25-6 さよならアクア、大西洋の下に眠れ
「おや、玲也様がたおはようございます」
「ヒロさん……ということは」
――翌朝、ドラグーンの左舷デッキへと玲也達が立ち入るや否や、既にヒロが先客として到着していた。ラグレーの姿も視界に移ったが、珍しくヒロの陰に隠れている様子であり、
「若、皆様が来られましたぞ」
「玲也の兄ちゃん、それにエクスの姉ちゃん」
ヒロに促されてラグレーが目の前に現れるや否や、いつもの様にあけすけな表情ではなくバツが悪く、申し訳なさげな顔を向けて少しオドオドとしていた。おそらく昨日の一件を気に賭けているのではないかと、その場に居合わせていたリンは捉えていた所、
「ごめんだっぺー……エクスの姉ちゃんもおいらと同じだっぺー」
「私と同じ……?」
「エクスの姉ちゃんも、ゴローやピーコが死んだ時と一緒だっぺ、おいらも悲しかったっぺよ」
「ゴロー……ピーコ? 一体誰なの?」
ラグレーが真摯な顔つきで、エクスが味わった悲しみを理解しようとしていた。ただ聞き慣れない名前が平然と出てくることからニアが多少困惑していた所、
「若を育てられたゴリラとオオカミの事を指しまして」
「ちょ、ちょっと! いくら何でもアクアと一緒にするってのは拙いんじゃ」
「確かにそう思われるかもしれません。ですが若が物心ついた頃から育てられた事は確かです」
ヒロが説明した通り、ラグレーは生後間もなく航空事故に遭い、サバンナ近辺の動物たちに保護されて10年近く育てられた経緯がある。アクアをゴリラやオオカミに例える事は失礼だとシャルが突っ込みかけたものの、彼はそのように見なされる事も承知の上で、ラグレーにとって親同然の相手だと強く主張して檻、
「生きるために狩りをしたっぺ、生きるために戦うっぺ! おいらも頑張るからエクスの姉ちゃんも……」
「当然ですわよ!!」
ラグレーとして、ハードウェーザーの戦いが狩りのようにやるかやられるかだと認識した瞬間でもあった――遊びのように戯れるのではなく、生き残るために必死に戦うのだと向き合いつつ、エクスへも同じように生きるためにと彼なりのエールを送った瞬間だ。突如彼女が高笑いしだしており、
「一体私がいつ落ち込んだと思われまして! これからも当然戦いましてよ!!」
「エ、エクスちゃん……何か無理されてません?」
「いや、これで良い」
エクスが急に吹っ切れたように笑い出した事は、リンが触れた通り空元気を張っているのかもしれない。だが玲也はそれを承知の上で少し笑みを見せた――今の彼女はラグレーへこれ以上自分の事で悩むなと態度で伝えているのだ。戦いの現実に直面しながらも、前へと向かう決心をしたラグレーへ手を差し伸べてようとしており、
「エクスの姉ちゃん……じゃあ、じゃあ、おいらも一緒に!」
「貴方も戦うのでしたら玲也様を目指してよ! 私も負けません事よ!!」
「勿論だっぺ! おいらも負けないっぺよ!!」
「おやおや、若も元気になられましたら」
実際エクスの振舞いは、ラグレーからすれば高慢さと無縁な前向きな姿勢として、自分の心へと力強く届いた。直ぐに満面の笑みで返し、ヒロも安堵したような笑みを浮かべた上で、
「玲也様がリーダーとの事で異存はありません……ご教示願いますぞ」
「俺でよろしければ……いえ、こちらこそ」
「流石じゃ……将軍の見込みは間違っとらんぜよ」
改めて玲也がリーダーの元で自分たちケニア代表も従う意思を表明した。ヒロと握手を交わす玲也の様子へと、ラルが穏やかに眼を細めていると、
「あぁ、年の差カップリング! ちょーっと妬けちゃわない!」
「べ、別に妬けないですよ、玲也さんがリーダーに相応しいですから」
「そりゃそうだぜ! ラルさんもヒロさんも認めてるんだから、流石玲也ちゃんだよ!!」
玲也とヒロの様子に便乗して、イチとの距離をリズは縮めようとする。この場で禁じられた関係の話になると、自分と別にリンが危うくなるため彼が咄嗟に話題を切り替え、才人も同調して玲也がリーダーに相応しい人物だと評していた所、
「そんなにあいつの事好きだなんて、男同士仲いいなー」
少し遅れてウィンにつれられる形で、コバルトブルーの彼女が才人達を揶揄う。口ぶりからして一人ここに従わおうとしない人物がいる事を意味しているのだが、
「あら?可愛いはジェンダーを超越するから普通よ? アブノーマルじゃないよねぇ!」
「リズさん、そういう話じゃないと思いますけど!!」
「姉さん、落ち着いて! 姉さん!!」
一人リズだけはそのままの意味で捉えていた。またもイチにアプローチを仕掛けてくる事から、やはりキレるリンをイチが必死に宥めようとする傍ら
「……ロディさんの姿が見えないですが」
「そりゃ、あいつ今それどころじゃないし、しょうがないだろー」
「無断で飛び出した挙句、迷惑をかけて……ソラとやっている事変わらないですね」
「お、おい玲也! 無断で出た事は……」
アグリカの隣にロディがいないとなれば、玲也の視線は少し冷めたものへと変わる。ロディが自分の実力を認めなかった上で、自分から窮地に陥りあわやまで追い込まれた事も呆れる話だが――ラグレーと違い、弔いの場に顔を出そうとしない様子から彼はさらに冷たい感情を寄せている。彼女の本心を知る身として、ウィンが珍しく玲也を止めようとするも、
「ソラも同じ犠牲者だろ……?」
「何……!!」
「アクアがエクスの知り合いだってのは分かるけど、なーんか仲良く群れすぎなんだよなぁ?」
アクアと打って変わって、ソラに対しては無断出撃から敵前逃亡を経て犠牲となった自業自得。彼女を思い詰めさせる一因にもなったとして玲也達は冷淡に扱っていた。アグリカもまた彼の宣伝に利用された身だが、それでも同じ一員に変わりないとのスタンス。彼やロディに対して排他的な姿勢は、友達同士で閉鎖的な環境になっているとも言いたげな所、
「アグリカ姉ちゃんも仲良しだっぺよ? 違うっぺか?」
「当たり前だろ―? 元気になったなーラグ坊―」
この気まずい空気を知らないままラグレーが尋ねた途端、アグリカの興味は復活した彼へと移る。抱き寄せながら彼の頭を撫でており、穏やかな表情を見せているが、
「玲也ちゃん、あいつ妬んでるよ! 元々二人が悪いのにさ!!」
「一筋縄ではいかないものだが……厄介だ」
実際アグリカから揶揄われていたが、才人は親友として玲也が正しいのだと激励を交わす。エジプト代表に対して、プレイヤーとしての実力と別に人間性に問題があると頭を抱えている。自分がリーダーとなる体制下では真っ先に障害になりかねないと見なしていた所
「すまない、ギリギリの到着だね」
「将軍……それにカプリアさん!!」
「弔うと共に、玲也と話をしたくてな……」
「カプリアさんが俺に……えっ!」
エスニックが到着したと共に、ロシア代表の二人も同伴していた。この弔いの場への参加は義務ではなく、スタンバイ明けで仮眠をとっているオーストラリア代表の例もあり、他フォートレスもまた留守を務める事から様々な事情を避けては通れない。
その中でロシア代表だけ足を運んだのは、玲也へ話がある為だが――彼の対応に変化が生じていた事に気づき、
「……レイヤ、ボウズ、イマ、チガウ。カプリア、イマ、オモウ」
「とパルルが言ったが、それを言いたかったな……既に腕と経験があるからな」
「……ありがとうごさいます。アンドリューさんの後が務まるよう精進します」
「その意気だ。激務かもしれないが、無理をしすぎるなと言っておくぞ」
パルルが先に触れた通り、ドラグーンのリーダーとして託された玲也は既にボウズではないとの事であった。この時に至るまで確かに成長を続けていると評した上で、これから先の在り方を直接忠告した所、エスニックがエクスへと白いカーネーションの花束を手渡しており、
「バグロイヤー七大将軍を前に、多くの人命が喪われ、電装マシン戦隊からの犠牲も少なくない……だが」
弔いの場へと参加した一堂に対し、自分の姿が見えるようデッキの縁へと回り込んでエスニックが演説を始める。バグロイヤーとの戦いで過去にない多大な犠牲となった中で、
「この先を戦い抜き、勝ち取る日の為に……各自、黙祷!!」
『弔砲、用意じゃん……!』
エスニックの宣言と共に各々が目を閉じて黙とうをささげ、ロメロの手によりレールガンから弔砲としての空砲が発せられる。同時に玲也がエクスを連れてデッキの縁へと歩ませ、
「さようなら、アクア……電次元へ帰る約束は必ず果たします」
「貴方とは少ししか一緒にいられませんでしたが……どうか俺達の事を」
「この海の底から見守ってくださいまし……それまでは傍にいますから」
アクアが眠る大西洋へとカーネーションの花束をエクスは投下した。この地の海で彼女が眠り続けている限り、この地で戦う間はまだ一緒にいられるであろうと、再開してからどこか遠ざけていたころと一転し、エクスの胸は彼女の慕情の感情に今は押しつぶされそうになっていた。
「ありがとう、あと許してくれアクアさん……」
そして死の間際になるまでアクアの事を問題児と捉えていた事へ、玲也は考えを改めると共に彼女の眠る海原へと深く頭を下げるが、
(アンドリューさん、リタさん……俺たちはまだ戦います。貴方たちのようにふるまえるか分かりませんが)
今度はバリアーに覆われた空へ、イーテストが散った宙を玲也は見上げた。苦境の中から新たに燃え上がる闘志で空を焦がすように鋭い眼光を向けていくと共に、黙祷が終われば、
「来いバグロイヤー! 俺達が、電装マシン戦隊が跡形もなく滅ぼしてやる……!!」
――大西洋に羽鳥玲也の叫びが響き渡った。大気圏内外に爪後を刻み込んだ七大将軍を相手に、この地球を何としても守り抜く決意の炎を燃やし、一人残らず叩きのめす憤怒の炎も滾らせながら。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
次回予告
「PARの軍事基地で、ライトウェーザーが暴走する事件が多発しており、調査に出ていたアズマリアさんとルミカさんまで捕まってしまった。この事件の裏には超常軍団が裏で糸を引いていたようで、俺たちは超常軍団の捕虜を交換条件として迫るが……この交渉の場こそ超常軍団の罠だった! 今、ウクライナのキエフ基地に最悪の事態が訪れようとしていた!! 次回、ハードウェーザー「怪僧ムドー、ウクライナに死の鐘が鳴る!」にネクスト・マトリクサー・ゴー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます