実は強いんです

「実は……」


 男女としての仲は特に進展していないこと、でもデートなんかしてきっかけくらいは掴めそうかなと思った矢先に、誤解によってティナを怒らせてしまったことをかいつまんで話していく。

 ソフィア様のことは精霊相手なら隠す必要もないから話した。だけどソフィア様のせいで、という言い方はしていない。

 なぜなら俺があの女神様のファンだからだ。


 それにゼウスをバカにしてるのは俺くらいで、元々神のことを悪く言うのはあまりいい顔をされない。

 少なくとも初めて会ったやつがいる前での軽率な発言は控えた方がいいと思う。


「……ふむふむ。それで宝箱でも漁ろうと道を外れてここに落ちたのだな」

「まあ、そういうことだ」


 人に話してて改めて思ったけど、これめちゃめちゃ恥ずかしいな。何となく俯きがちになってしまう。

 正面の床に視線を落としていると、横からぽつりとつぶやくような声が聞こえてきた。


「ジン」

「なんだよ」

「最高に可愛いな」

「うるせえよ!」


 思わず顔をあげてキースを怒鳴りつけてしまう。ふと見ればマイアーもニヤニヤしていた。くそっ。

 悔しさに歯噛みして耐えていると、一つ間を空けて落ち着いたところでキースがまるで兄貴か何かみたいに落ち着いた声音で話しかけてきた。


「でもなジン、誤解だ理不尽だといって怒らなかったのは偉いぞ。そこで怒ってしまっては二人の仲はもっとこじれていただろうからな」

「ただ単に俺がティナに怒れねえってだけだよ。少なくとも面と向かってはな」

「それでもだ。女性と言うのは単細胞な男には理解のできない複雑な心理構造をしているからな。とにかくそういう時は変に口ごたえをせず、ご機嫌取りに徹するのが無難だ。ただ、ジンはそのバリエーションがまだ少ないのがまずかったな」

「うっ。まあな、その自覚はある」

「だから次のご機嫌取りの手段として宝箱産のアイテムを、というのは悪くないアイディアだと思うぞ。どんなものが手に入るか、運次第ではあるが」

「キースでもそう思うのか?」

「お兄ちゃんと呼びなさい。まあ、このダンジョン内で名誉を挽回しなければならないという今の状況なら、の話ではあるがな。お兄ちゃんも協力するから、今からいくらか宝箱を探してみようか」


 そう言うとキースはすっと立ち上がった。

 俺も続いて立ち上がり、一つ礼を言っておく。


「悪いな」

「ただし、今度からはお兄ちゃんのことをちゃんとお兄ちゃんと呼ぶように」

「いや、さすがにそれはちょっと……」

「そうか……」


 キースは露骨に肩を落とした。

 本気で嫌がってる感じを出したから、それがショックだったのかもしれない。

 次にマイアーも立ち上がると、キースに向かって尋ねる。


「俺も行った方がいいか?」

「ああ、悪いが頼みたい。罠が多いようだから、オブザーバーズの専用スキルがないとめんどくさそうだ」


 まるでどこかの部隊の隊長でもやってるみたいにてきぱきと喋るキース。

 そういやこいつが真面目に仕事してるとこって見たことねえんだよな。

 隊長にもなってるくらいなんだし、まあ優秀といえば優秀なんだろうか。


 ちなみにキースが言っているオブザーバーズ専用スキルというのは周辺の地図、人やモンスターの配置を頭に浮かび上がらせる「マップ」のことじゃない。

 罠や隠れた人、物を発見できる「ディテクター」というスキルのことだ。


 とにかく話はついたらしいので、二人の少し先を歩きながら振り向いて言った。


「キースはともかく関係ないあんたにまで手伝ってもらって悪いな」

「これぐらいいつものことだから気にしなくていい」

「キースじゃなくてお兄ちゃんだ」


 また何か言っているキースを放って歩き出した。


 点在する松明に火を灯しながら歩いていく。俺とキースが横に並び、その少し後ろからマイアーがついてくる形だ。

 石畳の床を叩く硬質な足音が壁に反響し、遠くからは唸るような低い守護者の声が聞こえてくる。

 ティナたちは大丈夫かな何事もないかなと考えていると、キースが口を開く。


「ジン。この際聞いておくが、勇者が魔王を倒した後はどうする気だ?」

「…………」


 そんなことを聞かれて思わずキースの方を向いた俺は、さぞ間抜けな顔をしていたことだろう。

 いつかは必ず訪れるその日のことを、今の今まで全く考えていなかった。いや、考えないようにしていたのかもしれない。

 

 とはいってもどうしたいかなんてもう決まっている。俺は視線を逸らしながら、何とかそれを口にした。


「そりゃあティナとけ、結婚して……」

「出来ると思うのか?」


 予想はしていたのだろう。詰問するような口調で割り込んできたキースに、怪訝な視線を向けながら尋ねる。


「逆に聞くけどできないのかよ」

「出来る」

「できるんかい」


 じゃあ何で聞いたんだよ、という質問を予想して先回りするかのようにキースが語り出す。


「だって、勇者と結婚しちゃうとジンが完全に天界から追放されてしまうことになるし、そうなるとお兄ちゃんも今より更に会いづらくなるだろう。そんなの耐えられないしやめておけ」

「完全にお前の都合じゃねえか」

「お前ではなくお兄ちゃんだ。とにかく結婚はやめておきなさい。ジンはお兄ちゃんと会えなくなってもいいのか?」

「おう」

「そ、即答……くぅっ」


 キースはがっくりと肩を落として拳を目に当て、泣き真似をし出す。でもすぐにそれをやめて、俺の方に向き直ってから口を開いた。


「まあ、それは一割ほど冗談としてだな。ジンの決めたことならお兄ちゃんは応援するぞ。多分」

「……本当か?」

「何を心配してるんだ。確かに最初こそ嫉妬のあまり勇者を暗殺しようと色々考えもしたが、今はそんなこともない。安心してくれ」

「全然安心できねえよ」


 さすがは「嫉妬」のキース。

 こいつが天界でそう呼ばれている由来は、俺が気になる女の子や、先輩あるいは兄貴分として世話になった相手をいちいち消そうとするからだ。


 あの女の子が可愛いと言えば毒を盛ろうとしてゼウスに消されかけたり、テイマーズの隊長に戦闘技術を教えてもらったと報告すれば戦いを挑んで見事に返り討ちにあったり。


 ちなみに精霊は、一般的にモンスターテイマーズ所属のやつら以外はステータスが低く戦闘もからっきし。

 その理由は簡単で、戦う必要がないからだ。


 天界にはモンスターがいないこともあって、本格的な戦闘を経験することがないまま一生を終えるやつも多い。

 とはいっても隊長クラスともなればさすがにある程度鍛えてはいる。それでも戦闘のプロであるモンスターテイマーズの隊長にキースが叶うわけもなく。

 まるで息を吸って吐くようにぶっ飛ばされていたのを今でも覚えている。


 そんな昔のことを思い出した後、キースを睨みながら続けた。


「もしティナに何かしたらお前をぶっ飛ばすからな」

「お前じゃなくてお兄ちゃんだと言っているだろう」


 とそんな会話をしながら歩いていると、目の前に十字路が見えてきた。

 そこで聞き覚えのない声が俺たちの耳に届く。


「う~ん。ここはどこなんだろう……? この地図もよくわからないし、このまま帰っちゃおうかなあ」


 思わずキースの方を向くと目が合った。それから二人で後ろを振り向くと、マイアーが首を横に振る。

 念のために確認をとった形だったけど、ティナやレイナルドじゃないらしい。


 おかしい。俺たち以外にこのダンジョン内に人や精霊はいないはずだ。

 ここはフォースの中、つまり結界内にあるから守護者以外のモンスターだって入ってこれない。

 正確には守護者は入ってくるんじゃなくてこの中で生成されるんだけど。


 何だろうと思案していると、ちょうど右側の通路から声の主らしきやつが姿を現した。互いの距離はなく手を伸ばせば触れる距離だ。

 六本の腕を持ったゴリラが地図を見ながら歩いている。


 一瞬で大量の疑問が頭の中をよぎり、思わず反射的に背中の大剣に手をかけてしまう。

 そのせいもあってかゴリラは地図を見ていた顔をあげてこちらに気付くと、悲鳴のような声をあげながら攻撃してきた。


「!! うっ、うわああああ!! 『ガトリングブロー』!!」


 左右六本の腕から繰り出される拳の雨が俺とキースに三本ずつ襲いかかる。

 何とか大剣でのガードが間に合ったものの、威力が高そうなのでわざと後ろに飛んで衝撃を和らげておく。

 でも、その俺より更に後方にキースが吹っ飛んでいった。咄嗟の出来事に反応が出来ず、残りの三本の腕からの攻撃をまともにくらったらしい。


 俺は大剣を構えて、ゴリラを見据えたまま叫んだ。


「二人とも下がってろ!」

「わかった!」


 ずるずると何かをひきずる音がする。

 どうやらキースは気を失ってしまったらしい。


 その音を聞きながら前方に意識を引き戻した。

 近接戦闘特化だとしたら飛び道具系の攻撃が有効だろうか。


「『風刃剣』!!」


 横なぎに振った剣の軌道に沿って三日月型の真空の刃が発生する。


「わ、わわっ」


 ぴょんとこちらに向かって飛びながら避けられてしまった。

 かなりの反射神経と速さを持っているな……と悠長に考えている暇もない。

 そのまま接近してきたゴリラに対して剣を振り下ろした。


「ひいっ!」


 ゴリラは左腕で攻撃をガードしながら右腕を引いてスキル名を宣言する。


「『せいけんづき』!!」

「ぐあっ」

「あっ、ごっ、ごめ」


 まともに攻撃をくらい、思わず声が漏れてしまった。

 くそっこんな強いモンスターがいたのか。今まで魔王軍幹部とかいうやつらですら大したことないから完全に油断してた。


 後方に吹っ飛ぶ身体を制御し、何とか受け身を取って起き上がると、ゴリラは更にこちらに詰め寄ってきている。

 どういうことか今までとは打って変わって隙だらけだ。


「大丈夫ですか!!」

「『雷刃剣』!!」

「ぎゃあああっ!!」


 ……大丈夫ですか? 今大丈夫ですかって言ったかこいつ? ていうかさっきからどこか様子がおかしいような。

 思わず繰り出した俺の攻撃でゴリラは吹っ飛んでいったものの、すぐに起き上がるとうずくまって頭を抱えた。

 つーか「雷刃剣」を当てたのに麻痺にも気絶にもならないとかまじか。


 攻撃が効いたのかどうかと様子を見ていると、ゴリラが震えながらぼそぼそと消え入りそうな声で何やらつぶやいている。


「ひいい、ごめんなさいごめんなさい、助けてくださいごめんなさい」


 思わずマイアーと顔を見合わせた。視線を戻してゴリラを見ても、どういう状況なのか理解が追いつかない。

 自然と俺の口からは間抜けな言葉が漏れ出ていた。


「……は?」

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