談話4:若竜のあいだでは
娘は、魔王討伐にまつわる顛末を大まか話し終えた。しかし、ハガネが去り際に残した言葉までは、竜に聞かせられなかった。
しかも、それが竜の実子からなどと。
そんなことはおくびにも出さないように務めていると、
「魔王、か。そんなものを名乗る輩がいるとはな」
竜は鼻を鳴らす。
「私たちにとっては手強い相手でしたが、竜族からすれば取るに足らない輩なのでしょうね。ハガネさんは言わずもがな。カナリヤさんも、私たちに気を使わなければ“
「だろうな。最近でこそ丸くなったが、兄者の“息吹”は多彩だ。魔法も、直接当てさえしなければ、周囲への働きかけ次第でどうにでも扱える」
崖なり地面なりを崩して生き埋めにするとかな。と、竜は当然のように口にした。
「なあ、娘よ」
「はい、何でしょう?」
「他には何かあったか?」
何気ない問いかけだった。
しかし娘は一瞬、言葉に詰まってしまう。
「クロガネは息災であったか?」
続いた竜の一言に、娘は静かに無出をなでおろす。竜は我が子を案じていただけなのだ。
「ええ、とても。成体の雄竜の強さをまざまざと見せつけられました」
「そうか。そうだろうな。あやつは静かだが、その気になれば若い竜の中でも抜きん出た力を出す」
竜は満足そうに頷いている。
娘も和やかに相づちを打つ。
そんなときだった。
「よーうっ!」
竜と娘の間を、
カナリヤだ。
「兄者か」
「おう。何かおもしろい話でもしてたのか?」
背中の小さな翼を羽ばたかせながら、カナリヤは竜と娘と正三角形につながる位置に降りた。
「ハガネさんのことです。魔王のときの」
「ああ、あのときかー。いや、驚いたよな。お嬢さんの名前を聞くためだけに来たっていうんだから」
カナリヤの声はすっかり弛緩していたが、
「……ほう?」
竜の声が急に冷えた。
娘が笑顔のまま固まる。
「それはまだ聞いていなかったな。兄者、クロガネの様子はどうだった?」
カナリヤはまだ気づいていないようで、
「なんだ、お嬢さんまだ話してなかったのか。クロガネのやつさ、突然棲家からやってきてな。何かと思ったら、『お前の名前をまだ聞いていない』って。自分だけ真名を知られてるのが嫌だったんだろう、な……?」
そこでようやく空気がおかしいことに気づいたらしく、小さな年長竜は、妹竜とその娘を交互に見やる。
「笑い話をしてたんだよな……?」
「娘。クロガネが言ったことの意味はわかるか」
竜は、兄竜を無視して問うてくる。
「いいえ」
娘は素直に答えた。そしてそっと立ち上がり、移動する。
視界の端に、物陰からこちらに来ようとするルリとヒスイを捉えた。
娘は目だけでルリに伝える。「まだ遊んでいなさい」と。
聡いルリは何かを感じたようだ。いつかのようにヒスイの手を取り、あの日のように、しかし静かに『拠点』へと消えて行った。
「最近耳にしたことがあってな。若い雄竜の間では、相手の真名を聞くという求愛行動が流行っているそうだ」
「それはたった今知りました」
娘は両拳を握り、カナリヤのこめかみを左右から挟み、ぐっと力をこめてねじこんだ。
その日の地鳴りは、「ヒスイが来た日よりはましだった」と、後にルリは語ったという。
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