39-2 不屈の人、信念の人、覚悟の人
『エクスの事は心配しなくていいみゃー。一週間もあれば問題ないホイ』
「そうでしたか……よかったです」
『よかったというけど、ハドロイドスーツがなければ危なかったかもだホイ。メルにあまり先がないのに無茶は困るみゃー』
「ごめんなさい……玲也さんだけでなく、ニアちゃんも、エクスちゃんも必死ですから」
脇腹を刺されたエクスの治療として、ネクストはフェニックス・フォートレスへと収容されていた。メルが控えている点から、ハドロイドの治療としてうってつけの相手と判断した事もあり、実際彼女からすれば致命傷には至らないと判断された。
ただ、ハドロイドスーツに防護されていたおかげであり、危うい行為に変わりはないと少し不機嫌そうに苦言をかわしていた。彼女の立場からすれば、厄介とみなされることも無理はないとリンが頭を下げると、
『リンが謝る必要はないホイ。ワイズナー現象の事はメルにも謎が多いみゃー』
「……そう、ですよね」
メルはリンへ必要以上の罪悪感を抱かせないように一応配慮した言葉をかける。それでもどことなく彼女の声のトーンは沈み気味であり、
『まぁ、メルは信じたくないけど、必要な力なら出来るだけのことはするホイ』
「ありがとうございます……玲也さんの為にも無事完成する事を」
『メルを誰だと思ってるホイ? マリアに負けない腕だみゃーよ』
「面白い事を言ってくれるけど、私も負けないわよ」
一応メルがマルチブル・コントロールによる力を運用せんと、出来るだけのことはするとフォローを入れていたが、当のリンは今一つ心が晴れない。一方同乗していたマリアは、同じハードウェーザー計画に携わっていた彼女から、少し挑戦じみた口を聞かれようとも、気さくそうに笑いながら返していたが、
「本当は私だって出たかったですが……そうは言えないですね」
フェニックスにてネクストは電装されたまま待機の姿勢を取り続けていた。これも勝利の凱旋をすると約束した玲也を迎える必要があった為。その為にマリアを乗せたままであったものの、リンとして必ずしもこの役回りに満足しているわけではなかった。負傷したエクスを治療するために引き返した事を、決して余計な事とは捉えていないが――もし彼女が負傷さえしていなければ、あの状況でネクストが切り込み、ガレリオの相手を務めることが出来た。彼のウィナーストを相手に一矢報いる事が出来たかもしれないと。無念がないといえば嘘な点も当てはまる。
「やはり、貴方も彼に気があるのかしら」
「き、気がありますって何を言っているんですか! こう大人しくしている事が確かにおかしいかもしれないですが!!」
「信じられる相手なら、落ち着いて待つのも大事……貴方の為にもなるわ」
「そうありたいと思っています……」
「……」
リンの胸の内は既にマリアへ看破されている。思わずテンパる彼女に年長者としてもっともな事をマリアが助言するも、恥ずかしがりながらリンが口を紡いでしまう。少しデリカシーのない事を聞いたのかと、マリアが押し黙った後、
「――あの男……いえ、秀斗さんの一人息子だけでなく、最新鋭ハードウェーザー3機のプレイヤーを務めるとの話は既に知らされてるけど、私は彼の事まだそこまで知らないの」
「玲也さんの事ですね。ニアちゃんやエクスちゃんが惹かれているからですよね」
「貴方はどうなのかしら」
自分の娘が心を許している羽鳥玲也という人物をマリアなりに知ろうとしていた。3人の中で唯一手が空いていたリンは少し自虐めいた様子で、彼の事を触れようとすれば彼女はリンから本心を聞き出そうとする。ニアの母を前にリンが遠慮しているのではなく、自分に自信が持てない様子だと看破した上であり、
「……私だって好きです、二人に負けてないと思います」
「だったら聞かせてちょうだい。私は貴方の事を否定するつもりはないから」
リン自身の胸の内に触れる事が出来た。マリアとして彼女の淡い想いに背中を押すように言葉をかけた時に彼女が心を落ち着かせようと胸をなでおろせば、
「不屈の人、信念の人、覚悟の人――玲也さんを例えたらそうなるかもしれません」
「秀斗さんを探す為に必死なのは私も知ってるわ。確かあの人は息子が超えようとしている事も」
「玲也さんを突き動かしている原動力かもしれません。でも玲也さんは苦難を幾度なく乗り越えてます。壁にぶつかっても突き破っていけます」
リンとして、玲也は幼い頃に交わした約束の為に茨の道を歩み続けているのだと説く。その一途さと覚悟からして苛烈さにもつながり、怒らせたとなれば手を付けられない面もあると少し苦笑いして触れた上で、
「ですが、本当の玲也さんは寂しがり屋で甘えん坊な所もあります。もう少しいい方を変えますと優しい人なのかもしれません」
「さっき、苛烈だと貴方言ってなかったっけ?」
「そうならざるを得ないのも、玲也さんが自分の心が折れないようにと奮わせているからです。お父さんの為だけでなく、みんなの為にも体を張っているからなんです!」
玲也自身が抱える負の感情に対して、少し苦笑したように触れるリンだが、彼が持つ陽のような一面には真っ向から力強く肯定する。ニアやエクスだけでなく自分だって玲也と長い付き合いだとの事もあり、口調に自信が宿りつつある。
「ニアちゃんは復讐の為、エクスちゃんは家の誇りの為に戦いと向き合ってました。でも私は玲也さんと出会わなければ怯えたままでした」
「貴方の両親がバグロイヤーに殺されたわね……間違ってないかしら」
「そうです。玲也さんはあの時一緒に乗り越えていこうと背中を押してくれました。その時に私も……エクスちゃんに先を越されてしまいましたけど」
最初の戦いと共にリンが玲也を信じようと選んだ瞬間を触れる。ただ自分が淡い想いを寄せ始めた時点で、既にエクスが玲也に一目ぼれして今に至っており、自分が出遅れてしまった事を少し自虐しつつ。
「でも、玲也さんが逃げることなくちゃんと向き合っています。時々思い切った事も危ない事もしていたりしますが……」
リンとして、ゼルガに囚われた時も彼らに媚びる事も屈する事もなく、自分たちの戦う信念を曲げる事はしなかった。バグロイヤーに操られていたイチを救い出す事を二人で成し遂げた。バグロイヤーの刺客を前にその生身を戦場に晒した上で、敵の屍を乗り越えていった。ふと自分にも玲也と誇れる今までがある事に気づくと共に、
「でも、一度戦う事から逃げようとして自棄になった時がありました。あの時私は思わずひっぱたいてしまいまして……」
秀斗がバグロイヤーの尖兵として立ちはだかった事で、玲也でも戦う意義を見失った事もあった。その為に戦うべきだと促した才人に対し、半ば八つ当たりするように殴り合いを繰り広げた。冷静な判断を失い行き過ぎた報復をしでかそうとした玲也を真っ先に叩いたのはリンだ――玲也が自分の手で自分を貶めるような姿を見たくないと、彼女もあの時正気でなかったかもしてないと恥ずかしがりつつ、
「ううん、あの子ほどじゃないから、そこまで恥じることないわよ」
「ニアちゃんですね……確かにニアちゃんはよく玲也さんとぶつかってもいますが、強く信じている筈なんですよ。エクスちゃんもまた違った方向で……」
「ふぅん……」
マリアがリンの思い切った行動を肯定するも、自分がニアやエクス程、玲也への強い想いに駆られて動けていない。中途半端な立ち位置であると再度謙遜というべきか、自分へのコンプレックス故に自信が持てない事を漏らす。彼女が普段表に出すことはないであろう。ただニアやエクスが玲也と確実に距離を縮めているのではないかとの懸念を前に、マリアが少しすました顔をしつつ、
「その彼は誰が本命とか決めてるのかしら?」
「それは……ついこの間まで玲也さんも迷っていた様子もありました」
「なら、今はもう決まってるのかしら?」
リンが葛藤する要因も、玲也自身が明確に答えを出していないからではないかとマリアは彼の事で一歩踏み込むように訪ねる。これにリンが静かに首を横に振れば、
「なら彼が優柔不断とでも。体を張って困難に挑んでいる筈じゃなかったのかしら?」
「いえ、玲也さんはみんなの想いを受け止める事に体を張っているように思えるんです。マルチブル・コントロールの一件からそう悟ったようにも」
「……なるほどね」
マルチブル・コントロールを会得する試練と向き合うと共に、玲也の様子が変わった――ワイズナー現象に関する知識が少なからずあるマリアとして、プレイヤーとハドロイドの強固な絆によって引き起こされるものと捉えていたが、玲也の場合3人のハドロイドと組んでいる唯一のプレイヤーである。この事柄こそ3人との絆が鍵を握るとして、玲也自身彼女たちのつながりと向き合う事で結論にたどり着いたのだろうと見なしている様子で。
「玲也さんは私たちと共にいる事を強く望んでいる気がします。共に笑って泣いて共にぶつかっていきたいと」
「不屈の人、信念の人、覚悟の人――彼が出した答えに対してどう思ってるのかしら」
「玲也さんの望んでいる事を否定したくありません。ただ、ニアちゃんやエクスちゃんのようにならないと……」
仮に一人の相手を玲也が選ぶのであれば、自分は見向きもされなかっただろうとリンは見なす。けれども玲也が自分たち3人の想いを受け止めて、共に過ごすことを望んでいるのならば、自分にも陽の目があたる可能性はあった。最もニアのように対等に張り合う事も出来なければ、エクスのように彼へと寄せる絶大な愛もない。リンとして自分が中途半端な立ち位置に甘んじているのだと焦りを見せていたものの、
「彼も言ってたけど……人は部品でも物でもない。だから誰かになれないかしら」
「れ、玲也さんが言ってることも確かにそうだと思います。私だってニアちゃん、エクスちゃんじゃないですから」
「……あの子もファ・レスティじゃないニア・レスティ。ファじゃなくニアって名前は私がつけたはずなのに」
ガレリオを前にして、堂々と啖呵を切った玲也の言葉を借りてリンを諭す。ただ今のリンだけでなく、自分として遅すぎた戒めを言い聞かせている様子でもあった――かつての自分も人は誰かと同じにはなれない現実を認められなかった故に、作り出した娘を捨ててしまったのだと。少し自嘲めいた感情も入り混じりつつ、
「今更母親面は出来ないのもあるけどね……彼には生きてもらわないと困るわね」
「……ニアちゃんが、エクスちゃんがいる限り玲也さんは倒れません。勿論私だって当てはまると信じてます!」
既に母親としての資格を自ら捨て、長らくの隔絶があったマリアとして、自分より娘をよく知っている玲也に娘を任せようと望んでもいた――それが今の自分が母親として果たせる最大の務めであると。その隣でリンも改めて玲也の凱旋を強く祈る。自分が寄せる彼への想いだけでなく、彼からも思われているのだと肯定すると共に。
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「ファイターで様子を見るの、あながち間違ってないわね!」
「あぁ……とりあえず今は俺を信じてほしい」
「あんたねぇ、今更何当たり前の事言ってんの! こうして必死に動かしてるのにさ!」
「……いつも苦労をかける」
カリブ海上空にて、ブレストはファイター形態として防戦一方であった。それも目の前に立ちはだかる相手が一方的に畳みかける。ダークグリーンの彼は相変わらずブレストの倍以上の巨体を誇り、それに加え以前応戦した頃よりも一方的な猛攻を畳みかける為だ。
『いつまで持つ……ウィナースト・ウィルはこれまでと比べ物にならないだろう!!』
ガレリオが豪語する通り、ウィナースト・ウィルとして手を加えた結果火力面での強化が施された。今のウィナーストが直立不動のままアイブレッサーを放つ――それだけでなく、両肩のアポカリプス・シーカーに設けられた10門の砲門から電次元コロナが飛び交い。さらにハードポイントへとマウントされたミサイルポッドから弾丸を一斉に繰り出してもいる この弩級の要塞と言っても良いウィナーストを前に、ブレストが近づく事は許されない。その為に空中での機動性に長けるファイター形態で、彼らの砲火を潜り抜ける必要があったが、
「勿論、あいつの懐に入り込んで、そっから本番って奴だよね!」
「……元々そのつもりでいたが、予想以上だ」
「それは言えてる、けどあんたも凄いわよ、ちょっと手が痛いしさ!」
「……」
ニアからの問いに答えるものの、玲也自身彼女に顔を向ける余裕もない。少しそっけない態度だったものの、彼女が自分へ気をかける程の余裕がないとまた同じでだと分かっていた。今までにないほど素早くブラインドタッチでキーボードを叩く音は彼自身の耳にも届いていた。
(俺を信じてニアが必死に……俺の腕を、いや俺の考えている事を!)
ニアが自分の後方で今までにない必死さを見せつけている――玲也自身それは分かっているものの、それ以上に自分自身がコントローラーを握って動かしている事へと恐れもあった。
実際ブレストは玲也自身が思う通りに動かされていた。それだからこそウィナーストの砲火を悉く潜り抜けたが、自分の腕でさえも一発も被弾せず潜り抜ける事は不可能に近い。それが自分の望むビジョンが何かの力で後押しされるように実現しつつあった。目の前のサブモニターに映された入力信号は、自分が直接入力した覚えのないコマンドだ。
(マルチブル・コントロール……ベルさんやゼルガが駆使した力を俺が……)
マルチブル・コントロールが、プレイヤー自身の意思によってハードウェーザーを動かすものとは分かっていた。ガレリオとウィナーストを前にしようとも、玲也自身冷静に振舞い続けるが、仮に自分が平静を失えば、この一戦で地に塗れる。それは死へ至る事と同然であり、自分だけでなくニアまで巻き込む事だけは避けなければならなかった。
『……ガレリオ、全然当たってないわ』
『……なら当ててやる!電次元メルトダウンでな!!』
玲也を恐るべき男である――そのように捉えているシーラとして、被弾すらしないブレストからして、彼自身の腕にただならぬものを感じている。だが、肝心のガレリオへ危惧するように警告すれば逆上したように電次元メルトダウンを放つ――ウィナーストのマスクが開閉すると共に、直線状の熱線が放射され、
「直撃したか!!」
「ウェートだけみたい! パージさせとくわ!!」
「いや……ジャベリンだけは残してくれ!」
「ジャベリン……わかったわ! あんたの事だから勝てる手って筈だから‼!」
「そう信じてくれると助かる。ここからが本番だ!」
ブレストの右翼でもあるバトルホーク・ウェートの刃へと、電次元フローズンによる冷凍光線が直撃した。電次元兵器の直撃を受ければ瞬く間に刃はメルティングの熱に溶かされていく。空中での機動性の低下を危惧するニアに対し、玲也はこれから打つ手を口にすれば、彼女物分かりはいつも以上に早かった。彼の操縦をトレースする事に追われている身もあったが、今は彼の打つ手を信じることが最良の手だと今の彼女は強く肯定していた。彼自身打つ手を
(あの瞬間で調子が狂った、いやここから俺が動かすと考えれば寧ろそれで良い筈だが)
朧気ながら、マルチブル・コントロールの力が途絶えたのだと玲也は感じ取っていた。自分の腕を超えて思考通りに動かされる事態に対し、彼自身微かな恐れと共にその力に身を委ねていたのだと、両頬を叩いて気を取り直す。
ここまでウィナーストからの猛攻を潜り抜けたのも、マルチブル・コントロールによる恩恵である。それだけ強大な力だと玲也自身認めるものの、根拠や概念があやふや、偶然や奇跡めいた不安定な力――つまり一度崩れて、調子が狂えばその力で必ずしも立て直せるものではないと玲也はみなしていた。
(……虎穴に入らずんば虎子を得ず、その為に打てる手を打つだけだ!!)
だからこそ、玲也自身マルチブル・コントロールによる力ではなく、今まで鍛えぬいて、経験とともに身に着けた腕で勝負に出る事を選ぶ。それでこそ本領発揮だと彼は捉えていたからか、自ら火の中に飛び込もうとする状況にもかかわらず、口元を緩ませていた。
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