39-5 あいつへ届け、小さなこの愛
「ゼルガ様……ご迷惑をおかけしましたが」
「すまないのだよ。前々からユカにも苦労を掛けて」
「今更何を他人事みたいに、ゼルガ様が私の旦那様ですよ?」
――ゲノム解放軍はスカルブを前にしながら、喉元に位置する都市となるクラークを前線の拠点として足場を固め続けていた。ゼルガ自らが陣頭で指揮を執りつつバグロイヤーの勢力を駆除し続けるものの、度重なる戦いは彼だけでなくユカにもオーバーワークを強いらせるものであり、互
「私一人が休んでましたら、ゼルガ様も務めを果たせません。今すぐ前に出ましょう!」
「無理はしなくてもいいのだよ。キース達が代わりを務めてくれているのだよ」
「キース様なら妥当ですが……このままバグロイヤーを押し切れるとは限りません」
「しかしだな……ユカ」
過労で倒れたユカがベッドに横たわっており、ゼルガは彼女の見舞いへと訪れた。自分が健在でなければリキャストが前に出ることは出来ない。直ぐベッドから起き上がってガッツポーズを作って完全に回復したのだとアピールを交わす。それでもゼルガが彼女に安静を促しており、どこか苦しい口ぶりにもなっており、
「ゼルガ様らしくないですよ? 私はゼルガ様の……」
「少し昔を思い出したのだよ……抱きしめると壊れてしまいそうな程脆く、華奢だった頃のユカをね」
「きゅ、急に何を仰って……恥ずかしいです」
流石にユカがわざとらしいと、問いただそうとする間もなく思いっきり抱擁を交わす。何時もの軽い様子は声のトーンからは漂っておらず、ゼルガ自身最愛の妻へと自らの顔を見せようとはしていない。
「あの時もユカは綺麗だった。姿だけでなく心も透き通るように美しかった事は今でも……」
「この血と汗にまみれて手を汚した今でもですか……?」
「どれだけ汚れ、塗れようとも、本当の美しさは永遠に輝くのだよ。私と共に手を汚している筈なのに不思議だよ……」
「そう言われると本当に嬉しいですが……一つだけよろしいですか?」
ユカに心を奪われた物として、華奢でか細い彼女を夫として自分が守り抜かなければならないとゼルガが誓いを立てた――筈だった。けれども実際は戦火の中で自分の為にユカがその身を捧げ、戦いでも夫婦として共に命を賭けあう運命共同体と化した。互いの距離がさらに近くなっているのだと感じ取るものの、
「ゼルガ様も本当繊細な方の筈ですのに、こう強く優しくあられるからこそ素敵ですが……」
突如自分の過去と今を重ねられたうえで称賛するゼルガに向け、ユカも同じような事をあえて触れて評する。最愛の人ゼルガ・サータに非の打ちどころはない――そのように振舞っている上で、本来の彼の姿も知っていた上で訪ねる。年の差もあるが細くて小さな自分の腕で彼に抱き返しながら、
「ゼルガ様、私に打ち明けてください。如何なる事も伴侶の私が受け止めますから」
「私自身、ユカの見舞いとの建前へ逃げている事が情けないのだよ。そう割り切れない事もあるのも言い訳だよ……」
ゼルガの声のトーンがさらに沈み、声量のボリュームも下がりつつある。一度息をのんだ上で自分の気持ちに一度整理をつけると共に、
「兄上が事切れたのだよ……反応がついに途絶えたのだよ」
「……玲也様の為に使命を果たした上ですよね」
「流石兄上だよ、私があの頃何度挑んでも敵わなった戦士として、レクターとして勤めを全うした上でだよ……!」
レクターは事切れた――ゼルガが幼い頃から、武術の師として自分を鍛え続け、自分が挑もうとも勝つことがなかった異母兄・マックスを喪ったと共にゼルガは強く抱き返し、
「兄上らしい立派な最期だった筈だよ……けれども兄上には、兄上にはこれからも!!」
「……ゼルガ様」
ゲノムの命運を背負う王として、ゼルガは格好よく振舞い続けていた。そんな彼が今、兄と永遠の別れを味わった瞬間、それまで押し殺していた自分自身の悲しみを涙と共に明かしていった。たった一人の妻となるユカを前に押し殺し続けた涙を流し、幼子のように声を上げ泣き始めたのだ。
「レクターとしてこうなる事は分かっていたのだがね……汚れなき兄上と違って、既に手を汚した私が何故、こうものうのうと生きて」
「今は思いっきり泣いてください。私も出来る事でしたら一緒に泣きますが……」
マックスが自分の師に近い義兄であり、その上でバグロイヤーと応戦し続けるレジスタンスとして身を投じて命をなげうった。彼と違いかつてバグロイヤーの前線指揮官の立ち位置にゼルガは収まっていた。その立ち位置で地球との相互理解を模索した者の、結果として必要以上の血を流した背景もあって、手を汚した人間だと自虐を交えるものの、
「自分が汚れていると責める事はやめてください」
「す、すまないのだよ……私が汚れているとなれば、ユカも」
私とゼルガ様だけではありません。ベリーさんも、パインさんもみんなゼルガ様の為に手を汚されている筈になります」
ゼルガが泣き崩れる様子に、ユカは妻として暖かく彼を見守る姿勢で受け止めている。彼女が穏やかな笑みで夫を包むように受け止めた上で、ゼルガへの諫言も忘れなかった。
「私たちが何れ責任を取らないといけないと思います。ですがゼルガ様を信じた皆さんがこれからも生きていかなければいけない筈ですよ?」
「……」
マックスの死を受け、ゼルガが感情に走っている――ユカは夫の悲しみを理解しつつも、本来の目的、戦いが終わった後の未来まで見失っているのではないかと同時に諫言も呈した。彼女たちの想いを受け、ゼルガ自身気づかされたような顔つきへと変わる。直ぐ彼女からそっと手を離した上で、直ぐ涙をぬぐい、
「……今の私にできる事は、散った皆の分まで戦い続ける事の筈だよ」
「玲也様が良く口にしていた事ですね」
「……偶然かもしれないのだよ。でもあと少しそうでなければならないのだよ」
「……はい」
好敵手と同じスタンスにたどり着いた上で、目の前の相手へとゼルガはそっと手を差し伸べる。彼女が前へと差し出した手を受け取ると共にユカもすぐにベッドから起き上がった。直ぐに前線へと乗り出す事に対し、互いに躊躇いはなく、
「私はここで止まる訳にはいかないのだよ……玲也も同じ筈だよ」
再度顔を上げて、ゼルガとユカは戦いへと赴いていく。彼の金色の瞳が見据える未来は、生涯最大の好敵手との再会であった。バグロイヤーとの戦いで勝利を制するにあたって、ゲノムと地球が共に手を取り合わなければならない身として、戦いの中で電装マシン戦隊の到着を強く信じ続けていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……」
メディカル・ルームを前にしてニアの足取りが止まる。その上で素早く周囲を見渡して、軽く咳払いをした後に、
「あっ、玲也さ……ううん、玲也が無事で本当良かったです。本当私の為に体を張って必死でしたから……」
突如ニアの口ぶりが変わり、その部屋の先にいると思われる玲也を想定した上でどう接しようか模索する。明らかに彼女が良く知っているお淑やかで控えめな人物を演じるものの、違和感に直面したのだろう、直ぐに首を縦に振り、もう一度咳払いをした上で、
「流石玲也~、私が全身全霊を込めて愛してます玲也は……」
今度は普段から玲也を熱烈に愛している彼女、勿論よく知っている人物を真似るものの、明らかに自分が口にして首を横に振り、両頬を何度もたたく。違和感以上に拒絶反応を起こしかねないと捉えたが――他人から見れば明らかに今のニアが挙動不審な行動をとっており、
「あーもう! 本当、玲也にどんな顔して会ったらいいのよ!! 普段のまま落ち着くのも難しいし……」
『玲也ちゃん、よく寝ているから入っていいわよ~』
「うひゃい!?」
一人ニアがどう接するべきかで模索する中で、部屋の奥からジョイから呼びかけられた。彼の口ぶりからして明らかに先ほどの自分の慌てている様子を知っているに違いない。そう自覚していたからか、思わずニア自身素っ頓狂な声を上げた。そのまま目の前の戸が開けば、一応黙って部屋に入り、戸が自動で閉まるや否や、
『もう~恥ずかしがってるニアちゃんが可愛いんだから♪ やっぱり玲也ちゃんの事がその気なのね~』
「まぁ、あたしも必死でどう合えば……って何勝手に話を進めてるんですか!!」
『静かにしなきゃダメよ♪玲也ちゃんまだ寝てるんだし』
「ご、ごめんなさい……」
直ぐにジョイがニアの慌てふためき、そして何処かときめいている様子を触れており、ニアが紅潮した顔つきで、早々と大声を上げて突っ込む。その後ケロリとした顔でジョイから静かにするよう窘められて、ペースを乱されながらも我を取り戻した後、
「それより玲也は? 疲れが溜まっただけって将軍は言ってたけど」
「まぁ、ニアちゃん達を安心させる為の嘘だけど、実際の所今はそう言っていいかしら」
「……今はって言ってるのが引っかかりますけど、今は大丈夫って事でいいんですか?」
「そう捉えていいわね。マルチブル・コントロールで無理が祟った所かしらね」
機を取り直して肝心の玲也の容態を尋ねた所、ジョイは何時もながらのノリながら“今は大丈夫”との付け加える様子がやはり気がかりであった。マルチブル・コントロールによる影響とニアが察しつつあり、
「メルちゃんも、博士もマリアさんも急ピッチみたいだけど……ワイズナー現象が進めば、脳がやられちゃうわ」
「それじゃあ玲也がもうこれ以上戦えないと!」
マルチブル・コントロールによって引き出されるワイズナー現象は、玲也自身が己の意思を反映させて動かすことに対して、まだ制御を置くことが出来なかった。ウィナーストとの戦いにて無意識にワイズナー現象を発動させる事が続くならば、彼自身にも後遺症のように障害を残しかねないとの事であり、その為にレクターから託されたリミッターを改造する必要があるとの事で、
「けど、あれ改造してどこまで軽減、大丈夫かなんだけど……」
「そんな! だったらいい方法ってのがないじゃん!」
「……バグロイヤーとの戦いを終わらせる事。それが一番の特効薬よ」
「ちょっと、それは……まぁそうかもしれないけど」
ただ改造してもリミッターがその場しのぎ程度で終わり、根本的な問題は解消されない恐れもある。その根本的な問題を解消する最善の方法として、ジョイはバグロイヤーとの戦いを終わらせることを触れた――医者として一見投げやりめいた意見にニアが思わず突っ込むと、
「じゃあ、今の玲也ちゃんを戦いから引き離せって言える訳?」
「それは……」
「プレイヤーとして戦ってる限り、玲也ちゃんのワイズナー現象は収まらないのよ」
ジョイが言う通り、おそらく玲也を電装マシン戦隊が決戦へと赴く中で外される事はない。3機のハードウェーザーを運用できる事が、バグロイヤーとの決戦ではアドバンテージになり得ることもあり、その為にマルチブル・コントロールを会得した彼に頼らざるを得ない矛盾にも直面している。それもあってジョイは戦いから遠ざける事より、戦いそのものに決着をつける事こそ特効薬――現実めいた指摘に対して、ニアは理解した上で、
「あたしとあいつなら絶対できます……バグロイヤーと決着をつけて、玲也のお父さんを見つけ出すんだから!」
「そうそう、その心意気が大事だからさ♪」
ニア自身すぐさま戦いを終わらせるべきと早々に決意を固める。先ほどのあたふたした様子から一転して凛とした顔つきで決意を口にする事にジョイは安心を覚え、席から立ち上がり、
「せっかくだし、ちょっと玲也ちゃんの看病をするついでに留守番お願いできないかしら♪」
「ちょっと! ジョイさんに用事があるとか聞いてないけど」
「用事じゃなくても、缶詰でいると疲れるのよ♪ちょっと息抜きにお茶へ~?」
「あの、ちょっと待ってそれとこれとは話が別で……!」
ニアが真剣な顔つきになるや否や、ジョイは一転して安心したようにメディカル・ルームを後にする。いきなり一人留守番になると共にニアが再び慌てだすものの、奥のベッドから寝息が聞こえると共にそちらへ関心が行く。おそるおそると歩み寄ってカーテンを開いてみれば――見慣れていた彼の姿がそこにはあった。
「よかった……まだ大丈夫そうで」
ベッドの横の三脚椅子へ腰かけると共に、夢の中へと沈む彼へ自然に笑みをこぼす。体から完全に力が抜けたように静かに寝息を立てる彼の様子は、いつもと異なり体から完全に力が抜けて、周囲へ完全に隙が生じた無防備同然――本来、まだ13歳の少年としての自然な顔つきでもあり、
「あんたもあたしも生意気だけどさ……ホント、ありがとね」
布団から出た玲也の右手に対し、白い手にそっと握られると共に感謝の念を素直に述べた。実際彼と面に向かって話す前には、どう振舞うべきかと模索していた様子だったにも関わらず、今の彼女は完全に普段から角が取れたような様子で、彼をなでるような甘く優しい声で自然と呼び掛けていた。
「あんたは本当凄いし恰好いい。何回もぶつかってるあたしだけど、本当信じてる……んだからさ、その……」
とはいえ、玲也の寝顔を見ると共にニアの尖った心が蕩けるように溶かされ、普段内に秘めていた彼女なりの優しさが言葉となって眠りにつく彼に向けて呼びかけられている――が、彼女自身が今蕩けきったような優しい顔つきを自分が更けている事へ、自分自身への羞恥心を自覚するまでに至ったのだろう。思わず言葉が詰まってしまうものの、
「……やったぜ、見たか、見てくれたよな?」
「……寝言、だよね?」
「なぁ、ニア……」
けれども、ニアに自分の手を握られたからか、彼が何度か寝返りを打ったことで意識が僅かながら覚醒を遂げる。それと共に口にした寝言はニアの名前を口にしていた為、当の本人が驚きのあまりか、無意識に彼へ顔を寄せると、
「幸せだ、ずっとずっと幸せだ」
「……!」
その瞬間、眠る玲也へ自分の顔を真っ先に向けら。羞恥を感じて我に返ったはずのニアながら今度は自分自身が今あらぬ方向に向かって行動を起こしており、
「とんでもない事してるけど……あんたがずっとその気ならいいよね?」
一応ニア自身がとんでもない行動に出ている事自覚はあった。それだけの理性はかろうじて残されていた。けれども実際の所既に自分の本能が理性を上回っており、彼女自身寧ろ自分の本心に身を任せても良いと
(エクスなら全然抵抗なさそうだけどさ! あたしだって負けてないからね!!)
ここでエクスを意識するニアの胸の内はのは、彼女と同等の愛情を玲也へと寄せている自覚からかもしれない。彼女と同類と見なされる事に対し、心に住み着くしこりが邪魔をしているようで、一線を踏み越える事が出来ないもどかしさもあったようだが、すぐ首を横に振り、
「あんたの事、大好きなんだからね……! あんたと一緒ならどこまでもあたしついていけるわ!」
自分が一番彼を愛している――ニアは自分の気持ちと向き合うように、小声ながら玲也に向けて自分の気持ちを口にした。同時に深呼吸をかわして気持ちに整理をつけ、勢いよく身を乗り出した所
「ニアさん! まさか貴方が抜け出すとは思ってませんでしたわ!!」
「……」
その瞬間、メディカル・ルームの扉をこじ開け、押し寄せてきたエクスは怒号を上げた。リンに付き添われる状態の彼女は、腹部に包帯を巻きつけておりシーラとの戦いで負った傷が癒えてない。それでも相変わらず玲也への重過ぎる愛に駆られるように突っ込んでおり、
「貴方も既に承知だと思いますがね! 玲也様の為でしたら、たとえ火の中水の中、地震雷火事ニアさんだろうとも!!」
「あたしは自然災害かぁ、あたしは!!」
エクスがニアに対して、相変わらずながらのライバル精神むき出しで突っかかった。その瞬間にニアの恋する乙女としての姿は払拭され、いつもながらのじゃじゃ馬な姿へと既に戻ってしまい、
「私もいます、それに大声を出したら起きてしまいますよ!」
「何だ、メディカル・ルームの割に騒々しいようで……ってなぁぁぁっ!?」
「玲也様、よくご無事でいらっしゃいまして! 私から祝福の……」
「あんたこそ大人しく休みなさいよ!!」
リンが警告した通り、ニアとエクスの怒号が玲也の意識を覚醒させる結果となった。目の前でニアの顔があった事に思わず素っ頓狂な声を上げそうになるも、二人だけと異なり、エクスがその場にいた為に、今までの空気は見事にぶち壊される結果に至る。既にニアがエクスと乱闘を繰り広げている時点で、乙女心と恥じらいを見せていた彼女の姿はないに等しい。
「……リン、何が何だか俺には分からないが」
「あ、あのそのですね……二人ともやめてください! 玲也さんはまだ休まないといけないですよ!!」
「リンさんは、私とニアさんの何なのでして!? 外野が口をはさむ余裕はありません事よ!!」
玲也として3人の中で最もまっとうと思われるリンに事情を尋ねると、彼女はニアとエクスの二人を仲裁して状況を収拾すると選ぶ。何時もながらの彼女の役回りだが、エクスとして玲也の事で競い合っている状況でニアは外野だと一喝されるものの、
「エクスちゃん! 私がニアちゃんの抜け駆けを止めようとしたのも、嫌々やった訳じゃないですよ!!」
「そうそう……ってえぇっ!?」
「あ、あのあたしはまぁエクスを止める気持ちも分かるけど……」
「ニアさんはともかく、リンさんまでとは予想もしませんでしたわよ……いずれにせよ」
「玲也さんが皆さんを大切にするのでしたら、私も玲也さんと一緒にいたいですよ!!」
エクスとして、普段からリンがその気ではない、早い話マークする必要がないと捉えていた様子もあったと見なしたのだろう。彼女の発言に思わずリンのコンプレックスを刺激されたのか、自分にも玲也を想う資格があるのだと言い放つ。実質のライバル宣言にニアはまだしも、エクスが彼女まで警戒すべき相手として眼光を光らせている傍ら、
「そうですよ! 姉さんこそ玲也さんに相応しい相手の筈ですよ!!」
「僕はまだしも、リンちゃんまで苛める事はないよ、行き遅れ!!」
「シャル、それにイチまで……!」
最もイチが姉と玲也の関係を後押しする、二人の仲を取り持とうとする弟としてある意味助け舟と言えた。彼とシャルが共にエクスのエゴを指摘する助っ人として参上するも、そもそも彼らがやってきたことへ玲也は呆然としており、
「いやだって、ドアあけっぱなしであぁもこうも叫んでたら丸聞こえだし」
「まさかハッキングをしかけてくるとは……いや、わしも無事で何よりなんじゃが」
「博士、感心するよりドア閉めた方がいいんじゃないんすか?」
リンがハッキングでメディカル・ルームを開けた為に、エクスが部屋へ乗り込んでいった。そこでニアと騒動が繰り広げられているものの、戸を閉める事を彼女が忘れていた事もあり、それまでの喧嘩模様は艦内に丸聞こえである。そして才人がブレーンへ尋ねたとおり、彼ら以外のの面々もやじ馬のようにが駆け寄っており、
「おー、これがアツアツだっぺか!? ウィン姉ちゃん」
「ラグレー見るな! こうも玲也が色恋にだらしないからだな!」
「玲也の兄ちゃんが、仲良くしてるとダメなんだっぺ?」
「イチャイチャしてると困る……そなたに聞かれると、そのな……」
この騒動の元凶が玲也であるとウィンは堂々と指摘する。彼女としてふしだらな関係を好まない事もあったものの――そのふしだらな関係に対し、まだ幼いラグレーにはよく把握していない様子ではある。彼女に自分が何故憤っているか説明する事も難しかったのだろう。一人かr回りしているように、調子が狂っている様子であり、
「おいら分からないっぺー、ウィン姉ちゃんもアグリカ姉ちゃんも怒るんだっぺか?」
「ラグ坊―、あたしが怒るわけないだろ? ウィンも本命がいるしなー」
「わ、私は玲也に気がある訳がないと……本命とかそういう話では!」
ラグレーからの無邪気な問いに、アグリカは応対しつつも少し悪戯めいた表情でウィンを弄っている。少し彼女が涙目の状態で、自分の本命についてその場では否定しており、
「僕もエクスには嫌だけど、ニアちゃんとリンちゃんなら……」
「シャルちゃん、何か言ったん?」
「違うよ?才人っちの空耳か聞き違いだから」
「そうなん? 何かシャルちゃんが首突っ込まないの珍しいと思うけど」
一方でシャルもエクスへはいつも通りの姿勢で突っかかるものの、どこか達観した様子で眺めている。才人が彼女の本心を微かに聞き取って首を突っ込めば、彼女はサラリとはぐらしており、
「まぁ、僕と玲也君は好敵手だからね」
「シャル姉ちゃんは玲也の兄ちゃんをどう思って……」
「若、そう首を突っ込む事はいけませんぞ。早く持ち場に戻りますぞ」
「爺―、急にどうしたっぺかー?」
「大丈夫です、いずれにせよ若が大きくなれば分かる事ですぞ」
おそらく純粋な興味本位だろう。シャルにもラグレーが首を突っ込んで聞き出している所を、すこし咳払いしつつ、少々強引にアラート・ルームへと連れ戻していった。ラグレー自身明らかに分からっていない様子の為ヒロに尋ねるものの、最年長の彼は何時もながらの様子に少し慌ててもいた。
「そ、そうじゃて。みんな早く持ち場に戻った方が」
「しかし、玲也もなかなか怖いもの知らずというか、そのですね……」
「確かに怖いもの知らずで、どでかい事を成し遂げる大物だがのぉ……」
一足早くこの騒ぎから立ち去るヒロの判断へブレーンが我に返り、この状況下でも警戒態勢に入るようロディは少し懐疑的なスタンスで彼を見ている。プレイヤーとしての腕や素質ではない様子だったようで、
「おいおい、あいつらに言いたいならあたしにいいなよ。パートナーだろ?」
「うむ……ニアとエクスが物騒な女だとは見ていたが、まさかリンまでも大人しいと思えば違うとはな」
「お、おい! それを今言う馬鹿がいるか!!」
アグリカから促された事もあり、ロディが懸念していた事が明かされた。その懸念はニア達3人が揃って性格に難があるとの内容であり、ウィンが真っ先に突っ込むものの、
「私たちが地雷だと言いたいのでして!?」
「あんたみたいなハッタリ野郎にはそう言われたくないわよ!」
「……ニアちゃんと同じこと、私も今考えてます!」
「ま、待て! 余もハッタリ野郎と呼ばれる事とさほど変わらないだろう!? 冷静になって考えてみたらよくわかるだろう!!」
「まぁまぁ落ち着け落ち着け」
ニアとエクスだけでなく、リンですらロディからの突っ込みに思わず反応をして迫りくる。ロディ自身彼女たち3人がろくでもない女だと捉えているのだろう。アグリカの後ろに隠れながらも指摘するスタンスを曲げてはなかった。
「全く、マセガキだかプレイボーイだかをやってるお前が大体の原因だろ?」
「アグリカさんらが、余計騒ぎを大きくしている気がしますが!? ウィンさんも強くうなずかないでください!!」
「余から一つ言わせてもらうが……女はこじれたら怖いぞ、下手すると不発弾を抱きかかえているようなものだぞ!」
「気持ちは分からなくもないですが、ロディさんも今それを言いますか!!」
アグリカは玲也が色恋に対して、いい加減だと茶化す様子に対し、玲也は呆れかえるように突っ込みを交わす。それと別にロディが一応玲也に忠告する意味で警告しているものの、今となれば逆効果のようなものだろう。玲也としては一応怒る気もしないようだったが、
「あぁぁぁもう、貴様らはいい加減にしたらどうだ!!」
「あっ、ウィン! どこ行くの」
「さ、先に部屋に戻る! 馬鹿馬鹿しいにも程がある!!」
この中で生真面目かつ、気性の荒いウィンがとうとうあきれ返った上でキレた。頭に来た様子でメディカル・ルームを後にして飛び出してしまい
「全く、どうしてこうも……あぁも私の迄見せつけられてはだな……」
彼女は自室に向かうと共に辟易した感情を愚痴る。玲也とニア達が巻き起こす騒動に対して、生真面目な性格で呆れているのはまだしも、口ぶりからはどこか羨んでいる本心も見え隠れしていた。自室へ向かうはずの足が途中で止まり、
「私にはそれが出来ないのだぞ! 戦いが終わろうとも元には戻れないのだぞ……!!」
ウィンとして、ハドロイドとしての象徴でもある首元のタグを手にしながら胸の内のうっ憤を吐き捨てていく。彼女が戦うためのこの体から解き放たれる事は決してない。あるとすれば魂そのものだけが抜け出る時だけなのだと。体が震えながらしばらく首を垂れていたが、
「分かっている、既に分かっているはずだが……」
『分かっていない! 分かっていたら何故、何故あぁしてまで……!!』
この葛藤を引きずっていく事が、戦場ではシャルを巻き込みかねないとは彼女には分かっていた。だからこそ気晴らしがてらに、アスレチック・ルームで汗を流そうとした瞬間であった。部屋の奥から響き渡る怒号に思わず身がすくみ、
『リタは俺ではなくお前に……お前に恋い焦がれていた! だからな!!』
『外野が勝手に決めつけんじゃねぇ! 俺が無理やり戦わせたとかいうのかよ、なぁ!?』
『それでも止めるのがお前のする事だろう!? ポーラの時にお前もだな……』
「アンドリューさんにラディさん……それに、あっ」
アスレチック・ルームにて互いに罵り合うだけでなく、殴打する音までドア越しに聞こえつつあった。アンドリューが余命僅かでもパートナーを危険な目に遭わせつつも、最前線で戦い続ける事をラディは憤った。立場が異なろうとも好敵手としてだけでなく、同じ彼女を想う者同士として許すことが出来なかったのである。二人の間にポーラと呼ばれる人物の事が引っかかっていたものの、二人の元へトム、ルリーが駆け寄る様子を目にして慌てて曲がり角の死角に隠れ、
『隊長やめてください! ここで諍いを起こしましたら……』
『そうですよ! 隊長がいつも俺らに言ってたじゃないすか!!』
『確かに今の俺は隊長として不適格だが』
『んなもん、元からだバーロー! 外野に割り込ませるんじゃねぇ!!』
『生憎割り込ませるつもりはないがな! このヒーロー気取りにな!!』
やはりフラッグ隊の二人は、この私闘を止めようとしていたもののラディですら、自分が立場を超えて我を忘れざるを得ない状況を否定してはいない。一応体裁を気にしている様子の彼に余計な心配だと挑発しつつ、アンドリューは1対1の真剣勝負を交えないと終わらない問題と触れ、
「明らかにまずい……アンドリューさんたちをどうにか!」
「その心配はないよ」
「いや明らかにまずい事が……将軍!?」
「すまないね、ウィン君の様子が変とシャル君からね……」
「……すみません、私とあろう者が」
この問題で同じ外野ながら、ウィンが部屋に乗り込んで仲裁しようとすればエスニックが待ったをかける。彼がこの場に訪れている事は、シャルから案じられていると知れば少し罪悪感が込みあがる。勝手な行動に及んで申し訳が立たない様子で俯かせてしまうものの、彼は穏やかに口元を緩ませ、
「まだ待機任務も出してないからね。そこでプライベートに口をはさむつもりはないよ」
「確かにプライベートですが……いえ」
「私は独り身でその、こういう話をするのは余計なお節介かもしれないけど、まぁ……」
エスニックにしては珍しく、部下を前に少し頼りなく、慣れていないような表情を浮かべていた。直ぐに気を取り直して咳払いすると、
「アンドリュー君と、リタ君の目指すゴールはウィン君と違う。私にもそう言っていた事があってね」
「それでは、その……私にまだ」
「そこまで保証は出来ないけどね……しっかり話をつける事からだよ」
リタを前に叶うかどうかの話ではないと、エスニックが前置きしつつも彼女に代わり自分がこの問題を収拾させようと、アスレチック・ルームへと足を踏み入れていった。ただ振り向きざまに困ったような笑いを浮かべ、
「こう、話をつける事は大変で勇気もいるけどね……そうして前に進んでいくんだよ。誰もがね」
「……」
ただ自分の行動は決して最高責任者として、将軍として取るのではなく誰もが取るべき道だと、彼女へ説くように伝えていった。そんな彼がアスレチック・ルームへと入った途端、二人の諍いは早くも収束へさしかかろうとしていた
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