また来やがればかやろぉ!

 ギルドを出て大通りを歩いて行く。


 とは言っても、すぐに目的地を目指すわけじゃない。

 二人で町を歩きながらある店を探す。

 他の街だと大体ギルドの近くにあるはずなんだけど……。


 大通りから路地に入ったり出たりしていると、不思議に思ったティナが話しかけて来た。


「ねえジン君、何を探してるの?」

「ああ、ちょっと銀行と倉庫に寄って行こうと思ってな」


 まず倉庫に寄って愛用の大剣を預けておきたい。

 この剣だと攻撃力が高すぎるからだ。

 昨日のジャイアントベアーなんかでは掠っただけでも一撃で倒してしまうし、かと言って持っておくだけで使わないのも変だしな。


 いちいち相手のモンスターに剣を弾いてもらうのも手間だし……。

 ここは倉庫に預けておくのが一番いいだろうという判断だ。


 ついでに、ティナに倉庫と銀行の使い方を教えておきたいというのもある。

 そのまま歩いていると、ティナが突然指を差しながら声をあげた。


「あっ! ねえねえジン君、あれじゃない?」


 指が示す先には、倉庫と銀行が仲良く並んでいた。

 それぞれ家みたいな建物の絵と、袋からお金がこぼれている絵がデザインされた看板が目印になっている。


「おっ本当だ。ティナお手柄だな」

「私、昔から目はいいんだっ」


 えっへん、と腰に手を当てて胸を張るティナ。

 可愛いのでこれからは何かある度にどんどん褒めていこう。


(その方針で異議はありませんか?)

(ないです!)(ないです!)

(ありません!)(ティナ可愛い!)

(よし、それじゃ決定だ!)

(ワアアアアアアア!!!!)


 俺の脳内会議でも満場一致。

 積極的に褒めていく方針で決定した。

 

 とはいえいつまでもにやけているわけにもいかない。


「それじゃ入ってみるか」


 そう言いながらティナを連れて、まずは倉庫に入る。

 倉庫と言うより「倉庫屋」とでも言った方が正しいか。

 とにかくアイテムを預かってくれるお店だ。


「へいらっしゃい」


 カウンターから挨拶をして来たのは、小太りで鼻の下に髭を蓄えた中年の男性。

 いかにも大人の汚い一面を持っていそうな感じだ。


「よし、まずは登録をしとくか」

「登録?」


 ティナは何のこっちゃ、といった顔をしている。

 どうやらハジメ村に倉庫はなかったみたいだ。

 倉庫の仕組みを一切知らないみたいだし、色々説明してやらないとな。


「ここは装備やアイテムを預かってくれるお店なんだけど、ものを預けたり出したりするときには冒険者カードを使って本人確認をする。だからまずは自分の冒険者カードを見せて登録をしておくんだ」


 この辺りの知識も下界で人間のフリをする為に教え込まれて来た。

 特にモンスターテイマーズは下界で活動をする機会が一番多い部隊なので、俺ぐらいの知識を持ってるのは当たり前だ。

 ティナはうんうん、と頷きながら聞いてくれている。


「まあ、そんなに難しい事じゃない。受付のおっさんに冒険者カードを渡してみ」


 ティナは鞄から冒険者カードを出しておっさんに渡した。

 おっさんはそれを受け取って、カードを一瞥してから顔をあげる。


「お嬢ちゃん、倉庫の利用は初めてかい?」

「は、はい……」


 初めて倉庫を使うからか、おっさんが初対面だからか。

 ティナはやや緊張気味だ。

 それに対し、おっさんは一貫して優しい口調で話している。


「うん、それじゃ登録をして来るから待っててくれ」

「はいっ」


 おっさんは奥に引っ込んで行ったけど、すぐに戻って来た。

 そして冒険者カードをティナに返しながら言う。


「登録しといたよ。装備やアイテムを預けたくなったらいつでもおいで」

「はい、ありがとうございました」


 踵を返し、満面の笑みでこちらに戻って来るティナ。


「登録出来たよ!」

「おう、よかったな」


 さて、俺も目的を果たすとしますかね……。

 カウンターに歩み寄ってカードを見せる。


「登録をして、その後装備を預けたいんだけど」

「あん? 」


 何だこいつ、優しいのは若い女に対してだけってか。

 まあいいや……。


「…………」


 おっさんは無言でカードを受け取って、俺を一瞥する。

 それから奥に引っ込んで行き、すぐに戻って来た。


「で、装備は?」


 言葉が簡素になりすぎている。

 登録が完了したから預けたい装備を出せということだろう。


「これだ」

「えっ……ジン君、それ預けちゃうの?」


 背中のヴォルカニックブレイドを外して渡すと、ティナがそう聞いて来た。

 何で預けるのかわからないといった顔をしている。


 まあそれもそうだろうな……さて、どうするか。

 ここはまた親父に登場してもらおう。

 俺はティナの方を振り向いて言った。


「実はこれ、親父の形見でな。あまり使いたくはないんだ」

「あっ……そ、そうなんだ……」


 親父が生きてる事はティナにばれないようにしないとな……。

 ティナは何だか気まずそうな表情で、それ以上は追究して来ない。


「うっ……ううっ……」


 むせび泣く声に振り向くと、おっさんが号泣していた。


「いやいや何であんたが泣いてんだよ」

「ばっ、ばかやろう! 泣いてねえやい!」


 そう言って涙を拭うと、おっさんは剣を持って逃げるように奥へ引っ込んだ。

 またもやすぐに戻って来る。

 もう泣いてはいないけど、目が潤んでいて腫れぼったい。


「親父さんの形見は大事に預かっといてやるからな! 寂しくなったらいつでも来やがれい! わかったか坊主!」

「お、おう」


 ただの汚い大人かと思ってたら、情に厚い頑固親父だったのか……。


「よかったね、ジン君」

「ん? ああ」


 ティナの目も何故か少しだけ潤んでいる。

 何がよかったんだろうか。

 でもティナがそう言ってるんだからよかったに違いない。


 俺は親指で扉の方を示しながら言った。


「それじゃ、次行こうぜ」

「うんっ」

「また来やがればかやろぉ!」


 エールなのか罵声なのかよくわからない親父の叫びを聞きながら倉庫を出た。

 扉から外に出ると、横にはもう銀行がある。


「よし、次は銀行だ」


 ティナの方を向きながらそう言って扉を開けた。

 銀行の内装は倉庫と大して変わらない。

 むしろカウンターにいる人以外に違いを見付けるのが難しいくらいだ。


「銀行はお金を預けるお店でな、預けるもの以外は倉庫と一緒だ」

「じゃあ冒険者カードを見せて登録してもらえばいいんだね?」

「そういう事だ。ティナは呑み込みが早いな」


 俺の言葉を聞くと、ティナはドヤ顔でカウンターに向かった。

 どうやら積極的に褒める作戦が功を奏したらしい。


「登録お願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 営業スマイルが素敵な店員のお姉さんは中々美人だ。

 もしティナがいなければうっかり好きになっていたかもしれない。

 お姉さんは奥に引っ込んで、すぐに戻って来た。


「登録が終わりました。お金は預けていかれますか?」

「いえ、今はいいです」

「かしこまりました。またのお越しをお待ちしております」


 手を振って断り、随分と綺麗に一礼をするお姉さんを背景にしてこちらに戻って来るティナ。

 少し興奮気味らしく、瞳が爛々と輝いている。


「登録出来たよ!」

「よし偉いぞ。それじゃ俺もやって来るかな」


 ティナと入れ替わりでカウンターに歩み寄り、冒険者カードを見せる。


「登録を頼む」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませぇ」


 何だかティナの時よりも声が黄色い様な。気のせいか?

 お姉さんは例の如く奥に引っ込んですぐに戻って来るやつをやった。

 そしてこちらにカードを返しながら聞いて来た。

 

 その際、何故かカードを持っていない方の手を俺の手に添えている。

 こんなのさっきはやってなかった気がするんだけど。


「登録が終わりました。お金は預けていかれますか?」

「いや、い、い、今は大丈夫だ」


 ボディタッチに動揺してしまった。

 このお姉さん中々やるじゃねえか……。


「ふふっ、残念。また来てくれるのを待ってるからね」


 やべえ毎日銀行に通ってしまいそうだ。

 いやいやだめだだめだ、俺にはティナがいるんだ。

 自分にそう言い聞かせると、踵を返してティナの方に戻る。


「終わった?」

「ああ。それじゃ、クエストをこなしに行くか」

「うんっ」


 扉を開けて外に出た。

 大通りには主にギルドからクエストに向かう冒険者で人が増えている。


 俺たちはのんびりと歩きながら町の出口を目指す。

 不意にティナが話しかけて来た。


「そういえばジン君、倉庫と銀行の登録はまだだったんだね?」

「ああ、首都からはほとんど直でハジメ村に行ったからな。ここには休憩に軽く寄った程度だ」

「そうなんだ……じゃあジン君は遠いところから来たんだね」


 確かに今の会話から考えれば俺は首都の更に向こうから来ていないとおかしいという事になる。

 ティナがあまり深く聞いて来ないから助かってるけど、その辺の設定もちゃんと考えとかないとな……。


「あっ、そう言えば地図を買って行かないとな」

「それなら私が持ってるよ」


 俺の「マップ」じゃ大体の場所はわかっても細かい地形までは把握出来ない。

 何より地図も持たずにすいすい歩いて行くのは不自然だ。

 そう思って地図を買って行こうとしたんだけど、ティナが持っていた。


「おっ、さすが準備万端だな」

「でしょっ」


 足取りが急激に軽くなるティナ。

 褒められるのが好きなのかもしれない。

 逆を言えばチョロそうなので色々と心配ではある……。


 そう言えば、今更だけどティナって彼氏はいるんだろうか。

 まあいたらこっそり倒せばいいか……。


 そんな事を考えているといつの間にか出口に到着。

 そのまま外へと繰り出していった。

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