33-6 あぁ遥かなる祖父、既にない

「あいつも龍も飛び立ったか……」


 ――月を背にして飛ぶ龍を見た。真夜中の知庄岬の崖にて剣策が見届ける中で脳裏によぎるのは孫の面影であり、自分よりも遥かに規模の大きい戦いへ身を投じていく事に愁いを少し抱いたが、直ぐに首を横に振る。


「まだ至らないあいつの前に、俺の顔を見せるなど甘やかしだ。俺が別に憎まれようとも構わん」


 自分を保護したレクターに対し、剣策はドラグーンへ戻る事はおろか、玲也には自分の場所を知らせない事を頼んだ。エスニックと通信を交わし身内として玲也がプレイヤーであることを受け入れ、それをむやみに他の相手へ漏洩しないようにとの要請にも承諾した上で。ただ孫へと自分は会うことを望んでいないとの点だけは了承させた


「憎まれ続けた男が、どういう顔をしていけばだな……」


 剣策として玲也が未熟であり、自分が合えば甘やかす恐れがあると口にしていたものの――自分が冷酷な人間と思われても構わないとの言動には、どこか自分の事を自虐している様子もにじみ出ており。


「まだ若い頃は、世界での武者修行をしていたが、……いつはまだ子供ながら本当世界に、いや宇宙で命のやり取りをしているとなれば流石か」


 電装マシン戦隊に所属して、ハードウェーザーのプレイヤーとして玲也は様々な場所で戦いを繰り広げて勝ち抜いてきた。既に自分を凌ぐスケールの戦いをこなしていると称賛しつつも、和解しないまま決別した秀斗の生き方とも重なる事へ漸く気づき。


「所詮、井戸の中の蛙。あいつが今ここにいたら俺にそうでかい口を叩いてたか・……」


 武道家として武者修行がてらに戦い続けるより、オンラインゲームを通しての方が物理的な距離で困難な場所にいる世界各地の相手と腕を競うことが出来る。全世界有数のプロゲーマーとして大成した秀斗は、勝つことを信条とする苛烈な武道家として生きた自分よりもスケールの大きい戦いを制した。

 そんな秀斗の息子として玲也を見れば、さらなるスケールの大きい戦いへ身を乗り出している事も不思議と納得がいくものだった。同時に生きるか死ぬかの戦いに固執して広い世界へ目を向ける事が出来なかった我が身を恥じていたものの、


「だが、あいつは死ぬか生きるかの命がけの戦いだ。その点では俺と同じになる訳だ……あの男の息子なら、俺の孫、いや……」


 その一方で、秀斗が選ばなかった生きるか死ぬかの戦いの道を、成り行きとはいえ玲也は歩んでいる。帽子岩での彼の戦いを目にした途端、剣策としてようやく孫として玲也への愛着は芽生えつつあったが、


「羽鳥玲也は、羽鳥家の人間で光る男ではない。あの年で覚悟と信念を兼ね備えているから、こう光っていて羨ましくてな……!!」


 既に空の彼方へと飛び去って行った孫は、自分の手に届かない場所にいる――誰かの息子や孫として保護者としての管轄下に収まる人間ではないだろう。既に60に差し掛かった自分と異なり、まだ13歳の少年としてこれから先も飛び続けるだけの力がある。それが羽鳥玲也という同じ血が流れる男であると、羨望が頭をもたげ夜空を無言で眺めていた瞬間だった。


「……丸腰とは随分見くびっているなぁ!!」


 銃声が飛び交うと共に、左肩の鎖骨付近に激しい熱が伴う。折られた右腕で肩を押さえるだけの余裕はなく、かろうじて立ち上がって振り向けば黒服の男が3、4人ほど捉えた。


「この手負いの俺に用か……面白い」

「何を言ってやがる! 俺ら植原組のメンツをズタズタにして」

「生きて帰れると思うなよ!!」


 剣策の口ぶりは淡々としたまま、自分が武道家としての道を歩むにつれて恨みを買い、報復にきた刺客たちであるとは直ぐに気づいてもいた。けれども、両腕を封じられた状態で4人がかりを相手に飛び道具まで使われたならば、彼は後ずさるように崖先へ、まるで自分から追いつめられるように逃れようとした途端――。


「一気に撃て! 殺せ!!」


 男の怒号とともに4発の弾丸が剣策の胸を、腹を、足を貫いていった。やがて後がない崖へ身を後退させようとした結果、剣策の体は崖先から海原へ急降下していく。



(……戦いに負ける事は死を意味する。この体で思い知らされるのもやむを得ない)



 既に剣策は言葉を発するだけの余裕はなかった。それにも関わらずこと切れる直前までまるで他人事のように冷静な姿勢で、己の最期が必然だったと心の内で触れていた。

 それもまた剣策自身が既に敗れたと見なしていた為だ。羽鳥玲也との出会いは、自分よりはるかに若く、計り知れない規模の戦いで生きるか死ぬかの命のやり取りをしている少年の存在を認める結果となった。老いた自分は同じ戦う者として彼へ負けていたと認める傍ら、玲也に自分の孫という愛着が生じた事で、武道家として長らく無縁だった甘えに縋ろうと考える時点で負けたのだと、



「……フッ」


 

 ふと剣策が笑みを漏らした直後にオホーツク海へと老いた体は叩きつけられた。その後漂流を続けた彼の体が動かぬ塊としてはるか遠方からサルベージされる、2か月以上の時が過ぎた12月30日に第一報が届いたとされているが――羽鳥剣策の死を孫の玲也が知る事は最後まで訪れはしなかった。


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次回予告

「北海道での戦いに敗れながらも、レーブンは猛獣軍団の全兵力を率いて最後の戦いに挑んだ。新たに赴任した飛翔将軍トランザルフを前に彼女の焦りは更に加速しているが、全てはハインツに認められたいと思うが為だった。俺たち電装マシン戦隊がモンゴルの大地で挟撃されて危機に陥ったとき、現れたハードウェーザーは……まさか!! 次回、ハードウェーザー「ハインツに捧げるレーブンの勝利」にブレスト・マトリクサー・ゴー!」

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