Episode 46.「シアワセのスコア」
私の話を、サクラは口を挟まずに聞いてくれていた。
"コスモ・エクスプローラ"に向かった経緯。
ソーヤと、新世代レプリカントの話。
そして、演算炉停止計画に、誘われていること――。
何もかもを赤裸々に、そして、ぼかすこと無く語った。それは、多分信頼ではなくて、油断と呼ぶべきものだったのだと思う。
あるいは、自分の中にあるものを、吐き出して楽になろうとする、弱さなのか。
そして、全てを聞き終わったサクラは――なんとも、形容しがたい表情をしていた。渋面と呼ぶにはライトで、困り顔と呼ぶには複雑な表情のまま、彼女は腕を組んだ。
「……ごめんね、シオン。全然追いついてきてないや。リンドウ先生が【全身鎧】とか、カレンが【トリカブト】とか……冗談って言うなら、今のうちだけど」
「言わないよ。こんな所で、冗談言えるほど図太くないもん」
「そうかな、シオンは結構、そういうの大丈夫だと思ってたけど……でも、一つだけ」
彼女はそこで、私の顔を覗き込む。
「……やっぱりソーヤ、レプリカントだったんだね」
やはり、と、胸の中が鷲掴みされるように痛むのがわかった。彼女と話すなら、この話題は避けられない。
「……うん、サクラは、気づいてたの?」
「完璧に、ってわけじゃないけど、そうかなとは思ってた。だって、ソーヤが死んじゃったことは、私もよく知ってたし……」
と、そこまで口にして、彼女は取り繕うように瞼を伏せた。
「いや、ごめん。思い出させるつもりじゃないんだけど……」
「いいよ、気にしないで。ソーヤのことは、ちょっとだけ、受け止められてきてるから」
慮るような彼女の仕草に、居心地の悪さを覚える。気の置けない友達にされる気遣いほど、バツの悪いものはない。
「私ね、ずっとどこかで、望んでいたの」
サクラは天井を見上げるようにしながら、呟く。
さらり。耳元の髪が肩に落ちて、窓から入ってきた日が絡まって、鮮やかに煌めいた。これだけ傷付いているというのに、彼女はどこか、晴れやかに。
「ソーヤが、本当はどこかで生きていて、ひょっこり帰ってきてくれて、またシオンと私と三人で、遊びに行ったりご飯に行ったりできる……そうなったら、幸せだなって思ってた」
「……うん、そう、だね」
それは、私も同じだ。
ソーヤが死ぬところは、目の前で見ていたはずだった。なのに、期待することを止められずに生きていた。
もう、二度とこの目に映ることのない背中を、日常のあちこちに探していた。
「――例え、それが偽物でも。帰ってきてくれたことが、私は喜ばしいよ。それに、フウリンさんも言ってたんでしょ? また、ソーヤはすぐに戻って来る、って」
「……言ってた。暴走した記憶を失くして、また、私のところに帰す予定、って」
「なら、よかった。また離ればなれになったら悲しいものね。私も、一週間くらいで退院できそうだし、そうしたら、また、三人で――」
「――ねえ、サクラ。聞いてほしいこと、あるんだけど」
遮るようにして、私は声を張る。
ともすれば、消え入りそうなほどに細くなってしまう声。それを後押ししたのは、半ば虚勢のようなものだった。
強がっているのは、自分でもわかっている。間違っているかもしれないと、心の中で、手を引いている気持ちも無いわけではない。
けれど、私は、この覚悟を彼女に聞いてもらいたかった。今日、足を運んだのは、それが一番の目的なのだから。
だから――意を決して、それを口にする。
「――私ね、演算炉の停止計画、やってみようかと思うんだ」
あの後、色々考えた。
ソーヤのこと、私のこと、そして、コロニーや【トリカブト】のこと。
その上で私が出した答えは――何もかもを終わりにする、ということだった。
「……演算炉の、停止……?」
私の言葉に、案の定というか、サクラは目を剥いた。
反対。まあ、されるだろうなというのはわかっていた。それでも、彼女に話さずにはいられなかった。
「シオン、あなた、どうして……」
「うん、そうだよね。また、危ないことに首を突っ込んで、ごめん――」
先回りして、謝ろうとした。それは、悪いことをした子供が開き直るのと、多分、変わらないような感覚で。
あれだけの喧嘩をしたのに、また、危険なところまで踏み込もうとしている。それは咎められてもおかしくないのだからと、そう、ある意味で諦めていた――。
「――どうして、ソーヤと離れようとするの?」
――そんな私に向けられたのは、意外な言葉だった。
「……え?」
ソーヤと、離れようとする?
もっと、無茶していることについて怒られると思っていたのに。
「いや、勿論、危ないことはしてほしくないよ。でも、それよりも……その計画に乗ったら、ソーヤはいなくなっちゃうのよね?」
「う、うん。でも、あのソーヤはもともと、レプリカントで……」
「レプリカントでも、なんでも!」彼女の語調が荒くなる。
「あの子は、本物のソーヤと変わりなかった……それって、あの子が帰ってきたって、言えるんじゃないの?」
それは、カレンにも言われた言葉だった。
ソーヤが帰ってきたのは、奇跡だ。もう死んでしまったはずの彼と言葉を交わせたのは、恐らく、本当に得難いロスタイム。
「シオンなら、今のソーヤでもいいから、一緒にいたいって言うと思ってた……ねえ、どうして自分から、傷付こうとするの?」
「傷付きたいわけじゃ、ないよ。でも――」
「ねて、シオン、よく考えて。ソーヤが帰ってくるなんて、本当の本当にありえないことなのよ?」
サクラはどこか、冷静さを欠いているようにも見えた。一体、どうして彼女はそこまで取り乱しているのか。
私と、彼のおしまいに――一体、何を思っているのだろうか。
彼女は、そこで一度深呼吸を挟んだ。クールダウンを挟んで、再び、いつもの穏やかな口調に戻る。
「……私は、あなたたちに幸せになってもらいたいの。ずっと前から、一番側で見守ってきた、友達に……」
同じようなことを、カレンにも言われた。
コロニーで生活していると自覚するのが難しいが、一歩外に踏み出れば、地球はその結末へと着実に歩を進めている。
この、終わりを先延ばしにした世界で――私たちは生きていかなければならない。
そこで、サクラは膝を抱えた。毛布のせいで隠れていたが、入院着の裾から見えた脛の辺りにも、大きなアザがあるのが見える。
そうして、彼女は語る。穏やかに、まるで聞き分けのない子供に――私に、言い聞かせるかのように。
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