第30話. やはり彼女は小説家であるらしい

「まさか、マガト君っていうのねーー?いうのね?早苗月って名前は風のうわさのように耳にしていたけども本名までは知らなかったな~~」



 「はーーむ」と頬張りながらチョコレートケーキを食べるスーツ姿の女性は水無月担当の編集部、明嵜和音だ。



「あまり公表はしていないんで、そこのところはちょっと…………」



 最後の方は言葉を濁す、まるで一般社会で通じるルールというかはっきり言えば忖度だ。相手が思う部分を予測する、そんな不確定な要素を信じるなんて難易度が高いと初めは思うが、不信感が無ければ、要は他人を信用することさえできていれば簡単だ。



「オーーケーーッ」



 バッチグーと目で語りながら二口目を食す明嵜。なるほど、信じられない。


 と会話を冗談絡めに始めたこの場所はさっきの喫茶店の上階、つまりはビル7階にあるファミリーレストラン。


 メニューの品は頼みやすい値段のグランドメニューから少々値が張るような季節限定のものさえある。要はニーズを幅広い年代に狙い定めているのだろう、高校生でも入店しやすい店である。


 俺は再びアイスコーヒーを頼もうかと思ったが、二度目となると流石にカフェインを摂り過ぎてしまうかもしれないので、



「カフェ・オレですーー」


「あっ、俺です」



 別の飲み物を頼んだのである。しかしして水無月はどちらなのか、あいつは確かホットコーヒーを頼んでいたはずだが…………



「ホットコーヒーの方ーー」



 まるで俺の健康意識なんてはなから間違えていると、そう主張するように注文したようだ。


 ところで今俺や水無月が座っているのは四角い形状のテーブルに二つの長椅子。


 要は一般的なレストランのボックス席で、俺と水無月は同じ椅子、今日の話し合いは水無月の作品がメインなので彼女の目の前に明嵜が座るという感じだ。



「じゃあ、これも食べ終わったことだし、本題、行こうかーー」



 チョコレートケーキを完食して皿が空になったところでやっと話し合いが始まるようだ。なんだか、ルーズな気もするがそれこそがこの人のやり方なのだろう。



「まず最初にねーー、キミ!マガト君からアイデアというか感想ちょーだいっ」



 ごそごそと手持ちのバッグからペンを取り出してきては俺の方へペン先を向けてくる明嵜。頬にケーキのトッピングであるシナモンが付いているのがまたこの人らしいアクセントになる。


 対して俺は一度読んだ部分の原稿用紙(というのもレストランに入店してすぐに冒頭とラストだけ一読したのだ)を再び手に取り、見返した。



「俺は…………」



 この時、選択肢は二つあった。一方は遠慮して作品の良さを語るだけ、もう一方は作品のすべてを語るものだ。


 前者は上っ面しか見ないとよく言われるが、作者の執筆速度を上げるモチベーションにもなる。何せ自分の作品が面白いと言われて書き進めたくなるのは必然なのだから。だが、俺は後者を取った。



「堅いと感じた」



 まずはデメリットから挙げて作品の惜しい所から語る。上げて下げるよりも下げて上げる方が結果論は同じだが、その過程からして別ものになるからだ。



「硬いんじゃなくてんだ。特に最後のシーンなんだけどさ……これこれ、鮮明?恍惚?どっちだって話。あまり詰め込み過ぎても読者には伝わりづらいし、どちらかにした方が分かりやすいんじゃないか?」



 「うんうん」と頷く明嵜は掌に収まるほどのメモ用紙をテーブルに出して何やら書き留めている。


 向かう女性、水無月は目を瞑りながら俺の言葉を聞き入れているようでまず一安心、だから引き続きダメ出しを繰り出すことにした。



「しかも、この『誰にも聞こえない声量で呟き』って誰にも聞こえないなら書くなよって言いたいんだが。どうだ?」



 隣の人の方へ振り向くと同時に疑問符を投げ掛けると数秒経ってから、まるで何かに呆れたかのような重い溜息を吐いてから答えた。



「ねえ、あなたについてここまで言うつもりはないのだけれど小説の書き方はご存知?」


「書き方?ルールみたいなもんか?」



 段落を変えるときは一字下げるとかそんな基本的ルールは知っているが…………


 するとメモを書き終えたらしい明嵜は割って会話に入り込んできた。



「ま、まあ彼はそういう書き方だからね……如月センセとは相反する作家さんなんだよ」



 どおどおと水無月を抑え込む姿を見るとTHE編集者とTHE作家という関係が如実に再現される(俺の方は根底から崩されているような感じだな……)。


 とまあ、恐らくは書き方というよりかは作品の立ち位置、すなわち見え方が俺の作品とは別なのだということは分かるが(分かっていないように見られている気もするが)、それよりも良さを語っていないことに気付いた俺はすぐさま言葉を続けることにした。



「だけどよ、それ以外は文句なしじゃないか?まだ作品の冒頭とラストしか読んでいないが、こればっかりは何も言うことなしだ」



 作品中に登場するキャラクターのこの部分が特に良かったなんて、まだ一部分しか読んでいない俺には事細かには言えない。だが、「文句なし」つまりは悪い箇所が無いというのが俺として挙げた良い部分だった。


 俺の言葉を聞いて「ふーん」と口籠るのは水無月ではなかった。



「ふーーむむむむ…………う、はいっ!!オッケーーです!」


「オッケー……ってこれでいいんですか?」



 俺はこんなちっぽけな感想しか言えないことに少々歯痒さもあったのだが、それよりもこの陽気な女性の潔さに開口していた。


 どうしても作品の悪かった部分だけが誇張しているようにしか思えてならなかったのである。だからか別に悪意はないものの突如訪れた拒絶にはすぐに理解できなかった。



「うん!だから帰っていいよーー。お疲れさま~~」


「つか俺全然役に立った気がしないんですけど…………」



 上の空を見上げながらペン回しをしていると何処からか義務付けされているのか、束縛されたような返答だった。



「ごめんねえ、ここからは作品に直接かかわるところだから同じ作家の身である君でも一応部外者って取り扱いになるんよーー。君だって作品のネタバレをされたら嫌でしょーー?だから今回のとこは、ゴメンネ」



 両手を合わせながら頭を下げられたらこっちとしても見せる顔が無くなってしまう。だから俺はすんなり「分かりました……」と余韻を残しながらも了承してその場を後にすることにした。



 いやはや作品のことをとかく語るというのは執筆に関わっていない身でも緊張するものだ。これを言ってどうなるだろうかなどと雑念が混じることが多々あるが、実際問題考えてみると無駄な意見などない。


 俺が物語の見え方について語った時、水無月がそうではないと反論したように自分の作品にプライドを持ち、物語が褒められれば同時に作者本人も微笑む。



 俺が水無月の作品に対して悪い点が無いと言ったときに見せた躊躇いがない小さな笑顔は、そういったの顔だと、俺はもう一度しみじみと思った。

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