3-2 問われる働き、そのハードルは高い

「ただいま……?」


 朝7時を回ろうとしている時――3月の東京では早朝になるであろう。ドアを開けて玄関に踏み入れる玲也は白の体操シャツと紺のトレパンのいで立ちだった。首元に濡れたタオルを巻いており肌と髪には汗が付着している。

 しかし、玄関から出てくると共に玲也は違和感に気づく。玄関に見慣れない靴が二足程……ニア達3人とは足のサイズからして違う。その上既にリビングから声が上がっている。この間までは母がまだ寝ている時間であり、今日も本来ならシャワーを浴びた後に朝食を作るのが自分の筈だが、


「よぉ玲也。こんな朝っぱらからどこ行ってた」

「がきっちょー、夜遊びした徹夜かー?」

「……はい?」


 玲也が目を丸くする。何故か知らないがアンドリューとリタがリビングから現れた。先程の見慣れない靴も、一瞬足元に目を動かすとそれがこの二人のものだとは即座に理解した。しかしそれでも何故二人がいるかの疑問が残されていたが、


「玲ちゃん。アンドリューさんとリタさんが向かいに越してきたから朝ごはん食べに来たらしいの」

「向かい? 何となくだが……この流れとなれば」


 理央が玄関の向かい側に存在する白い壁のマンションを指さす。すると二人ともなぜか少し胸を張り、ドヤりながら首を縦に振った。


「まぁシャルも同じマンションだなー、とりあえず宜しくなーがきっちょ」

「そういえばトレーニングの帰りにシャルもマンションに入ってましたね……ってそれはそれ、これはこれですよ!」

「おいおい、一体何がこれはこれだ。納得したろ?」

「ですから、どうして俺の家で朝ですか。ちゃんと済ませてきてくださいよ」


 同じ電装マシン戦隊の関係者同士故か、アンドリューやシャルが近所に住むようになった。それだけなら特に突っ込む内容ではない。けれども、大の大人二人が勝手に人の居間に入り込んで朝食をたかる事を許容する理由にならないと玲也は見ていたが、


「……そりゃまぁ、朝めんどくせぇからだ」

「……」

「あたいは、今までろくに料理してないからなー。手料理を食べたいと思っても無駄だぞー」

「いや、それ自慢していい事ではないですから」


 二人とも家事が面倒くさいとの事だが、それが擁護する理由になるかとなれば勿論違う。特にリタに至っては自分の料理の腕がそれ以前の問題だと胸を張っているが、既に玲也が何を言っても馬の耳に念仏だとあきらめの色が出ていた所、


「すみませんね奥さん。プライベートでも息子さんとの絆を深めたいもので」

「どうぞどうぞ、こんな大勢でご飯食べるのは初めてですし。玲ちゃんの事宜しくお願いしますね」

「母さん。俺が朝を作る筈なのに勝手に話を進めないでください。後アンドリューさんも程々に・……」

「なんだがきっちょー、お前が朝作るんかよー」

「そうですよ。正直シャワー浴びた後にこの時間から俺が作るはずで……うひゃぁ!」


 ただ、理央が少し天然っぽい面もあるのだろう。アンドリューとリタを素直に受け入れている事からして、玲也としても二人を止める事は出来ないと諦めをつける。しぶしぶキッチンに向かおうとした途中、思わず甲高い奇声を上げたが、


「がきっちょー、大分引き締まってるなー」

「ほぉ、日ごろから鍛えてただけはあるって事かー」

「リタさん、やめてくださいよ! まだシャワー浴びてないですから!!」

「あたいはアンドリューと住んでるから慣れてるぜー、変な所で気にするなーがきっちょ」

「それとこれとは話が別でしょ……母さん、何撮影しているの!」


 それもリタが玲也の体を触り始めたからだ。彼のシャツは汗ばんでいるが彼女はお構いなしにシャツの下、素肌にまで手を延ばす。彼女なりのスキンシップだとも思うが、背中に胸の柔らかい感触が当たるうえ、自分の肌も勝手に触られているとなれば余計に恥ずかしい。

 ちなみに息子が指摘しているが、理央は母でありながらこの状況を止めようとしない。それどころか、何故か赤面させながらスマホで撮影を続けていた。


「それはそうと、二人とも! 俺が朝作らないといけないですからまだ時間がかかりますよ!!」

「……いや、リンが朝食作ってたがな」

「リンが……?」


 ふと玲也が首をかしげたつつもリビングの扉を開ける。すると甘く上品そうな香りが部屋中を満たしており、彼は一瞬目を点にする。


「玲也さん。おかえりなさい……私、その、ちょっと……」

「ったく遅いわよ! あたし達待ってたんだから」

「……これはどういう事だ?」


 彼のテーブルにはいつもなら2人分の皿しか置かれないテーブルだが、今日は7人分の皿がある。用意された朝食はバターとメープルシロップがかかったパンケーキ、目玉焼きと野菜サラダが盛り付けられている。かぐわしい匂いだけでなく綺麗に盛り付られていた。


「玲ちゃん、リンちゃんが居候の身としてお手伝いしたいって言いだしたの、だから玲ちゃんに変わって朝ごはん作ってくれたの」

「朝……ねぇ」


 理央から説明されて、とりあえず玲也は納得した。最もそれでもどこか傾げるような表情をしつつ椅子に座る。その時ニアが四分割したパンケーキの一切れを刺して口に咥え、喉に通したらすぐさま頬を手で押さえ、


「やっぱ美味しい! 料理部にいただけのことはやっぱあるじゃん」

「……ま、まぁ確かにリンさんにしては悪くはないですわね」

「あんた、えらそーに言ってるけどこれくらいの料理作れるの?」

「そんな……別にそれ程のものでもないですよ」


 続くエクスもパンケーキを口にくわえると、彼女なりに一応料理の腕を称賛していた。リンは照れながらも玲也が自分の料理を食べてくれることに淡い期待を抱く。


「確かに美味しいが……和食でないとしっくりこない感じだ」

 

 しかし、玲也のコメントはあまり芳しくないものでありリンの表情に一瞬曇りが走る。すぐさま彼に感づかれないように、いや変に気遣わせないようにというべきか。すぐ彼女は平時の穏やかそうな表情を作った。


「そうですわよリンさん! 全く玲也様のお好きな和食にするとあれほど私は……」

「そんなこと言ってなかったでしょ! 玲也も失礼じゃない!!」

「いや、俺は別にそこまで……」


 リンに代わりニアが怒号を飛ばす。玲也の不満が失礼なものだとは別に、エクスの変わり身が早い事に対して呆れすら感じていた。彼が一応彼女たちに謝ろうとするが


「……こりゃうめぇ、たまらねぇなぁ!」

「アンドリューさん! 俺の分を勝手に食べないでください!!」

「いや、おめぇ不満なんだろ? メシは嬉しそうに食べるのがマナーって昔から決まってらぁ」

「い、いや。俺は何も不満とまでは……」


 アンドリューのフォークは自分の皿ではなく、玲也の皿に、まだ手を付けていないパンケーキの一切れを刺して自分の口にほおばった。その美味しさに唸る彼へ、玲也が流石に怒ろうと席を立つが、逆に突っ込まれて言葉が詰まってしまう。一本取られたような彼の様子を見ると、ニアは良い気味だと言わんばかりに笑っていた。


「あー、アンドリューずるいなー。じゃああたいもーらい」

「ちょっとリタさん!? 何で今度は私の所からですの!?」

「あ、あの……早く食べましょう。冷めてしまいますし……次は和食にしますね」

「ちょっと、別にそこまであいつに気ぃ遣う事ないわよ!」


 アンドリューに追随するように、リタがエクスの皿からパンケーキを取って口にする。朝食の場が修羅場になりかねないと、リンが場の空気を持ち直そうとした。彼女はもう気にしていないと手を振りながらアピールするが、玲也の好みを考えていなかった事は自分が悪いように捉えていた。ニアは彼女が少し卑屈にもなっている様子が面白くない様子だ。


「ったく玲也、食うならさっさと食え。今日が何の日か分かってんだろ?」

「今日が世界各国のみなさんと会う予定は忘れてないですよ。けど11時からでまだ4時間くらい前ですから、俺もそれまでいろいろやろうと」

「おめぇが何をやるか分かってるから言っとくが、それを俺が直々にな……」


 玲也は直ぐドラグーン・フォートレスへ向かい自主トレを行うつもりでいた。しかしアンドリューが直々コーチを務めてくれると意味を察した瞬間、彼はただならない速度で朝食を平らげて、直ぐに着替えをもって浴室へ急いだ。


「スイッチが入ると、やっぱあいつ違うな―」

「流石玲也様! 私の全てを任せた殿方だけあって常にその気やる気、気合十分で思わず照れてしまいますわ……」

「ったく、確かにプレイヤーとしての腕とやる気があるのは認めるけどさ」


 玲也に対して、基本ホの字だけにエクスは人目憚ることなく物思いに耽って照れる。ニアはどうも腑に落ちない表情を浮かべる、この二人に挟まれてリンは少し困ったように笑いを浮かべていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「やっぱカプリアが一番乗りかー」

「まぁあいつらしいが、30分以上前にくるってのはなぁ」


 それから時間が流れ、ドラグーン・フォートレスのミーティングルームに玲也とアンドリュー達が向かっていた。玲也の腕時計は10時半頃を示している。

 それまで、おおよそ3時間ハードウェーザーの基礎、応用関係の筆記テストを玲也は受けていた。彼が2000ページ以上のマニュアルを暗記した様子は本当なのは、解答用紙に誤答がない事でアンドリューは認めた。その為予定より早くネクストの操縦をシミュレーターで学んでいた最中だったが、


「けど、戦闘関係に入る前にカプリアが来るのはちょっとタイミング悪いね。玲也君ならすぐ動かせそうなのに」


 あれからアンドリューに呼び出されたシャルも玲也達と同行していた。ネクストの基本操縦について既にマニュアルを暗記していたからか、元々オンラインゲームで動かしていたからか、彼は移動、変形などの基本操縦を軽々とこなしていた。そんな彼の様子がシャルにとっても自分のように嬉しい様子だ。


「まぁ、あいつらはあいつらで忙しいからよ、顔合わせは10分ちょっとで終わる訳で」

「それから、昼までビシバシ行くから安心しろ―、シャル」

「時間がある限りお願いします。俺も少しでも腕を上げたいですからね」

「……」


 リタは何故かシャルを安心させていたが、そのビシバシ扱かれる方は玲也だ。最も彼が短時間で操縦を会得していく上、彼自身全然へこたれていない様子を前に大丈夫だろうと感じたのだろう。

 ただ玲也はともかく、リンの方が猶更不安を隠せない様子だ。堂々とした振る舞いの彼とは対照的で、いつもの御淑やかさではなく、臆病で気弱な様子が前に現れていた。


(世界各国のプレイヤーは、昨日配布されたデータを目に通した。俺は新入りだが初対面で物怖じしないようにはしなければ)


 右手を握りしめて気を引き締めようとする玲也。それと共にアンドリューがオペレーションルームの扉をカードキーで空けた途端


「よっ、いつも一番乗りさせて悪いな」


 ――ミーティングルーム。コの字状に置かれたテーブルにて、右端に二人の姿があった。アンドリューに向かって会釈を交わす男こそアンドリュー達が触れていたカプリア・コスラウスだ。ライトグレーの髪の彼が立ち上がれば、彼より一頭身分背丈が高い。


「ったく、おめぇは早すぎるんだよ」

「私が最初にいないと他の者へ示しがつかないだろう」

「……このリーダー気取りが」

「悪いが、年の功は私の方が上だぞ」


 2mの大台に入るか否かの高身長を誇るカプリアだが、穏やかな雰囲気を保ちながら、口の悪いアンドリューと罵りあいを繰り広げている。最も互いの表情に敵愾心や警戒心などは見られない。彼らからすれば、軽いじゃれあいみたいなものだろう。


(アンドリューさんがアメリカ代表なら、カプリアさんはロシア代表。海軍出身の最年長プレイヤー……なるほど)

「あれ、あんたがこのカプリアって人のパートナー?」

「……」


 玲也が昨夜目を通したデータを思い出していた頃、ニアは彼の隣に座っていた少女の姿に気づく。自分より頭一つ以上背が低く、椅子に座って足が地面についているかどうかわからない。後頭部の青いリボンが目立つような幼げな彼女はニアに尋ねられたが、彼女はニアの顔を警戒しているのか口を全然開こうとしない。


「ニアちゃん、何か怖がられてないでしょうか……」

「えっ、あたしはそんなつもりないのに!?」

「いや大丈夫。元からそうだから気にすることはないぞ。ほら、おいで」

「ダー!」


 その彼女は表情一つ変えず、微かに蕩けるような声と共に手を差し伸べるカプリアの方に身を寄せる。彼にとっては慣れているシチュエーションだと、ごつい手だがまるでヘアブラシのように繊細な様子で撫でられれば、自然と彼女の表情は少し緩んだ。


「おー、そうだぞパルル。玲也というこのボウズはハドロイドが3人いるんだよ」

「……さっきの様子からちゃんとわかるんだ」


 カプリアのパートナーともいえる彼女はパルル・ダーボス。そして無口だけでなく、返事一言しかしていない筈だが、彼女が抱いた疑問を片っ端から彼は優しく教えており、彼女はそのたびに首を激しく縦に振っていた。そんな二人のコミュニケーションにニアは少し驚きの表情を浮かべているが、


「あのカプリアさん、俺がプレイヤーとして間もない羽鳥玲也ですが……確かにボウズなのは認めます」

「おー、がきっちょー、少し怒ってるかー? どうなんだー」

「怒っている? あぁ……」


 玲也がカプリアへ挨拶をかわすも、ボウズと呼ばれた事へは少し苦々しい様子だ。彼自身の腕や経験より背が低いコンプレックスを刺激されたのかもしれない。リタに冷やかされながら小突かれている様子から彼も玲也の内心に気づくと共に、


「悪いボウズ。データを見る中でお前が一番背の低い男だから。ついボウズと呼ぼうと思っただけだ。スルーして全然大丈夫だ」

「いや、それは正直地味にコンプレックスで……」

「お前の腕は大人か子供かは関係ない。実際戦場に出る者として見ていくつもりだ」

「……ありがとうございます。一生懸命やりぬくつもりです」


 カプリアなりのユーモアに対し、玲也は若干戸惑いもあった。しかし彼が自分を一人のプレイヤーとして見ていくスタンスに変わりがない事を知ると、その戸惑いより彼の期待に応えられるよう己を鍛えていく事が大事だと再び表情が引き締まっていった。


「まぁ、おめぇからすればボウズかもしれねぇが……結構面白れぇ奴だ」

「アンドリューがそこまで言うなら期待しておこうか。彼がアトラスよりも年下となると……あぁ、そうだ。ドイツ、イギリスも既に着いてるぞ」

「あいつらもかー、もう来てるけどここにいないって事は?」

「女四人、俺らの購買でショッピング。男二人は荷物持ちだなこりゃ」


 ミーティングルームに今はいないドイツ、イギリスチーム。彼らについてアンドリュー、リタ、カプリアは苦笑交じりの談笑を展開していたが、


「しっかしまぁバンとムウじゃなく、マーベルの奴を出動待機させときゃあなぁ」

「マーベルさんは確かドイツ代表の筈ですが……まさか」


 マーベルというドイツチームのプレイヤーは、アンドリューと相性が悪いのか苦手そうなリアクションを示していた。如何にも関わりを避けたいような表情を浮かべる。


「まぁ、面倒で厄介な女だ。俺に取っちゃリタより、おめぇにとっちゃあいつらよりってな」

「おいアンドリュー、あたいより厄介ってどういう例えだー?」

「ちょっと玲也! 何も言わないであたし達を見てどういうつもりなの!?」

「そんなことありませんわよね玲也様!? 私は玲也様をお慕い申し上げていますのよ」

「……」


 アンドリューはリタからの自分を引っ張り出した例えに突っ込まれているが、当の彼は良く納得したような表情でニア達3人の方を無言で向いた。ちなみに玲也はエクスの方を余計疑わしいような視線を向けていた事は触れておく。


「まぁ、お前らはまだ可愛いで済むからなー、マーベルの奴はなぁ」

「私が何だというのだ、アンドリュー!!」

「っとあぶねぇ…!」


 その瞬間。アンドリューの後頭部めがけて鞭が飛んだ。これに気づいて彼が後ろを振り向いてすぐさま鞭の先端を白羽取りのように受け止める。彼の視線には鞭を握りしめる軍服姿の女――彼の様子からすると彼女がマーベル・ラフロスだ。


「ったく、だからおめぇはあぶねぇ女だよ」

「ふふ、私達シュバルツバルトに恐れるとは……トップガンの貴様も大したことないな」

「……やれやれ」

(シュバルツバルトはドイツ陸軍女子戦車部隊の名前……マーベルさんがその隊長にしてドイツ代表。腕と戦績はアンドリューさんと、カプリアさんと互角……)


 アンドリューとマーベルが互いににらみ合いつつ口元では笑っている。カプリアはその様子に腕を組みながら苦笑を隠せない。この3人がハードウェーザーのプレイヤーとして第1期にあたる3人、つまり同期のサクラ。アメリカ、ロシア、ドイツの三大国家、空海陸軍の3人が集う様子は無意識に玲也を圧倒させるオーラを放つ。


「あれ、確かドイツだけ4人でプレイヤーが3人のはずで」

「おーっと、その質問は地雷ですね! この私、自称マーベル隊長の右腕ことルミカ・コンティニットがお答えしましょう! 私たちがダブルストを3人で動かすのは三人そろって一人前とかいう、三つの心が一つになれば、一つの正義なり、勇気なり、理想なりはですね……」


 玲也の疑問に答えるかのように、マーベルと同じ軍服姿ながら自分より小柄な彼女”ルミカ”が何処からか走って現れた。そしてもの凄い早口で途切れもなく語りつづける。だが、それはとてもとても長くなる話であり、玲也ですら彼女の早口に追いつけず困惑の色が顔に現れている。


「ごめんなさいねー。ルミカはこうしないと話が終わらないの。でも隊長と私達が3人について見くびる事は命に関わるとは」

「……はい」

「ちなみに私はアズマリア、アズマリア・イースですー。宜しくですー」


 ……かに思えたが、後ろからポニーテールの女性が密かに近づいてはルミカの首をその腕で絞める。すると彼女の話はピタリと止まってうなだれた。最もそれよりもニコニコ微笑みながら首を絞めて沈黙させるアズマリアの様子から、玲也は身の危険を感じて今は何も触れない事を選んだ。


「しかし、貴様がまだ坊やなのにハドロイド3人のプレイヤーとはな」

「……今度は坊やですか」

「そう気にするんじゃねぇ。マーベルはそういう奴だ」


 ボウズに続いて今度は坊や呼ばわりされた事に玲也は少しムッとした。同じパターンが続くだけでなく、カプリアの遥か上を行く厄介な相手がマーベルだからと、少し真面目な様子でアンドリューは玲也を諭す。最もマーベルはお構いなしにと腕を腰に当てて胸を張り堂々としているのだが、


「何、私は男なら羨ましいだろうなぁと言おうとしたが。なぁアズマリア」

「そうですねー、アトラス君でしたらどうなるか面白そうですねー。クレスローはともかく」

「確かにな……しかし、あいつら遅いな」


 マーベルが少し不機嫌そうにドアの方へ目を向けた時、大量のビニール袋らしきものを両手にした二人が重い足取りで到着した。


「よぉお疲れ、イギリスのお二人さん」

「あぁ、アンドリューさん……マーベルさんの買い物に付き合わされまして」

「うわー、凄い荷物だねアトラス」


 アンドリューにねぎらわれて、黒ぶち眼鏡をかけた真面目そうな少年が荷物を地面に置くと共に、思わず四つん這いに倒れ込んでしまう。シャルが言う通り彼がアトラス・ベルーソー。イギリス代表のプレイヤーであり、


「人のフォートレスに足を運ぶのも久しぶりだからな。珍しいものは買わなければ……そうだろ、クレスロー?」

「それは当然さ、ミス・マーベル……!」


 彼の隣にいた銀髪の少年がクレスロー・ボウ。アトラスのパートナーとなる彼はハドロイド故か、荷物持ちぐらい軽い、朝飯前――そうキザにふるまって、自分が余裕だとアピールするが、


「おぉ、確かニア、エクス、リンはビューティフルな君たちかい!!」

「えっ!? ちょっとあんた一体何なのと」


 しかし、ニア達の姿を前にクレスローは荷物を下ろして、3人の元へ勢いよく飛び出す。その後どこからか取り出した3輪のバラをそれぞれに配るが、ニアが真っ先に困惑の表情を浮かべており、


「クレスロー、やめてよ! いきなりニア達に失礼だよ」

「僕は礼儀をわきまえてるつもりさ……君たちもハドロイドとして過酷な戦いに身を投じている。でも君たちはそれでも、いやそれだからこそやはり美しい! だから」

「きゃあ……!!」


 まるで自分に酔いしれているかのようにクレスローがニア達の境遇を憐れみつつ慈しんでいる。3人とも何とリアクションすればよいか戸惑う様子だが、彼はリンの左手を両手でそっと握り、


「僕が君たちを守るナイトさ、これはその誓いの……!!」

「やめてぇぇぇ!!」

「……どさくさに紛れて何やってんのよ、あんた!!」

「はうっ!!」


 クレスローは忠誠の証かしれないが、リンの手の甲へ口を近づけていた。思いっきり彼女が震えて拒絶反応を示しかけているのも有り、ニアが彼を容赦なく殴り飛ばしたが、


「おぉ、なんて過激な愛情表現! それならエクスに……」

「それならってなんですの! それならって!!」

「ああっ、いい……!!」

 今度はエクスの手を取るが、彼女が膝蹴りをクレスローの顎めがけて食らわせた。黙っていれば端正な二枚目のはずだが、激痛が走る顎を抑えて悶絶し、さらにどこか喜んでもいるような彼の様子はとても二枚目ではない。


「メルメルメー、はーい取り込み中だけど失礼みゃー」

「って今度は何なのよ!!」


 そのクレスローを足蹴にして白衣をまとった少女がニアの体に手を触れ、まるで健康診断の担当医のように慣れた手つきで、心臓の鼓動を聞くように彼女は耳をニアの胸にあてた。


「あーニアちゃん、その人はドイツチームのハドロイドのメルさんだね。多分ハードウェーザーのデータに興味があるだけだから、クレスローよりは大分マシだよ」

「シャル! 君はどさくさに紛れて僕の事を……!!」


 クレスローがショックを受けるが、誰も彼の事を擁護せずアトラスでさえ困り顔を見せていた。

 このメル・シーザーという少女、口元以外紫の前髪にほぼ隠れてしまい、表情から何を考えているか分からない。ニア達3人の胸元に耳を当てる行為も、事情を知らない者からすれば怪しい行為に取られてしまうだろう。


「どうだメル、あいつらはやはり最新型か」

「まぁそうだみゃー。メルは初期型、第1世代だから第3世代が羨ましいみゃー、こんちくしょー!」

「ははは、僻むな僻むな。ハードウェーザーの性能だけで決まる戦いじゃないだろ」


 どう把握したか知らないが、ニア達のスペックをメルは把握したらしい。能天気そうな様子だが一応彼女は悔しがっているようで、マーベルは姉のように彼女を上手くあやしていた。


「……確かドイツ、イギリスはフェニックス・フォートレス所属だが」

「良くも悪くも濃い面々ばかりだって言いたそうだね」


 マーベル、クレスロー、メル達を目にした玲也はある意味何とも言い難い心境だった。そんな彼の様子をよく理解しているようにアトラスが話かけてきた。


「僕はプレイヤーになって1か月程しか経ってないから一応先輩かもしれないけど、変に畏まらなくて大丈夫。お互い頑張ろうよ」

「ありがとうございます……俺もよくわかるつもりですが、パートナーが大変そうですね」

「うん、本当女性に対して節操ないから止める僕も大変だよ」


 その中でアトラスは大分常識と良識を持ち合わせていると感じて玲也は安心した。それと別に先輩とはいえ経験がまだ浅い駆け出しであり、謙虚で親切そうな彼に対して人間的な意味でも好印象を抱き、思わず握手を交わしながら微笑んだ。


「そういやカプリア、お前の所のビャッコだとコイとサンが待機って感じか?」

「私はそうすべきと考えたが、コイが一応挨拶はするつもりだった。あとはサン次第だが……」


 アンドリューがそろそろミーティングを始めるべきだと、まだ到着していない二人についてカプリアへ尋ねた。彼自身同僚の二人が来るかどうか把握しかねているが、時刻は11時に近づきつつあった。


(待機で欠席のバンさん、ムウさんがイタリア代表で、あと来ていない二人は中国代表か……)

「カプリアさん、遅れて申し訳ありません」

「……」

「ほらサン、一応同じプレイヤーとして仲間なんだから、挨拶はしとかないと」


 玲也が腕時計を見つめていた時にドアが開いた。左右にシニヨンをつけたようなヘアースタイルの女性がスーツを着こなした茶髪の男性を従えている。サンと呼ばれる彼が気難しい表情をしたまま黙っており、彼を窘めながら玲也の元に歩む彼女こそ中国代表のコイ・ナーメイだろう。


「あんたが日本代表の羽鳥玲也ね」

「は、はい……中国代表のコイさんですね」

「そういうことになるわね。しかし日本代表のあんたがどうしてビャッコじゃなくドラグーン所属なのかどうも腑に落ちないんだけどさ!」

「……それは俺が決められる事ではないですから」


 玲也がまるで特別扱いされている――コイがそのような疑問をぶつけてくるが、自分の配属関係など彼に分かるものではなく答えられる内容ではない。まだ配属されて日が浅い彼は言葉に詰まりかけていたものの、


「コイさん、この場でそういった話は流石に……」

「アトラスの言うとおりだ。上層部の判断に私たちが常に介入できる訳でもないぞ」

「……確かに駆け出しのあんたに聞いてもしょうがないわね」

「今はそう捉えてくれますと助かります。それと別に宜しく……」


 アトラスとカプリアにお門違いの疑問であると諭されれば、コイも一応納得した様子を見せた。玲也として同じバグロイヤーを相手に戦うプレイヤーであると手を差し出したところ、


「やめろコイ。新入りの癖にハードウェーザーを3機持つプレイヤーは役に立たない」

「なっ……!?」

「何ですって!?」


 コイのパートナーになるサン・ウォンダイという男が彼女の愚痴を嗜める……かと思いきや、余計火に油を注ぐような事を口にした。これに玲也は少し表情を歪め、それ以上にエクスが真っ先に怒りを露わにしようとする。


「ちょっとサン! 私そういうことは一言も言ってないわよ!!」

「貴様ではなく私が思ったまでだ」


 コイですら流石に言いすぎだとサンを嗜めていたが、彼からすればコイとは関係ない自分個人としての疑問を突きつけようとする姿勢。パートナーの制止を軽々と受け流したうえで、


「まだ3機をそれぞれ3人のプレイヤーで動かすなら分かる。だが同時に電装できないとなれば貴様は2機のハードウェーザーを無駄にしてプレイヤーになったようなものだ」

「……俺たちが3,4人で一人前と」

「当たり前だ。3人分の戦力を持つプレイヤーより、プレイヤー3人いた方が私の計算では役立つ」

「へぇ、結構言いたいこと言ってくれるじゃない」


 サンは遠慮なく指摘する。玲也に3機のハードウェーザーを与えたのは無駄だと。この身も蓋もない否定をされたならば、彼ですら目上のサンに向けて少し声を荒げ、ニアもまた彼に対して苛立ちと怒りが込み上がりつつある。


「玲也様が3機のハードウェーザーを持つとの事はですね、玲也様が3人分の働きをされるお方なのですわ! 私のクロストがそうですけど3機分の活躍はしますわよ!!」

「……あんたねぇ」


 エクスが玲也を擁護するが、半分自分の力も素晴らしいと露骨にアピールしているようにもニアは感じ取って少し呆れた。だが彼女より今はサンに腹が立っていると突っ込みを入れる事は止めた。


「サン、実際俺が言うのも何だが、こいつはぶっつけ本番でバグロイドを仕留めてるし、俺との勝負でも割かしいい線いってらぁ。俺は結構期待してるんだがよぉ」

「ですがアンドリュー。ブレストとクロストと違ってネクストの戦績がないとの事ですが?」

「それは……」


 アンドリューが自分が見込んだ期待の新人だと玲也を擁護するもものの、サンは冷静にネクストが活躍していない事を踏まえて問う。一応丁寧な態度だが表面だけ取り繕っているに過ぎない。それでも彼は言い返されても余裕あり気な様子だが、自分が活躍していない事を突っ込まれてリンは思わずびくついた。


「ごめんなさい! いくら何でもアンドリューさんに喧嘩を売る事は」

「確かアンドリューが秀斗とかいうそいつの親の恩が……」

「……やめろ!」


 コイがアンドリューへ頭を下げて、再度止めようとしてもサンは突っかかる事をやめない。その上彼が玲也を秀斗の息子、いわゆる羽鳥ジュニアだと見なしているのではないかと玲也が察した途端に声を強く荒げた。


「玲也さん、ここで乗せられてしまうと……!」

「俺がネクストで成果を出せば、認めてくれるのですか! サンさんも皆さんも!?」


 リンがブレーキとしての役割を果たせないまま、怒気を発している玲也に対し、サンは見下すように首を縦に振る。その頃アンドリューが少し諦めて見届けるような顔つきとなり、この現状も、あり得る状況と分かっていたように首を横に振る――この先を流れに任せんとばかりに。


「――長引くかもしれないから、ここで私たちは戻る。分かってるなコイ」

「分かってます。サンもこんな所で問題起こさなくていいのに!」

「……」


 パルルを連れてビャッコ・フォートレスにカプリアは戻る事にした。彼からサンのフォローを託され、コイは少し面倒くさそうだったが彼の指示に従いこの場に留まった。彼女としてはパートナーのせいで余計な問題を持ち込むことになった点で少し苦々しい心境だが、


「まぁ、俺もサンの言いてぇことはよくわからぁ。まだ時間あっからシミュレーターだな」

「シミュレーター……という事は、俺がネクストを!」

「あ、アンドリューさん! 私まだ準備が出来てないですが!!」


 この状況を収拾する必要性もあり、アンドリューは今の玲也の腕を周囲に知らせる事が必要と捉えた。残された5分でネクストの戦いをシミュレーターで測定するとの内容だが、リンからすれば実戦経験がないために無茶と臆病風に吹かれた事を言うものの、


「まー、万全に準備するって大事だけどなー、ぶっつけ本番ってのもあってなー」

「確かにやる予定はなかったけどよ、まぁ、お前たちの今を知るチャンスってこった」

「そう来ましたか……俺もやれる限りのことはやるぞ、リン!」

「え、えぇと……はい」


 アンドリューからこれもまた経験の一つだと説かれ、催促される玲也としては挑む事に不足はないスタンスだ。彼に半ば押し切られる形で頷かざるを得なかった。シミュレータールームへ、半ば無理している様子は明らかに全身の震えが止まってない様子から明らかだ。


「しかし、リンさんは本当大丈夫でして? これが私でしたら舌を巻かせてみせますが」

「お前もそう上手くできるか分かんないけどなー」

「まぁ、けど言いてぇ事は分からぁ……そう簡単に済んだら苦労しねぇけどよ」


 内気どころか臆病な様子を隠し切れない今のリンに対し、エクスが懸念するような声を上げていた。リタが彼女自身の自信なりプライドなりに茶々を入れつつも、アンドリューは懸念事態は間違っていないと少し苦い笑いも浮かべていた。

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