第17話.あざとらしさにも程があるのですが……?

「ではでは、今日もお疲れ様ーー。明日もこの調子で頑張って行こうねーー」



 五時間授業で終えた一日分の授業は肩が酷く凝るように感じ、何とも言えない気だるさが俺の背中にまとわりついてきた。


 中学と同じ教育スタイル、いわば机に長時間座りっぱなしの授業はつまらないことこの上ない(殆ど寝ているが)。


 だが、授業の余白などにより暇を持て余す時には編集者に刻一刻と迫られている小説の一部を創造している。そう考えれば他の生徒よりも充実に過ごしていると言えるのだが……



「はーーい」


「分かりましたあ」



 小動物を掌に乗せている絵を想像してほしい。出来ればそれを飼いならしている飼い主もだ。目の前にいる生物が自分よりもよっぽど小さく愛嬌があると微笑んでいる飼育者。


 そしてそれに呼応するように瞼を閉じたり、鳴き真似をして気を引こうとする小動物。今になってはこの立場が反転、クラス内では天変地異が起こっている。



「なあ、俺らの担任って当たりじゃね?」


「キャラが固定されてて接しやすいよねーー」



 男女クラスメイトのどちらからも担任を好いている。教室内のロッカー付近、廊下側、窓側とあらゆる場所から高評価だと謳われているが、俺はというとそこまでとは思わない。


 確かに接しやすいと言えば接しやすいがそれは、嘘偽りの仮面を被っていることには変わらないのだと俺の胸中で語っている。



「先、行くわ」



 俺が教室内における現時点でのヒエラルキーを第三者として予測していると如月は荷物が整ったのか忽然と席を立つ。と思いきや担任と生徒とが話している集団の中を大胆不敵に突っ切った。公道をブルドーザーで横切るって感じだ。


 ただ俺の思想の代行者であるようにも見え、後のラファイエットになるんじゃないかと笑い話にもなり得ないフラグを立てているように思えてならなかった。



(掃除)



 昨日と同様二人欠損したままの人員で掃除をすることになったが、変わったことと言えば俺と神無月の関係だろうか。良い意味なのか悪い意味かどうかは知らないが。



「ねえねえ、回り回って結局どうするの?」


「同じ言葉を連続して使うな、それと主語、述語ぐらい言え」



 第三文型とか第五文型だとか発展させなくても英語は大体話せる。だが、それは第一文型という最も基本的な構造を理解してから。


 しかしながら天然という名のお転婆キャラを演じているのか、そうでないか実のところはっきりとしないが、俺は念のために突っ込みを入れておいたのだ。



「ふふふふふっ……」



 その割にはさらに予測不可能な返答というか、魔訶不可思議な笑みで悶えていたので俺は戸惑いながらこう言うしかない、



「何が可笑しいんだよ」



と。女の不真面目さなど女自体に興味がない俺にとっては理解しがたいと主張するように。


 だが、やまびこをして戻ってくる声が別の声に聞こえるように俺の意表を突かれた。



「いーーや、なんだか曲谷君って面白いなって」


 

 終始、俺の頭上に「?」が浮かび上がる。



「ほらっ、そういうところだよ」


 

 「どういうことだ?」と頭を傾けて意思表示すると、俺の正面で雑巾を持ちながら突っ立っているこの女はさらに口角を釣り上げて笑みを深めた。

 


「だーかーら、そういうところだって。クラスの中じゃ『ぽけーー』って仏像みたいに何処見てんのか分かんない顔しててさ、浮かない顔だなって思うの」


「でもさ!今みたいに話していればフツーに表情を面に出す人なんだって、話してみて実感したわけよっ」



 神無月が語るように俺はクラス内で陰キャ、ヒエラルキー最下層だ。だが俺はそんな嘘で塗りたくられた物にすがりたくないのだ、自分を偽って性格すら模倣する奴らなんて反吐が出る。


 だからこそ、自分を真っ向から見てくる人物など新鮮さの塊のようにも思えてならなく、一瞬戸惑いを隠せなかった。



「っ、まっまあそうだな、俺だって人間なんだから感情くらい顔に出ることくらいある。かの有名な物理学者アルベルト・アインシュタインだって入試に失敗してるんだ。人間、意外なことだって誰にでもあるんだ」



 俺が一連の言葉を悠々と演じていると目線の先にいたはずの女がいない。視線を右に左へと移しても視界に映らなかったのでポルターガイストかと恐れが湧いたが、謎はすぐに解明された。



「よく知ってるね……」


「って、うおおいっ!」



 そこにいたはずの人が突然出てくるパターン、つまりは他人を脅かす手法には二つある。一つは後ろから飛びついたり耳元で「後ろにいるよ……」と囁かれる場合。神無月は二つ目の方法を取ったのだ。



「なんで下に隠れてんだよ……蹴ったら危ないだろ」



 二つ目の手法、それは目線に映らないように膝元に隠れるのだ。とはいってもこれも視線を下に動かしたら通じない方法なのだが俺はまんまとその罠に嵌まった。



「あははははっはは」

 


 階段に響き渡る浮いた笑い声、嘲笑じゃないのが俺の心を傷つけない唯一の助け船だ。



「だってーー面白いんだもんっ。ほらっその面食らった表情、宝くじが当たったんじゃないかと仰天しているような顔。こんなに表情豊かな人、出会ったことないもん」


 

 両手を後ろに繋いでこちらを振り返りながら話しかけてくる姿。昨日の放課後と同じスタイルでからかってきたのが余計あざとらしさを醸し出す。



「ああそうかもな、俺にはそんな意外性も持っているのかもな」



 だが、雑巾が握られている神無月の手元を確認してから「まだまだ甘いな」と。当の本人には聞こえない声量で呟いた。


 だからといって俺はこの笑顔を振りまく女生徒のことを完全に理解することなんてできなかった。

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