31-4 恐怖のバグジグモ、熱砂に蠢くタランストリガー

「……フォートレスが着艦したようだな」

「そのまま吸わせたらオダブツでっせ。これで奴らがどうなるかでっせ」


 ビャッコがタール砂漠へと着艦した背景は、食堂以外の何点かの部屋にもグランティアーが仕掛けられていた為である。グランティアーが人体に有毒な物質であると言及するPARの隊員たちこそ、先ほどまでジョフの取り巻きに扮していた面々に該当する。

 主に、大人数が利用する設備を狙ってグランティアーが仕掛けられた結果、玲也たち以外の面々も巻き込まれつつあった。メディカル・ルームへと患者が次々と送られ、対応を余儀なくされた結果、ビャッコは一時着艦を余儀なくされており、


「感づかれて回収されたが、フォートレスを混乱させる事は果たした」

「後は脱出するだけでっせ。俺らがいる事のを上等でゲルンバは攻撃しまっせ」

「なーに、地続きなら逃げるのも楽……猛獣軍団でエージェント上がりの俺らなら朝飯ま……」


 3人は猛獣軍団からビャッコへと潜入工作を行っていた。最もエージェント上がりの彼らは、潜入してから脱出するまでの身の安全は、敵だけでなく味方からも保障されていない。細身で多少老けた面の男が真っ先に脱出しようとしたが、


「トドラ!!」

「エマージェンシー・ゲートの方向に逃げる事はわかっていた……落とし前をつけさせてもらう」


 真っ先に逃れようとするトドラは、立ちはだかる黒髪の彼に先を回り込まれ、すぐさま鳩尾を突かれた。落とし前をつけると眼鏡の奥の鋭い視線には怒りの炎が込みあがる。ホルスターから取り出した拳銃を密接させて銃声が4回鳴り響く。その後押し倒されたトドラは動くことはなく、赤い池に我が身を浸らせていた。


「コイの為に使うつもりだったが……貴様は何発で逝けるかだ」

「……ササクレー!」

「え、ええっ……畜生! 俺だって逃げないといけないんで!!」


 サンが懐に忍ばせた半自動式拳銃・92式手槍は、パートナーとなるコイを護衛する為に保持していた筈だった。コイがグランティアーの被害に遭った後故か、トドラを仕留めるにも4発の弾丸を発した――彼なりに胸の内では憤っていたのだ。

 トドラが始末されて、角刈りの男ヴァエッタは我先に逃れる為、頬骨が突き出た同僚のササクレーを身代わりとした。早くも仲間から囮にされて動揺するも、すかさず、煙幕弾を投げつけて煙が立ち込める中で時間を稼ごうとしていたものの、


「逃げられる訳、ありませんことよ!!」


 隠れ蓑のように煙幕を張ろうとも、曲がり角からササクレーの退路を遮らんとエクスが飛び出す。逃げる事へ無我夢中のササクレーを相手に、彼女はすぐさま右ストレートをお見舞いしてエージェントあがりの彼を怯ませる。すかさず左手で彼の首根っこを掴むと同時に彼女のタグが点灯しており、


「こういう所で使いたくありませんけど……玲也様の分もありましてよ!!」

「ぐぎゃ! こうなったらば……」


 エクスが少し謙遜していた事は、乙女としてのはじらいがあっての事かもしれない。いずれにせよ彼女はタグに備えられた能力として、右の掌からのエネルギー波を生成される。その右手に掴まれたササクレーの首根っこが熱を帯びて、皮膚を爛れさせる。息の根を止められようとしていると、口から泡を吹きつつも、痙攣した右手でホルスターに仕込まれたボタンを押した瞬間、体内から奇妙な秒針の音が鳴りはじめ、


「……早く手を離せ!」

「あら!? ここで手ぬるい事言いますとは貴方らしく……」


 至近距離で締め上げているエクスより先に、少し距離を置いている筈のサンが先にササクレーの異変へと気づいていた。彼女が冷静さを欠いていたようで、最初自分言葉の意味を理解できなかった様子に対して、サンもまた少し苛立ち、


「爆発するぞ!!」

「何ですって!? それを早くいってくださいまし!!」

「今、特殊処理室に転移させた……ここで爆発でもしたらまず助からない」


 その為爆発すると突っ込んで触れた事で、ようやくエクスが理解して、少し慌てた様子でササクレーの手を離す。床へと崩れ落ちようとする彼を目掛けてポリスターを放てば、姿は瞬く間に目の前から消え去り――かすかに鈍い音が床下から響き渡った。ササクレーが死ぬ間際に隠し持った爆弾を炸裂させ、自分たちを道連れにするなり、ビャッコへ損傷を与えようと狙っていたのだ。


「もう少し冷静になれ。私も多少は気がたっていたが」

「あのですね! あんなことされたら冷静でいられるほうが……」


 サンから相変わらず手厳しい指摘へ、エクスがやはり突っかかろうと振り向いてみれば――つい先ほどまでトドラだった亡骸が赤い池を既に作っている。この無残な姿に彼女が多少たじろいでおり、


「まだ手にかけた事はないようだな。貴様ならと思っていたが……」

「た、確かにまだ殺めたことはありません。 あなたなら手にかけてもおかしくありませんが!」

「いずれにせよ、プレイヤーに万が一の時が及べば、私たちにその覚悟がなくてはな」

「……わかってますわよ」


 まだ生死の境目ともいえる一線を踏み越えていないエクウsに対し、サンは戦う者としての覚悟を少し呆れたように述べる。彼の態度としては相変わらず好かないものの、言っている事は一理あると捉えていた為反論はしなかった――機体越しと生身では違うと自分に言い聞かせながら、


「それよりもあと一人がまだ……逃げた方向からすると」


 ヴァエッタはまだ仕留められていない――サンはササクレーと同じ方向に逃げたとなれば、エマージェンシー・ゲートとは正反対の方向である。その上で想定される逃亡ルートに少し顔をしかめつつ、後を追う事にした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


『全砲門一斉発射! バグロイドを寄せ付けるな!!』


 玲也が予期した通り、プレイヤーたちが次々と倒れた時を狙い、バグロイドは襲撃を仕掛けてきた。バグファイターのレールガンによる砲撃に支援される形で、バグビーストが敵艦へ付け入らんとする隙を伺っている。猛獣軍団による砲火にさらされながらもネイラは檄を飛ばし、一斉にミサイルを放って弾幕を張る。

無論玲也もまたスフィンスト・ストロンガーとして前線へ電装された。フォートレスのブリッジを死守するように、前方からアサルト・キャノンとフレイム・レールガンを併用する形でバグファイターとの砲撃戦を繰り広げる。


「うぅ、できることならさっさと片づけたいけどよ!」

「オレ達が動いたら、フォートレスが狙われるパチ! だから持久戦に入ってるパチ!!」

「先に動いたら負けるかもしれない、相手の動きを今は見るべきだ」


 ガーディ・ライフルを駆使しながら、ライトウェーザー部隊が応戦していたものの、仮に自分たちが動けば猛獣軍団の突破を許しかねない。ショックを少し引きずっているのか、才人は少し焦っている様子だが、コンパチと玲也が持久戦になりうると諭すものの、


「できることなら、一気に切り込みたいが」

「でも今の玲也さんが、その……」

「鎮痛剤のせいかわからないが、頭が少しぼーっとしている」


 出来ることならば、電磁編ジャンプでネクストが単身切り込んで逆転へと繋げたかった――だが両足にフォークをぶっさした為に、足へのダメージは言え切っていない。無理を押して鎮痛剤を打ったものの副作用からか、意識が少なからず朦朧としている。今の状態から、ネクストでバグロイドの攻撃を潜り抜けられる保証はない。10機ほどのバグロイドから集中砲火を受ければ洒落にもならない。


「いつまでにらみ合いが続くかだが……」

『隊長、待ってください! 勝手に飛び出したらその……!!』

「何……やめてください! 先に動いたら思うつぼですよ!」

『正体不明のプレイヤーだからって、偉そうな面をしてさ!!』

「その声は……あの時の!?」


 緊張状態が続くと思いきや――しびれを切らしてホワイトカラーのブレイヴ・バディが切り込みを仕掛けた。

 部下たちの制止する声を振り切って、彼はガーディ・ライフルを右手に構え、ガーディ・ブレイカーを備えた左手を駆使して、強引に敵陣へと殴り込んでいった。玲也が慌てて彼へ引き返すように伝えた所、その声の主は先ほどの自分へ暴力を振るった相手であり、


「昼の事と関係なく言います! 動いたらやられますよ、ジョフさん!!」

『いつまでもハードウェーザーが花形と思ってよ……っと!!』


 玲也の説得もむなしく、ジョフ機は深入りをやめない。ガーディ・ライフルがバグファイター1機を撃墜させると、制空権を取ったように上空から立て続けに砲撃を行うことで相手を寄せ付けないでいた。

 自分がいま優勢である――彼が確信した瞬間、上空から生成されたフレームへと、ダークグリーンとパープルの装甲が瞬時に覆われていく様子を目のあたりにした。


『お前が親玉か! あいにくがら空きだから……』

『残念、それはあんたの方よ!!』

『何……あっ!!』


 まるで自分を食らわんとするバグロイドは大蜘蛛の形状を成していた。足の基部となる本体へライフルを構えようとした瞬間に、銃身が何かに絡みつかれたかのように切断された。一瞬呆然とするジョフだったものの――気づいた時には手も足も、達磨にされて、挙句の果てに首まではねられた。残された胴体もこま切れとなった時はもう既にジョフはジョフではなく、


「どうしたん……なんでバラバラで!!」

「ワイヤーパチ! 足からのワイヤーで切られたんだパチよ!!」

「ハイドラ・ゾワールでもそんなこと出来ませんのに……あっ!!」


 あっけないジョフ機の最期に才人は思わず呆然とした。すかさずコンパチが分析した結果、バグロイドの足から繰り出されるワイヤーを前に、ブレイヴ・バディをあっという間にバラされたのだ。実際守りを固めていた別の機体も、身動きを封じられたかのようにライフルを落としてしまい、


『このダーク・イオニカ様と、バグジグモをなめるんじゃないわよ!!』


 ダークという男は隆々とした筋肉質な体格に反して、ピアスやメイクなどの化粧が施されたアンバランスな外見をしており、言葉遣いも荒々しくも少し女言葉が混ざっていた。だが彼が駆るバグジグモは上下合わせて12本となる足に仕込まれた特殊ワイヤー“タランストリガー”を振るうことで、ブレイヴ・バディを絡めとって、まるで解体ショーのように細切れにしてみせた。


『一体何なんだよ! どうやって防ぐんだよ!!』

『ブレイカーでもおそらく歯が立ちませんし、狙い撃つようなこともとても……』

『お前らはそのまま攻めかかれよ! 浮き足立ってるからよぉぉ!!』


 タランストリガーの猛威を前に、PARの面々は浮足立ち始めた。ダークは勝負を仕掛けるころ合いであると、バグビーストの面々への突撃を命じる。バグファイターの砲撃に加え、ミサイルを立て続けに放って、弾幕とともに進撃を開始しており、


『俺らエージェントが負ける訳ないんだよぉ!』

「エージェント……まさか!?」

「イチ、何ぼーっとしてるパチか!!」

「は、はい! すみません!!」


 バグビーストがとびかかった瞬間、パイロットがエージェントであるとの言葉にイチはかすかに動揺した。制御が微かに遅れた事をコンパチから叱咤された時に気を取り直し、両腕のハリケーン・ウェーブを腹部めがけてお見舞いして、逆に相手を押し返し、アサルト・キャノンの前に砕け散った。


「頼むパチ! お前まで慌てたらオレのフォローも回らないパチ!!」

「え、えぇ俺別に慌ててないけど!!」

「わ、わかりました! エージェント同士が依頼を受けて戦うことは当たり前って……玲也さん!!」

「俺が今から切り込む! あの蜘蛛を粉々にするだけだ!!」


 生身でエージェント同士が戦いを交えた事は確かにあった――しかし引き際を双方弁えられる状況ではなく、撃墜が死を意味する勝負である。イチが両頬を強くたたいて気をしっかり持とうとした途端、自ら打って出ると玲也が名乗りを上げ、


「だ、大丈夫です! 僕が任されたのですから、僕が守らないと!!」

「ここで意地を張ってどうする! 俺も自分から打って出てここにいる!!」

「お姉ちゃんがいるから玲也さんは大丈夫です! イチはそのまま援護お願い!」

「す、すみません! 玲也さんにも姉さんにも迷惑をかけま……おわっ!」

「何かそういわれると俺が役立たずのような……」


 自分に与えられた役目を果たそうと、イチが少し意地を張っていたものの、リンからの説得もあってネクストに任せることを承諾する。玲也が言う通りタランストリガーによる被害は拡大しつつあり、実際アサルト・キャノンの砲身もその餌食となってなり、先端が砂地へと静かに落ちていった。


『たぎるわね、あのハードウェーザーを早くぐっちょぐちょに……』

「それはお前の方だ……!!」


 スフィンストを標的に定めようとしたバグジグモだが――自分の背後へとネクストが電次元ジャンプで回り込んだ事に気づいた。カイト・シーカーを装備していない状態故、重力に従うよう落ち行く状況だろうとも、ネクストの右手にはジックレードルが握られ、アサルト・ウィッパーを展開させることで鞭のように鎌を振るっており、


『真似したって所詮はエサ……!』

「手ごたえあった……行くぞ!!」


 タランストリガーがアサルト・ウィッパーに絡みつき、引きちぎられるまでの手ごたえを玲也は感じた――放たれたタランストリガーめがけて、左手からの電次元サンダーをストリングスめがけて掃射して、電次元兵器としてのエネルギーを逆に本体へと流し込む策に彼は出たのだ。さらにアサルト・フィストで飛ばすことにより、ジックレードルを手放した右手からも電次元サンダーを加えようとした瞬間、


『調子こいてんじゃ……ないわよ!!』

「まさか……そんな手が、きゃあああああ!!」


 飛ばした右手がタランストリガーに貫かれる瞬間を玲也は目にした――バグジグモが電次元サンダーを照射された足を基部からパージさせる形で、ダメージを最小限に抑え、逆に別のタランストリガーで攻撃を仕掛けていったのだ。

 ストリングスにエネルギーを伝達させて熱を帯びさせることにより、切断力は飛躍的に上昇する。すかさず左腕からの電次元サンダーを利用して、ネクストは回避行動に入るものの、左腕の第一関節から下は餌食となった。


『ネクスト、そのまま墜ちなさいよぉぉぉぉぉ……!!』


 無防備な状態のままネクストは地へと墜ちゆく――この状況にダークは引導を渡すには相応しいタイミングと確信を持った。かくして、5本の足からタランストリガーを見舞われた時であった。


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