17-3 戦慄!反逆の業火
「既に知っていると思うが、俺は尊敬する偉人が毛利元就だ。戦国屈指の謀将、一代で一国から中国地方全土を支配下に置いて、長州藩にその魂が継がれていく事でだな……」
「あんた、その話何度したら気が済むの!」
「ニアさん、教養のない貴方には面白みの話に聞こえるかもしれないですわ。私からすれば為になる話ですわよ」
「……あのねぇ」
厳島神社の鳥居をくぐり、砂浜を歩く玲也達であったが――自由行動にかかわらず彼らの班はまるで歴史ツアーに参加させられているような光景が展開されていた。
これも引率するような立ち位置となった玲也がひたすらしゃべり続けていた為。ニア達を相手に、厳島と毛利元就の事を延々と語っている。少なからずニアは、飽き飽きした様子で不満をぶちまけており、相変わらず彼を崇め称えるエクスとひと悶着起こそうとしていたが、
「目の前の建物が千畳閣といってな、豊臣秀吉をまつる豊国神社の一つ……というか秀吉自らが建立した最古の神社だ。時の天下人もまた……」
「玲也君、何かスイッチ入ると多分オタクだよね……」
「時代劇見る時凄いテンションが高いですからね……「必勝仕業人」の確か青井剣之助、そう外村敦夫さんのファンとかで」
「つまり厳島は、厳島合戦……河越野戦、桶狭間の戦いと並ぶ日本三大奇襲で有名だろう。いずれにせよ厳島で陶晴賢2、3万の大軍を下した事で毛利家は勢力を飛躍的に拡大してだな……」
ニアとエクスの後ろで、シャルとリンが彼の意外な一面について密かに話しあっていた。そのことを玲也が知っていたかどうかはともかく、先頭を歩きながら後ろに聞こえるほどのボリュームで厳島に関する事を延々と述べていたが、
「オー、玲也クーン何時もとテンション違いマスネ」
「そりゃ玲也ちゃん、凄い歴史オタクですから。絶対厳島神社は行くと張り切ってましたからね」
「デスネ、ぶっちゃけ予習ノートも凄カッタデスカラネー!」
「ジーン先生、なんであたし達と一緒なん……?」
才人は最後列で、玲也の長話を受け流しつつ同伴していたジーンと談笑しあっている。ただニアは担任の彼へと率直に尋ねた。本来自分たち6人のグループに、担任の彼が同伴しているとなれば、バグロイヤーの襲撃に伴うスクランブルの対応が難しくなるからだが、
「ソーイエバ玲也君、確か才人君も同じグループから外シテって言いマシタヨネ?」
「そ、そりゃまぁ……才人がちょっと」
「ちょっとってなんだよニアちゃん! 俺玲也ちゃんと同じはみ出し者として友人同士なのによ!」
「いや、まぁあんたが別に問題ある訳じゃないから……これ話すの凄い面倒だけど」
スクランブルを想定して、才人を玲也たちが同じグループから一度外そうとした――だが、才人やジーンを始めとする同じクラスの面々が知る筈はなかった。実際、玲也が彼を外そうとした時、彼以外の面子が女子4人とのハーレムめいた環境となる。男女問わず突っ込みを一斉に受けた上で才人との同行を認めざるを得なかった経緯だが、何故か担任まで同行しているのだが、
「そういう事言ってると、友達をロスト? 失うカモシレマセーン。先生は玲也君の事が好きデスカラネー!」
「はいはい、分かりました! 好きにしてください!!」
ジーンの相手をしてもらちが明かないと、ニアは少し駆け足で玲也の元へ駆け寄る。相変わらず厳島と毛利元就に関する話を一方的に続けていた彼の肩を何度か叩いて、ようやく気付いた時
「あんた、才人だけじゃなくジーン先生まで一緒についてきてるのよ! 分かってる!?」
「分かっている。とりあえずトムさんとルリ―さんが後をつけている筈だ」
「途中で二人を足止めさせるのは分かってるけど、大丈夫なの?」
「できればラディさんに来てほしかったが……スクランブルがかからなければよいと願うばかりだ」
延々と続けていた歴史の話を止めた玲也の表情は、少し凛々しさと緊迫感を伴ったものとしてエクス、リン、シャルの3人にも後列の二人を足止めする計画が実行されるとの目配せを交わした。その後ろ、直ぐに北東の方角に指さす。神社の中央に存在する授与所が足を止める絶好の場――声に出さずとも互いに理解した様子で、目配せと共に首を縦に振る。
「少しペースを上げる。その上でもう少し俺の話に付き合ってほしい」
「えぇ!? 何でそこでまたあんたの話を聞かないといけないのよ!」
「ニアさん、そもそも玲也様はあの殿方二人に感づかれないように話されてますのよ! 玲也様はちゃんとそこまで考えた上話をされてましてよ」
「……そうなの、エクスちゃん?」
「ちなみに大寧寺の変で毛利元就は陶派、つまり陶晴賢の謀反に賛同していたそうだ。その上で殊勲の仇を討つとの名目で兵を挙げた。その方が大義名分が立つこともあってだな……」
既に玲也は歴史話を再開している。エクスが触れるように才人達に感づかれないようにするカモフラージュでこの話を続けているのか、また彼自身の単なる興味によるものかは定かではない。
いずれにせよ厳島神社の参拝入り口にたどり着き、海原に浮くように設置された通路に足を踏み入れていく。授与所までの道が、別の観光客たちも足を運んでいた事もあり、それなりに混雑した状況となっており、
「うわー、結構混んでるねー」
「これじゃあ、まとまって動くよりバラバラで動いた方がいいよね?」
「そうだな……俺はここでくじを引いて絵馬を納める。とりあえず自由行動にしようかと」
「あっ、じゃあ俺も玲也ちゃんについてこっかな!」
シャルとニアが少しわざとらしいとはいえ、この事態を想定したやり取りを交わして玲也に話を振る。ここで自由行動となれば、才人達を切り離せると踏まえての事だが、彼もまた自分へ同調しており、一筋縄でいかない様子だった所、
「ちょっと……いいですか?」
「俺っすか? 一体何の用っすか?」
「実はですね。あの、その……」
「ちょっと縁談のお参りをしようと思ってるんだけど、君分かるかなー 俺初めて来たんだけど」
同じく列に並ぼうとしていた才人とジーンに対して、二人のカップルらしき男女が尋ねに来た――別動隊として電装マシン戦隊から送り込まれた二人だ。
ワンショルダーのTシャツにチタンのネックレスを首に賭けたと言った、ラフなお洒落を決めているトムに対して、黒のスーツ姿でルリーは身を固めている。まるで二人の性格を体現するものであった。不釣り合いのような二人が恋人同士との設定に少し無理があると傍から見た玲也は思いつつも、ルリーは少し赤くなっていた。
「オー、マーサカ、ヘルプ必要デスカー?」
「あぁ、もし良かったらお願いできます? 初めて同士てさっぱり分からなくてさ」
「私も初めてデス、ブッチャケ。デスガマカセナサーイ」
「は、はぁ……とりあえず初めて同士という事で」
少々ぎこちない設定のトムとルリーであったが、ジーンが元々の性格もあってか逆に自分から二人の元に寄ってきた。玲也にとっては幸い他ならないで、彼らが順路をそのまま通り過ぎ、参拝出口へ向かおうとしており、
「トムとルリー、あれで結構お似合いじゃん!!」
「大国神社はすぐ近くだ……二人とも出来るだけ引き付けてくださいよ」
一応作戦が上手くいったと判断した上で、玲也は籤を引いた。11番と書かれた木箱から籤の内容を取り出すと、
「待人、必ず来る……」
その籤に書かれた結果を前に、彼は小さくガッツポーズを作った。その後のリンも少しにこやかに微笑んでいたようで、少し目を細めて喜びを表すのであったが、
「玲也様、縁談の方は如何でしたか?」
「あのなぁ……“よし、急にはならず“だが」
だが、この穏やかな雰囲気をエクスは見事に崩さんと迫った。ただ彼女は何時ものようなテンションの高さではなく、妙にナーバスな様子で迫るのは珍しいとみた。一応直ぐあしらう事はせず、彼女が引いた籤の結果を確認しようとしたら
「分かった。いつもの流れだと、やはり私と玲也様がとお前は言うと思うがな」
「そうはいかないですのよ、今回ばかりは!」
「待て、理由もなく泣きつかれても困る。周りにどうみられるかだな……」
「そもそも、あんた一体何て書いてあったのよ?」
相変わらず自分に対し、積極的なアプローチを仕掛けるエクスのようだが、泣きつかれる事は初めてである。首をかしげて少し困惑する玲也を他所に、ニアが少し強引に彼女が手にしていた籤をつまみ上げるようにしてとると、
「縁談“諦めなさい”……」
「うわっ! 僕そこまで籤を信じてないけど、これは結構当たってるんじゃない!?」
「ニアさん、シャルさん! 人の不幸は笑って良いものではありません事よ……確か縁談の神が祀られている場所がありましたから……」
籤の結果を知られ、ニアとシャルは思わずエクスを揶揄うが、当の彼女からすれば死活問題である。少し半泣きの様子で彼女が大国神社へと向かおうと駆け込んだ途端、玲也とニアが慌てて両腕を掴んで引き止め
「エクスちゃん、もしその大国神社に才人さん達が着いてしまったら拙いですよ!」
「そ、そうだ! 籤の結果が悪ければ結んでしまえば良いと昔から言う。早く結んでこい!!」
「玲也様、そうなりますと私は……」
「籤の結果だけで、お前の気持ちは揺らぐのか? 違うだろ!!」
エクスを落ち着かせようと籤の結果を当てにしてはいけない――一種のゲン担ぎに過ぎない事を玲也は説いたつもりであった。ただ籤の結果で気持ちが揺らぐのかとの啖呵を真に受けた彼女は、まるで雷に打たれたようにしおらしくなり、そのまま近くの結び所と呼ばれる木の枝に結び付けて、彼らの元に引き返すと、
「玲也様、私の想いは籤の結果を超えるほど熱いのですわ……♪」
「あんた、一度天罰でも受けたら!?」
「あうっ!」
すかさず玲也の腕を組み、エクスはやはりいつものように、強すぎる愛情表現をアピールする。大勢の前であろうとも彼女が恥じらう理由もない。これへ真っ先にニアが籤を握りつぶし、サンプルとして展示された絵馬を右手で掴んだのち、思いっきり投げつけた。勢いよく縦に回転しながら、その絵馬の角がエクスの顎に命中し、思わず通路で大の字になって倒れたのであったが、
「ちょっとお客さん! 貴方が一番罰当たりですよ!!」
「すみません、とにかくニアも謝れ!」
「ったく! 悪いのはあの馬鹿お嬢様なのに!!」
「いや、ニアちゃんも他の人に迷惑をかけてると思う……」
絵馬やお守りの購買受付を担当していた巫女から、やはりニアに向けて雷を墜とされた。悪いのはそこで気絶して寝そべっているエクスではないかと言いたげだったが、玲也が謝る事に必死な点と、リンから諭された事もあり結局は頭を下げる事にした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……まさか、絵馬を納めそこなうとは」
時計が16時を指し示す頃、包ヶ浦海岸へ玲也達は訪れていた。海岸との事もあってか彼はトランクス状の海パン姿で、足で砂浜を踏みしめていた。陽がかすかに沈もうともその浜辺は太陽の熱をまだ蓄えており、長い間同じ場所に留まっていると、足が焼き付くようだが、長らく踏みとどめていれば、気持ちよくも感じる。
ただ本来の予定より早くこの海岸へ足を運ぶことになったと玲也は少し不満げであった。これもエクスとニアの暴走が原因で、厳島神社に居づらい雰囲気となり早々と退散せざるを得なかった為であり、
「あのねぇ、大体こいつが何時も玲也様、玲也様って言ってるのが悪いのよ!」
「ニアさんこそ! 玲也様に何時も噛みついてばかりではありませんこと!? 私たちのプレイヤーですからもっと素直に、従順になるべきでして……」
そう不満げな矢先、当事者二人が彼の視界に現れた。ただ互いに詰りあっており、二人とも反省していないのではと薄々と感じざるを得なかった。その二人が自分の存在に気付いて、互いに駆け寄ってくるが
「またどうせ玲也様ってやるんでしょ! 悪いけど先はあたしなんだからね!!」
「あら、ニアさん? 貴方もやはり玲也様の事がお好きだからでして?」
ニアがエクスのパターンを読んで、彼女より先に玲也の腕を掴んで自分の方へと寄せたが――この二人の相違点として、玲也に対しての人波の恥じらいがあるかどうかが当てはまるだろう。
「何言ってんのよ! 別にあんたとはそういう関係じゃないから……」
「おわっ……!」
ニアが玲也に対して素直になれない様子をエクスは知った上でわざと挑発を仕掛ければ、実際顔を赤くしながら玲也を突き飛ばす。その飛ばされた矢先にエクスが先回りしており、
「玲也様、プライベートの水着姿もなかなか素敵ですわよ……そういう事ですわよ、ニアさん?」
「そ、そういう事って何よ!」
「分かりませんこと? やはり私と違ってニアさんは恥じらいがありますから」
玲也を抱き寄せながら、エクスが素早くニアの着用している水着に向けて指を刺した。灰色と赤色のツートンカラーのビキニ姿だが、スポーティータイプのビキニとパンツはよく言えば快活なイメージを与えるが――彼女に言わせれば女っ気が足りない、恥じらいがある分で自分に負けているとの事である。
「ふふ、玲也様の心をつかむには大胆にさらけ出すのが一番ですから……最も流石に公の場で私も踏み越えてはいけない所は心得てますけど」
「……あんたが踏み越えてはいけない所って言っても説得力ないわね」
一方のエクスは青と黒のワンピース型、いわば競泳水着と呼ばれる類を着用していた。背中が大きく開いたところが彼女なりの大胆にさらけ出した部分ではあるが、ニアより肌の露出は少ない。そこは彼女が言う通り踏み越えてはいけない所ともいえるが
「私はやはり、想い人の貴方に全てを見てもらいたくてですね。この私のラインも玲也様にですね」
「……そうか」
「やっぱあんたとっくに踏み越えてるわよ! 玲也も何じっと見つめてるの!!」
「あらあら♪」
ニアを相手に恥じらいがあると豪語して勝利を確信した背景は、エクスが肌の露出ではなく、自分のボディラインで勝負に出ていたからであろう。その彼女の魂胆を知るとやはりニアが突っ込みを入れざるを得ない。最も今、どう突っ込まれようとも玲也への好意を素直にアピールして、積極的に畳みかけることが出来る。ある意味今の彼女の強さを物語るかのようだった。
「これで今度こそ私が玲也様の……って!」
エクスが玲也の顔に両手を添えた後、二人同時に向き合わせようとした時であった。玲也が顔を向けている側から勢いよく、まるで槍のように一筋の水が噴き出された。
「もう! 私と玲也様の間に割り込むのは誰でして!?」
「僕に決まってるじゃん、行き遅れが調子に乗るな!」
顔面で見事この噴水を受け止めたエクスが多少怯んだ隙、玲也が彼女の拘束から逃れる。逆に好機を奪う相手は誰だとエクスが突っ込んだ時、二人がそろって想定した小さな彼女が水鉄砲を片手にしてエクスへ相変わらずの減らず口を叩く――シャルでしかない。
「すまない……ってお前、確かその水着は」
「そうだよ? 学校指定のスクール水着に決まってるじゃん!」
「……お決まりのパターンというのか、これは」
シャルに感謝しようとするはずであったが、既に見覚えのある紺色のワンピース、つまりスクール水着を公の海水浴場だろうと、中学生の彼女が平然と着用している事へ玲也は少し呆れ、
「それはそれで問題よ! あんた他になかったの!?」
「これでも一応アピールもしてるんだよ♪」
「アピール……ってあのなぁ」
ニアもまた玲也へ同調するように激しく突っ込みをかました。シャルなりのアピールとして胸元に“2-1 シャル”と記されたネームプレートが刺繍されていた事を指さして示すが、このアピールが二人共々納得したどころか、余計呆れた事も付け加えておく。
「あらシャルさん、ボディラインが見えるものはもっと分を弁えなければいけませんことよ」
「これはこれで、需要がある事僕分かってるもんねー玲也君?」
「……悪い、ちょっと俺一人で考え事をしたいが」
玲也の元へ寄り添うシャルに対し、エクスは海に向けて彼女を突き飛ばして再びいちゃつくアプローチを仕掛ける。だがシャルの抵抗はしぶとく、海辺から水鉄砲を延々と彼女の顔めがけて噴射し続けた。
「ほら、やはり玲也様は私の方が魅力あるって考えられてる筈ですわ!」
「うわ……やったなー、行き遅れ!!」
「シャルさん! いい加減にしないとどうなるかお分かりでして!!」
「いいじゃない! あたしも混ぜなさい!」
シャルの行動が功を奏したのか、エクスの興味が玲也へのアプローチではなく、いつものように彼女と張り合う事に関心が向き、ニアも二人と共に海辺へ走り出し3人で水の掛け合いを始めた。エクスが一方的にやられているようだが、今は彼女たちについてあまり関心を持たないようにしていた。
「あ、あの玲也さん……よろしいですか?」
先程まで女の戦いが一区切りついた頃、残る一人となったリンは姿を現した。彼女は緑色のビキニを着用しており、ニアと比べるとスレンダーな体つきだが、ビキニの形状もあり女らしさでは軍配が上がるかもしれない。一方下半身のラインは、白のパレオで膝下すれすれの位置まで隠されており、彼女らしい慎み深さが表れており、
「……お前は寧ろもう少し大胆てもいいかもしれないか」
「大胆……ってええっ、玲也さん一体何を!」
「悪い。お前はあまり俺に迫ってこないからつい……気を悪くしたら謝る」
「気を悪く……あの、もしよろしければ」
玲也自身ニア、エクス、シャルの3人が良くも悪くも押しが強い性格だと分かっていた故か、すこし自分の感覚が麻痺していたと直ぐ恥じた。けれどもリンは顔を赤くしながらも申し訳なさそうに、石垣の上の茂みに向けて指で示す。彼女なりの誘いは珍しいと彼は少し思いつつも、その勇気を汲んでアプローチに応える事にした。
「……」
茂みの中で比較的座り込むことが出来るなだらかな場所へと足を踏み入れ、リンは目を思わず閉じながら白のパレオを解く。同じ緑色のボトムは彼女なりに攻めたものと捉えつつ、自分の目の前で羞恥心が刺激されている今と、普段のおしとやかな一面を知っているが故に、内面と外観のギャップに心を動かされた事を感じ、
「情けないが俺も少し目の保養が必要のようでな……」
「玲也さん……大丈夫ですよ、何時も信じてます」
先ほど彼自身大胆さが欲しいと触れながらも、実際リンがその要望に応えてくれると猶更恥ずかしくなり、自分の劣情を素直に明かす――顔を直ぐ横に振り目をそらして直視しないように振る舞っているが、彼の初心な一面を触れるとリン自身が安心したように、ささやかな下心共々彼を暖かく受け止めた。
年相応の中学生が。自分の嗜好を女子に知られるならば、男として恥じらいを感じてしまう年ごろ――照れる玲也を穏やかに見守るリンはニア達と対照的であった。
「……いや、こうしてみるとやはり海は広い、大きい、綺麗でな」
「本当ですね。この空や海の上で戦いが起こっている事を考えたくはないですね……」
「……あぁ」
恥じらい漂うこの雰囲気を払拭しようとも、玲也の言動はいつもと違い歯切れが悪くぎこちなさが見え隠れしていた。だが彼の本心を汲んだ上で、リンが続く戦いへの憂いを真剣に述べた時に、スイッチが入ったように顔つきが変わる。常日頃戦いへと向き合うプレイヤーとして、懸命で真摯な彼の姿を知っているからこそ、リンは強い信頼を置いているのだろう。
「能や芸を慰め、何事も要らず。武略、計略、調略こそが肝要にて候、謀多きは勝ち、少なきは負ける……と昔からの言葉であるがな」
「毛利元就の言葉ですね、嫡男の隆元へ向けた訓戒の言葉でもあると」
「その通りだ。俺がこの言葉を初めて知った時に父さんの事を思い出してな……その時は既にな、」
玲也が歴史オタクだけでなく、毛利元就を敬愛する背景として、彼の生き方が身近にいたはずの師となる父・秀斗の生き方と重なるため。秀斗が周囲から可愛げのない不器用で、偏屈な人物として見られていたかもしれなくとも、ゲーマーとしてストイックに己の限界を目指し、技を磨き、知恵を張り巡らせる、一本調子ではない柔良く剛を制する姿を目のあたりにしながら育ってきた。
「正直情けないが、俺も少し辛くなって来ていた」
「玲也さん……あの。まさか」
「勿論、この先もバグロイヤーと戦わなければいけないと分かってはいる。ただ、戦いで血にまみれ倒れる事も受け止めていかなければとなるとな」
父と重なる毛利元就と縁の深い厳島へ訪れた理由――それはこの所続く戦いにより生じる犠牲を前に玲也が、疲弊を覚えていた為であった。
大気圏内での戦闘がたびたび行われる中での巻き込まれる人々を目のあたりにしつつ、マイクやベルがこれらの戦いの中で散っていき、瑠衣が殺害された事も引きずっているといえば当てはまる。
「“俺たちの“戦う目的だけでなく、“俺の“戦う目的を信じていかなければ辛い事もある……甘ったれた考えかもしれないが」
「私もイチの為にも戦っています。玲也さんはもっと弱くていいと思います。」
「……弱くていいとは?」
続く戦いと積もる犠牲を前に、自分なりの目的を心のよりどころとして自分が縋ろうとしている。情けないと玲也は自虐していたが、リンは別に多少不甲斐ない姿でも構わないとの助言を送った。最も当の本人は素で首をかしげて問い直すが、
「私が見てきた中で、玲也さんは自分に厳しく、プレイヤーとしての務めを果たしています」
「有難う。ただそれはプレイヤーとして、3機のハードウェーザーを持つ事もあれば猶更当然ではないか」
「いや、玲也さんは真面目過ぎます。無理をし過ぎずもう少し余裕を持っても良いはずです」
「余裕か……」
自分がこう偉そうに言えることではないと前置きをしつつ、もう少し力を抜いたほうが良いとリンは玲也を案じ続けていた。
それには必ずしも同意ではないが、余裕を持たなければならない事に対しては、一人の相手が思い浮かんだ。自分をかるがる余裕で下した白銀のハードウェーザーを操るあの男――彼は己の自信と余裕を強固な土台として自分の実力へ昇華させているのではないかと……。
「ゼルガを越えなければ……それだけの腕を持たなければ俺は父さんを救う事も超える事も出来ない気がする」
「……確かにその気持ちは分かりますが、そこをもう少し」
穏やかながら確固たる強さを備えるゼルガ――敵ながら彼の背中を追おうとする玲也は、よく言えば一途悪く言えば愚直であった。彼を案じるリンの表情に憂いが強まっていたものの、広い海原に向けて彼の眼差しはただひた真っ直ぐに見つめており、
「あの、玲也さん……玲也さん!」
「なっ……済まない、考えすぎていた」
少しリンが声を大にして玲也に向けて呼びかける。当の本人が彼女の話に耳を傾けることなく、ひた広大な海を見守ったままだった所、彼女の呼びかけでふと我に返って振り向く。周りが見えていなかったと彼は頭を下げたが、
「やっぱり玲也さんは肩の力を抜いたほうが良いです! 私もできる事はします!!」
「リンさん、 二人っきりで何を抜け駆けされてますの……?」
「抜け駆け……って、えぇ違いますよ!?」
玲也とリンが二人きり――この続く戦いの中で積もる憂いと、その上で戦い続ける為に追い求める心のよりどころを話していくにつれ、少なからず時間が過ぎていた。その為海辺での女同士の戦いは幕を閉じたのか、或いは厭戦ムードに突入したのか、二人の目の前に3人がそろう。特にエクスはリンに対して少し焼き餅を妬いているようでリンが慌てて彼女の疑いを否定する。
「やめなさいエクス、リンが困ってるじゃない」
「そうそう、リンちゃんは多分その気はないと思うんだしさ」
「え……えぇ、はい、そうです。たぶんシャルちゃんの言う通りで……」
ニアとシャルは揃ってリンがこの女の戦いと無縁の人物であると主張する。エクスから彼女たちなりに庇っているのかもしれないが、の女の戦いに自分がかかわる事はないと見なされている気がした……シャルの問いを肯定する彼女の顔は何処か無理して微笑んでいた。
「いや、その気はないはよく分からないが……」
シャル達の断言に、玲也がふと心に引っかかったのか少し反論を口にしたが……木霊のように響き渡る爆音を耳にした事で状況が一変した。玲也が慌てて石垣を飛び降りて後ろを振り向いてみると――西の方角、はるか遠方に煙が立ち上がっていた様子を目撃した。この宮島から火の手が上がっていない様子は確かだが、
「ネットがつながらない……どうしたんだ!?」
「何かよぉ分からんけど、空から光が……」
「空から光……すみません、一体何が起こったのですか!?」
海水浴へ訪れていた同じ観光客や島民たちが戸惑いだす様子から、自分たちが想像した以上の事態が発生していたと玲也は直ぐ察した。だから慌てて付近の客へ事情を伺うと、
「俺も分からん! ただあの方角だと九州の方で何かあったんやと……」
「九州……すみません、ちょっと失礼します!」
九州の方向で天からの光が降り注ぐ――そして、それに関連しているかのように、玲也の元にポリスターが強く振動した。直ぐ彼が石垣の陰へ回り込み、ニア達が周囲に怪しまれないよう、時間を見計らって一人ずつ合流を始めていく。
「将軍、やはり何かありましたか!」
『その通りだよ玲也君! フォーマッツがバグロイヤーに乗っ取られた!!』
「もしかしてですが、九州に落ちた光は……」
『博多の方に落ちた! 第二波、第三波も勿論あり得るぞ!!』
九州、博多を中心に着弾した光は、最悪の事態に直面したと玲也達に思い知らせるには十分な事件――元々バグロイヤーの本拠地に目掛けて放たれる筈のこの大量破壊兵器が、地上、それも日本列島の一部に向けて落とされた事へ驚愕と戦慄を覚え、ただ彼らの拳だけでなく背筋も震えあがった。憤りだけでない負の感情が自分自身に押し寄せていたと自覚しつつ、
『すまないが、すぐドラグーンへ戻ってほしいぞい! 君達をこう呼ばなければいけないのは悪いんじゃが……』
「気にしないでください博士、そうなりうると既に分かっていましたから……!」
『玲也さん、こっちでっせ!!』
出動命令がブレーンから下される。玲也達五人既に覚悟はしていた事と石垣の上の車道へと、駐輪しているエレファンの元へ急ぐ。ジーロがドライバーとしてスタンバイしており、後部座席に仕込ませた転送装置により、ドラグーンへ向かうのであり、
「あの年頃でなかなか……いや、あの二人に玲也さん達の荷物を回収させなきゃっすね」
その際になぜか少しジーロの顔が赤くなっていたものの、顔を横に振りトムとルリーへ連絡を交わした。そもそも玲也たちがスクランブルの為余裕がなかったのだろう。水着姿でそろってトレーラーに乗り込んでドラグーンへ転送されたとなれば、彼らの荷物はまだ残されたままだからだ。
「何なんだよ、あの人たちに付き合わされて訳の分からない所までくるし、玲也ちゃん達勝手に言っちゃうしよ……」
――その直ぐ後の事であった。タクシーから降りた彼は玲也達の行方を探っていた。言うまでもなく才人であり、トムとルリーに足止めを受けた為タクシーでおそらく彼らが次に向かったと思われる包ヶ浦自然公園へと到着した。
「何かネット繋がらないし、ちょっと何あった……はい、俺だけど。才人だけど?」
おそらく海水浴に出かけていた客たちと思われるが、次々と彼らが逃げ出すように飛び出している。一体何が起こったのか分からない様子の彼であったが、ようやくスマホの通信が復旧したのか、彼の元に着信が入った。身内かそれに近い人物と思われるが、彼は既に顔見知りの相手に対して形式ばっていない傍ら、どこか冷めている様子で応対するのだが、
「……えぇ、何、ちょっと待って?」
『才人様、私もこれをお話しする事は酷と思いますが、貴方だけが……』
「ちょっと待って、俺だけ、俺だけなん……?」
一転して才人がスマホを手から思わず落とし、激しく体中が震えつつ跪く。そんな彼の顔は空を見上げ、西の方角に顔を向けると一筋の涙が頬から顎を伝って地面に零れ落ちていた。
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