第9話「電次元へ急げ、休戦下の敵中突破」
9-1 策謀うごめくオーストラリア
「……すみません。本来ならここで足止めにはならなかったのですが」
『構わないよ。ゼット・リカバーは燃費の悪い機体のためにあるからね』
「えぇ……ブレストの為に休む間もなく出てもらって悪いです」
『それは僕が決めた事だよ……誰が行こうとも関係なくいくつもりだったよ』
ジャールに駐留するブレストは、レスリストからの補給を受ける必要があった。ゼット・リカバーによりおおよそ3割、1回分の電次元ジャンプに必要なエネルギーの補給がなければ、電次元での不慮の事態も想定される為だ。
だが、本来想定していなかった状況であり、ゼット・リカバーでエネルギーを供給する側に回れば、レスリストのエネルギーが不足する事情から電次元への突入は見送られた。それゆえかアトラスは心穏やかな様子はなく、玲也に対しても少し皮肉を浴びせている様子である。
「確かにブレストは燃費が悪いけど、やっぱ癇に障る言い方ね」
「全くですわ! クレスローはともかく、あのアトラスという殿方も腹ただしいと思いませんでしたわ!」
「アトラスさん、ここ最近気になされていると思うのですよ……挽回するつもりでしたから」
「俺もアトラスさんを信じ切れていたら……」
これもクロストで電装するイレギュラーな事態が原因であり、玲也は彼に対して負い目が少なからずあったものの、ニアやエクスからすれば彼が自分たちを妬んでいるようにしか見えない。
ただ、リンは彼が悩んでいるが故との事に一応理解は示しており、玲也も彼を非難する気にはなれない。せめてブリーフィング・ルームの場で彼を信じ切れていたらと後悔の念があったが、
「いや、あの時は言わないとダメだ。お前が言わなくともアンドリューが言うな」
「ラディさん……」
「……迷いや焦りは形のない怪物とはよく言ったものだ。お前がこいつらや俺の命も預かっている事は自覚しろ」
憂う玲也に対し、肩を叩いたラディが彼なりに激励の言葉をかける。ライバルであるアンドリューの事を評している事に、少しバツが悪そうにしていたもの―舵手戦いに迷いや焦りは危険極まりないとの教えはアンドリューと通じるスタンスだ。
「俺も一部始終を見ていたが、アトラスは明らかに焦ってた……正直ふざけるなって言いたいがよ」
握りこぶしを作りながら、ラディもまたアトラスに対しての不安なり、不満なりを述べる。普段あまり表立って目立つことがない彼であったが、サングラスで隠し切れない強面の気迫を放つ彼だが、この環境故か珍しく雄弁に語っている。プレイヤーではない立ち位置も少なからず関係があるのかもしれないが、
「ハードウェーザーをが戦いを左右するだけの力を持ってる――俺も認めてやるが、それで一人舞い上がって思い上がるのなら、正直戦いを嘗めている」
「……」
「玲也? 何かあんた結構複雑そうな表情をしてるけどさ」
「いや……正直今も俺が慢心したり舞い上がったりしていないかとはな」
プレイヤーでもハドロイドでもない立場ながら、ラディもまたアンドリューと並んで最前線でバグロイヤーと戦ってきたキャリアを持つ男だ。彼が実戦経験の浅いプレイヤーが思い上がる様子を苦言すると、玲也の顔が自然とうつぶせていく。実際過去の彼自身に当てはまる前例でもあり、後ろめたい気持ちにもなったの様子だが
「誰がお前の事だと言った。それとも、勝手に思いあがって今戦って……」
「それは違います! そうでしたらリンとコイさんの為に戦う事を志願しませんよ」
「玲也さん……」
ため息をつきながらラディが玲也の本心を訪ねるように問う。今の彼はリンの修理と、コイたちの救出任務をエスニックから下されたこと、その任務に最優先で実行するためにブレストを抜擢した。以前の玲也が父を探す一心だけで戦っている時とは違うのだと主張した時、少しはにかむようにリンが安心しており、
「一応俺がお前を認めてる………確かにこの間まで本当ぶん殴りたいと思ったがな」
「ちょっとラディさん!? 玲也様に対してそのような……」
「あぁこいつは構わず続けちゃってください。あたしも思うところありますから」
「別に俺が好きで話してるわけじゃあないが……」
ラディなりに褒めているところはあるが、彼の言い回しにエクスが思わずカッとなる。一方ニアは興味ありげな様子であり、玲也に対するラディ評に耳を傾ける姿勢でいた。当の本人はそこまで乗せられると乗り気ではない様子だったのだが、
『玲君、電次元へつながるっぽいゲートらしい位置が特定できたみたいだから送るね』
「すみませんベルさん……月の空洞が電次元につながるとのことですか
――先行して出撃していたボックストは、レール・シーカーを駆使して把握した月面の地形データを送信した。本来バグロイヤーの前線となる月面の本拠地を探ることはリスクがあまりにも高いのだが、休戦条約による戦闘行為が禁止されていたためか、砲火に晒されずに済んでいた。
「エネルギーの補給が完了次第といきたいが……ここからはぎりぎり足りるかどうかか」
電次元ジャンプでのワープは最高半径20万㎞までに限られる。月面に足を踏み入れることが出来たとしても、空洞そのものまでに乗り込めるかは怪しい状況だ。
『あいつらいきなりジャールに現れやがって……また何しでかすつもりか!』
再度の電次元ジャンプに挑むまでブレストと、補給要員のレスリスト、低圧要員のボックストと3機のハードウェーザーがジャールに駐留している――だが、本来ジャール防衛として駐留しているのはPARオーストラリア支部の面々である。彼らが勝手に駐留している事に強く苛立ちを抱く男がアラン・コルーシェだ。
『ですがアラン隊長、休戦条約がまだ効いています。あと1時間ほどでどのみち失効するはずですからその時を待って』
『その休戦条約のせいでなぁ……バグロイヤー相手に南極が何もできなかったんだろ!』
オーストラリア支部にてセカンド・バディ部隊を纏めるアランだが、ハードウェーザーが世間でヒーローのように持て囃され、自分たち正規の部隊が引き立て役に甘んじられているとの世間の評判に憤っている。先ほど南極基地が一方的に襲われた事柄からも猶更、その風評が強まってしまうと考えれば更に苛立ちが高まっているようであり、
『だからといいまして、こちらから仕掛けて処刑されてもいいとも!?』
『既にバグロイヤーが手を出したんだぞ! 突っ立ったまま大人しくやられてられっか……』
『……その通りだ』
『アレハン司令!』
バグロイヤーへの報復に血気を逸らせるアランへと通信が入る――彼が司令と呼ぶ相手であるアレハン・ロッドは黒々とした顎鬚を蓄えており、オーストラリア支部の司令に該当する人物である。彼がアランを肯定する様子に少し驚きを覚えるとともに歓喜を感じずにはいられない。
『バグロイヤーが先に攻撃を仕掛けた場合、正当防衛ともなりうる。その為に別動隊を使ってそう仕向けさせるのが先だが』
『別動隊……でありますか』
『本当なら君に先陣を切らせたいが、その先陣は生きて帰れるリスクが低い。だが電送マシン戦隊より先に動けるようには配慮する』
『了解であります……』
バグロイヤーを挑発して先に仕掛けさせる事をアレハンは望む――その為挑発行為から戦闘に及んだバグロイヤーに対し、返り討ちに至らせる作戦は、休戦条約下にて、戦闘行為を少しでも体裁よく示す必要があるためともいえた。
『ですがアラン隊長、別動隊となりますと、最悪の場合条約違反で……』
『出来る事なら俺が行きてぇのによ……!』
『今何と……?』
『なんでもねぇ! ヒーローはお咎めなしでやりたい放題、俺らと違うんだよ!!』
最もそのために必要な別動隊は、休戦条約を違反した汚名をかぶせられて、死へ追いやられる可能性もある――流石にアランとして同じPARの隊員を切り捨てるような行為に、多少の葛藤があった。本心を微かに漏らすものの、別動隊のリスクを懸念する部下へは、ハードウェーザーに対して、PARが引き立て役ではないと示さなければならない事を強く主張した。
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「これで本当によろしいのですかな……ミスター・ロスティ?」
「えぇ真っ先に私、いえ天羽院様の計画に協力してくださった事を感謝いたします」
――PARオーストラリア支部の司令室にて。赤紫色のビジネススーツに身を包み、アップでまとめた青髪のショートの男性はアレハンと接触の最中。ミスター・ロスティと呼ばれるこの男のフルネームはロスティ・コルーシェ。アランにとって実兄に当たる人物であり、そのパイプでアレハンと顔を合わせる事が出来たようだが。
「首相からお話も伺いましたが、ニュージーランドが電送マシン戦隊と接触を図ろうとしているとの事、両国のパワーバランスにも影響が及ぶと警戒すべきでしょう」
ロスティが接触したというオーストラリアの首相の話によると、バグロイヤーとの休戦条約締結をめぐり電送マシン戦隊の武装解除についての是非があがった。その方針が見送られた背景に、ニュージーランドのダグラス首相が強く反対した事もあった。ハードウェーザーを所有するニュージーランドの発言力が増せば、オーストラリアの脅威になりうるとアレハンは警戒も抱いていたが、
「電装マシン戦隊が、バグロイヤーの本拠地と思われる月面へ殴りこもうとしています……休戦条約で禁じられている戦闘行為に等しいものです」
「電装マシン戦隊を表向き支援しつつ、実際の所牽制する役目を我々オーストラリア支部に」
「そうですね……協力の見返りとして最新式のライトウェーザー“サード・バディ”を優先して提供することを約束します」
ロスティは口約束だけで終わらせないため、誓約書をアレハンへと渡す。その誓約書にはロスティの名前だけでなく天羽院の名前も既に記されており、
「それは有り難いのだが……バグロイヤーに地球のライトウェーザーがどれだけ抵抗できるかが問題ではないかと」
「それについてもご心配なく。我々バーチュアスはハードウェーザーとライトウェーザーが手を取りあう事を検討しています。このオーストラリアを起点にですね」
「それで、同じオーストラリアを管轄する貴方がミスター天羽院の代理として現れていると」
ロスティが同じオーストラリアを管轄する者と触れれば、アレハンが微かに微笑んだ。天羽院やバーチュアスの名前を何度も挙げている彼が、バーチュアスのオセアニアエリアを管轄する者であり、天羽院とも近しい関係として一目置かれている者でもあった。
「ハードウェーザーを正体不明のヒーローとして世間に注目させることで、バグロイヤーの脅威にさらされる人々を鼓舞しようと考えていましたが……その結果電装マシン戦隊の増長を招いた事は事実です」
「それにとって代わるのがPARとの事なら、ニューヨークにも声をかける必要があるのではと」
「確かにPARの本部が協力してくださるのでしたらありがたいですが……アメリカ代表は最強のハードウェーザー・イーテストですからね」
アメリカからの協力を得られなかった一因――それは、ハードウェーザーが各国の代表として君臨する国では、PARの地位や権威は失墜してしまう現状である。ロスティが指摘する内容はアレハンにとってもどこか他人事ではないようにも思えた。
「最もオーストラリアが起点になりますから。そのあたりの力関係が逆転する事もやはりあり得ます。それはよい話ですよね……?」
「はっ……そのためにあと少しの辛抱をと」
「そうです。ニュージーランドへの牽制、電装マシン戦隊の権威失墜を織り交ぜながらバグロイヤー打倒に向けて天羽院様と計画を練ってます。今しばしのお時間を……」
アレハンとロスティが互いに笑みを交わしたがそれは互いとも了承したとの意味であろう。その上でロスティが司令室を後にして静かに口元を緩ませ
「……おやまぁ、私にはありがたいムーブですかね」
“締結された休戦条約はペレス級の撃墜、バグリーズの南極支部襲撃によって実質失効同然の状態であった。建前の休戦条約が効力を発揮する最中、電送マシン戦隊は仲間の救出の為電次元へ乗り込まん為その休戦条約を利用せんとする。しかし守るべき人々から必ず理解を得られないというべきか、同じ地球側にその休戦条約は破られようとしていた。そんな最中で描かれるこの物語は若き獅子・羽鳥玲也が父へ追いつき追い越すとの誓いを果たさんと、抗いつつも一途に突き進む闘いの記録である”
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