第17話「悪夢!フォーマッツの鬼火!!」

17-1 厳島にかわす約束は

「……ったく! バーチュアスが襲われたってどういうことだよ!!」

「何のためにやったのか分かんねぇじゃねぇすっか」


 ――シドニーのガブラマッタにて、黒塗りのワゴン車が人気のない路地裏を走る。いかにもガラの悪そうな男2人がカーラジを聞きながら、驚愕と別に苛立ちが込みあがるのをどうにか抑え込もうと試みた。その憤りの原因もまた、バーチュアス・オーストラリア支社がハードウェーザーの襲撃を受けたとの事。彼らにとってそのオーストラリア支社、それどころかバーチュアスがスキャンダルにより存亡の危機に立たされる事態に追い込まれていた事も


「アマのくせに身元がばれるとか考えずにやったら、良いカモだけどよ!」

「金づるにならなきゃ意味ねえっすね!」


 路地裏を抜けてジョージズ川付近へとワゴン車は到着した。川辺の砂利を下りながら、後ろのトランクから男二人に担がれる状態で、まるで粗大ゴミのようなサイズの黒い納体袋を担いで海へと静かに放り込まれた。袋を川につけるや否や、浮揚する事もなく瞬く間に海底へと姿を消していく。


「全てロスティの野郎に頼まれてやったことにしとけ……何だ、これは」

「ば、馬鹿野郎!!」


 トランクを閉めようとした時、小さな黒い物体があった事を男は気付いた。手に取ってみれば表面に弾かれながらも、かすかに血痕が付着したスマホであり、そのバッテリーの残量は赤く点灯していたとはいえ画面は生きている。この時男が動揺を隠せず、


「なんでこいつを粉々にしちまわねぇんだよ! 足取りを掴まれたらどうするんだよ!!」

「すみやせん! まさか2つスマホを持ってたとは思ってもいなかったもので」

「しゃあねぇ、あとで上手い所でバラしてやる、今までもバレなかったからよ……」


 焦る気持ちを抑えながら男は運転席へと再度座り、すぐさまワゴン車を走らせた。砂利を走行する関係で車体に振動が走ると、灰皿置き場に不安定な状態で寝そべっていたスマホが揺れ、彼の足元に落ちた。男は車外にそのスマホが落ちた訳ではないと深く気に留めていなかった。その衝撃でホーム画面、ラインのメッセージ作成画面を展開した状態のまま呼び起こされた。おそらく、彼らに手をかけられて、今わの際となった彼女は最期にラインで何等かを伝えようとしいたのだろう。



「ゴメン、才人……」



 書きかけのメッセージは送られる事もなく、誰も知ることはないだろう。相手へ自分の無念を伝える事も、既に当の本人がいなければ敵う事はない。諦めたかのようにバッテリーは尽きて画面が黒一色となった――。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「海へ行こうぜー、果てしない海へ―、逆巻く波も子守唄―」

「……」

「旅立て、若者―寂しかったら―、燃え立つ憧れー抱いてゆけー」


 7月の上旬。広島の廿日市から、宮島行へフェリーが発った。殆どの客が、山手陶沖中の制服を着用している様子から察せられる通り、玲也達は学校の修学旅行として広島へ向かっていた。才人が展望デッキで何らかの曲を大声で歌っていた所、


「ど、どうしたの、そんなノリ悪くて! 玲也ちゃんだけでなくシャルちゃんまでさ!!」

「あ、あぁーちょっと僕船酔いしてそれどころじゃないんだよ、玲也君何かないかな!?」

「……俺たちが行くのは海ではなく島だ。別に波も逆巻いていない」


 おそらくシャルなら直ぐに乗ってデュエットもしていたのだろう。彼女の反応が想定外だと才人が突っ込むものの、シャルが少し苦しい誤魔化し方で玲也に話を振る。ただ二人の間で盛り上がる話なり、銀河の青春なりを彼が把握しているはずもない。真顔で彼の歌う曲へ突っ込みをかませば、


「玲也ちゃん、分かってないなー。これは「機動艦隊キングラガー」のOPだって分からないかな?」

「いや、シャルならともかく、俺にその話が通用すると思ったか?」

「あー、勿体ねぇなぁ……あれは15体合体とかでやたら有名だけど本当面白いぞー。それが青春、それが、それが愛だからよ!

「……青春、愛?」


 ロボットアニメへの造詣の深さにおいて、少なからずこの二人と大きく引き離されている。玲也は彼が豪語する青春なり、愛なりに腕を組んで考えていたが、、


「とにかく宮島へ着いたら厳島神社へ行くぞ。そこで色々祈りたい事があるからな」

「分かってますって、とりあえず俺はいい土産があったらいいかなー」

「さ、才人っち……」


 才人が土産の話をした、途端二人の顔つきがやはり変わった。少しオドオドするシャルに対し、玲也は彼女の肩に手を添えて首を横に振った。


「玲也ちゃんどしたの? シャルちゃんも急に改まっちゃって」

「いや、まぁそのね、才人っち姉さんの事が好きだなーって」

「シャル! すまない才人、こいつに悪気がある訳では」

「悪気? いやまぁ姉ちゃんだけしか俺の事分かってくれねぇし」


 玲也がいつもより慌ただしいが、何ゆえにそのようなリアクションを取っていたのか才人には分かるものではなかった。姉が身内で唯一の理解者であると自覚していたので、別にシャルの話を否定するような理由もないのだが、


(土産が瑠衣さんの為だが……もう瑠衣さんがいない事をいつ知らせたら良い)


 瑠衣はもういない――エスニック越しにマリウスからの報告によると、バーチュアスがバグロイドを密かに開発していた真相を知ってしまった為。それまでなら、シンヤ達と同様だったものの、彼女が独断でネット上に記録した映像や写真を晒し、真実を告発せんと踏み切った。結果的に彼女が真相を暴露した事で、バーチュアスは再起不能に追い込まれたものの、その為に支払った代償はあまりにも大きい。玲也達が友人の身内が犠牲になった事を受け止める事が出来ても、自分たちが彼女の死を友人である弟に打ち明ける事は酷なものであった。


「だって、姉ちゃん以外みんな親戚の結婚式に向かってるんだぜ? 考えてよ」

「つまり、あの馬鹿兄貴二人も一緒。呼ばれていないのは瑠衣さんとお前だけ」

「うぅ、玲也ちゃん分かってるけど、そう言うのは勘弁してくれよ」

「悪い、色々やりきれなくてな……」


 身内で唯一の理解者だった姉が死んだ事実が。ますます自分重くのしかかってくるよ――この辛い事実を打ち明ける勇気もないまま、玲也はバグロイヤーとの戦いが続く事へ、このやり場のない怒りをぶつけなければならないのかと唇をかんで空を見上げる。


「玲也ちゃん? いや別に玲也ちゃんは何も悪くないから。俺の分まで心配しなくて……」

「玲也様! いつの間にデッキに上がられてますなんて!」

「いや、エクスこれは……うわっ!」


 目の前の友に真実を告げる事も出来ず、戦いを憂いを抱く――その玲也の元、エクスたちが勢いよく駆けあがってきた。真っ先に彼女は彼の手を取りながら、


「玲也様、せめて二人だけでロマンチックなひと時をですね、あとこの先もアバンチュールにうってつけの場所があるのでしたら……」

「玲也君はそういう抜け駆けとか好きじゃないよ! 相変わらず行き遅れは強引なんだから!!」

「行き遅れは強引とかなんですの!? シャルさんはそこの才人さんと付き合うのがせいぜいお似合いですことよ!!」

「えっ、そうかな? 俺シャルちゃんと相性良いとかなら……」


 二人だけの世界にエクスがトリップすると、他の相手への関心がぞんざいなものになると既に周囲は分かっていた。ただシャルが玲也ではなく才人とお似合いだとあしらった時、彼の下心にスイッチが入ったようだが、


「はいはい、こいつに言われても、勝手にラブコメするべからず!」

「えぇ、やっぱ駄目なん……けどこれでいいかな……」

「……玲也、何か心配するのがあたしでも馬鹿馬鹿しくなってくるけど」

「……否定はしないが、正直まだどうするか華」


 ニアが才人を後ろから絞め上げるのであったが、後ろからの柔らかい感触を受けて彼は悦楽に入り浸った後に意識を失った。そんな友人が昇天した姿を見るや否や、少し玲也は呆れたのだが、


「それより玲也さん、もうすぐ着くみたいですよ」

「もうか……前々から訪れたかったが、もうそれだけだ」

「私も祈っていいですよね。この手でイチを救いたいと」

「勿論だ。バグロイヤーとの戦いを終わらせる事もだが、これ以上の犠牲が出ない事も……」


 “ただこの修羅場の空気においても、リンは宮島のフェリー発着所を指さす。厳島神社の海原に突き刺さった大鳥居はを前に、玲也は思わず唇をかみしめ表情に真剣さが戻りつつある。今ここに生きて戦う者としての義務だと捉えていたが――現実は彼の決意を前に厳しさを見せつける事となる。彼をあざ笑うためか試す為かはまだ知る由もない。この物語は若き獅子・羽鳥玲也が父へ追いつき追い越すとの誓いを果たさんと、抗いつつも一途に突き進む闘いの記録である”

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