ジンの人生相談所

「そんなわけで、僕はもう魔王軍幹部なんて辞めたいんです」

「いやもうちょっと自信持てよ。お前普通に強いと思うぞ?」

「い、いえ僕なんて他の幹部に比べたら全然だめで……」

「逆にお前のその自信のなさはどこから来てんだよ」


 「試練の迷宮」地下で突然遭遇した六本腕のゴリラは、魔王軍幹部のムガルとかいうやつだった。

 俺が気づけなかっただけで、ムガルには最初から戦う意思はなかったらしい。


 「雷刃剣」を当てた後、ひどく怯えた様子に疑問を感じて話を聞いてみると、ムガルは魔王軍幹部で無理やりここに送り込まれたというのだ。

 それで詳しく教えてくれやとその場に腰を落ち着けて今に至る。


 ちなみに座る順番は時計周りに俺、キース、マイアー、ムガルといった感じだ。

 さっき一撃で気絶させられたから警戒しているのか、若干ムガルから距離を取っているキースが口を開いた。


「それなら、そもそも何故魔王軍幹部をやっている? 詳しくは知らないが、幹部というのは立候補してなるものじゃないのか?」


 すると俯いてぽりぽりと頭を掻きながらムガルは答える。


「見た目で選ばれたんです。お前強そうだから幹部ね、って」

「「「…………」」」


 あんまりな答えに、俺たちは顔を見合わせて閉口してしまった。

 まあ確かに強そうではあるけど、と思っていると沈黙をどう捉えたのかムガルが続ける。


「僕も僕で、誘われてしまうと断れないものですから。同じパワードゴリラの仲間たちにも迷惑がかかるかもしれないし」

「なるほどな」


 まあそういうこともあるのかなと軽くうなずく。ていうかこいつパワードゴリラっていう種類のモンスターなのか、初めて聞く名前だ。

 恐らくは数が少ない上に適正範囲外フィールドにもあまり出ないタイプの種類なのだろう。


 そこで会話が途切れたので、さっきから気になっていたことを尋ねてみた。


「そういえばさ、ムガルはどうやって結界の中に入ったんだ?」

「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 ムガルがきょとんとしながら呆けた声をあげると、キースとマイアーも続いた。

 そうなると逆に俺も声を出してしまう。


「えっ」

「「「「…………????」」」」


 全員が首を傾げたままの妙な沈黙が続いた。

 それを破ったのはキースの優しい、どこか俺を気遣うような声音だ。


「えっと……ジン、結界っていうのはどういうことだ?」

「どういうことって、ここは結界の中だろ?」

「「「「…………????」」」」


 またも全員で首を傾げる。何が起こってるのか全然わからん。

 埒が明かないので、もう少し踏み入った説明をしてみることにした。


「だからさ、ここはフォースの中にある世界樹の根元の地下深くにあるダンジョンだろ? そしたら結界に覆われててモンスターは入れないはずじゃねえか」


 そこまで言って、キースはようやく得心いったとばかりに「ああ」と声をあげると、右拳で左の手のひらをぽんと打った。

 マイアーはそんなキースを見て頷き同様に理解したことを示した一方で、ムガルはまだよくわかっていないのかきょとんとしている。

 俺もよくわかっていないので、キースに説明を促した。


「なんだよ」

「えっとな、まずこの『試練の迷宮』というのはフォースの街から少し離れた森の中にある。世界樹の下じゃない」

「は? 意味わかんねえんだけど。じゃああの入り口っぽい転移装置は何だったんだよ」

「それなんだがな。当初このダンジョンは確かに地下に作られる予定だったんだ。ゼウス様が『その方がかっこいいじゃろ』とおっしゃったからな」

「言いそうだな」

「うむ。それで一度現在ダンジョンがあるこの場所で完成させてから魔法で地下に埋めるつもりだったんだ。ところが」

「ところが?」


 場が一瞬静まり、誰もが口を引き結んだまま目線で話の続きを促している。それらを一身に受け止めて存分に間をとった後、キースがゆっくりと口を開く。


「途中で面倒くさくなったらしくてな、ダンジョンを地下に埋めずここに放置してしまわれたのだ」

「何やってんだあのジジイ」


 なるほどな。世界樹の下じゃなくてフォースの外にあるから、そもそも「試練の迷宮」の周りには結界が張られていないと。

 だからムガルも普通に入って来られたんだな……ん?


「じゃあ入り口はあの転移装置以外にもあるってことか?」

「いや、それはないはずだが。お兄ちゃんとマイアーはダンサーズ専用スキルで入ってきたしな」


 そう言って、キースは自分を親指で示す。

 次にまだ少し混乱している様子のムガルに視線を向けて尋ねてみた。


「ムガル、お前はどうやって入って来たんだ?」

「えっ、普通に壁を壊してですけど……」

「まじかよ」


 そんなのありか。このダンジョン欠陥だらけじゃねえかよ。

 ゼウスもいい加減な仕事してんなあと思いつつも、これで疑問は大体解決した。

 俺は立ちあがり、服についた土を払いながら口を開く。


「よし、それじゃとっとと宝箱を探しにいこうぜ」


 なぜかムガルまでもが仲間に加わっての宝箱探索が再開された。


 マイアーいわく、ティナたちはかなり奥の部屋へと近づいてきているみたいなので、俺たちも奥に向かいながら探索をする。

 隊列は前列が右から俺、キース。後列がマイアー、ムガルの並びだ。


 罠を回避しながら通路を歩いていると、ムガルが話しかけてきた。


「あのー」

「どうした?」

「さっきのゼウスって何ですか? このダンジョンを作るとか何とか……」

「ああ……」


 そうつぶやきながらキースに視線をやると、俺の代わりに口を開く。


「まあ、そういう精霊だと思っておいてくれ」

「精霊ですか、わかりました」


 ムガルは頷いて納得するふりをしてくれたけど、本心はどうかわからない。

 俺たちとしてもまさか魔王軍幹部からゼウスについて聞かれるとは思っていなかったから戸惑ったけど、キースの対応は間違いじゃないと思う。

 モンスターたちには精霊の存在は知られているし、ああ言っておくのが無難なはずだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、「ト」の形をした丁字路に差しかかったところで、右側の通路から守護者が出てきた。


「ヴオオォォ」

「あらよっと」


 このメンバーだとモンスターの駆除は俺の役目だろう。

 「イベントモンスター」なので特に気を使うこともなく、まるで扉を乱暴に開けるような感じで足の裏で蹴りを入れる。


「ヴオオォォ……」


 守護者は一撃で消え去った。戦闘、と言えるかどうかも怪しい一部始終を見たムガルが感嘆の声をあげる。


「やはりジンさんはお強いですね」

「別にお前もこんくらいなら出来るだろ」

「いえ、決してそんなことは」


 器用に右腕のうち一本だけを顔の前でぶんぶんと振って否定するムガル。


「いいから。次守護者が出てきたらお前が戦ってみ」

「わ、わかりました」


 次に差しかかった丁字路でまた守護者が出てきた。腕を組んでムガルが一人歩み出ていくのを見送る。


「ヴオオ!」


 遭遇してからの守護者の反応は早く、先制攻撃を仕掛けてきた。

 ところがムガルはまるでトングでサラダでもつまむみたいにこれを左手で受け止めると、すっと右腕三本全てを引いてから口を開く。


「『せいけんづき』!!」


 三つの「せいけんづき」をまともにくらって守護者はその場で粉々になりながら霧散し、空気に溶けていった。

 戦闘が終わってこちらに戻ってくるムガルを見ながら声をかける。


「やっぱ強いな、ステータスが高そうなのもあるけど、何より腕が六本もあるのが厄介なんだよ」

「ああ確かに。そう言われてみればこれ、戦いでも日常生活でもすごく便利かもしれないです。洗濯も料理もいくつも同時進行で出来ますし」

「洗濯や料理はちょっとわかんねえけどよ、ムガルは自分に自信を持て」

「自信、ですか」


 ムガルは今いちよくわからないとばかりに、頭をぽりぽりとかいている。だからもうちょっと自分の強さをわからせてやろうと口を開く。


「ああ、見た感じお前はファリスはもちろん、ウォードだっけ? とかいうやつよりも確実に強い。あとは自信だけだ」


 するとムガルは血相を変えて手をぶんぶんと振りながら否定してきた。


「ええっ! そんなわけないですよ! ウォードさんより僕の方が強いだなんて!」

「いや、一度戦った? ことがあるからわかるけど、あいつよりはお前の方が絶対に強い。次に何か言われたら『うるせえ』とか言って一発殴ってやれ」

「そんな乱暴なこと出来ませんよ」

「あんまり舐められてるとな、その内お前の仲間や部下にも被害が及ぶかもしれねえぞ。一発くらいガツンとやってびびらせといた方がいい」

「仲間や、部下に……」


 周囲のやつらを話題に出すと何事かを思案し始めたムガル。

 本当に魔王軍の幹部とは思えないなと、苦笑をこぼしてしまった。

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