Episode 21.「閃き/煌めき」



「もお〜っ、どうしろっていうんだよ〜っ!」



 私は、思い切り両手を投げ出して、突っ伏せると、これまた思い切り情けない声で、そう口にした。


 テーブルを挟んで向こう側、足を組みつつ腰掛けているサクラが、大きくため息を吐くのが見える。彼女は私の話を聞きつつ、壁際に設置されたスクリーンに映る、報道番組に視線を向けていた。


 あの後、ポーターを呼んで帰ってきた私は、部屋にソーヤを待たせたまま、寮の共用スペースにサクラを呼び出したのだ。


 そして、桃色の刺繍が鮮やかなワンピース――彼女のお気に入りの部屋着だ――に身を包んで現れたサクラに、今日のことを相談することにした。


「やっぱり、そうなるわよね」


 私の話を聞いたサクラは、暗いトーンでそう口にする。



「やっぱり、ってことは、サクラ、気が付いてたんだ」


「もちろんよ。ほら、みんなで買い物行ったときも、【Helper】無くて、一文無しって言ってたじゃない」


「……もしかして、スキャンもした?」


「ええ、買い物の最中にこっそりと。案の定、彼のIDは凍結されていたわね」



 彼女の言葉に、私は奇怪な呻き声を上げることしかできなかった。


 ――そう、ソーヤには市民IDが、無かったのである。


 正確には、サクラが言う通りに凍結されていた。やはり、彼は2年前に一度、死んでしまった扱いとなっているようだ。


 私がこれからもソーヤと、"今の彼"と一緒にいたいと願うのであれば、それはあまりに大きな問題だった。


「……ねえ、やっぱり、今からでも風紀委員に届ける気はない? 私が報告を上げるし、悪いようにはしないから……」


 サクラは嗜めるようにそう言ってきたが、私はそれを受け入れる訳にいかなかった。


 私の脳内には、今日、彼女の後輩に言われた言葉が渦巻いている。


『――だって、あの人、レプリカントじゃないですか』


 ソーヤが、レプリカント。

 どうやって作られたのか――とか、何のために――とか、気になることは沢山あるが、今は一旦置いておいて、もしその可能性があるのであれば、捕まった後に、彼がどんな扱いを受けるのか、わかったものじゃない。


 彼がひどい目に遭う可能性が僅かでもあるのなら、私は、それを許容することができなかった。



「何とかならないかな。それこそ、フウリンとかに相談したら、便宜を……」


「……それは、難しいと思うわよ」



 サクラは、テーブルの上に置かれたティーポットを手にとった。そして、流れるような手つきでカップを二つ創造すると、うち一杯を、私の方に差し出してくる。



「いくらフウリンさんが大人……管理者で、シオンのことを贔屓にしてるとしても、市民IDを付与する権限なんて、持ってないはず」


「なら、誰にお願いしたらいいのさ」


「市民IDを操作する権限は、学生省の長官にしかないわ。だから、今だと……」



 学生省の長官。

 その人物の名前は、つい数時間前に聞いたばかりだ。



「……デルフィン長官、だっけ」


「……すごい。シオン、コロニーのお偉いさんの名前なんて、覚えてるのね」



 サクラの後輩に教えてもらったの、とは言えず。私はとりあえず、得意げな顔をしておくことにした。



「そう、デルフィン=コフィン。彼なら、今のソーヤにも市民IDを付与することができるはずよ」


「……それって、実質無理じゃない? 普通の学生が、どうやって長官にコンタクトを取るのさ……」



 そんなお偉いさん、それこそ、大きなイベントでも無ければ出てこないだろうし、よしんば、会うことができたとしても、周囲は風紀委員に固められているだろう。



「そもそも、デルフィン長官が出席するような大きな行事は、もう来月まで無いわね」


「来月まで……って、ひと月も市民ID無しなんて、そんなの無理だよ……」



 女子寮に匿っておくのにも、限界がある。

 寮母さんが部屋の点検をしたら、一発でアウトだ。いや、今、こうしている間にも、見つかってしまうかもしれない。


 となれば、ソーヤには何としても、自立して生活できる環境が必要だ。そのためには、やはりIDを用意する必要がある。



「他に、何かないの? 長官に、会いに行く方法とか、風紀委員の裏技でさ!」


「無いわよ、そんなの。忙しい人だもの。スケジュールだってわからないし……」



 そう、考え込むようにした彼女は、不意に目を見開きながら顔を上げた。



「いや、ちょっと待って……会う方法、一個だけあるかも!」



 不意に、サクラが大きな声を上げた。



「なに、それ。勿体ぶらないで教えてよ!」


「うーん、教えるのはいいけど、たぶんこれも無理よ……?」



 彼女はどこか煮えきらない。

 できるのか、できないのかなんてことは聞いていない。そもそも、今の時点で打つ手はないのだ。


 なら、どんなことでも聞いておいて損は無い。


 私の剣幕に押されたのか、サクラは諦めるように息を吐いてから、それを口にした。



「……功績。コロニー全体の益になるような、功績を上げると、長官直々に表彰してくれるはず」


「功績……って、例えばどんな?」


「そうね、直近だと、庭立第二大学の研究チームが、半永久的に再利用可能な酸素電池の論文を発表して、表彰されてたわね」


「サクラ、私の化学の成績、いくつか知ってるよね?」



 到底無理だ。というか、例えどれだけ成績が良くったって、コロニー全体の益になるような成果なんて、そんなの一日二日で出せるわけがない。


 私の頭では、そんな凄い研究どころか、学校近くの喫茶店の新メニューだって出てこないだろう。


 自分にできることと言えば、それこそ、【ARC】くらいのものだ。何か、これを活かした方法が無いだろうか。


「……いや、無理かな、流石に。こうなったらいっそ、サクラにお願いしちゃったほうが――」


 そう、私が折れかけた、その瞬間だった。


 ――不意に、私の視界にそれは映る。


 共用スペースに設置された、仮想スクリーン。そこでは、庭立大の学生キャスターが、真剣な面持ちでニュースの原稿を読み上げている。


『それでは、次のニュースです。本日未明、コロニー北地区の食肉培養プラントに、【全身鎧】が出没しました――』


 【全身鎧】。

 ここ最近、よく聞く名前だ。


 私たちが巻き込まれたあの、テロ現場にも現れた、そして、デルフィン長官の計画も打ち壊したという凶悪犯。


 視線が吸い寄せられたのは偶然だった。そう、何の気なしに、画面に目を向けた――。


 ――その瞬間、私の脳裏に閃くものがあった。



「……これだ!」



 勢いよく椅子から立ち上がって、スクリーンに詰め寄っていく。突然の剣幕に、サクラの肩が跳ね上がる。


「ちょ、ちょっとシオン、どうしたの?」


 戸惑う彼女に、私はビシッと、画面を指差した。



「ふ、ふふふ、私、いいこと思いついちゃったんだ」


「……何か、嫌な予感がするわね。いいことって、あんた、まさか……!」



 そう、そのまさかだ。


 【全身鎧】は、押しも押されぬテロリストの首魁。

 ならば――そんな彼を捕らえることができれば、それは大きな"功績"と呼べるのではないだろうか?



「――私たちで、【全身鎧】を捕まえよう! そうすればソーヤのIDだって、発行してもらえるはずだよ!」



 私は自信満々に、そして真剣にそう言った。なのに、サクラの返答は、無言の拳骨がひとつだけだった。



 

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