36-6 オークランドの空の上、南十字星に涙流して

『そうですか……それほどまでの被害が出たのですか』

「残念ながらね……非戦闘員が収容される前だったのがせめてもの救いだよ」

『けど艦隊の半数が消滅となれば、ドラグーンも動けないでしょう』

『バグロイヤーを駆逐するまではやむを得ない。それに……』


 オール・フォートレスへと籍を置くアンドリューへと、エスニックはオークランドで被った被害等を説明した。シェルターへ避難していた非戦闘員が無事で済んだとはいえ、オークランドそのものへの被害は免れなかった、

 そして、オークランドの護衛を兼ねた救援艦隊の半数が消失したとなればドラグーンがしばらく腰を据える必要も生じた。ただエスニックがドラグーンで被った重要な被害を明かした途端、


『う、嘘だろ!? シーンの奴まで重体かよ!?』

『彼のお陰で、勝てたようなものだけどね……今の時点ではまだ何ともいえないよ』


 シーンが意識不明の重体との知らせに、リタが唖然とした様子で聞き返す。アラート・ルームへとエスニックが静かに足を運べば、相方が泣きじゃくっている姿があり、


「嫌だよ!シーンまで、ロスにいみたいになるなんて、ねぇ、ねぇ……」

「当たり前だ! ステファーもあいつも悪かねぇ……先に堕ちた俺が責める事なんてよ」

「色々問題がある奴だったかもしれないが……こうまで深刻だと、な」


 その場で崩れ落ちるステファーをアランが必死に励ましの言葉をかけており、ウィンもまたシーンへ思うところがあれども、彼の行動によってもたらした勝利であるとともに、その代償が決して安くないことを痛感してただ天井を見上げていた。


「そういえばリタ君、先ほどシーン君まで重体と言っていたようだが……」

『いや将軍の聞き違いですよ、それより俺も戻るべきですかね?』

「アンドリュー君、そういうけど君は確かまだ……」

『まぁアンディもテディも、その日までに仕上げて見せますよ。目途が立ち次第また後程』


 エスニックの疑問を遮るように、アンドリュー自らドラグーンへ帰還する必要性を提案する。オーストラリア代表の穴を埋める必要性はあると、エスニックが現時点では返事を保留にしたいとの意図を察し、アンドリューからの通信は途切れ、


「みんな苦労かけたね……次の指示があるまで各自十分な休養を」

「ねぇシーンは、シーンは大丈夫なの!?」

「メル君が今診てるからね……まだ望みはあると私は信じてるよ」


 将軍としてエスニックが休息の指示を促す最中、やはりステファーは心配で仕方がないと尋ねにかかる。彼女が不安を引きずる事を危惧し、メルからの結果を待たずとも希望を持たせるよう温かい声をかけると、


「さぁ、休めるうちに休んだほうがいい……おや?」

「あぁーラグ坊とヒロさんは、エクスの所ですよ?」

「そうか……流石にスタンバれとは言いづらいね」


 海原での戦い故、唯一電装する事はなく有事に対処できるハードウェーザーがサンディストであったものの――アグリカの言う通り二人の姿はアラート・ルームにはない。理由が理由だけに少し柔和な笑みを浮かべつつ、フラッグ隊へその間のスタンバイを託すようラディへ伝達したのち、


「でも僕たちよりエクスが心配だよ。一番つらかったんだし……」

「玲也君が一緒なら大丈夫だと信じているけどね……。私が深入りするよりはエクス君の力になるよ」


 シャルが指摘する通り、このオークランドでの一戦で心に傷を負った者こそエクス他ならなかった。今オークランド近辺の岸壁で彼女は気持ちの整理をつけようとしており、苦難を味わいながらも、二人で乗り越えていくのが最良の術――エスニックは微かに苦み走った笑みを浮かべていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「……」


 日本と異なり初夏に差し掛かりながらも、オークランドの風はエクスに対してただ冷たい。吹きすさぶ寒風に体を打ち付けられながらも、両手にした白菊の花束をただ深い海原めがけて白い両手に加えた力を抜いた。

 風にあおられるように束から花弁が零れ墜ちていき、彼女の足元に広がった海に白菊の花弁は広がりを見せる。儚くも美しく海原に咲き誇る花に瞳を向け、そっと目をつむった――このオークランドの地で散っていった者達へ黙とうを捧げる為に。


「……お兄様が下さった時とても嬉しかったですわ。」


 瞳をそっと開け、エクスの右手にかけられたペンダントに視線が届く。士官学校へ入学した際に既にラスケスへ駐留していたゲーツからお祝いとして渡された品となる。

 ただ今思えば、華やかな装飾がアクセントのように施されたペンダントは軍人としてではなく、社交界へ進出する女性に適したプレゼントのようにも見える。兄の胸の内が分かった今となれば過去より複雑めいた心境が渦巻くものの、


「私もお兄様が胸の内にいると心に思いながら……頑張ってきたのでしたが」


 ペンダントの中を開けば、ゲーツと自分の写真が写される。ちょうど今の自分より少し幼い年頃――事故が起こる前の穏やかで平穏だったころの写真を入れた。憧れの兄へ近づこうと奮起させるほか、その事故を思い出させたくないと今まで彼女が遠ざけていたのだろうか。憧れと後ろめたさがこの戦いを経るまで共存していたものの、今となれば遠い過去に追いやりたい。力いっぱい握りしめて右手を振り上げようとした瞬間、


「やめろ! そんな真似が何になる……!!」

「れ、玲也様……あ、あのその!私は早まった真似をしようとは決して……」


 後からエクスを探しに走り回っていたのだろう。玲也が息を途切れさせながらも、しでかそうとしていた行為を止めようと叫ぶ。後ろからの叫び声に思わずびくりとしながら、彼女はごまかすものの、動揺した様子はそう簡単に収まる事がなく、


「お前の事より、そのペンダントを何故! お前の兄さんがくれたもので……」

「そ、そうですわよ! あのようなお兄様に憧れてきた私が嫌になりましたのよ!!」

「……そうか。確かに深海将軍グナートとしては俺も裏切られたからな」

「なら、でしたら! 私がお兄様の事をどうされようと別に関係ありません事!?」


 直ぐ玲也は、エクスが兄との過去を忘れ去りたい想いを看破して鋭く指摘をかわす――図星だった彼女は誤魔化せる余裕もなかったのだろう。寧ろ開き直ったような態度で頑なに、ただ思うがままにさせてくれと主張する。玲也に対しても少し牙を突き立てるような荒々しい物言いであり、


「どうしても捨てるつもりか」

「当たり前ですわ! 私の事を知ったように止めないでくださいまし!?」

「それは一理あるが……」


 念には念を入れて玲也は止めようと意見を述べるが、頭に血も昇っている今の彼女を止めるまでには至らない。実際エクスがすかさずペンダントを投げ捨てる動作を取ろうとした瞬間、


「なら、俺が知っているエクスは今のお前に否定される訳か」

「れ、玲也様! 急に何を言われまして!?」

「確かに俺はお前の全てを知らない。お前自身に俺の知っているお前が否定される事も仕方ないかもしれないが」

「ま、待ってくださいまし! 私は玲也様を否定するつもりはありませんのよ? 一生尽くしていたい殿方に変わりはないのでして!!」


 “知ったように”とのエクスの指摘に直面して、玲也は逆に突き放すように厳しい言葉を、それもまるで自分が拒絶されたのかと問う。その言葉が響いた瞬間、エクスがいつもの彼女らしく慌てふためいている様子をさらけ出し、思わず彼の口元も僅かに微笑んでいた――クス自身が内心無理をして兄とのつながりを断ち切ろうとしているのだと分かったのだから。


「お前の全てを知っている訳ではないが、お前が本当に一生懸命だった様子は知っている。仮にそれが行き過ぎたとしてもだ」

「玲也様、あの、その、急に何恥ずかしい事を……」

「お前がそう一途なのは、お前が兄さんに追いつき追い越せと頑張っていた。俺はそう思うが……」

「それは確かにその通りでした、ですが今はもう……」


 ――エクスが抱く自分への愛が何度も暴走して、それによって振り回される事も少なからずあった。その様子に玲也が手を焼くことがあったものの、彼女がそれだけ一途な長所にもなりうると、玲也は既にわかっていた。だから余程の事がない限り、彼女が愛ゆえに暴走する事をあしらい、スルーする事があれど、心から否定する真似には出なかった。それどころか玲也自身意識も少なからずしているのではと考えを変わりつつあり、


「なら、もうこれ以上は無理か? 俺はまだバグロイヤーと戦い続けるつもりだが、嫌か?」

「……!」


 だからこそ玲也は尋ねる。エクスが自分へと寄せる愛、それゆえの力がここで潰えてしまわないか試す意図があったものの、彼自身内心で“離れたくない“想いも乗せつつ、


「そんなことありませんわ! 玲也様の為ならこれからも一生懸命で!」

「その一途なお前は兄さんがいたからこそ……俺は今までそう見てきていたが」

「そんな、それですと玲也様は今もお兄様に憧れて、背中を追い続けてきた私の事を……!」

「できればそうあってほしい。何時ものお前ではないと調子が狂ってな」


 今のエクスが兄への強い憧れがあってこそ、彼女の人物像は形成されているのだと玲也は触れる。エクスの全てを知らないと前置きをしつつも、彼自身まるで“それ以外にあり得ない”と強い確信で迫るように、答えており、既にエクスの振り上げた右腕はひとりでに地へと垂らされていた。


「それとだな……俺も謝らないといけない事がある」

「玲也様、その事を急におっしゃられますのは一体?」

「いや、思わず俺はグナートを倒した後、エクスを幸せにすると思わず口にしてしまってな……」

「……はい?」


 エクスが落ち着いてきた様子を見計らい、少しバツが悪そうな顔をして玲也は頭を下げる。一瞬きょとんとした顔を彼女が浮かべつつ、内容が内容だけに思わず彼女の顔が驚愕に駆られており、


「すまない。信念を貫くとしても綺麗ごとだけ、覚悟もなくては成せないと思う訳でな」

「……そ、そうでしたか、いえ! あの状況で思わず突拍子に考えてもいない事を口にしてしまった事も珍しくないものでして!!」


 最もエクスとして手のひらを返された事へのショックは微々たるものであった。グナートを討たなければならない状況にて、躊躇してしまう自分を勇気づける為に振るい立てるための一言――か彼はそれを口にしたのだろうと見なした。


「あ、いえ、そのですね……別に泣いて、私は泣いてなど……って玲也様!?」


 エクスなりに懸命に彼の胸の内を理解し把握しようとするものの、いつの間にか目元から涙が浮かび、一滴頬を伝うように垂れ流した様子に気づいてしまった。彼女自身にも惑いはあったが、玲也は自分より頭一つ分背丈のある自分に向け、腰元をへと手を伸ばして抱くと、


「俺は常にお前を幸せにできる保証はない。だからお前の兄さんだけでなく、父さんまでも……」

「そ、それは玲也様の責任ではありませんわ! どうか落ち着かれて……」

「泣いていい、俺が許す! 辛い時は思いっきりぶちまけて構わない!!」


 ただ玲也もうつぶせたまま、彼自身に余裕が失われつつあったのか、マシンガンのように、エクスへただ胸の内を解き放てと促した。


「あ、あのですね、急に泣けとなりましても……こう玲也様の頼みでも恥ずかしいお姿はですね!」

「俺は顔を上げるつもりはない、合図があるまで見ないから大丈夫だ!」

「で、ですから、そのように言われましても、何が何だか!」


 エクス自身、急な話に思わずついていくことが出来ない様子だが――彼女の声色にはつもりに積もった感情が出口を求めて高まりつつある。むろん玲也としても、どこから涙を堪えつつも、彼女へ今は自分に任せろと強い言葉で促す。


「お前を幸せにできず、悲しませてしまう事もある、ただせめて、お前の悲しみも分かち合えるようには、そうなりたい!」

「……!」

「すまない! 綺麗ごとではいかないが、せめて今はこれで許してくれ!!」

「もう、玲也様ったら……わざわざそう遠回しになれなくても……」


 “綺麗ごとではいかない“と前置きを置いて幸せにできない。そう玲也が謝罪した真意を知らされた途端エクスの目元が一気に熱くなり、


「お父様、お兄様……ごめんなさい……玲也様、玲也さまぁ……」

「気が済むまで泣いてくれ、俺もその分……間違いなく泣く」


 玲也に顔は見られずとも、エクスはただ彼の首筋や背中に圧し掛かるように声を上げ、涙で彼の後ろ首を濡らしつけた。一方の彼は首筋に湿っぽい温もりを感じつつも、彼も声を少し押し殺して感情の高ぶりを地面に向けて放っており、

 

「エクスちゃん……私と一緒になってほしくなかったです」


 遠巻きに玲也とエクスの様子を見守る者達の姿が密かに集まっていた。その面々の中で最も遅れて到着したリンはエクスの境遇は、過去の自分が味わった苦しみと同じものであると触れたが、


「違うよ姉さん。エクスさんは僕と姉さんと違う筈です……血の繋がりがもう……」

「ごめんイチ、お姉ちゃんが間違ってたね」


 けれどもイチが姉に意見しており、自分自身の場合今も二人互いに姉弟として心を許し、共に戦い続けて今に至っている。二人が互いに幼い頃からの行動を共にしたつながりがあったが――エクスにはそのような相手がいない。さらに言えば憧れていた兄をこの手で葬り去る結果にもなった事で、自分以上の苦しみを今味わっていると考えを改め、


「……可哀そう、エクス姉ちゃんが可哀そうだっぺよ! 爺!!」

「戦いの中で親兄弟が争うことも、その逆もまたありますが……悲しい事他ありません」

「おいらはここが家だっぺ! エクス姉ちゃんもおいらと同じなら……」

「焦ってはいけません、若。時の流れを待つことも大事ですぞ」


 ラグレーは自分ごとのように、ヒロへと泣きわめいていた。自分と同じように血でつながった家族に裏切られて離れた過去が彼女の悲しみと重なるのだろう。ヒロはラグレーが望むような親兄弟の絆が、現実では拗れ引き裂かれていく事もあると突き付けつつも、彼の悲しみを否定することはなく、


「ラグ坊やエクスが悲しむのも当然じゃ……そうじゃないかのぉ?」

「そう……ですよね。俺だってあんな親父や兄貴とかでも……」

「切っても切れないのが血の縁、わしも同じ目に遭ったら……のぅ?」


 才人もまた家族を戦火で失った身ではある。彼の家族がお世辞にも良い人物でないとしても、凶報が届いた日の事を思い出せば、喪失した悲しみが押し寄せてくる。ラルとしても妻子が同じ目に遭えば正気でいられないであろうとつぶやいており、


「あたしが尼さんになって、お祈りしてどうにか……あら?」

「おんしが祈ってどうにかなっちょったら、ほりゃあおめでたい……」

「ニアちゃんですよね……多分」


 ラルに追随して、神妙な顔つきでリズが嘆くものの、その内容がやや滑稽じみているとラルから突っ込まれようとした途端――自分たちの後方で黒髪の彼女が、ニアがそそくさと走り出しており、


「確かにエクスはどうしようもない所もあるけど、今はとても辛いのも分かるわよ……でも)


 日頃から、エクスと張り合っていたものの、戦いで家族を喪った彼女の悲しみを理解しようとはしていた。ただ彼女と逆に、親へ捨てられた過去しかないニアとして、の場で自分がどう励ませば良いのか思い浮かばなかった。それが今、非常に彼女の胸の内でもどかしい想いとなって彼女を苦しめており、


「……あたしに何ができるのよ、親なし兄弟なしのあたしにわかんないわよ!!」 


 わかんない――半ば自棄を起こしたニアは思わず口にして駆けていった。これからの事を考えたくないから、今は放棄する姿勢を示したのかは定かではない。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


次回予告

「深海軍団が壊滅した今、七大将軍は鋼鉄軍団を残すのみとなった。だが、グナートの一件からニアの様子がおかしく、エクスと大喧嘩してしまう。止めようとした俺も、マリアさんの一件を明かせないまま、事からぎくしゃくした関係に、それだけでなくニアも知らない秘密を知らされることになった! まてニア、どこへ行く!! 次回、ハードウェーザー「意外!ニア・レスティの秘密!!」にブレスト・マトリクサー・ゴー!」

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