舞台裏を支えるお仕事です
「あのゼウス様、お言葉ですがいささかそれは無理があるかと」
「そんなことも言っておられん。本当にまずいのじゃ」
ノエルの弱気な一言に、ゼウスは喝を入れるかのように語気を強める。
セイラはそこに割って入るように尋ねた。
「あの、まずどういう状況なんですか? なんでリッジ隊長がムコウノ山に。たしかあそこには現在勇者パーティーがいるんじゃ」
そこでゼウスは状況を説明した。
魔王軍幹部がおやつを持って一斉にムコウノ山へ向かったこと。その様子をここから見守っていたところ、彼らのおやつタイムをリッジが目撃してしまったこと。
自らが所属する隊の長の習性を知る二人は、そこまで聞いて頭を抱えた。
ノエルが目を伏せてため息をついてから言う。
「そんだけ大量のおやつとなると、新しいおやつをちらつかせて誘導するのも難しいでしょうね。というか、今からだとまずリッジ隊長に追いつくのが難しい」
「うむ。幸い理性を失ったあやつは別の部隊の力を借りずに単独行動をしておるじゃろうから、鏡に映った場所を探し当てるのに時間がかかるはずじゃ。幹部たちの元に真っすぐ向かえばこちらが先に着けるじゃろう」
セイラが確認の為に口を開く。
「では私たちの任務は、リッジ隊長がおやつを強奪する際に勢い余って魔王軍幹部たちを消してしまわないよう止めること、というわけですね」
「まあ抵抗して勢いを削いでくれるだけで構わん。あいつも別に魔王軍を消しにいくのではないから、おやつさえ奪えば正気に戻るじゃろう」
「ジンに頼む、というのは」
恐る恐るといった様子のセイラの問いに、ゼウスは渋い表情で首を横に振った。
「たしかにそれが一番手っ取り早いが、無理じゃ。ティナちゃんたちからうまく引き離す手段を見付けられん。オブザーバーズの『ワープ』で飛ばすにしてもあれは飛ばされる側の同意がいるし、いなくなっていた間の言い訳をジンにさせるのもボロが出そうで不安が残るからのう」
「ですよね……」
非常に難しい任務だ。セイラとノエルの表情は暗い。そんな二人に、ゼウスが優しいおじいちゃんのように朗らかな笑みで声をかける。
「こんなことをやらせてすまんの。信頼が置けていざ勇者パーティーに姿を見られても何とかなりそうなのがそなたらしかおらんのじゃ。まあ、本当にどうしようもなくなったらわしが出る。気楽にやってくれい」
いくら自らが担当している世界のことであっても、神が下界に降臨して手を出すのは容易にやっていいことではない。
ソフィアがティナと接触出来たのは、あくまでシナリオの一環としてなのだ。
だからこの場ではソフィアも同じく手出しが出来ないのである。
説明を一通り受け終わったセイラとノエルは互いに顔を見合わせると、二柱の神に対して一礼をする。そして顔をあげたノエルが口を開いた。
「行ってまいります」
「うむ。気を付けての。すでにエア君には連絡を取り付けてある。ゴバンの入り口で合流出来るじゃろう」
手を振って二人を見送り、ゼウスがその腕を降ろすと今まで静かに成り行きを見守っていたソフィアが声をかける。
「私のせいで思わぬ事態になってしまい、申し訳ありません」
ゼウスが振り向けば、そこには申し訳なさそうな表情をした女神の姿があった。
老神は優しい笑みを浮かべて穏やかに諭す。
「いや、お主にここにおけるおやつの危険さを知らせておかんかったわしの責任じゃ、気にするでない」
「お詫びに私が、と言いたいところですがすでに魔王さんを説得したところでどうこうという話ではなくなってしまいましたものね」
「うむ。説得して撤退命令を出させる間にリッジは幹部たちのところに到着してしまうじゃろうからな」
ソフィアは扉の方に視線をやり、遠い目をしてつぶやいた。
「今私たちに出来ることは、あの子たちを見守ることだけなのですね」
「うむ。案外神というものは大した力など持ってはおらぬものなのじゃ」
そしてゼウスも、セイラとノエルが出て行った扉をじっと見つめるのであった。
創世の神殿を出たセイラとノエルは急ぎ足で中央広場へと向かい、ゲートを使ってゴバンの近くに降り立った。
里の入り口に行くとゼウスの言葉通りエアが待っていたので合流する。移動用に派遣された見知らぬダンサーズの隊員も一緒だった。
エアにはジンとティナを監視するという優先任務があるはずなので、ゼウスからの連絡を受けてわざわざ一度戻ってきた形だろう。ジンがいれば「エアさんお疲れ様です」と思ったに違いなかった。
ここでエアが選ばれるのは、セイラやノエルがそうだったようにジンやティナと知り合いだからという理由だ。万が一勇者パーティーと遭遇した時に言い訳をしやすいのである。
片手をあげてノエルが挨拶をした。
「よう。ミツメ以来だよな」
「ああ。必要な情報はすでに受け取っている。早速向かおう」
エアの「マップ」で情報を確認してから、ダンサーズ隊員の「ワープ」でムコウノ山の前まで転移する。
その作業が終わると、山の麓でエアによる状況の確認が行われた。
「ジンたちは現在、山の中腹付近の休憩地点で足を止めている。対して魔王軍幹部たちは丁度その反対側にある裏の山道を歩いているな」
「だったら、ひとまずは幹部たちの近くまで移動してそれからどうするかを考えましょう。あなたはここで待っててもらえる?」
「わかった」
セイラの指示でダンサーズの隊員は麓で待機してもらうことになった。
ここからは精霊たちの足ならすぐに追いつけるし、転移では小回りが利かず逆に対応が遅れることもあるだろうという判断だ。
早い話が、帰りの足としての待機である。これもダンサーズにとってはよくある任務の一つだった。
裏の山道を登っていく。
こちらは表に比べればあまり整備されてはいないが、獣道を始めとしていくらか人が通れなくもない道はある。モンスターがよく通るのか、たまに草木が左右に押し倒されてそこそこに横幅の広い道が形成されている場所などもあった。
走りながらノエルがエアに声をかける。
「リッジ隊長らしき人はこの山に入ってんのか?」
「……わからない。何か動きに特徴はあるか?」
エアはスキル使用の為、一瞬宙に視線を躍らせてからそう返事をした。
ワールドオブザーバーズ専用スキル「マップ」ではマークしていない人やモンスターは全て同じ点で表示されるので区別はつかない。
「とにかく足がめっちゃ速い。早ければ今頃はこの山を縦横無尽に走り回っている頃かと思ったんだが」
「……そのような動きをする点はないな。まだ大丈夫ということだろう」
「ってことは下界の別の山を走り回ってる可能性が高いか」
大量のおやつを目にして完全に理性を失ってしまったリッジに、鏡に映っていた場所がどこかを判断するのは難しかったようだ。
何とか魔王軍幹部たちを助けられるかもしれないと思いながら、ノエルは二人に続けざまに提案をした。
「どこか幹部たちの近くに潜伏して、あえてリッジ隊長が到着するのを待とう」
「それがいいでしょうね。悔しいけど私たちじゃ到着する前に止めるのは無理があるし、あえておやつを盗らせて、その際に幹部たちが消されないよう守るってやり方の方がうまくいくと思う」
「そういうことなら丁度いい、ここで待つか」
エアの言葉で、セイラとノエルも同時に立ち止まった。
少しばかり開けた場所だ。草が生えるがままになっているから人の手によって設けられたわけではないだろうが、待機場所として選ぶには充分だった。
三人はひとまずその場に腰をおろす。エアに視線をやりながら、セイラが少しだけ申し訳なさそうな表情で言った。
「ごめんね、警戒とか探索とか全部任せきりになっちゃって」
「これも仕事のうちだ。気にするな」
「仕事か。ジンの監視なんて結構大変なんじゃないの?」
「いや、あいつは大体勇者と行動を共にしているからな。行動パターンがわかりやすいのでむしろ楽だ」
「ふ~ん」
納得といった表情でうなずきながら返事をするセイラ。ノエルはその横顔を、心中を慮るかのように見つめている。
少しの沈黙があった後、エアが突然意外な一言を口にした。
「それで、お前たちは付き合っているのか?」
「「は?」」
セイラとノエルの声が揃う。そこから先に反論をしたのはノエルだ。
「俺とセイラが? 何でそうなるんだよ」
「当然の疑問だと思うが。ジンが追放されるまでは三人で。今も二人でいつも行動を共にしているのだろう? 男女の関係に発展してもなんらおかしくはない」
「そんな何かの作戦みたいに説明されても」
セイラは苦笑しながらそう言うと手を軽く振りながら更に続けた。
「ないない。ジンと同じ腐れ縁よ。信頼はしてるけど、男女の仲に発展するなんてことはまずないって」
しかし、隣でその言葉を聞いているノエルは何やら複雑な表情をしている。
そしてぽつりと、だがタイミング的には二人に聞こえるようにつぶやいた。
「俺はそうは思ってねえけどな」
「えっ」
セイラが間抜けな声を漏らすと同時に、何かに気付いたエアが声を張り上げる。
「異常な速さで動く点が山の中に入ってきたぞ!」
「よし、ここからなら幹部たちのところまではすぐだ! 走るぞ! エアはここで待っててくれ!」
「えっ、ちょっと」
ノエルは戸惑うセイラを無視して駆け出した。
「ああもう! 勝手なやつ!」
そんな背中を見て毒を吐きながら、セイラはその後を追っていった。
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