vs ヘルハウンド
最初に俺が取った行動はテレパシーの発動だ。
この状況ではまず何を置いてもティナの安全を優先させないといけない。
ティナはヘルハウンドの子供を抱いている。
だから真っ先に敵に狙われるのは、この場合は間違いなくティナなのだ。
少し前に出てティナの横に並びながら、ヘルハウンドに語り掛ける。
(おい! そこのヘルハウンド、聞こえるか!?)
(……む、何だ? まさかこれがテレパシーというやつか?)
(そうだ、そして俺はモンスターテイマーズのジン)
(モンスターテイマーズ? ふん、噂に聞いた事はあるが、どうせ大した事はないのだろう。ジンとか言うのも知らんなぁ)
世間知らずってやつか……。
どうやらテレパシーでのやり取りをするのは初めてらしいな。
これまで適正範囲外には出た事がないんだろう。
「スキャン」を発動……ヘルハウンドLv42、か……。
確かにヘルハウンドの成体の中でも強い部類には入る。
自分の強さに相当な自信を持っているのか。
横ではティナが怯えていた。
「こ、このわんちゃんが親なのかな……? ちょっと怖いかも……」
ちょっとで済んでいる辺り、意外とティナは逞しいのかもしれない。
小さな子供なら泣いて逃げ出すレベルだと思うんだけど……。
「ティナ、下手に動いちゃだめだぞ。危ないから」
「う、うん……わかった」
ティナは子犬を抱きかかえて座った姿勢のまま固まっている。
ちなみに座り方はいわゆる「女の子座り」で座っているところがこれまた可愛いんだけど、今はさすがにそんな場合じゃない。
俺はヘルハウンドへの説得を試みる。
(子供を探しに来たんだろ? すぐに返すから俺の仲間は攻撃しないでくれ)
(ふん、信用出来んな。お前らを血祭りにあげた後でゆっくり回収してくれるわ)
実質的に人質を取られてる状況なのに戦おうとしちゃだめだろ……。
モンスターは人間を見ると興奮する様に出来ている。
このヘルハウンドも、今は冷静さを欠いているのだろう。
もちろん、元から頭が悪いという可能性もあるけど……。
(待て待て落ち着け。こちらには戦う意思はないんだ)
(お前らにはなくても私にはある)
(……どうしても俺の言うことを聞いてはもらえないのか?)
(お前なんぞの言うことを聞く義理が私にあるわけがないだろう)
……ちっ、しょうがねえな……。
俺は、ティナから見てヘルハウンドがいるのとは真逆の方向を指差した。
「ティナ! あれは何だ!?」
「えっ!? なになに!?」
慌ててそちらを振り向くティナ。
それを確認してから、ヘルハウンドの左手側の真横に少し離れた場所へと手のひらを向けた。
誰にも聞こえない音量で、ぼそりとスキル名を宣言する。
「『エクスプロージョン』」
轟音。
俺が照準を定めたポイントを中心にして小規模の爆発が起きた。
地面は派手にめくれ上がり、土煙が舞う。
弾け飛んだ土や草が辺りに散乱して行った。
威力は調整したので、派手だけど誰にも危害は加えていない。
ヘルハウンドを脅すためだけのものだからだ。
「きゃああああっ!!」
ティナは子犬を強く抱きしめながら悲鳴をあげた。
どうやらティナまで驚かせてしまったらしい。
(ひ、ひいいいっ!!)
ヘルハウンドもかなりびびっている。
効果は抜群の様だ。
(これでわかったな? ぶっ飛ばされたくないなら、大人しく言うことを聞け)
(は、はいっ!! ……あの、子供の命も……)
(わかってるよ。俺の言うことを一通り聞いたら二匹とも解放してやる)
(あ、ありがとうございます……)
「何があったの!? ジン君は大丈夫だった!?」
ティナもかなり動揺している。
とりあえず安心させてやらなければ……。
「このモンスターなんだけどな、子供を取られたと勘違いしてちょっと気がたってるみたいだ。爆発系の魔法で威嚇して来やがった」
俺の説明を聞いたティナの顔が青ざめた。
少しだけ震える声でつぶやく。
「だ、大丈夫かな……? すごく強そうなわんちゃんだし、戦闘になったら勝てないかも……?」
あくまでわんちゃん呼ばわりなのか……。
まあちょうどいい、その路線で話を進めよう。
俺はその辺の雑草を引き抜いてティナに渡した。
「これ、マタタビって言うんだけどな。この犬はマタタビが大好きなんだ。これをあげるとすぐに懐くからやってみ?」
空いた手で受け取った雑草を眺めながら、ティナは不思議そうな顔をする。
「えっ……マタタビってこんなのだったっけ?」
「マタタビには色んな種類があるからな」
「そ、そうなんだ……知らなかった……」
ちなみに俺は本物のマタタビを見た事がない。
ぼろが出る前にさっさと終わらせよう。
(よし、作戦を説明する。この可愛い女の子がお前にマタタビを渡そうとするから懐いたフリをしろ)
(えっ……あの、これただの雑草だし……それに、マタタビが好きなのって猫なんじゃ……)
(ちっ、うるせえな……いいか? これはマタタビだ。そしてお前はマタタビが大好きな少し変わった犬だ。わかったな?)
(はいっ! わかりましたっ!)
(何がわかったんだ?言ってみろ)
(この雑草はマタタビですっ!! そして私は、マタタビが大好きな少し変わった犬ですっ!!)
(よし……作戦開始だ)
(作戦開始ですっ!!)
(そこはもう一度言わなくていい)
話がついたので、作戦を実行すべくティナに話しかける。
ティナはまだ少し怯えた様子で固まっていた。
「ほら。いいから騙されたと思って、マタタビを向けて話しかけてみな」
「う、うん……わかった」
手に持ったマタタビをヘルハウンドに向け、上下に振るティナ。
「ほ~らおいで~。マタタビだよ~?」
一人の女の子がヘルハウンドに向けて雑草を与えようとしている。
自分でやっといてなんだけど、中々にひどい光景だ。
ヘルハウンドは約束通りにこちらに歩み寄って来た。
それからマタタビ(仮)の匂いを嗅ぎ、ティナの腕に頭をこすりつける。
「く、くぅ~ん、くぅ~ん……」
そんなヘルハウンドの様子を見たティナの顔が、花が咲いた様に明るくなった。
「わあっ! 可愛い~! 見てジン君! すごく可愛いよ!」
「おう、そうだな。ティナは犬が好きなのか?」
「うん!」
「そうか、良かったなぁ」
俺は腕を組み、うんうんと頷きながらティナを見守った。
ティナはマタタビ(仮)を手放してヘルハウンドの頭を撫でている。
(くうっ、誇り高きヘルハウンドが犬扱いなんて……)
(あ? 何か言ったか?)
(何でもございませんっ!)
やがてティナは何かを思い出した様な顔になった。
「そうそう、子供を返してあげないとね」
抱いていた子犬を地面にそっと置き、行く末を見守る。
親の元へと歩み寄る子犬。
そしてティナは、もう一度ヘルハウンドの頭を撫でながら言った。
「今度はちゃんと子供を見てあげなきゃだめだよ?」
「わんっ」
「ふふ、本当に可愛いわんちゃんたちだなぁ」
そう言って親子を温かい目で見守るティナ。
(わ、わんちゃん……トホホ……)
そんな泣き言が俺の頭に響いて来たのであった。
「またね~! ばいば~い!」
それからヘルハウンド親子を連れて薬草集めを再開。
目的の量が集まったので帰る事にした。
親子の方を振り返って名残惜しそうに手を振るティナ。
ヘルハウンド親子は、薬草の採取ポイントで尻尾を振りながら俺たちを見送る。
もちろん尻尾を振らせたのも俺だ。
子供の方は素でティナに懐いたみたいだったけどな……。
一時はどうなる事かと思ったけど、何とか無事に済んでよかった。
町へと戻る街道を歩きながらティナが話しかけて来た。
「初めてのクエスト……ジン君のおかげで無事に終わったね」
「別に俺は何もしてないだろ。一緒に薬草を集めただけだ」
照れ隠しに視線を逸らし、少しぶっきらぼうな口調でそう言った。
ティナが、こちらを穏やかな微笑みと共に見つめていたからだ。
「ううん……ジン君があのわんちゃんの事、マタタビ好きだって知らなかったら危なかったと思うよ?」
「まあ、それはそうかも知れないけどな……」
罪悪感半端ねえ……。
嘘をついてごめんなティナ……でもあれはしょうがないと思うんだ。
一応、少しばかり釘を刺しておこう。
「って言ってもよ、あの犬は少し特殊でこの辺にはいないから、怖い犬にはマタタビをあげれば大丈夫なんて広めたらだめだぞ?」
するとティナは、少し首を傾げながら言った。
「ふ~ん、そうなんだ? わかった」
無事に町へと帰還を果たした俺たちは、クエストの達成を報告すべくギルドへ。
今回は、集めた薬草の受け渡し先もギルドになっているので楽だ。
もちろん報告はティナに行ってもらう。
クエスト達成報告用の受付で冒険者カードと薬草を渡すティナを見守る。
お姉さんは冒険者カードでクエストや、その受諾者であるティナを確認した後、薬草の確認をする。
それが終わると、顔をあげて笑顔になってから言った。
「はい、確かに確認致しました。こちらが報酬です」
「あ……ありがとうございます」
お姉さんから報酬を受け取って律儀にお辞儀をするティナ。
「初めてのクエスト、お疲れ様でした。これからも頑張ってくださいね」
「……! は、はいっ! ありがとうございますっ!」
カードやクエストの内容から察したのだろう。
お姉さんからの激励を受けたティナは、嬉しそうな表情でこちらに戻って来た。
「ちゃんと報告出来たみたいだな」
「うんっ! あのね、これからも頑張ってくださいって言われちゃった」
「そうか……よかったな。今日はお祝いするぞ」
「ありがとう!」
こうして、俺たちの初クエストは無事に完了したのであった。
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