いいから早くしろ!

 宿屋に戻ると早速晩飯にありつく事にした。

 さすがに毎回奢っていると怪しまれるので、今日は俺が少し多めに持つ程度にしておく。

 飯を食いながらティナが話しかけて来た。


「ねえねえ、ジン君はこの町にお友達とかっていないの?」

「何だよ突然」

「別に。何となく思っただけ」


 もちろんいるわけはないんだけど、そう言えばその辺りの設定とかも考えてなかったな……。

 ティナが深く突っ込んで来ないから助かってるけど、俺って色々と考えてなくてまずい部分って多い気がする。

 

 どうせ今後もこっちで会うなら、ノエルやセイラを友達として紹介するのもありかも。

 そこまで考えたものの、今この場では関係がない。


 ティナの問いに無難な返答をしておく事にする。


「まあ居ない事もないけど……会うような事があれば紹介するよ」

「うん。楽しみにしてる」


 紹介する。何かこの響きいいな。

 でも何て言って紹介するんだ?

 

 パーティーメンバー……合ってるけど何だか味気ない。

 二人で組んでるんだからパートナーとかか?

 パートナー。これだ! どことなく夫婦感も演出出来るし間違いない。


 そんな事を考えていると飯が到着した。

 俺とティナは飲み物の入ったコップを手に取って掲げる。


「よ~し、それじゃ今日はティナの初ゴブリン討伐を祝ってっ!」

「「かんぱ~い!」」


 コップを合わせた後にぐいと飲み、飯をかっくらう。

 連日の様に続く二人だけの小さな宴を、今宵も楽しんだ。




 思う存分に楽しんだ俺たちは、気が済んだところで部屋に戻った。

 もちろん部屋に入る時にティナからの「おやすみ」もいただいている。

 俺はもはや「おやすみ」の為に生きていると言っても過言ではない。


 今日は部屋に遊びに来てくれねえのかなぁ。

 あわよくば添い寝とか……いやそれは大胆過ぎるだろジンのばかやろお!

 そういうのは夫婦になってからだろお!


 そんな風に妄想にふけっていると、どこからか声が響いて来た。


(おい、聞こえるか?)

(おおっお前、こっちが恥ずかしい妄想とかしてる時に話かけてくんなよ)

(恥ずかしい妄想をしてたのか?)

(そこには反応すんな。それで今度は何だよ)


 帰り道に街中で話しかけて来た「ワールドオブザーバーズ」の隊員だ。

 逃げないように再忠告でもしに来たのかもしれない。


(来るのが遅いから様子を見に来てやったのだ。そしたら女勇者が動いていないようだから、お前に教えてやろうと思ってな)

(中々親切じゃねえか)

(お前が精霊だとばれない事は我々にとっても重要な事だからな)


 オブザーバーズ専用スキル「マップ」は、テイマーズの「レーダー」と同じく簡易な地図を頭の中に表示するスキルだ。

 でも「レーダー」と違って地図上には人の位置を示すアイコンが表示されているらしい。

 そしてテイマーズが適正範囲外モンスターを見分けられる様に、こちらは重要な監視対象を見分ける事が出来るんだとか。


(まあそれはいいけどよ。それって寝てるかどうかまで正確にわかるわけじゃないんだろ?)

(そうだが)

(部屋まで行って寝てなかったらどうするんだよ)

(普通に会話をして帰ってくればいいだろう)


 ちなみに声からして相手は恐らく若い男だ。

 だと言うのに、俺の気持ちを全くわかってくれていない。

 イケメンでモテるやつだったりするのか。


(ばっかお前夜に部屋に遊びに行くとか緊張するだろうが。普通に会話とか出来るわけねえだろ)

(お前は何を言っているんだ)

(そもそも寝てるところに眠り魔法なんて男らしくねえだろうが)

(別に男らしさなど求めてはいないのだが)


 だめだこいつ全然わかってねえ。

 俺は相手の姿が見えるわけでもないのに肩をすくめた。

 その間を気にする事もなく向こうは続ける。


(とにかく早くしてくれ)

(くっ……わかったよ)

(それでは私は先に南の草原地帯で待っている)

(いやいやちょっと待てよ! お前モテるんだろ?)

(何だいきなり、別にそんな事はないが)

(スキルをこのまま使いっぱなしでさ、俺にアドバイスをくれよ)

(は? 何故私がそのような事を)

(いいからさ! 頼むよ! な?)

(……まあその方が早く済むと言うのなら)


 渋々と言った感じだけど付き合ってくれるらしい。

 堅そうだけどいいやつなのかもな。

 俺はベッドから降りて忍び足で扉へと向かう。


 静かに扉を開けて自分の部屋から出る。

 扉をゆっくりと閉めると、また忍び足で隣の部屋の扉の前に立った。


(よし、それじゃ扉をノックするぞ)

(そこはいちいち報告しなくていい)


 そろ~っと軽く握った拳の裏を扉に近付ける。

 でも扉をノックする前にびたりと止まってしまった。


(これ、ノックしてティナが起きてたらどうするんだよ)

(だから普通に会話をして帰ればいいだろうが!)

(でもその場合無理に呼び出された場所には行けないだろ。お前らはそれでいいのか?)

(止むを得んだろう。少しでも我々の正体がバレるリスクがあるのならな)


 聞いてみたものの別にリスク云々の話はどうでもよかった。


(ふ~ん。よ、よし、ノックするぞ……)


 遂に扉をノックした。

 扉に耳を当ててしばらく待ったものの、返事は来ない。

 もう一度ノックするも結果は同じ。


(本当に寝てるみたいだな)

(好都合ではないか。ならばさっさと部屋に入れ)

(いや待てよ緊張するだろ。まだ心の準備が)

(いいから早くしろ!)


 音を立てない様に扉を開けてまずは顔を覗かせる。

 部屋からはティナの寝息以外物音一つしていない。

 何だかいけない事をしている気分だ。いや実際にしてるんだけど。


 忍び足で中に入って行く。扉は開けたままだ。

 そのままベッドのところまで近寄り、ティナの顔を覗き込む。

 おお……ティナの寝顔だ。初めて見た。


 横向きになって寝ていて、ベッドの右側にいる俺にその無防備な寝顔を見せつける形になっている。

 掛け布団からちょっとだけ出した右手が顔の横に添えられ、息をする度に肩が揺れる。

 総じてとても気持ちよさそうに眠っていた。


 冷静に考えてみれば魔法をかけるのに枕元まで来る必要はない。

 正直に言ってただ単にティナの寝顔が見たかっただけだ。


(おいどうした? もう魔法はかけたのか?)

(いや、寝顔がまじで可愛い)

(ふざけているのなら俺はもう行くぞ)

(待てよ。寝顔が可愛すぎる時はどうしたらいいんだ?)

(……そんなに何かしたいなら髪の毛にでも触ってみればいいだろう)

(何言ってんだよそんな大胆な事出来るわけねえだろばかやろぉ!)

(お前が聞いてきたのだろうが! いいから早くしろ!)

(何だよつれないやつだな)


 まあ寝顔をずっと見ていたいのも山々だけど、そういうわけにもいかない。

 眠りの魔法をかける事にした。

 うう……ごめんなティナ。お前に魔法を使う時が来てしまうなんて。


 心の中で泣きながら手のひらをティナに向ける。

 そしてぼそりとその魔法の名をつぶやいた。


「スリープ」


 特に見た目が派手な魔法というわけでもない。

 ティナの顔を中心として淡い光の玉が発生。

 少し経つと、それはゆっくりと小さくなって次第に消えて行った。

 魔法はほぼ確実に成功しているはずだ。


(よし、かけ終わったぞ兄弟)

(誰が兄弟だ。それでは宿を出て南の草原地帯まで来い)

(何かもう気が済んだし眠いんだけど)

(私と会話を繋いでいた意味が全くないではないか)


 それもそうだと思いつつ、部屋に戻って準備を整える。

 整えるといってもせいぜいゼウスこんぼうを持つくらいだ。

 多分だけど「爆裂剣」一撃で決着するしな。


 部屋から出て階段を降りる。

 まだ営業している酒場から聞こえる、酒飲みたちの楽しそうな声。

 

 俺やティナも、もうちょい歳を取ったらあんな風に夜遅くまで騒いだりすんのかな。

 それも楽しそうだな、なんて思いながら外に出た。


 宿屋の外でオブザーバーズのやつが待ってんのかと思えばそうでもない。

 周囲にはそれらしき人影は見当たらなかった。


(お前も一緒に行くんじゃないのか?)

(随行はしないが、遠くから指示を出したり、お前たちの姿を人間に見られない様に警戒を行ったりはする)

(ずっと近くにはいるってことか)

(そういう事だ。まずは南口から町を出てくれ。くれぐれも寄り道などはするんじゃないぞ)

(オカンか。でも助かるぜ)


 わざわざ俺なんかの為にご苦労様としか言えない。

 さて、眠いしさっさと終わらせて来ますかね……。


(あっ、そういやお前、名前は何て言うんだ?)

(何故名乗る必要があるのだ)

(いいから教えろよ)

(……エアだ)

(そうか。よろしく頼むぜ、エア)


 真面目で堅いけどどこか気のいいやつ。

 そんな印象のエアと会話をしながら、南口に向かって歩を進めた。

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