第4話 面接



 あそび場へ行く時、枯れた木々が揺れて、あたしはとても怖かった。その道だけはどうしても怖くて、下を見て歩いてた。木がおばけみたいに見えたの。帰る時は、ニクスが手を握ってくれた。でも、あたしは怖いから目を閉じて、ニクスの手を握って、ゆっくり歩いてた。


「テリー」


 ニクスが優しい声であたしを呼んだ。


「見てごらん。星空がきれいだよ」

「いやよ」

「どうして?」

「だって、木の枝が揺れて、おばけに見えるんだもん。……べ、別に、怖いわけじゃないわよ! あたし、木の枝がゆらゆら揺れてるのがすごく不快なの! それだけよ!」

「テリー、ぼくもいるから、大丈夫だよ。だから、木の枝の間から見える、星を見てごらん」


 ニクスにそう言われたら、本当に大丈夫な気がして、あたしはそっと目を開けて、空を見上げた。不気味な木の枝の間から、美しい銀河が輝いていた。


「まあ! なにこれ! きれー!」


 あまりの美しさに笑顔になると、ニクスは隣で嬉しそうに頬を緩ませる。


「ね? すごくきれいでしょ?」

「うん!」

「ぼくも、テリーと一緒にいると、何もかもが、この星空みたいに輝いて見えるんだ」


 ニクスもあたしと一緒に空を見上げた。


「ぼくにとって、テリーはすごくきれいな星なんだ」


 手袋をはめた手を握りしめる。


「だから、悲しんだり、困ったことがあれば、ぼくが絶対に、テリーを守るからね」

「ぶえっくしゅんっ!」

「あ、テリー、鼻水」


 それは遠い遠い昔の思い出。どうしてかしら。なぜ、今、思い出したのかしら。時々あるわよねー。眠ってた思い出がにょこって出てくるやつ。


「つきましては」


 長い話が終わる気配がして、あたしは現実に目を向ける。


「雑務とは、誰かがしなければ終わらないもの。それを終わらせるのがメイドです。メイドこそ素晴らしいお仕事であり、お掃除もお洗濯も出来るようになる。メイドとは、お胸をお高くすることの出来る、お職業なのです!!」


 メガネを上にあげた気難しそうな女が、あたしを見る。


「おわかりましたか?」

「はい」

「よろしい。お話を聞ける姿勢はなかなかです。さて、履歴書を」


 あたしは急遽用意した履歴書を渡すと、女が封を開けずに、びりりと破り、ごみ箱へ捨てた。


「あっ」

「おばかな!! 履歴書など! 必要ございません!」


 女がメガネを上にあげた。


「わたくしは、雇用契約を結ぶお方をデータではなく、目で見るのです。男はデータとお数字がお好きなようでございますが、残念です。女はお気持ちで見る世の中。さて、これからわたくしが、質問をいたします。あなたには、それにお答えいただきます。よろしいですか?」

「……はい」


 返事をして、ぐっと両手の拳を握る。


「お願いします」

「それでは」


 女の目がカッ! と見開かれ、一歩ずつ歩き出す。


「好きな色は!」

「黒!」

「休日は何をする!」

「寝てる!」

「好きな犬は!」

「かわいいの!」

「男はいつでも!」

「あつもり!」

「好きなお言葉!」

意趣遺恨いしゅいこん


 女があたしの顔の前で止まる。目を合わせる。女が身を起こし、背筋を伸ばした。


「よろしい。受け答えが出来て四字熟語を使ってくる辺りがお気にいりました。本日からあなたの雇用をお認めしましょう」


 後ろで見守っていたニクスが小さく拍手をする。


「失礼。お名前を申し遅れておりました。わたくし、メイド長のリリアヌ・オクトーバーと申します。雇用契約を結んでいる間、わたくしのことは、リリアヌ様とお呼びしますように」

「はい」

「困ったことや、先輩に虐められましたら、わたくしにすぐにお伝えしますように。王族がおりますこのお城で、そのようなお汚いお心は、洗いざらいお片付けしなくては」


 あたしの前に、雇用契約書を置く。


「よくお読みになって、一番下の項目にサインを」


 あたしは上から下まで目を通す。


 雇用契約書。

 この城で見たことは、誰にも言わないことを誓います。破った場合、契約違反として罰金と百年の懲役を受けます。


「こちらがペンです」

「ありがとうございます」


 ペンを受け取って読んでいると、扉がノックされた。リリアヌが振り向くと同時に扉が開かれた。


「失礼。リリアヌ」

「まあ! ミカエロ! お勝手にお扉をお開けるだなんて、あなたがファースト・フットマンだとしても許されません。失礼極まりない!」

「私だってね、好き好んで君の部屋の扉なんか開けているわけではないのだよ。だがね、これは緊急連絡だ。もしも今日の面接で、ニコラと名乗る者がいたら止めてくれ」


 あたしは手を止めた。


「テリー様がお屋敷から抜け出し、外に出られているそうだ。町中を捜索している。ニコラというのは、テリー様の偽名なんだ。いいか、忘れるな。ニコラだぞ」


 あたしは目を動かす。近くにある本棚を見る。並ぶ本にはたくさんのタイトルと著者名が書かれている。


『ロザリー人形の歴史。ルワンダ・エブラリッチ』


「分かりました。そのお名前のお方はお引き止めておきます。さあ、用はもうこれでお済みですか? さっさとお行きなさい」

「ああ。失礼した。だがな、その言葉遣いはなんとかした方がいいぞ。ヒステリック女」

「まあ!」


 男が扉を乱暴に閉めたのを見て、リリアヌが舌打ちした。


「お扉を乱暴に扱うなんて、これだから男は」


 リリアヌが一つ深呼吸して、あたしに振り向いた。


「失礼。お邪魔がお入りまして。全く。本当に失礼なお方です。それで、わたくし、あなたのお名前も聞いておりませんでした。お嬢さん、お名前は?」

「ロザリー」


 あたしは笑顔で雇用契約書を渡した。


「ロザリー・エブラリッチと申します。リリアヌ様」

「ロザリー。……ふむ。とてもいいお名前です」


 リリアヌは無表情のまま、あたしに手を差し出した。


「短い間ですが、本日からよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」


 立ち上がって、握手をかわして、すぐに手を離す。


「ニクス・ネーヴェの友人ということですから、同じ部屋でも問題はございませんね。ここでは、短期間の方には同じ部屋を使っていただいております」

「構いません」

「よろしい。では、廊下にお行きなさい。あなた方には、ベテランの先輩をお付けいたします。その方が廊下で待っているはずです」

「わかりました」

「リリアヌ様、失礼いたします」


 ニクスがお辞儀をして、扉を開けた。あたしもお辞儀をして部屋から出ていき、ニクスも出ていく。廊下には誰もいない。ニクスがリリアヌ様に振り返った。


「リリアヌ様、誰もいないようです」

「あら、まあ」


 リリアヌが部屋の受話器を取り、腰に手を当てて待つ。


「……もしもし、こちらリリアヌ。そちらにコネッドはいらっしゃる?」


 ……。


「なんですって? ど忘れしていた? まあ、なんてこと。すぐに来るようお伝えなさい!」


 リリアヌが受話器を置き、あたし達に振り返った。


「すぐに来ます。お扉をお優しく閉めて、廊下でお静かにお待ちなさい」

「はい。リリアヌ様。ご対応いただきありがとうございました」


 ニクスが扉を閉めて、誰もいない廊下で、にっこりと笑ってあたしの背中を叩いた。


「テリー、すごいよ! あたし、もう終わったかと思った! よく名前なんて思いついたね!」

「……あたし、なんて名乗ったっけ?」

「ねえ、今まで普通の生活をしてて、自分の名前を忘れる人なんていると思う? ロザリー・エブラリッチさん。どこかにメモしておいた方がいいかも」

「ああ、面倒なことになったわ」


 壁にもたれる。


「まさか城のメイドに紛れ込んで、隠れるなんて」

「お城ってすごく広いでしょ? 担当がそれぞれ違うんだ。あたし達が担当する場所は小宮殿。エメラルド城なんかにアルバイトは寄こさない。そうなると、王族に会う機会はとっても少なくなる。だから、キッドさんやリオン様の運命の出会いを信じてメイドになった人達は……」


 ニクスが肩をすくめた。


「この現実に、肩を落とすというわけさ」

「最高だわ。ニクス」

「あたしもたまたま受かったんだ。大人になってちゃんと仕事をする前に、城で働いてみたくて。夏休みの間だけ働けないかなって、町の紹介所に相談しに行ったらあったんだよ」

「友達を紹介してもいいですかって訊いたわけ?」

「それはリリアヌ様から言われたの。今、なんだか人手不足なんだって。だから、一人でも信頼出来る人が欲しいから、信頼出来る友達がいるなら、呼んでも構いません。ただし、雇用するかどうかは面接で決めますって」

「もし落とされてたら?」

「君は一人で家まで帰ることになってただろうね」

「運が回ってきたみたいね」

「でも、長くは続かない。あたしの夏休みの間だけだから」

「構わないわ。たぶん、それくらいでほとぼりも冷めてるだろうし」

「キッドさんも帰ってくる」

「なんとかして、結婚の話を流さないと」

「しばらく君はロザリーだね」


 ニクスが手を差し出した。


「あたしはニクス。よろしく。ロザリー」

「ええ。仲良くしましょう。ニクス」


 ロザリーとして握手をかわすと、廊下の奥からとどろくような足音が聞こえてきた。二人で振り向くと、とてつもなく真剣な顔でこちらに向かって走ってくるメイドがいる。


 足にブレーキをかけ、あたし達の横にある扉をノックした。


「リリアヌ様! コネッドですだ!」

「このおばかちん!」


 リリアヌが鬼の仮面を被ったような顔で扉を開けると、メイドが顔を真っ青にして両手を握った。


「ああ! お許しを! オラ、クモの巣からチョウチョを助けていたんです! オラ、虫助けが出来るとっても良い子ですだ! お許しを!」

「このお方々が、短期間、あなたの後輩となります。甲斐甲斐しくお世話をしておあげるのです!」

「承知いたしましたぁ!」

「ふんっ!!!」


 リリアヌが扉を乱暴に閉めた。すると、さっきまでこの世の終わりとでも言いたそうな顔をしていたメイドが、ころっと表情を変え、だるそうに肩をぐるんぐるんと回した。


「ああ、毎度の怒鳴り声で耳がきんきんするべさ。おっかね、おっかね」


 メイドがにやりとして、あたし達に振り向いた。あたし達と同じくらいだろうか。紫の髪をなびかせ、微笑んだら頬にあるそばかすがよく目立つ。


「やあやあ。どうも、新人さん方。オラはコネッド。よろしくな」


 コネッドがニクスを見た。


「名前は?」

「ニクスです」

「ニクスな。……で」


 あたしを見る。


「名前、なんていうの?」

「て……」


 あたしは言い直した。


「ロザリーです」

「ロザリー?」


 一瞬、コネッドがびくりと肩を揺らした。きょとんとして瞬きをすれば、コネッドが首を振った。


「ああ、職業病だべさ。ごめんな。ロザリーって、オラ達の間では、縁起の悪い名前なもんでさ。でも、気にすることはねえ。ロザリーな。とっても可愛い名前。ニクスと、ロザリー。これからよろしくな」


 コネッドが歩き出す。


「ついてくるべさ。オラ達の職場を案内しよう」


 あたし達はコネッドについていく。石でできた長い大橋を進んでいく。端でメイド達が箒で綺麗にしている。チョウチョが飛んでいる。コネッドが止まった。


「さあ、ようこそ。オラ達の職場、西部小宮殿。その名も、マールス宮殿」


 コネッドが中へと進んでいく。


「ここでは建物が五つある。東西南北。東は刑務所。南は神殿。北は国会議事堂。それらに囲まれている我らが王宮、エメラルド城ってなこった。ここはそのうちの西部分。つまり、オラ達の担当はこのマールス宮殿全体というわけだべさ。もちろん、寝泊りも、ここの宮殿の端っこに、使用人用の部屋があって、そこで生活する。結構な集団生活になるから、一人になりたい時は言うんだぞ。オラの一人部屋を貸してあげる。長く住んでるから本もあるし、娯楽グッズも揃ってる。……あ、でも、ベッドの下は覗いちゃ駄目。オラの大好きなリオン様グッズが入ってるべさ。それに触らなければいつだってオラの部屋を貸してあげるし、泣きたい時は側で子守唄を歌いながら話を聞いてあげる。でも、お仕事でミスをしたらオラはかんかんに怒るべさ。親しき中にも礼儀あり。後輩を怒るのは先輩の役目だけど、支えるのも先輩の役目だべさ」


 長い廊下に扉が並んでいる。


「ここでは、主に国会議事堂で働く議員達が歩き回ってる。なんて言ったって国の方針を決めていく大切な会議をする前の事前準備がここだから。書類の確認だったり? 行動を起こす前に、ここで許可をもらわないと行動に移せない大切な場所ってわけだべさ。まあ、オラは政治について詳しくは知らないけど、そういう事前準備を下っ端がやって、国会に持っていくってわけらしい。メインはそういうことをする宮殿って覚えておいて。それと、今、エメラルド城で色々あってさ、王族および、信用できる人以外立ち入り禁止の命令が下されてる。そういうこともあって、普段エメラルド城で仕事してる人達が今、こっちに一気に移って仕事してる。泊りがけでな。だから人手がほしいってわけ。小宮殿と言っても、なまら広いからな。この宮殿は本当に使い勝手がいい。こういう時用の補助宮殿でもあるんだろうな。それもあって、今、ここの宮殿には政治家だけでなく、ゴーテル陛下の弟様、グレゴリー公爵もいらっしゃってるんだ。もちろん、その家族も。だけど、ここだけの話。性格が相当ワヤすぎて困ってる使用人が数多く存在する。いいか。貴族関係で困ったらどうするべきか。仲間達で手を組んで、なんとか乗り切るんだ。そうすれば、大抵のことは大丈夫。何とかなるべさ」


 角を曲がると、二人の少年が廊下を掃除をしていた。歩いてくるあたし達を見て、顔を見合わせて、にやにやしながらこちらに近付いてきた。


「やあやあ! これは、そばかすの可愛いコネッドちゃんじゃないか!」

「こんな所でお友達とお散歩か?」

「ぺスカ、ラメール。真面目に働かないと新人にばかにされちまうぞ」

「そうならないように躾けるのはコネッドの仕事だ」

「ああ。その通り。亀を虐めてはいけないということも教えておくんだ」

「おめえさんの亀好きは狂気だべ」


 コネッドがあたし達に振り返った。


「怖がることねえ。最近入った使用人の坊や達だべさ」

「やあ、どうも。俺はぺスカ」

「ラメールだ」

「初めまして」


 ニクスが微笑んだ。


「あたしはニクス。こっちは友達のロザリー」

「ロザリーだって?」


 一瞬、険しい顔になったぺスカをコネッドが睨んだ。


「ああ、いや、そうか。いい名前だ」

「……さっき、コネッドから聞きました。縁起の悪い名前だって」


 あたしが言うと、ぺスカとラメールが目を見合わせて、ゆっくりと頷いた。


「ああ、でも、ほら、言うなれば、ジャックと一緒だよ。切り裂きジャックと同じ名前の人間がいたら、ちょっとびびるっていうアレと一緒」

「その通り。僕達は、今、君を知ったわけだし、君が縁起の悪い人間だなんて思ってないよ」

「ああ。美人な友達がいるだなんて、ロザリーは人を見る目がある。いいだろう。俺達は鬼じゃない。君達を快く歓迎しよう」


(……ロザリーって、ちょっと適当過ぎたかしら……)


 少しだけ名前の選択を後悔していると、コネッドがぺスカとラメールを見た。


「にしても、おめえさん達、仕事に戻らなくていいのか?」

「俺達はな、鬼ヶ島のように広い廊下を掃除しているよりも、可愛いレディ達と話してる方が好きなんだよ」

「ここで働く人達は、まるで海の中を泳ぐマーメイドのよう。僕達はいつだって目を光らせている」

「とにかく彼女が欲しいんだ」

「最近寂しいんだ」

「モテたい」

「切実に」

「いや、オラ達はいいんだけどさ」


 コネッドが指を差した。


「ゴールドがなまらすげー顔で見てるぞ?」


 二人の後ろに、巨漢の男が目を光らせて立っていた。二人がはっとして振り向くと、巨漢の男が二人に怒鳴った。


「何をしているんだ! お前達ーーーー!!」

「ひぇ! ゴールドさん!」

「やっべ! 逃げろ!」

「待て! ごるぁぁああああああ!!!」


 ぺスカとラメールが走り出し、ゴールドと呼ばれた男がデッキブラシを持って追いかけていく。コネッドが肩をすくめた。


「いいか。二人とも、あれはな、反面教師っていうやつだべさ。二人はああなっちゃいけないよ」


 コネッドが丁寧に忠告して、先を進んでいく。頑丈な石の廊下を歩いているだけなのに、まるで本の中のような景色が広がっていく。あたしの屋敷がどれだけちっぽけなものかがわかった。高い天井に、大きな庭。広い廊下。天井まで高さのある扉だらけ。これはうちも同じだわ。高そうな壺が置かれ、高そうな絵画が飾られている。掃除をする時、芸術品を割らないように気を付けないと。


 コネッドが細かく教えながら、あたし達を一通り案内し終え、使用人達の使う部屋へ向かった。廊下が急に狭くなる。


「二人の部屋はここ」


 普通の扉。開けてみると、左にベッドと机と棚。窓があって、右にベッドと机と棚。なんだか、馬小屋みたい。


「着替えは棚に入ってるはずだべさ。さっそく働いてもらうから、まずは着替えを。オラは廊下で待ってるべさ」


 扉を閉めれば、ニクスが部屋を見回した。


「すごい。なんだか、高級な宿に来たみたいだね」

「そう思う?」

「だって、見て。すごい。ベッド、これすごくふかふかしてる!」

「……馬小屋の人間バージョンよ」

「……そうかな? あたしはすごく広いと思うけど」


 ニクスがあたしを見る。


「ね、ロザリー、どっちのベッド使いたい?」

「……ニクスは?」

「んー……」


 ニクスが指を差した。


「じゃあ、左」

「じゃあ、あたしは右」

「メイド服だって。なんだかわくわくしてきた」


 棚を開けると、メイド服が何着も入っていた。あたしとニクスが着替える。エプロンをして、机の上にあった髪留めで後ろ髪を丸く結び、カチューシャをつけた。あたしとニクスが部屋の鏡を見る。


「サリアみたい」

「すごい。テリーがメイドの格好してる」

「ロザリー」

「ああ、そうだった」


 ニクスがくくっと笑った。


「テリーはお嬢様。ニコラは町娘。ロザリーは従順なメイド?」

「そうね。身を隠す間、短期間とは言え、クビにされるわけにはいかない」


 あたしは従順なロザリー。


「あたし、命令されること嫌いなのよね。大丈夫かしら」

「嫌いなのはテリーでしょ? ロザリーは違う。だって、ロザリーは従順だから」


 ニクスがあたしの手を握った。


「何かあれば、あたしも助けるから」

「……心強いわ。ニクス」

「今日から一緒に頑張ろう」

「ええ」


 あたしは、従順なロザリー。


「わかった。頑張る」

「行こう」


 扉を開けると、コネッドが廊下で他のメイド達と駄弁っていた。すごく興奮している様子だ。


「テリー様がマリッジブルーでいなくなっただー!? それ、本当か!?」

「それがマジなのよ! さっき休憩室のテレビでやってたんだから! ね!?」

「みんな、テリー様のお屋敷を囲んで、街中を捜索してるんですって!」

「はた迷惑なお姫様だわ」

「ほへー! マリッジブルー! オラが出て行ってから、そんなおもしれーことになってただなんて、……で、ドラマの続きはどうなったべさ?」

「コネッド、本当にいいところでリリアヌ様に呼ばれちゃったわね」

「うふふ!」

「あの後、彼ったら主人公を置いてどこかに消えちゃったのよ」

「え、なして!?」

「「主人公の愛が、重すぎるからに決まってるでしょ!」」

「あー、ほらなー。オラの言った通りだべさ。だから言ったのに」

「……あら、コネッド、あれ新人達じゃないの?」

「あっ! やっべ!! みんな、したっけ!」


 コネッドがようやく気付いて、あたし達が待つ方へ歩いて来た。


「いやいや、悪かったべさ。実はな、二人を迎えに行く前に、昼間にしか放送されないドラマを見ていて、これがまた人間関係がどろどろでさ、人間って不思議だべ。どうして汚いものを見たくなるんだろう。本当に世界の不思議だべさ」


 コネッドが再び歩き出した。


「したっけ、廊下から掃いていくべさ。……お昼ご飯は食べた?」


 あたしとニクスが目を合わせて、首を振った。


「おっけー。したら、食堂という名の休憩室に行くべさ。オラはな、そこのステーキがとにかく大好きで、いっつもステーキを食べちゃうの。こっちだ」


 コネッドに案内され、食堂に入る。席がいくつも置かれていて、厨房にはたぬき顔のコックと、うさぎ顔のコックがいた。仕込みをしているのか、たぬき顔が肉を切り、その後ろでうさぎ顔が石同士をかんかん叩いて鳴らしている。コネッドがカウンターを覗き込むと、二人が近づいてきた。


「おや、コネッドじゃないか!」

「トロさん、ロップイさん。新人の、ニクスに、ロザリーだべさ」

「えー!? 新人さん!? 初めまして。うふふ。僕はマールス宮殿の使用人の給食担当の、トロさ! こっちは相方のっ! うふふ! ロップイだよ!」


 ロップイと呼ばれたコックは、黙って石同士を叩いて鳴らしている。


「ああ、ごめんね! 今、ロップイには包丁を研ぐための石を作ってもらってるんだ! うふふ!」

「トロさん、二人はお腹が空いてるんだ。何かご飯を作れませんか?」

「え? ご飯だって? うふふ! 任せてよ。僕達の手にかかれば美味しい給食を用意出来るんだから。さあ、テレビでもつけて、ゆっくりくつろいでよ!」

「二人とも、ニュース見るべさ!」


 コネッドがどでかいテレビの前に座り、チャンネルを変えた。モニターに、あたしの家が映る。


『現在も、テリー様の捜索が続いております』

『ああ! なんてこと! テリーがここまで追い詰められていただなんて!』


 モニターの中にいるママは泣き崩れている。


『私の可愛いテリー! 早く戻ってきてちょうだい! でないと、わたくしは、ああ、もうだめ。目眩が!』

『ああ! 奥様!!』


 慌ててギルエドが走り込み、ママを支えた。元気そうで安心したわ。


『テリー様を見つけて保護した者には、賞金一千万ワドルを与えられることが発表されました。今もなお、町の中では緊迫した空気が漂っております』

「マリッジブルーなー。そりゃそうだべな。だって、相手はあのキッド様だべ? それは、そうなるべさ」


 コネッドがチャンネルを変えた。


「もういいや。リオン様じゃねえし。オラには関係ねえ。面白い番組やってねえかな?」


 コネッドがリモコンをぽちぽち押した頃、美味しそうなランチがテーブルに運ばれた。トロがにこやかに皿を並べて、その後ろでロップイが石同士を叩いて鳴らしている。トロがわくわくしたように、あたし達に優しく微笑んだ。


「さあ、食べてみて! 女の子が好きな味わいにしてみたよ!」


 ニクスと一緒に出されたご飯を頬張ると、味はとても美味だった。





















 今日は兵士のようだ。

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