第16話.違和感しかない登校なのですが……?

 時雨が玄関から出たのと同時に俺は椅子に座り、ダイニングテーブルの上に用意された食パンに不健康であると指摘されるぐらいの山盛りのマーガリンを塗りたくる。


 この塗りたくる量は健康的、不健康的だとかいちいち考えていたらそれこそ神経質になって病気を発症するだろうという俺の経験則に従うものだ。


 病は気からと非科学的にも関わらず、まさにそれが本当であるかのような考えは少数意見の排斥であるように見えるが別に嫌いではない。なにせ見ていてつまらないものではないからな(傍観している時だけだが)。



 体にフィットしない少々大きいサイズの制服を着てから手馴れていないバッグを持ち、玄関を出る。


 10分ほど街の大通りを直線状にだらだらと歩くと右に洋風の屋敷のような家が見える、豪邸というやつだ。こんな家に住んでいる住民とは相当に優雅で可憐な少女なのだろうかなどと職業病を発症するのも束の間。もう駅はすでにそこにあるのだ。



 そうやって想像をかき消されてはまた想像して、と考えているうちに教室の片隅に座っているのが普通になった。まだ高校生活3日目なのだが……



「朝から気だるそうな顔をしないでくれる?隣なのだから余計不愉快なのだけど」



 窓側、最後尾が俺の席。そしてその横は如月桜、同じ部活、仕事仲間と切っても切れない関係性。



「俺を蔑んでいるのか、そうでないのか分からないのだが……」


「決まってるでしょ、蔑んでいないわけないわけないわ」



 二重否定か?いや何重否定だよ。



「待って今でさえ漢文の授業理解していないのにそれを日常的言語として使うのやめてくれません?」



 不や未だっけか、単なる漢字の羅列から導き出す公式のどこが面白いのか、余興を感じている奴らを未だに理解できん。一生分かることはないだろうとさえも思っている。



「……まあ言語として使うというのはこの時代に適していないという形だからやめておいた方が良いわね」


「そ、そうだ。この厳しいご時世だと社会に適応しないとすぐにハブられるからな」



 まさにその通り。実体験者であり今の俺の立場はそこにあるのだから理解出来るのだ。だがしかし……俺と対等に語ることが出来るというのはこいつ如月ぐらいだろう。



「もうそのハブられる階段の一歩を踏み始めているのだけどね、あ、もう数段踏んでいるのかしらね」


「どういうこった?」



 俺自身が社会的、集団的立場で何処で穏便に生きていくのかは分かっているつもりだ。


 しかし、新しい生活で共に過ごして3日しか経っていない(如月は特に)他人に俺がこのクラスの中で陰キャラグループに固定されているのは奇々怪々だ。俺の性格を何処まで知っているつもりなのか探りを入れようとしたところ、



「あなたは小説家よ。デスクの前に座り自分の妄想を意気揚々と語り上げるのがあなたの役目」



 なるほど、まるで決められた運命のような言い草だ。



「てことはなんだ、俺は静かに隠居生活を送ることに確約をもらったってわけだな」



 だから、俺は自身を哀れに、惨めに落とし込むように表現した。口からはさぞかし「残念だ」と吐いていながらもそれは嘘に過ぎない。何せ面倒なことは避けたい主義だ。



「でも、他社の上司を接待して頭をペコペコ下げて顔色を伺うような愚か者ではないのよ。かといって孤独に作業することには変わらないけど」



 口から出まかせの言葉ではない。確固とした証拠がそこにあるのだ、「他人とあまり接点がない」ということ。


 だが俺はなんとなく、そう気晴らしにでも今日の天気はどうですかなどと隣人に挨拶文句を送るように言ってしまった。まあ、なんだ。言ってしまってなんだが……単純に後悔した。



「だけどよ。俺にはお前がいるぞ」



 俺はその時、周囲に誰もいなかったことだけが不幸中の幸いだったと言うべきか。言葉を口にした刹那、俺と如月だけを取り囲んで氷河期に入った。



「あなたの対人経験のなさに呆れる他ないのだけれど、それでもまだ出会って3日しか経っていないのに交際宣言されるとこちらとしても引くわ……」


「ねえ、俺ってそこまで非常識だと思った……?」



 俺の言い方も悪かったと思うが、それでも如月の方にも捉え方の常識というのがあるだろう。



「ま、まあなんだ……意味の刺し違えだ、俺が言いたかったのは『お前が編集者なんだから独りで仕事してない』ってことだ」



 如月は冷徹な表情(何処かで見たが……)だったのを意表を突かれたように顔を驚かせた。うん、俺が言うのもなんだが変な奴だ。



「出会って早々付き合ってくれなんて何処の恋愛物語だって話だろ?」


「そ、そうよね……当たり前だものね」



 頬を赤く火照らし目線を逸らそうと教卓の方へ顔を向けた如月。どこか幼げがあるその面影には少しばかり魅惑的だと考えてしまった。



 それでも、俺はこの隣人を変な奴だなとそう感じた。

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