22.5-5 この黒星、明日勝つ為に

「ちょっとどういうことですの!? この流れですと明らかに玲也様が勝てたはずでしてよ!!」

「まぁ確かにそれ言っちゃそうなんだけどよ」

「これはもともと才人とラルさんの対決だって忘れたのかよ?」


 この勝負の結末を見届けた者として、真っ先に異議を唱えたのはやはりエクスだ。彼女の言いたいことは一理あれど、あくまでこのシミュレーターバトルでの特訓は玲也の為ではない。リタとアンドリューがそう本来の目的を説いて彼女を諭す。


「となれば、もしかして既にスフィンストはあれで負けたとも……?」


 これにニアも少し忘れかけていたがこれまでの戦闘の経緯を思い出す。ジーボストを先に仕留める前にカイト・シーカーに連結されていたスフィンストは撃墜された。アメンボ・シーカーに牽制されている隙に対し、、クアンタム・ランチャーが直撃したのだから。その時点で勝負がついたのかとニアが一応理解した所、シミュレーターの扉から其々が姿を現す。


「この戦いの意味を正しく把握していませんでしたこれでも勝てると思わず焦ってしまっていたかもしれなくて」

「まぁ、あれは流石に無茶苦茶だと思ったけどなー」

「ごめんなさい……私が提案してみた結果がこうですと」

「まぁやってみる価値はあったかもしれねぇ……ラルさん、念のため言っとくけど場合によっては貴方も負けになっていたとは言っときますよ」


 玲也が勝利を確信して挑んだ一手に対し、リタは強引な方法だと少し苦笑するも、アンドリューはジーボストに潜り込む攻め方は面白い一手と評していた。アンドリューが念の為勝敗のルールからしたらラルが勝ったものの、実際の戦闘の場合あなたも撃墜されていただろうと本人へ触れると、


「そうじゃな。あくまでこのまま戦っても互いに共倒れじゃった。どっちにせよまっこと勝ったのは玲也じゃとわかっちょる」

「あの時あぁするのが一番ってあたし達考えてたけど、正直甘く見てたかもね♪」

「なっ……」

「リズさん! イチだけでなく玲也さんにも気安く近づかないでください!!」


 ブラジル代表の二人とも、この勝利がシミュレーターバトルで定められていたルールに救われたものと捉えており、自分たちの勝利より自分たちを確実に仕留めようとしたネクストの攻め方を評していた。特にリズは玲也にも一目置くように惚れ込んでおり、彼を抱き寄せて好意をアピールするも、リンがすかさず彼の過剰な愛情表現を止める。


「あらま、あたしは貴方も可愛いと思うけどそう怒らないほうが素敵よ」

「お、お世辞で私を褒めても駄目ですよ!」

「はい、その話はまた後にしろー」

「そうだ。ラルさんも玲也相手に立ち回ってましたよ。ただの力任せじゃない攻め方でしたからね」


 リンとリズをリタが仲裁しつつ、アンドリューは実際の戦闘では玲也に負けていたと指摘するものの、2対1のハンデながら勝利を手にしたラルの腕は誇れるものであるとフォローを加える。


「あそこまでの巨体のジーボストで、俺のネクストが捕まった時は正直どうなるかと思いましたからね……」

「あのジーボスト相手に、おめぇも良く立ち回ってた。流石だぜ?」


 玲也もまた、ジーボストが重装甲と馬鹿力を備えつつ、機動力のなさを補うだけの腕をラルが備えていた素直に述べる。アンドリューは本来ならばこの勝負は玲也が一方的に勝つかもしれないと見なしていたが、双方は持てる限りの力と知恵を駆使していたと穏やかな目を向けていた。


「がきっちょとラルの対決だったら叱る事もないだろうなー」

「全くだ。俺も好きで怒りたくねぇけどよ」


 リタの言うう通り、二人の戦いを見るにおいてアンドリューは特に口を酸っぱくする必要はなかった。ただ、この戦いの結果からそう責めざるを得ない相手に向けて、少し厳しい表情を浮かべながら肩をポンと叩くと、


「いっとくが、おめぇが不甲斐ねぇから負けたって事は認めろよな?」

「は、はい……」

「あ、あの才人さんだけじゃなく僕もやはり不甲斐ないと……」

「わりぃがちょっとおめぇは黙っててくれ。甘やかしてばかりじゃ何もならねぇからよ」


 このシミュレーターバトルはスフィンスト、つまり才人が足を引っ張ったことが原因で負けた――アンドリューは少し威圧を込めた表情で彼に事実を釘のように指した。イチが恐る恐る自分にも責任があると才人を庇おうとするも、彼は才人自身の問題であると余計な干渉はやめろと諫める。


「いきなり現れたジーボストを前に、ろくに考えもせず突っ込んで返り討ちに遭った。分離して咄嗟に投げつけられたのを回避したのは悪くねぇが……」

「それは才人じゃなく、オレが咄嗟に動かしたパチよ」

「ちょ、お前!」

「わーってらぁ。このトーシロがそこまで機転を利かせられる訳がねぇ」


 一つ目の失策を指摘した後、一応土壇場で分離し、受け身を取った事を評価するアンドリューであったものの、コンパチが真っ先に自分の独断で動いたとバラす。才人が多少狼狽していたものの彼は特に様子を変える事もない。コンパチの行動履歴を探れば、どの道スフィンストを誰どのようにその時動かしていたか把握できた事もあったが、


「それに、やたらヘッドチャージにこだわった結果、俺のキャタピラーを同士討ちにしたパチ」

「おい! 勝手にペラペラしゃべるなって!」

「バーカ! ヘタクソな事をやったの黙ったらオマエの為にならないパチ!」

「……まぁ、こいつの言う通りだ。そんでもって玲也」


 教育型コンピューターとしての責務か、本人のへそ曲がりな性格かは定かではないものの、コンパチは才人の失態を躊躇うことなくぶちまける。アンドリューが少し彼の様子に戸惑いつつも気を取り直し玲也へと話を振る。


「おめぇがコンバージョンで最初から挑まねぇで、2機がかりでジーボストを攻めようとした……こいつの為にならねぇからか?」

「……その通りです。これが俺とラルさんの腕を競うのでしたら、その必要はないはずでしたが」

「コンバージョンしたら、オレ達やっぱ勝ったんじゃないかって気がするパチね。やっぱ」

「成程な……そういう事だぞ、才人!」


 コンバージョンで最初から攻める事により、確実に勝ちをつかむことが出来た――アンドリューがおそらくこの作戦を立案したのは玲也だろうと彼にその意思を確かめた。

 玲也は少し才人への罪悪感がありながらも、この作戦を執った理由を打ち明ける。コンパチもまた、自分たちが勝つより、才人に課された特訓であることを想定して彼がこの作戦を立てたのだと肯定しつつも、勝つ事を最優先とすれば自分がコンバージョンを主張していた事を敢えて触れる。その上でアンドリューは結論を出そうと口を再び開こうとすれば、


「全くですわ! こんな事でしたら最初から玲也様に全て任せてしまえばよかったのでしてよ!!」

「なっ……」

「……いや、仮にそれやったらこの勝負の意味がなくなっちまうからな」

「けど、エクスがそういいたくなる気持ちもわかるぞー」

「うう……」


 玲也がシミュレーターバトルで負けた――それも相方が足を引っ張ったことへの憤りが強かったのだろう。エクスは才人はお荷物に過ぎないと容赦なく詰る。このシミュレーターバトルでのルールとの兼ね合いもあり、アンドリューは一応彼女を宥める事は言うものの、リタは彼女の主張を否定する事はしない。それが余計才人へと重くのしかかり、


「少なからず玲也は貴様を信じてたと思うがな……これでは、足を引っ張った挙句勝ちを逃しただけだ!」

「足を……引っ張った……」


 玲也はあくまで才人への特訓としてのシミュレーターバトルだと理解した上で、彼に活躍の場を設けさせようとした。それにもかかわらず才人が逆に足を引っ張った挙句勝てる勝負にも負けた結果に終わってしまった。

 本来玲也を助けるためにプレイヤーへ志願したにも関わらず真逆の結果となった事へ、ウィンは容赦なく指摘の手を緩めない。流石に才人が自分の至らなさを痛感して握り拳が震え上がる中、


「アンドリュー、才人っちの腕が未熟なのはしょうがないのあるよ、そろそろこの位にしたほうが」

「それ言ったら、玲也はどうなるんだよ? 俺が甘やかした覚えはなかったけどな?」


 シャルは流石に才人へ気の毒になったのか、アンドリューらから彼を庇おうと擁護する。ディメンジョン・ウォーをクリアしていないにも関わらずプレイヤーへ志願した経緯を踏まえての事だが、彼女の意見を汲むこともなく、アンドリューは玲也の例を持ち出した。

 玲也も同じような前歴であり、ディメンジョン・ウォーをクリアする前にイレギュラーな事故でプレイヤーに選ばれた。彼の実力を試すにあたってアンドリューは手を抜く事は一切しなかった。その結果敗れた玲也だったが、その中でも出来る手を打ち続けて粘った姿勢はアンドリューの心を動かすに至った訳だが――逆に言えば今の才人からは自分の心を動かされる物がないに等しかった。


「腕が未熟とかでも、敵さんがそれ分かってくれるかよ? 勝手に死なれちゃあな……」

「全くですわ! 玲也様とその殿方では差がありすぎ、玲也様の背中を預けるにはとても」

「……悪かったな」


 アンドリューが才人へ厳しく当たらざるを得ないスタンスで叱咤を続けようとするのだが、エクスはイレギュラーな経緯でプレイヤーになった者同士でも玲也と才人は似て異なる――月とスッポンだと断じた途端、才人の頭の中で何かが切れた。


「さ、才人さん……あの、その僕も精一杯頑張りますから?」

「どうせ俺と玲也じゃ腕に差があるんだろ! 俺なんかに玲也ちゃん助けるのは無理だってみんな思ってるんだろ!?」

「おい、待て才人!!」


 パートナーの異変を察知したイチが宥めようとしたものの、差し出した手を叩くように振り払った上で、才人が飛び出していく――玲也がすかさず彼を引き留めようとするのだが、太くごつい手に直ぐ止められ、


「ここは気のすむまでそっとさせるのが一番じゃないかのぅ。わしが後でしっかと話しつけるぜよ」

「ラルさん……友人として俺が責任を取らないといけないと思いますが」

「いや、もしよかったら頼みます。互いに同期として、俺達が話すより早いと思いますからね」


 玲也に対して、“自分にまかしておけ”と言わんばかりの自信と余裕にあふれた笑みを見せつけるラルだが、彼自身だけでなく、玲也へそう気負う必要はないと顔で伝えていたかの様子でもあった。二人の心境を見透かした上で、アンドリューはラルへ才人のフォローを頼めば


「頼みならやっちゃるぜよ……おんしもついてきてもらえんかのぅ?」

「僕……ですね! 当然才人さんのパートナーですから早く探さないといけないですよ!!」

「見上げた心がけじゃが、多分早まることはせんからのぅ……急いだほうがえいに越したことはないがのぅ!」

「じゃ、早く急ぎましょ。イチ君と一緒なら」


 ラルは嫌な顔を全くせず、イチを連れて才人を追いに向かう。無論彼のパートナーとしてリズが同行しようとした所、すかさず左右の腕と肩を捕まれるようにして止められており、


「やめてください。私、貴方を許してませんから」

「すまんが私も手を貸さなければならない気がしてな……貴様の毒牙にイチがかかる事を想像ずるだけで」

「もぅ、皆怖い顔して~かわいい顔が台無しよ?」

「なっ……」

「ウィンさん、この人の言葉に乗せられないでください。取り返しがつかない予感がします」


 リンだけでなく、ウィンもイチとリズが同行する事へ未曽有の危機を覚えていた。ウィンはまだしも彼女がやはりただ事ではない表情でリズを威圧するものの、当の本人はあまり懲りておらず、それどころかウィンにも可愛いと触れれば、一瞬照れるような様子で力が緩んでしまう――リンがすぐさま怒気を発して釘を刺し、彼をシミュレーター・ルームから外へと連行していった。


「なんというか、あの人相当濃いよね……」

「何かあいつ、元々スタイリストとして有名だったっぽいからなー」

「あー、なんとなく分かるような……」


 イチに手を出そうとした為とはいえ、リンがあそこまで怒らせるリズに対し、シャルが少し驚いた様子もあった。リタが彼の経歴を触れると、一応彼のジェンダーを越えた上で色を好む一面に納得をしていた所、

 

「それより、あんたが余計な事を言うからあいつ飛び出しちゃったじゃないの」

「あら、あの殿方に足を引っ張られて玲也様に万が一のことがあったらどう責任を取るのでして?」

「それはまぁ……確かにあんたの言いたいことも少しは分かるわよ」


 一方ニアはエクスへ才人の一件で問い詰めようとしたものの、彼女は自分が当然のことを言ったまでの事だと態度を変えるつもりはない。ニアもまた彼女が玲也の一件で才人へ怒りたくなる気持ちはあり、彼女へそれ以上叱責や追及をする事もやめると、


「ラルさんはこういう問題を扱うの慣れてっからよ……俺がいなくなっても多分大丈夫の筈だ」

「……アンドリューさん、まさかと思いますがジェラフーの一件は」


 才人のフォローを今はラルに任せる形で、ドラグーンの今後についてアンドリューは玲也へ打ち明けた。才人の一件が気がかりであった玲也だが、前から懸念の必要があった話として彼の話に耳を傾ける――これからの自分の在り方にも大きくかかわる話と確信していたからだ。


「やっぱ経験のある俺らが転属で決まっちまったんだよ。ちっとばかし寂しいけどな」

「ステファーと……まぁ、あいつがリーダーだと流石に不安だってなったからなー」

「……そうなりますとラルさんが新しいドラグーンのリーダーですか」

「おいおい、何冗談こいてやがる」


 ジェラフーで実戦経験があるうえにリーダーシップを兼ね備える強豪として、アンドリューとリタが必要不可欠な存在として転属が決まった。ラルもまたリーダーの候補として検討されていた人物だっただけに、彼がドラグーンのリーダーとして着任したのだろうと最初捉えていた玲也だが、


「ドラグーンのリーダーはおめぇだろ? それだけの腕がおめぇにあること位信じろよ」

「ラルの奴も辞退したからなー。実戦経験のないわしにはリーダーが務まるはずがないってさー」

「そうでしたか……あの人でしたら俺も信じてよいと思いましたが」


 アンドリューから、今の玲也にドラグーンのリーダーとしてプレイヤー達を束ねていけるだけの力量があるとのお墨付きはもらっていた。それでも実戦経験がないにも関わらずプレイヤーとして高い腕を備えるだけでなく、周囲に安心感を与えた上で牽引していくだけのリーダーシップを持つ男だと、ラルを認識していただけに少し心細い心境を吐露すると、


「まぁあの人は自分から目立とうとしねぇけどよ、よく人を見た上で引っ張ってけるって俺も思うからよ」

「能ある鷹は爪を隠すみたいな奴だよなー」

「そういうこった。あの人ならおめぇらとも上手くやってけると思うし、おめぇが学ぶことが多い人だとは保証してやるよ」

「確かに……今の俺ですとどっちがリーダーか分からなくなりそうです」


 ラルが元々持つ腕だけでなく、サッカー選手時代から培われてきた人柄や統率力を加味すると玲也を上回る人物であるとアンドリューが評する。この評価に対し玲也も異存はなく、それと別に自分より秀でている年上の彼を今の自分が従える事へ少し複雑な心境もあった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「うぅ、寒っ……このジャージでも堪えるよ」


 既に陽は沈んでおり、オークランドの空は薄暗く覆われつつあった。真冬の夜風を打ち付けられながら、才人は大木に身を委ねながら、季節外れの冬風に体を震え上がらせていた。


「うぅ、俺どうするんだよ、そりゃ玲也ちゃん……いや、みんなの中でどん尻なのはそうだし、全然何も活躍できなかったしささ……」


 このオークランド島から帰るには、別荘へ引き返す必要がある。だが、自分の腕の至らなさを度々指摘された挙句逆切れし、思わず感情に任せて飛び出した身からすれば、どの面を下げて戻ればよいかがわからない。寒さに打ちひしがれて才人の身体が縮こまると、


「もしかして電装マシン戦隊の新しいプレイヤーの方ですかな?」


 己の非力さを嘆くように顔を埋めようとした才人の元に、一人の男性からの声が届いた。彼が顔をあげて映った相手は、ロマンスグレーの七三分けされた初老の男性であり、防寒着のようにコートを着込んでいる。


「おじさん、何で俺の事をプレイヤーだって……」

「ドラグーンが合宿で使用している以外、このオークランド島に訪れている人達はいない……私も今はそう聞いてますからね」

「そ、そこまで知ってるとか、おじさん一体何なんだよ?」

「貴方が才人さんだとは聞かされてますが……まだ名乗っていませんでいたね」


 自分はがプレイヤーであることも知るこの男性に対し、才人が思わず身構えて尋ねるものの、当の彼は固くなる必要はないとフランクな態度のまま。彼の緊張を解きほぐした後に、軽く咳ばらいを経て


「私はバームス……ベルの父親ですよ」

「ベル……ベルさんってことは、あ、あぁぁぁぁぁ!?」


 ベル・ジンジャー――自分の前にドラグーンへ所属しており、志半ばで力尽きたニュージーランド代表だとは、既に玲也達から教えられていた。その父親を目の前にすれば、驚愕するだけでなく思わず自分の顔を覆い隠してしまい、顔つきが不甲斐なさで歪みを見せるが、


「確か玲也さん達が強化合宿で来られていましたが、」

「す、すみません! まさか貴方がベルさんの親父さんだとか、俺……」

「別に貴方に怒る理由もないですが……合宿から飛び出されて」

「ひ、ひぃぃぃぃごめんなさい! ごめんなさい!!」


 その父親が何故オークランド島に訪れているか分からないとはいえ、亡き前任者の父親バームスを前に今の自分に合わせる顔がない。合宿から逃げ出した事への罪悪感が込みあがり、声にならない声が胸の奥からひねり出され、今の自分が彼を相手にどのような顔を見せるか分からない様子。ームスが既にその背景を突き止めた事で、猶更土俵際に立たされており、


「俺だって玲也ちゃんの力になりたいと思って選んだんだし、姉ちゃんのように強くなろうって俺も思ったんだけど!! 全然、全然及ばなくてよ!!」

「……お姉さんですと、もしかしたら瑠衣さんの事になるかもしれませんか」

「そ、そうですけど、何であなたがそこまで……」

「私はマリウスさんと関りがありまして、貴方のお姉さんの話も耳にしたのでしてね」


 バームスがオークランドへと訪れた理由は、ゲノムからの難民を受け入れるための移住先を検討する為であった。受け入れ先として一先ず同じオークランド諸島に存在する、エンダービー島をの仮住居として決めてはいたものの、今後を見据えてよ恵まれた環境が必要だと判断した事もあるが、


「ここに訪れた理由はもう一つありましてね……すぐそこですから」


 もう一つバームスが訪れた理由があるとの事だが、今度は個人的な理由もあり彼へ突いてくるようにと合図を示す。理由を突き止めるまで至らないものの、自然とバームスの後を追った末に、


「ベル・ジンジャー、ジャレコフ・ルトラン……!」


 大樹に覆われるようにして、十字状の墓標が安置されていた。バームスが無言で手を組み方膝を落として、冥福を祈っており、墓標の下に刻まれた名前に気づけば後を追うようにして、才人も黙祷をささげた。二人の間にしばし沈黙の時間が続いた後に、


「ベルやジャレ君の為に私が出来る事ではないかと思いましてね……」

「ジャレ君は……確かジャレコフでしたっけ?」

「そうです。彼のおかげでベルは変わってくれました。本来でしたら私がもっと構うべきでしたが」


 父親としての責務を果たせなかった過去の自分に対し自虐も交えつつ、ジャレコフは父親の自分に代わり、孤独からベルを救い出してくれており、二人の仲を父親としても認めていたと触れるものの、


「けれど、私はジャレ君に酷いことをしました……」

「酷い事……それって一体」

「あの時、ジャレ君を信じ続けていれば……未だに後悔してばかりです」


 バームスが犯した過ちに関しては才人は知らされてもいない。厳密にいえば玲也やシャルでさえも今の彼の悔恨を把握しているかどうかも定かではない。


「あの時の私に余裕がなかった事もありますが……言い訳にしかなりませんね」


――バームスが口を開いた過去とは、ベルがイリーガストに生命を絶たれた時までさかのぼる。シャルを救う代償として、ベルはビトロの手に捕われた。それでも彼女が屈することなく抗った結果全身を蜂の巣にされ、物言わぬ姿で自分の元へと還った。変わり果てた娘に直面して慟哭するだけでなく、


「あの時、ジャレ君を憎んでしまいました……何故ベルを守ってくれなかったと」

「……玲也ちゃんから聞いたけど、ジャレさんが直ぐバグロイヤーに」

「ジャレ君を早まらせる結果になってしまいました。私より彼の方が辛かったはずですのに……」


 ジャレコフへ憤怒と憎悪の鋭いまなざしを突き付けた――温和で実直な彼だったものの、娘を喪った時はそう踏みとどまる事は許されなかった。その刹那の感情が招いた結果を振り返るだけで、バームスは天に首を上げる。悲嘆を押し殺す声と共に、微かに感情が目元から流れつつあり、


「――ジャレ君はどこにもいません。こうしてベルに会う事も、共に眠りにつく事も」

「そう、ですか……」


 この墓標がオークランドへポツンと安置された事も、二人を安置する為、地球と電次元の境界を越え、同じ志の為に共に戦って散った者として魂を慰め、そして友好の証として祀る意図があったものの――ジャレコフはこの地に還る事もなかった。ビトロを道連れにせんとして宙域に散り、亡骸はあとかたも泣く消え去ったのだから。

 ジャレコフを信じ切れなかった事を悔やむバームスの姿に、才人は胸を締め付けられる思いと共に言葉が詰まる。自分も姉の理央を喪った身だが、彼女の亡骸はまだこの地で眠り続けている事を考えれば、少しは救われていると思わずにいられなかった。

 

「本当俺、かっこ悪いですね……玲也ちゃん達を裏切っちゃってるし」

「やはり才人さんも悔やまれているようで?」

「そうですよ。やけくそで飛び出して本当どうしたらって」

「もし未練があるようでしたら、まだ戻れるのではないでしょうか?」

「……はい?」


 姉の遺志をプレイヤーとして継ごうと意気込んだ才人だったものの、プレイヤーとしての実力のなさに直面してしまっていた一方、断ち切れぬ捨てきれぬ思いがまだある――バームスは彼の葛藤を踏まえた上で、その背中を穏やかながら押し始めた。彼が思わず素っ頓狂な声をあげるものの、


「周りがわからないまま、一度失敗する――それ位誰にでもあると思います」

「その誰にでもある一度の失敗で、取り返しのつかない事を今してるんですけど……」

「合宿を飛び出した事は、まだ取り返しがつきますよ。私でしたらもっと多くの取り返しのつかない事をしていますから」

「は、はぁ……」


 温和な人柄ながら、バームスが自分自身の過去や経験を触れていく。何か彼がふっきれたように、肝が据わった様子を前にどうリアクションするかで迷っていたものの、


「何処で至らなかったか分かっているのでしたらもう一度挑んでみてください。信じる事を諦めるのはそれからでも……」

「才人さーん!」

「おや……まだ、見限られてないようですよ」


 信じる事を諦めてはならない――後悔を抱えたまま終わる事がないよう、バームスが教えを授けようとした時だ。イチが自分を探し回っている声を才人たちは耳にした。すぐさまポリスターを取り出し、彼の居場所を突き止めていたものの、才人がその場から離れる様子がなく、逃げ出そうとしていないとバームスが暖かい声をかけたのちに、


「では私も調査を続けないといけませんから、この位で」

「えっ……ちょ、ちょっとまだ話が途中だったと思いますが」

「いえ、今の様子でしたら、態々私が出る必要もありませんので」

「才人さん! その声は才人さんですね!」


 バームスが姿を消すと共に、イチが才人の居場所を突き止めた――逃げ出した自分がどう顔を合わせればよいのかと困惑しつつも、思わず首を縦に振って否定することはなく、自然と足がイチの元へ向かうと共に、


「なんというかゴメン! あの時どうかしててたと言っても、許してくれないと思うけど!!」

「えっ……あの、いや僕は才人さんが無事見つかってよかったと一先ず思っていましたが」

「どうやら逃げ出した事へ責任は感じちょるようだのぅ」

「げっ……」


 真っ先に頭を下げる才人に対し、イチは少し驚きながらもそこまで気に病まないでほしいと穏便に励まそうとはしていた。しかし、彼の隣から南米の大巨人ことラルが姿を現せば、思わず委縮して縮こまってしまう。


「当たり前パチよ、オマエがスケジュールを遅らせてるパチ」

「あの、出来れば手荒なことは……やむを得ない場合は僕も」


ラルの股座をくぐる様にして、コンパチの顔面からスポットライトが照射される。幽霊のように逆光を浴びる彼が、指の骨を何度も鳴らしている様子に対し、才人を恐怖へ陥れるのは十分なものであった。イチが穏便に事を進める様にと頼むものの、


「ガタガタいいなや! わしの話を聞くぜよ!!」

「ひぃ……っ!!」


 振り下ろされる拳と共に発せられた風圧が才人の頭頂を冷たく撫でた――震え上がる中、思わず目を閉じたとき、次に襲い掛かった感触は何故か生暖かく、ゴツゴツとした感触と頭頂で感じとっていたものの、頭を打ち付けられる痛みの質量は一切感じられなかった。


「よぉ逃げんかったのぅ。よしよし」

「おい、ラル、コイツは逃げ出したパチよ、一発ぐらいぶちかますパチ!」 

「わしはぶん殴ってわからせるのは嫌いやき。それもいっさん逃げ出した位なら殴る事もないと思うがのぅ」

「は、はぁ……」


 実際は拳骨を寸止めで止めた上で、その鍛え抜かれたごつい掌で才人の頭を撫でていただけに過ぎなかった。イチがほっと胸をなでおろしつつ、コンパチが甘いのではと苦言するも、彼は一笑に付しており、


「おんしは、今のままでも玲也たちの役には立っとるがのぅ……」

「そ、そんなことないですよ。俺に勝った貴方が同情されても、」

「誰がオマエに同情なんかするパチか……」

「別にわしゃ勝っちゃせんと思っちょるぞ。仮にあの勝負でおんしに勝っても、玲也にゃ負けてたぜよ?」


 あの勝負で自分が役立ったと褒められる事は、同情に過ぎない――才人自身が理解していた事であった。それ故に先ほどまでその巨体に怯えていたにも関わらず、自分が同情されるほど落ちぶれていないと強がる。とはいえ、コンパチはお前の強がりが無意味だと一蹴し、当のラルに同情のつもりは一切なかった為、少し首を傾げている様子だが、、


「けんど、おんしが役に立っとったのはハードウェーザーのお陰……それが分かっちょるから悔しいんじゃろ?」

「そ、そりゃまぁ……俺がやっぱ玲也ちゃんやシャルちゃんと違って全然って分かったから……」

「今のおんしから、浮ついた気持ちが消えちょる!一歩がけに進めたって事ぜよ!」

「あがっ……!」

「才人さん、しっかり! 大丈夫ですか!?」


 大きく笑い飛ばしながら、ラルが才人の背中に思わず力強い張り手を一発ぶちかました。最も2mもの巨体から、かまされる一撃は強力であり、才人が思わず前に倒れそうになったのをイチが慌てて食い止める。


「い、一体何なんですか!? 痛いじゃないですか」

「すまんのぉ。けんど自分の弱さに向き合って、今の状況を正しく判断できるのはええ事ぜよ」

「そ、それは俺を……いや」


 ラルが親身になってに接している様子に対し、疑問あったものの――当の本人は自分の目を真正面から凝らして見つめるようにして断言していたともいえる。自分を買いかぶ才人はっているのではと、疑問を呈しようとしたもが――彼の有無を言わさない自信と信頼に半ば圧倒された末


「すみません! 俺は姉ちゃんのように強くありたいですし、玲也ちゃんの力になりたいってやっぱ諦められません!!」

「……才人さん!」

「一度逃げた俺だけど、今度こそ本気で頑張ろうって今思ってます! 玲也ちゃんやシャルちゃんに及ばないかもしれないですけど!!」


自分の猜疑心を突きつけるよりも、自分がこう信頼を寄せられている事に応えようと才人は決心した――今の自分はプレイヤーであることを遊び半分や浮ついた心で見なす事も、玲也やシャルとのなれ合いでなぁなぁの姿勢でもないと誓うと共に。


「どうか僕の方からもお願いします、ラルさん!」

「……わしも掛け合おうかのぅ。今じき引き返せば、今回は大目に見てくれるじゃろ」


ラルが自分へ寄せる自信と信頼へ向き合うように、今の自分の胸の内を面と向かい打ち明けた彼の姿勢は本気だと信じイチも続けて頭を下げる。この二人の熱意に対し、ラルは涼しい顔のまま後ろを向き、自分が騒動を丸く収めてみせると親指を立て、


「こっから互いに死に物狂いじゃぞ! わしも手を抜かんぞ!」

「お、俺だって本気だします、イチ!!」

「勿論です、コンパチさんも!!」

「やれやれ、もうちょっとオマエら信じろってなら、オレも作られた甲斐があるパチね」


 目が醒めたような想いで、才人とイチはラルの後を追いかけていく。コンパチは少し斜に構えながらも、彼が本気を出して腕を磨けば、その分自分の果たすべき役割も増え、作られた意義が確かなものになっていくであろう――それを考えるとまんざらこの状況も悪くないと捉えていた。


「……ジャレ君が救ってくれたのが彼でしたね」


 才人達が別荘へ戻る中、バームスは彼らの後ろ姿を目にしていた。特にイチの事に気をかけていたが――ジャレコフが命を賭して救い出した相手だからであり、


「ベル、ジャレ君……二人を忘れない人たちがここにもいたようだよ。私もだけどね」


 玲也やシャルだけでなく、才人やイチのような直接かかわりがない者たちも、こうして娘の遺志を継ぐように立ち上がろうとしていた。バームスとして二人の想いを継ぐプレイヤー達に感謝を示すと共に、自分もまたすべきことを成さんと誓うのであった。

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