秘密の会合
険しい山と深い森に囲まれているものの、その周辺では割と和気あいあいにモンスターたちが暮らす魔王城。
ムコウノ山での目論見も、偶然とはいえモンスターテイマーズの介入によって大いに失敗し、勇者パーティーに不死鳥との契約を許してしまった魔王は、魔王城での決戦に向けて計画を練ろうと幹部を招集した。しかし。
「何で誰も来ないのだ!!」
がん、とテーブルと拳の強く衝突する音が部屋中に響き渡る。
現在魔王がいるのは、幹部と会議をする際によく使われている会議室だ。縦長のテーブルには上座の魔王以外、影は一つとして見当たらない。
部屋の入り口には警備やおやつの配膳等をするためのモンスターがいる。
魔王は、そのモンスターに向かって叫ぶように言った。
「どうして幹部が一人もいないのだ! 貴様、何か聞いているか!?」
「ウォードさんからの連絡によりますと、『割と大きな怪我を心身共に負ったのでちょい実家で療養してきますわ~』だそうです! 他の方も同様かと!」
「なんっでっ……こんな時にっ。あいつはっ……」
握られた二つの拳を震わせて、歯噛みをする魔王。しかし突然何かが切れたように真顔になると椅子から立ち上がった。
扉に向かって歩き、部屋から出ていく際にすれ違いざま、雑用係に告げる。
「私は部屋に戻る。ご苦労だったな」
「はっ!」
扉を開けてそのまま廊下を歩いていって自室へと向かう。壁も床も石造りの廊下に硬質な足音が響いていく。
魔王城内は例え昼間であってもほとんどの場所が薄暗い。誰がそうしているのかは知らないが、魔王はそんな薄暗さが嫌いではなかった。
それは単純に明るい所よりも暗い所の方が好きだからである。といっても暗すぎると眠れなくなったりするので、加減が大事ではあるが。
自室に到着すると、魔王は中に入ってすぐに机を目指した。
椅子に座り引き出しを開け、中から鏡を取り出す。そしてそれの中に映った自分自身に向かって、魔王が言葉を発した。
「おい、聞こえるか」
少しの間があった後、魔王しか映していないままの鏡が返事をする。
『お呼びでしょうか?』
女性の声だ。会話というよりは連絡と言った方が正しいような、つとめて事務的な声音をしている。
魔王も冷静かつ平坦な口調で問いかけに応じた。
「そろそろまた、あのお方に会わせてくれないか? 今なら周りに幹部もいないしちょうどいい」
『あのお方……ああ、そう言えばもうすぐ決戦でしたか』
「そうだ。これから勇者パーティーがここにやってくる。万が一にも俺が負けたら二度と会えなくなってしまうからな」
『……そうですね』
女性の声からは感情が読み取りづらい。しかし今の嘆息混じりの応答からは、どこか申し訳なさや悲しさが込められているような気がした。
それでも魔王は表情を崩さない。
「というか正直、勝てないというような気もしてきたが……まああの方にこれだけお会い出来ただけでも感謝だ。今回も頼むぞ」
『かしこまりました。少々お待ちください』
魔王はそのままの姿勢で天井を仰ぐと、鏡を机の上に置いて部屋の中央にあるローテーブルへと移動した。
側へ据えられたソファに腰を沈めて、あらかじめ運び込まれていたおやつに手を付ける。思わず目を見開いた。どうやら魔王の好みの味だったらしい。
少し満足気な笑みを浮かべながら、次々におやつを口に放り込んでいく。
やがてそろそろ皿の上から全てのおやつが消え失せようかという頃、鏡から反応があった。
『お待たせしました……お待たせしました……あら?』
女性の声は反応が返ってこないので戸惑っているようだ。
魔王は焦った。口の中がおやつで溢れかえっていてうまく返事が出来ない。しかししなければならない。
とにかく何か一言、と思って机の上にある鏡の方へ身体を急速回転させた。
だがそれがよくなかった。身体を突然、しかもすごい勢いで捻った反動なのか、魔王はむせておやつを口から大噴出してしまったのである。
「ぶほっ! ぶほっ! うぇほっ!」
『魔王、いるのではないですか……おやつでも食べていたのですか? 近くにいた者を使ってあの方にお伝えしたところ、今からお会いになるとのことですが準備はいいですか?』
女性からの報告を聞いている最中に何とか落ち着いて平静を取り戻した魔王は、ソファから立ち上がりつつ返事をした。
「ちょっと待て。おやつを噴き出したからさっと汚れを取って顔を洗ってくる」
『何をやっているのですか。早くしてください』
魔王は急ぎ洗面所に行って衣服や顔の汚れを洗った。
焦る足取りで自室に戻ってソファに沈む。心なしか先ほどよりも格好をつけて座っているように見えるのは気のせいではないだろう。
腕を組んで背もたれに背を預け、ふんぞり返っている。最近どこかに消え失せてしまった魔王の威厳が復活したようで、幹部たちが見れば喜ぶこと請け合いだ。
目線は正面に据えたままで、魔王は威厳のある声を作って合図を出す。
「待たせたな」
『本当に。それではお呼びしますね』
「お呼びしますね」と聞いた途端、魔王にはひどく落ち着きがなくなった。身体を微妙に揺らしながら、尻の位置を微調整したりなどしている。
そうこうしているうちに、やがて魔王のローテーブルを挟んで向かいのソファの前に一つの大きな光の塊が出現した。
待ってましたと言わんばかりに、魔王が背もたれから背を外して身を乗り出す。光の塊はやがて人の形を成し、それは更に一人の女性の姿へと変化した。
背に流れる美しい金の髪。少女のような容貌とそれに似つかわぬ艶やかな肢体。その女性を見た瞬間、魔王は跪く。
「おお、ソフィア様……本日もまたお美しい。この時をまたどれほどに切望し、待ち焦がれたか」
わかりやすくことを運ぶためだろうか、ソフィアは女神姿のようだ。そんな魔王を見下ろしながらソフィアは微笑み、口を開いた。
「魔王さん、そんな大げさです。お久しぶりですね……どうか顔をあげてお座りください」
指示通りに顔をあげて再びソファに座る魔王。
ソフィアもそのまま魔王の向かいのソファに腰かけた。
「最後にお会いしてからのお話は伺っています。これまでもそうでしたが、また色々と大変だったようですね」
「そうかもしれません。ですが、私はあなたさまと会うためならあれくらい、何の苦労とも思うことはありませんでした。それはこれからの勇者との戦いに敗れ、この世界から消えることになろうとも同じです」
胸に手を当てて口上を述べる魔王の姿は、ソフィアに心酔していると言って差し支えない。
黙って聞いていたソフィアであったが、やがて頃合いを見計らって柔らかい笑みはそのままに、しかし真剣な声音になって尋ねた。
「聞けばあなたは強大な力を得ることの他に、私と会うということを条件にしてある程度、ゼウスの指示に従っていたそうですね? 一体ゼウスが何のために自らが書き上げたシナリオを必死で遂行しようとしているのか、ご存じですか?」
魔王は一瞬目を伏せ逡巡した様子を見せたが、すぐに顔をあげた。
「……それは、口外することを禁じられております。今この瞬間に消されてしまうのは私も困りますので、私としても是非ともソフィア様に教えて差し上げたいところなのですが。申し訳ありません……」
そう言って、魔王は瞑目し無念さを表情に現す。
その様子を見たソフィアは静かに首を横に振って微笑した。
「いえ、無理を言いました。忘れてください……それより、今までの苦労話などをあなた側から是非とも聞かせていただきたいのですが」
一番聞きたかった情報を聞き出せなかったことで、ならばしょうがないと、残りの時間を魔王を労うことに決めたソフィア。この女神にとっては人間も精霊もモンスターも、どれも平等に導くべき愛しい存在なのである。
人類の外敵とされる魔王と親しくすることに問題はあるかもしれない。
たしかにほとんどの平行世界において、魔王というのは人類を脅かす存在だ。それはこのフォークロアーにおいても例外ではなかった。
しかし女神たる者、人からの伝聞だけで魔王を「悪」と決めつけてしまうことなどあってはならない。
ゼウスの庭であるこの世界で独自に調査をすることは出来なかったが、具体的な悪事を自ら目撃してはいない以上、ソフィアは彼を他の下界の生命と同等に扱うと心に決めている。
魔王という存在には「悪」「人類の敵」……そこから発展した「モンスターを操っている」「疫病をばらまいた」といったイメージがこびりついてしまっている。「モンスターを操っている」というのは事実だが。
そのせいで平行世界によっては、大して悪いことをしていない魔王でも「悪」として断罪され、人間たちから問答無用で討伐されてしまうという事案が発生してしまっているのである。
ただそうは言っても残念ながら、ここまでならばあまり珍しい話でもない。
世界を管理する上でシナリオと精霊部隊を使って勇者に大して「悪」でもない魔王を倒させるというのは、他の平行世界でもやっている神はいるからだ。
ただ下界の者たちに全てを委ねるよりは、シナリオを用意した方が平穏に世界が進行することもあるだろう、という考えに基づいており、賛否両論ある手法ではあるが。
だがそのソフィアの考えに一石を投じる出来事が起きる。それが先日のムコウノ山での事件だ。
ゼウスはあの時、何がなんでも幹部全員を生還させようとした。恐らくは彼らの生死がグランドクエストに関ってくるからだろう。しかしあの場面でそこまでクエストにこだわるというのは不自然に思えた。
あそこは例え時間がかかり目立とうとも、モンスターテイマーズの隊員たちを派遣すべきであったとソフィアは考える。第一、魔王を説得するというのもソフィアが偶然にゼウスの元を訪れなければ使えない手段だ。
全員を死なないように、という考え方には共感出来るが、魔王軍の幹部たちが暴走してしまった以上はある程度犠牲が出ても仕方がないのではないか。精霊の存在とてモンスターたちには知られているのだから、そうなることくらいは予想出来ていたはずだ。
そもそもクエストというのはあくまで目安であって必ず遂行しなければらないとったものではない。……他の平行世界ならば。
とにかくそういった考えにより、ソフィアはひとまずゼウスがシナリオに必要以上に拘る理由を探ってみることにしたのであった。
ソフィアは魔王と会話をしながらも心の声でつぶやいた。
(後はお願いします……セイラちゃん、ノエル君)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます