第20話.面倒な揉め事01

 高校生活四日目。

 

 俺は裏表激しい人間のことをあからさまに否定したり、まさかそいつの言い分を聞かずにきっぱり拒絶するような器の小さい人間ではない。


 オセロのように千姿万態に性格をころころと変える奴はむしろ好きなのかもしれない。


 好みの異性が近づいてきたら尖った棘を丸く収めて球体のように変化したり、嫌な人間が近づけばそれ以上近づくなと言わんばかりのオーラを出す。


 そんな緩急自在な人はこの世にいくらほどいて何かと嫌われがちだが、俺は逆だ。



 女は裏表ある方が可愛いとか言われるが、異性として見るのではなく単に人生経験豊富ですげえなと、後輩のような目線だ。


 だから、「あ、この人と付き合いたいとか」、「一緒にいたい」なんてロマンチックで幻想的でなくていい、何というか見ていて面白いなどと観客席にいるだけで良いのだ。


 そう、サッカーチームを無所属で応援するように攻撃している方もされている方も愉快だと、それだけで済ますのが俺、曲谷孔だ。



 なんてこれまたどうでもいい教訓やらモットーやらを語りだすとどうやらあの人も勘づいたらしい。



「曲谷君、いやマガトクン~~。今日の放課後また来てねーー」



 帰りのSHRで俺に直接伝えてきたのには嫌気が差した、また面倒だなと。



 だからおそらく魔も差したのだろう、思っていることを口にして楽になるということを。俺は何か愚痴を溢すように小さな言葉で「オセロ女」と囁いてしまった。



「なーーにーーかーーなーーあ??」



 教卓付近から俺が座る教室後側、ロッカー付近まで数秒足らずで間合いを詰めてきやがった。光速移動してきたのかと感じるほどのスピードだ……


 俺はあと数センチ前に屈めば額が当たりそうな掛依に再び小さく呟いた。とにかく俺とこの人以外に聞かれないように。



「すんませんすんません、もう言いません口にしません。許してくださいお代官様」



 まるで棒読み、草芝居の大根役者を演じるオレ、いやむしろ名俳優じゃないか?



「その最後の一言要らないねーー?まあ曲谷君はマブダチだから許してア・ゲ・ル」


「それ…………古くないですか?」


「んーーーーーー?」



 「何歳いくつなんですか?」と聞いてしまうところだった。危ない、危ない。この一言がもし俺の口から出てきてしまえば、危うく俺の華の高校生活は消されるところだっただろう。


 つーかもう透明に成りかけているがね。



「了解です、まこっち先生」


「おっけーーーー!!」



 ここで珍しくも、というか初めて彼女のいわゆる渾名を口にしたのには理由がある。そう、理由がないまま行動を起こすことなどありはしないのだ。


 とあるラブコメでヒロインが主人公に落ちる瞬間だって、ときめくがあるからだ。現象には必ず理由があるなんてよく言ったものだ。



「っおい!どういうことだよマガト!」


「お前ってそんな関係だったのかよ!!」



 中学からの縁がある同級生、坂本卓也を始め、見知らぬクラスメイトまでもが俺の周りを囲んでいく。これがその理由だ。


 つまり、こんな人の群れの中で裏の掛依と話す口調になってしまえばどんな関係かと疑惑の目をかけられるかもしれない、さらに言えばあの女の正体を晒してしまうかもしれないという予防策なのだ。


 なんて俺は心優しいんだ……ってもすでに掛依の姿は見当たらないが……



「ずりーぞ、マガト……一人だけ独壇場で歩みやがって……」


「お前、曲谷って名前か?」


「こんな陰キャラがあの先生と……」



 四方八方から浴びされる声、まるでマスコミだな……というか予防策の効力が全然無いんですけどお。



「マガトォォォ」


「ふざけんなよ!俺の方が俺の方が……」


「いいや掛依先生とは僕の方が似合ってるはずだ!」



 徐々に熱を帯びていく流れ、俺はただ身を任せるだけだ。どうせ何を言っても信じないだろう。


 ただ、俺にはそれよりも考慮すべき事案があった。事案、まさに無実潔白であるはずの罪の擦り付けである。



「……………………………………………ふっ……」



 俺の横を無言で立ち去ろうとした時、一つの微笑が俺の顔面を突き刺した。その微笑はドライアイスを尖らした槍か何かのような、といえば一番合っている感じだ。


 しかし、しかしだ、その槍はどうやら俺だけに伝わったわけではないらしい。



「どんな関係だよ!!!」


「お前あの女と付き合ってるにも関わらず……二股しやがってぇ!!」



 イヤァァァ、という内の心の叫びは当たり前に聞き入れるはずがなく、



「これはもう事件だな」


「ああ、こりゃ逮捕案件だ」



 どんどんヒートアップしていく取り調べのような何か。俺は疲れきった体に鞭を入れて終止符を打とうと一声挙げた。




「これがオレの力だ」




 キリッとした風貌で立ち尽くし、まるで見せつけるように、誇示するように…………間違いを犯した。


 周りの男共をさらに逆上させる結果。



 心底思う、女と関わると面倒なのだと。

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