第2話 英雄の手掛かり(2)


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 風のうわさで、ここにはちょっと変わったおひめさまがいるとうかがったので、交換日記でもしたいなと思って、この本をここに置いておく。返事の仕方はかんたんさ。先生にこの本を渡してくれ。


 君はおひめさまだろ?

 おひめさまってのは、国にすんでる人の話を聞いてくれるものだ。


 どうかな。ぼくの話を聞いてくれないかい?


 ああ、すまない! ぼくの名前を教えてなかったね!

 それでは、ノートネームを伝えておこう。


 ぼくのことは、ミスター・ゲイと呼んでくれ! なぜかって? それは、ぼくがゲイだからさ! 


 プリンセス、返事を待ってるよ!



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ


 ゲイってなに?



(*'ω'*)



 親愛なるプリンセス。


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 返事ありがとう! ぼくの話を聞いてくれてとても嬉しいよ!


 ゲイっていうのは、同性を好きになる奴のことさ。ぼくは男で、男が好きなんだ。えーと、Like、じゃなくて、Loveのほうね。ぼくは、男にぞっこんなのさ。女は、どうもにがてでね。


 なぜって、ぼくは女運がとにかく無いんだ。悪い女に引っかかるのさ。何度お金をだましとられたことだろう。たくさん、いやなめにあって、女がこわくなってしまった。


 ああ、でも、プリンセスは別さ。君はぼくの話を聞かなければいけない。なぜならぼくは国民で、君はプリンセスだから。


 今回はこの辺にしておこう。

 返事をまってるよ。



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ


 おまえ、おとこがすきなのね。

 あたくしは、おうじさまがすきなの。

 おかねにこまってるなら、ははうえにいえ。

 ははうえはやさしいから、たすけてくれるわ。

 それと、もうすこし、よみやすい字でかいて。

 よめない。



(*'ω'*)



 親愛なるプリンセス。


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 返事をくれてありがとう!

 よみにくい字で送ってしまってすまないね。こんかいから、きをつけるよ!


 さて、おかねのことならしんぱいないよ。なぜなら、ぼくは大人で、きちんとはたらいて、おかねをかせいでいるからさ!


 ぼくのはなしを聞いてくれたお礼に、これをつけておくよ。かわいいだろう? プリンセスへプレゼントさ。


 これはなにか知ってるかい? よつばのクローバーと言って、プリンセスのいる塔の周りでも生えてる植物だよ。


 いみは、しあわせだ。


 ぼくのゆうじんのしあわせを願って、贈ろう。受け取ってくれるとうれしいな。


 返事をまってるよ!



(*'ω'*)



 四つ葉のクローバーがあったであろう場所には何もない。ただ、テープの跡が残っている。



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ


 プレゼントありがとう。

 きれいなくさね。

 あたくし、きにいったから、つくえにかざってあげたわ。

 プレゼントをもらうなんて、はじめてよ。

 じいさまにいったら、じいさまが、よかったねって、いったの。

 かざっておくわね。



(*'ω'*)



 親愛なるプリンセス。


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 つくえにかざってくれて、どうもありがとう。まるでこころが通じ合ってるようで、とてもこころづよいよ!


 ところで、プリンセス、きみには好きなおはなはあるかい? 赤いおはな。青いおはな。黄色のおはな。はなにはいろいろしゅるいがある。


 ぼくの仕事をしているばしょには、よくはながさいているんだ。きみの好きないろのはなをおしえてくれないかな?


 返事を待ってるよ!



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ


 りおんのいろいがいのいろなら、なんだってすき。

 りおんのいろはだめよ。りおんをおもいだしちゃうから。



(*'ω'*)



 親愛なるプリンセス


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 リオンさま以外の色というのが、とてもきになったのだけど、きみは、リオンさまがすきではないの? おしろでプリンセスをおみかけしたとき、とてもなかよしだったじゃない。きみのきもちを、ぼくにだけおしえてくれないかな?


 返事を待ってるよ!



(*'ω'*)



 ミスター・ゲイ


 りおんなんてだいきらい。

 だってあのこがうまれてから、いやなことばかり。

 ちちうえもははうえも、りおんばかりかまうの。

 おかげで、あたくし、まいにちひまよ。

 きょうは、じいさまが、いそがしかったから、びりーがあそんでくれたわ。

 でも、びりーったら、ぜんぜんとらんぷにまけてくれないの。

 あたくし、まけるのはもういやだわ。



(*'ω'*)



 親愛なるプリンセス。


 やあ! プリンセス! 

 ごきげんいかがかな?


 きみはとても大変そうだね。

 ぼくはきみがどれだけ大変かをかんじることはできないけれど、きみのはなしをきくことはできる。

 ぼくでよければ、きみのはけ口になろう。


 ミスター・ゲイはきみのみかたさ!

 だから、ぼくがこまってたら、ぼくのはけ口になってくれるかい?


 いやなこともうれしかったことも、ぜひこの本にじゆうに書いてくれ!


 さあ、プリンセス、きみがいやだとおもうことはぼくがうけとめたよ。

 こんどは、うれしいなっておもったことをおしえてくれるかい?


 返事を待ってるよ!



(*'ω'*)



(……双子って好き嫌いも同じなのね。二人してリオンが嫌いだなんて)


 あたしは中をペラペラめくったが、この一冊だけではなく、他のノートに続いているようだ。小さい頃のクレアは、誰かと交換日記をしていたらしい。


(お姫様って大変ね)


 クレアは体が弱い。ここに閉じ込められた。

 クレアには魔力がある。だからここに閉じ込められた。


(キッドはそれを見て、何も思わなかったのかしら)


 魔力を持っている双子がいるのであれば、それを利用しない手はないと思うのだけど。しかも、それが世間知らずなか弱き姉であるのなら、なおさら。


(何かしら)


 この違和感はなんだ。


(キッドのことなんてどうでもいい)


 けれど、なんだろう。


(あたしは、この四年間、キッドと関わり、同じ時間を過ごしてきた)


 でも、なんだろう。


(小さい頃のクレアは、リオンを憎んでるくせに、キッドの話はしないのね)


「……」


(クレアは)


 キッドが完璧すぎるから、キッドの話はしたくないと言っていた。だから、あいつが困るようなネタをくれとあたしに交渉してきた。


(完璧すぎる弟ね)


 メニーみたいね。


(完璧すぎて、あたしも交換日記ではメニーのことなんて書きたくないかも)


 ……。


(キッドか)


 元々マールス宮殿で起きている事件も、先に気付いたキッドが調べていたんだっけ?


(……あいつの部屋、何かないかしら)


 あたしはきょろりと首を回すと、あら、あんなところにあった。青い薔薇の花瓶。交換日記を棚にしまい、あたしは花瓶に近付いた。


(行ってみる価値はあるかも)


 エメラルド城に戻ろう。

 あたしは花瓶を持ち上げ、クレアの部屋から出ていった。



(*'ω'*)



 スノウ様が笑顔で質問する。


「クレア、あなたはどうしていちごケーキが好きなの?」


 クレアがうんざりした顔で答える。


「甘くて美味しいから」

「クレア、あなたはどうしてそんなに言葉が固いの? もっとはっちゃけてほしいの」

「あたくしはこれが落ち着く」

「クレア、どうしてママって呼んでくれないの?」

「母上で十分だ」

「クレア、アレ見せて?」

「……」


 クレアが星を浮かばせて、きらきらと輝かせた。スノウ様の目もきらきら輝く。


「まあ、素敵。きれーい!」


 そこに、あたしが入ってきた。星がうようよ浮かんで、あたしの方に寄ってくる。星に、ぷちゅ、とキスをされた瞬間、クレアに睨まれた。


「遅い」

「あら、テリー、お帰りなさい! いっぱい見学できた?」

「あの……」


 あたしは手をイジイジさせ、健気な少女となる。


「たくさん、見学できました。でも、ひとつ、行きたい場所があって……」

「あら、テリー、どうしたの? 深刻そうな顔しちゃって」

「その、……実は……」


 あたしは目を伏せた。


「去年、行けなかった、キッドの部屋に行ってみたくて……」

「キッドのお部屋?」


 スノウ様が聞き返し、笑い出した。


「あははは! いいわよ! キッドの部屋くらい、勝手に入ったって! ねえ? クレア!」

「なんで、あいつの部屋なんか?」

「それがね! 聞いて! クレアちゃん!! お母様!」


 あたしはそっと目元をハンカチで拭った。


「去年、キッドったら、すっごく意地悪で! 友達のアリスには部屋を見せたくせに、あたしには見せてくれなかったの! あたしが、リオンと踊っちゃったから!」

「まあ、そんなことしたの!? キッドったら! なんて心が狭いのかしら! リオンとテリーが踊ったから、ヤキモチ妬いちゃったのね!」


 スノウ様がため息を吐いた。


「いいわねえ。若いって……。私も、夫と若い時は、もっとねえ……こう、メラメラとねぇ……」

「キッドの部屋くらい、いつでも見れるだろ」

「クレアちゃーん、一緒に来てくれない? だって、一応キッドって王子様じゃない! あたしが勝手に入ったら、死刑にされちゃう!」

「結婚したらいつでも入れるぞ」

「今入りたいの! わかったらさっさと連れてってよ! クレアたん! ねーえ! おねがーい!」

「ほら、クレア、意地悪しないで連れて行ってあげなさいよ」

「あたくし、あいつの部屋、嫌いなんだよな」


 クレアが立ち上がった。


「そのままマールス宮殿に戻る」

「そうね。それがいいわ」


 スノウ様がクレアの手を優しく引っ張り、微笑んだ。


「愛してるわ。クレア」

「……ああ。あたくしもだよ。母上」


 スノウ様があたしに手を伸ばした。


「テリー」


 あたしはその手を掴んだ。


「クレアのこと、お願いね」

「……はい」

「大好きよ。テリー」


 スノウ様のキスを頬で受け取り、そっと離れる。


「失礼致します」

「じゃあな。母上」

「テリー、また会いに来てね! クレア、テリーのこといじめちゃだめよ!」

「はいはい」


 クレアとスノウ様の寝室から出ていく。すると、クレアがくるりと回って、あたしの前に立ちふさがった。


「お前、どういうつもりだ」

「何が?」

「本当にキッドの部屋に行くのか?」

「ええ。連れてって」

「あたくし、あいつの部屋なんか行きたくない」

「マールス宮殿で起きてること、あなた知ってるんでしょう?」


 クレアがチラッとあたしを見た。


「友達がいなくなったの」

「……友達?」

「あたしの側にいた、黒髪のメイド。いなくなったのよ」

「ほう。美人だから神様に隠されたか?」

「キッドが調査してた。博士達から聞いたわ」

「お前、塔まで行ってたのか? なるほど。道理であたくしの迎えが遅いわけだ」

「キッドが何も残さないで出かけるとは思えない。部屋に何か残してるかも」

「……その読みは鋭いな」

「でしょう?」

「いいだろう。行ってみる価値はある。ついてこい」


 クレアの髪がなびく。ガラスのヒールで赤い絨毯を踏みつけ、スノウ様の寝室からうんと離れた場所へ移動する。見張りがとても多い。歩いているクレアを見て、あたしを見て、――キッドの部下らしき兵士達が、はっとして、慌てて目を仲間に向けた。


「なあ、あれ、テリー様じゃないか?」

「ばか。お前、テリー様がここにいるわけないだろ?」

「でもすごく似てる」

「似てるメイドなんかたくさんいるだろ」

「そっかぁ……」

「それに、よく見てみろ。テリー様の人相はあんなに良くないだろ?」

「ああ、確かに! あのメイドのほうがちょっと雰囲気やわらかいかも! そっか! 他人の空似ってやつか!」


 どういう意味よ。てめえら。おい、そこの二人、顔覚えたわよ。あとで覚えておきなさい。


 豪華な両開きの扉があり、クレアが見張りの兵士に声をかけた。


「ご機嫌よう。入ってよろしいかしら」

「もちろんです。クレア姫様」

「ロザリー」


 あたしが扉を開けて、クレアが先に入り、あたしが後から入った。扉を閉めて、中を見渡すと、まあまあ、想像以上の贅沢な部屋だこと。でも、意外とシンプル。棚と、机と、大きなベッド。窓から見える景色はとても美しい。

 クレアがキッドの机をあさった。


「ここは元々、キッドの部屋ではなくて、爺様の部屋だった」

「爺様って、アーサー様?」

「おお、よく知ってるな。流石は貴族だ。そのとおり。父上が王になる前の王。アーサー陛下。あたくし達の爺様だ。キッドがわがままを言ってな。この部屋を使いたいと言ったら、爺様が喜んで譲った」


 クレアがペンを持って、壁に落書きを始めた。


「キッドの部屋など、こうしてくれるわ」


 クレアが大きな文字で書く。クレア姉様参上! キッド、ざまあみろ! ばーか! あたしはその間に引き出しの中を調べる。書類が入ってる。見てみると、難しそうな書類だ。国の政策についての提案書。報告書。あら、紹介所の書類があるわ。不用心ね。これはちゃんとしてよ。あたしの会社なのよ。


(……マールス宮殿に関しての書類は、何も無さそう)


「クレア、何かない?」

「ロザリー、冷静に考えることを推奨しよう。この城には、または、マールス宮殿には、母上に毒を盛った犯人がまだ潜んでいる。そんな状態で、誰でも入れそうなところに、重要書類を残すと思うか?」

「……じゃあ、どうやって情報を保管するわけ? 城下にある家?」

「それも考えられるな。だが、しかし、あたくしがキッドであれば、そうだな。隠し扉の裏の部屋にでも隠すだろうか」

「隠し扉?」

「仕様が変わってなければ……」


 クレアが落書きをした壁を軽く蹴った。


「えい」


 壁が揺れながら、横に動いた。あたしはぎょっと目を丸くする。


「なっ」

「変わってなかったか」

「でかしたわ。クレア!」


 奥に扉がある。あたしは扉を開けようとして――止まった。


「げっ」

「今度はなんだ?」

「クレア、パスワードわからない? ダイヤル式の鍵がかかってる」

「クソ野郎が」


 クレアがあたしの手が持つダイヤル式の鍵を見た。


「あたくし、あいつのこういうところが嫌い。だが、あたくしはパズルは好きだ。どうせ暇つぶしだ。おい、ロザリー。あたくしは実に利口だから思いついた。あいつに関連する人物の誕生日を入れてみろ」


 あたしは1224の数字を入れた。キッドとクレアの誕生日。開かない。クレアに冷たい目で見られた。


「……間違ってはいないが、もっと別の人物を選べ」

「うーん……」

「ロザリー、次」


 あたしは0215の数字を入れてみた。メニーの誕生日。開かない。


「次だ」

「うーん……」


 あたしは0505の数字を入れてみた。リトルルビィの誕生日。開かない。


「次だ」

「うーん……」


 あたしは0626の数字を入れてみた。ソフィアの誕生日。開かない。


「次だ」

「ぐぬぬ……」


 あたしは0816を入れてみた。あたしとリオンの誕生日。開いた。


「開いた」

「何?」

「開いたわ」

「リオンの誕生日だと? ……はあ。頭が痛くなる。何を考えているんだ。あいつは……」


(ま、いいわ。開いたから)


 あたしは呑気な顔をして、扉を開けた。そして、部屋を見て――あたしは――きょとんとして、部屋を見た。




 ……なんで、『あたしの部屋』があるわけ?


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