが、それでも今日まで生かしてもらっているのもまた、事実なんだ」

「その恩義に報いる、と? 馬鹿馬鹿しい。真におまえのことを思うなら、片腕になったおまえを見た時点で、看守なんて仕事を任せやしない。帝国の人間じゃない俺には、おまえを徹底的に使い潰そうとする非道で、非情な国。そう見えるぜ」

「そうかもしれない。様々な国を、世界を見てきたあなたの言葉だ。其方が言うのなら、帝国とはそういう国なのかもしれない。この国しか知らない私には、否定する言葉が見つからない。だがそれでも、この国が私の母国で、これまで生かしてくれたのはやはり事実なんだ。だから私は、せめて私をここまで育ててくれた分まで、報いらなければならない。そう、思うんだ」

「そうか、律儀なことだな」

「馬鹿馬鹿しいと、思うか?」

 馬鹿馬鹿しい。実に実に馬鹿馬鹿しい。

 国に恩を返す? 報いる? 実にくだらない考えだ。

 確かにその志は立派だろうし、国民一人一人がそんな考え方ならばその国はそう容易く滅びることはないだろう。

 しかしそんな国は存在しない。何故なら皆、故郷たる自国に報いるために生きていないからだ。自国に報いるため、王を担ぎ上げ、国の繁栄を神に祈り、他国を侵す時代はもう終わったのだ。

 彼女のその精神は、もはや時代錯誤と言わざるを得ない。

 だが否定するだけ、というわけにもいかない。

 彼女にとってはこの帝国だけが世界であり、帝国の常識が彼女の常識であり、彼女という人間は、帝国という存在が作り上げたのだ。

 それしかないのだから、それを否定すれば彼女のすべてを否定することになる。

 国に尽くすこと、報いることしか生き方を知らない彼女を否定したとして、ならばどう生きろと言うのだろうか。

 生き方を否定するのならば、それに代わる生き方を提示できなければならない。しかし自分の見た世界が、すべてではない。何より、自分の価値観を押し付けることも正しくはない。

 ならば、グーガランナの取るべき選択は――

「世界を、見に行くといい」

「何?」

「話を聞くのと実際に見るのとじゃ、世界ってのは全然姿を変える。おまえはもっと多くの村を、国を、世界を見て自分の生き方を見つけるべきだ」

「……だが、私一人では――」

「ならば俺が連れ出そう。確かこの闘技場で千回連勝すれば、無罪放免で解放されるんだったな。そのとき、俺はおまえを連れ出そう。おまえに、世界ってのを見せてやる」

「馬鹿な。そんなことできるはずがない。何より、例え達成できたとしても王がその盟約を護るとは限らんぞ。元々囚人を逃がさないため、闘技場の戦いを盛り上げるために作った掟だと聞いている」

「つまり前例がないってわけだな。。実際に千回勝った剣闘士がそのあとで斬り殺されたことはねぇんだろ? だったら、まだ解放されないと決まったわけじゃない。賭ける価値は充分にあるぜ」

「……何故、そこまで。私はあのとき、其方の同族をただ捕まえようとしていただけの一介の騎士だ。事情も聞かず、理由も知らず、ただ命じられるままに動いていただけの女だ。何故私にそこまでしてくれる」

 理由。

 なるほどそれは確かに必要だ。不可欠と言ってもいい。

 あのとき同族を逃がしてくれたせめてもの礼。自分を生かしたまま牢に繋ぐよう王に進言してくれた礼。牢内とはいえ、自分に自由を与えてくれている礼。

 色々あるが、あとは単純に惚れた――と言えればカッコいいのかもしれないが、生憎と彼女に対してそんな感情はない。ならば何か。

 憐れだったからだ。

 これ以上なく、実に憐れな女だと知ってしまったからだ。

 他国を知らず、他人を知らず、世界を知らず、帝国の兵役という約定の中に閉じ込められ、それを当然と思い込むよう教育を施された彼女に、憐れみ以外に何も感じなかったからだ。

 それは故郷の皇国に置いて来た家族にもまた、言えたことかもしれない。

 ただ恐れ、穢れた世界だと罵り嫌い、外へと踏み出そうとしなかった家族。だが彼らは獣人と人獣が他種族に冒され続けた歴史を見続けてきたが故の考えのため、それを否定し切ることはできない。

 だがやはり、世界のことを何も知らず、外のことを何も知らず、無知のままに終わろうとしているのはやはり憐れでしかない。

 どうせなら多くのものを見て、聞いて、感じて、世界という存在を知って終わりたい。

 外に踏み出す勇気とは確かにとてつもなく大きくて、他人に尽くしてもらってもなかなか踏み出せるものじゃない。

 だがそれを踏み出したとき、初めて願えるのだ。

 手に入れようとすればするほど、遠ざかるものが欲しいと思うようになる。

 自分の欲しいものがどれだけ遠い場所にあって、自分はどこにあるものが欲しいのか。世界を知るとは、己を知ることだ。

 そして世界を見たいと思えたのなら、己を知る権利を有したということである。

 あとはその、どうしても踏み込めないあと一歩を踏み込んで、世界へと飛び込むだけだ。しかしその一歩を踏み出すのが、とてつもなく難しい。

 ならば、一人でできないのならば、誰かが連れ出すしかあるまい。

「理由は単純。ここから出たいからさ。んでもって一人旅だと、また面倒ごとに巻き込まれそうなんでな。おまえみたいな話の分かる奴がいると、こっちとしてもやりやすいってだけさ」

「なるほど。確かに私も隻腕では世界に出るのに不安が残る。互いに、利害は一致しているというわけか」

「そういうことだ。おまえは俺を出来る限りサポートしろ。俺は千回、王が言うのなら一万回だって勝ってやる。だから一緒にこの国を出ようじゃあねぇの」

「……それで、私は変わるのか? 私の考え方は間違っているのか、正しいのか。世界を見ることで、私は答えを得られるのか」

「その答えを得るために、俺はおまえを世界へ連れ出す。こんな狭い牢獄の中で、俺が世界の広さを語ったところでそりゃあ、模型を見て現物を想像しろって言ってるようなもんだ。無理な話だ。模型ってのは実際に現物を見て、知った奴が作るもんなんだからな。おまえの答えってのは、前もって作ってある模型なんざねぇ。自分で見て、知って、自分で作り方を学ばなきゃならねぇ。そういう代物だ。おまえにはあるか? その答えを導き出す勇気が」

 未知の物を知る。

 それは好奇心と同時、不安を誘う。

 未知とは恐怖。今までに自分が知り得ないものに出会うのだ。そこに恐怖が無いはずがない。それこそが、新たな一歩とやらを踏み出させるのが難しくなる最大の要因だ。

 だからこそ決めるのは自分だ。誰にとやかく言われたからと言っても、何かきっかけがあったとしても、それでも踏み込むのは自分なのだから。

 手に入れようとしているものの距離を測るには、そこまで歩くしかないのだから。

「……わかった。その要求を受け入れよう。私は其方を、其方は私を利用して国を出る。そのためならばなんでもしよう」

「やっぱりおまえは、話の分かる奴だぜ。人獣と交渉してくれる人間なんざ、今どきそうはいねぇからな」

 そのとき手に取った彼女の温もりは、もう忘れた。

 それが最初で、まさかそれが最後になるなどと思ってなかったから、憶えようとも思っていなかったのだ。

 彼女は約束をした数日後に死んだ。

 自殺だと聞いているが、そんなはずはない。奴は片腕を失っても看守につくくらいの度胸が据わってた奴だった。この怪物と呼ばれる人獣と一人、面と向かって話せる奴だった。

 そんな奴が自殺などするはずがないし、動機もない。

 一瞬、彼女が世界に対して一歩踏み出そうとしたことに臆したのかと逡巡したが、そんな愚考はすぐに捨てた。

 彼女とやり取りをした時間は、自分の人生の中で計ってもあまりにも少ないが、あれだけ印象に残った人間も彼女以外にない。

 彼女に語った世界の数が、彼女が聞いていた世界の数が、彼女が微笑んで、好奇心をそそられるような表情を見せた世界の数は、あまりにも多かったからだ。

 そのときグーガランナという怪物は、己の欲を知った。

 そこからはひたすら一歩ずつ進む日々。

 戦って勝って戦って勝って、戦って勝って戦って勝つ。

 徐々に戦斧の空を切る音は死神の足音と呼ばれ、伸びていく角は悪魔の角と呼ばれ、大きくなる体と外見から、光栄にもかの神獣とされる先祖の名で、忌み名としてだが周囲から呼ばれるようになった。

 だが戦斧を振る度にわかる。相手を倒す度に実感する。

 遠い。とてつもなく遠い。

 手に入れようとすればするほど、欲しいものは遠ざかっていく。だがそれが欲しい。

 気付けば、怪物は自らの欲する者の形と音、そして色を鮮明に編み上げて、心の底から欲していた。故に迷いはなかった。一歩を踏み出す勇気は、すでにあった。

「おい、憲兵。こいつを届けてくれねぇか」

 戦績が九九〇戦全勝まで来たとき、憲兵に賄賂まで渡して依頼した。

 残りの十戦を勝ち上れない可能性だってある。だが、今欲しなければ、踏み出さなければ手に入らない。国を出たそのときと同じ決意を、怪物は固めていた。

 そして半年後、その男は現れた。

「なるほど、確かに怪物と呼ぶに相応しい姿じゃあないカ」

「あんたが外道魔術師か」

「依頼人のグーガランナ・ディアマンテだネ? 他に図体のデカいのもいないし、牛もいないしすぐにわかったヨ。しかしもう少しなんとかならないものかネェ。その体臭は」

「今戦って、勝ったばかりなんだ……大目に見てくれ」

 博士はグーガランナの胸で開いている傷口を凝視する。パックリと空いた傷から肉がのぞき見えて、中から赤い体液を滲みだしていた。

「単刀直入に訊きたい。いつ、はできる」

「埋葬はされていたが、酷い保存状態だった。あそこからDNAを取り出し、ホムンクルスにまでするのには時間が掛かる。最低でも一週間。最悪、半月はかかる」

「そうか……だが、作れないことはないんだな」

「当然だヨ。君は私を誰だと思って依頼したのだネ?」

「なら、いい」

「ま、そのまえにせいぜい死なないことだネ。次はその花嫁からおまえを生き返らせろなんて言われるなんて二度手間でしかないヨ。この国は異種族嫌いなうえに、死んだ奴の供養も碌に知らない野蛮人の作る国だ。人獣のおまえが死んだら森に捨てられるか火にくべられるか、どちらにせよ回収不可能な事態に陥る可能性が高い。故に死ぬナ。これは、依頼を受けるうえでの絶対条件だヨ」

「あぁ、元より死ぬつもりなどない」

「そうかネ。ま、せいぜい頑張り給えヨ」

 こうして、二人の秘密の会合から十日目。ついにグーガランナは千回目の戦いを迎える。

 前人未到の記録に挑む最強の剣闘士の登場に、闘技場全体は観客の声で震え、沸く。

 そして千回目の勝利に挑む者を見届けるため、王アロケインが今まで一度も使われたことのない王族専用の観客席に歴史上初めて腰を据えた。

 怪物は今、欲しいものへと手を伸ばす。

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