第7話 10月21日(4)


 15時。馬車の中。



 馬車が揺れる。体が揺れる。窓はカーテンで見られない。

 横を見れば、空気を重くさせる不機嫌MAXモードキッド。

 足を組み、腕を組み、いらいらして、黙りこんでいる。

 あたしも黙る。


「……」

「……」


(……気まずい……)


 窓も開けられない。


(……空気重い……)

(……どうしよう……)


 ちらちらと辺りを見回す。


(何かキッドの気が紛らわせそうなもの……。……。……あっ!)


 あんなところに、素敵なものが!


「キッド」


 椅子の下の端に置かれたラジカセに手を伸ばす。


「こんなところにラジカセがあるわ。素敵。ラジオ聴きましょう。ね?」


 あたしが気を遣ってラジカセを弄る。

 スイッチを押せば、アンテナが電波を拾い、軽やかな音楽が流れ出す。


『ハイテンションでレペティションだよ! ミックスマックス!!』

「っ」


 声にならない悲鳴をあげると、キッドが即座にラジカセをあたしから奪い、足元に落とす。


「あ」


 思いきり踏んづける。アンテナが壊れた。


「あ」


 思いきり踏んづける。ラジカセの部品が壊れた。


「……」


 ラジカセが壊れた。キッドの足がラジカセを椅子の端に流す。


「……」


 あたしは顔を引きつらせ、正面を向く。


(……今のは、あたしのせいじゃない)


 ラジオ局が悪いのよ。

 隣を見れば、だるそうに姿勢を崩して座るキッド。


(また空気が重くなった……。……どうしよう……)


 ちらちらと辺りを見回す。


(何かないか……)


 あたしはリュックを開けた。


(何かキッドの気が紛らわせそうなもの……。……。……あっ!)


 こんなところに、素敵なものが!


「キッド」


 あたしはリュックからGPSを取り出した。


「これって音楽聴けたわよね。素敵。クラシック聴きましょう。ね?」


 クラシック音楽は心を落ち着かせるのよ。


(あたし、ナイス!)


 これでキッドのご機嫌も治るはず。治ってもらわないと困る。こんな重たい空気、か弱いあたしにはとても耐えられない。息が詰まっちゃうわ。


「……うん?」


 その時、ぴろりろりろりんとメロディが鳴る。


(新着メッセージがきた……)


 開くと、リトルルビィ。


『今、メニーと手作りのアイスクリーム食べてるの! テリーにも今度作ってあげるね!』


 二通目がくる。

 開くと、ソフィア。


『テリー、今日は時間ある? さっきクッキーを作ったんだけど、食べに来ない?』


(クッキーか……。……ソフィアのクッキー美味しいのよね……)


 じーーーっとメッセージを見ていると、

 じーーーっとキッドもメッセージを覗いていた。


(はっ)


 キッドがあたしの手からGPSを奪う。


(あ)


 ぽちぽちとボタンを押す。


(え)


 二通のメッセージが消された。


(あ!)


「ちょっと、何するのよ!」

「音楽聞くんでしょ」


 キッドがGPSの音楽を再生した。


「何が聴きたいの?」

「……」

「……何?」


 キッドがあたしにGPSを持って見せる。


「メッセージ、削除して駄目だった?」

「……なんで? 別に構わないけど?」


(ぐうううううううううう!!)


 あたしは涼しい顔をしながら涼しい返事をして、拳をぐっと固める。


(我慢我慢我慢我慢!)

(売り言葉に買い言葉!)

(ここは大人のあたしが我慢するのよ! テリー!!)


 これ以上重い空気にしてたまるものか!!

 にっこにこな笑顔を浮かべる。

 キッドも微笑む。


「そうだよね。俺の前で浮気相手に返信するなんてこと、利口なお前はしないもんね」


(……キッド、二人ともあんたの部下で、どっちもレディよ……)


 キッドがあたしのGPSを椅子の端に置いて、黙る。

 クラシック音楽が流れる。

 あたしは大人しく座る。

 クラシック音楽が流れる。

 二人で音楽を聴く。

 体が揺れる。

 馬車が揺れる。

 音楽が馬車内に響く。

 心が落ち着いてくる。

 空気が軽くなってくる。


(……はあ)


 息が出来るようになる頃、キッドが動くのが見えた。


(ん?)


 キッドがあたしに手を伸ばす。


「その帽子、何?」


 あたしの頭から、帽子を持ち上げた。


「ださ」


 ぽいと投げる。


「上着も服もパンツも全部ダサい」

「……知ってる」

「知ってるならなんで着てるの」

「リオンに買ってもらって……」


 キッドの目が鋭くなる。

 あたしははっと目を見開く。


「ほら、だって、あそこ、イベント会場だったし、郷に入っては郷に従えってあんた言葉知らないの?」

「……」

「大丈夫よ。ちゃんと家に帰ったら着替えるわ。あたしだってこんなダサい服いつまでも着てたくないもの。ね?」


(目が怖い目が怖い目が怖い!)


 キッドが目をぎらぎらさせている。


(こいつ不機嫌の上を越えてさらに不機嫌になってるじゃないのよ!)

(じいじ! あたしじゃ無理よ! こいつの機嫌を損ねるだけだわ!)

(誰か、こいつにすっごく可愛い女の子を用意してあげて! イケメンの紳士でもいいわ!)


 誰かこいつの機嫌どうにかしてちょうだい!


 ――ガタン。


「ひっ」


 びくっとして振り向く。キッドが向かいの椅子のクッションを上に持ち上げていた。椅子の中にはトランクケースが入っており、それを取り出して隣の椅子に置き、クッションを元に戻す。キッドがトランクケースをあたしの正面の椅子に置いた。


「……何これ?」

「開けてみて」


 キッドに促されてトランクケースを開けると、中には紺色のドレスと白い靴下、黒い清爽な靴が入っていた。持ち上げて広げてみると、襟や袖にフリルがつき、大きな白いリボンがついた、少しレトロでお洒落なドレスが視界に映る。


(……へえ)


 じっと眺める。


(……悪くないわね)


 じっと見つめる。


(……可愛い)


 じっと見惚れる。


(なかなか、可愛い)


 メニーに似合いそう。


「これどうしたの?」

「念のため持ってきた」

「……ふーん」

「着替えて」

「これに?」


 キッドが黙って頷く。


「そう」


 あたしも頷き、ドレスを丁寧に畳んだ。


「ありがとう。帰ったら着替える」

「今、着替えて」

「今って?」

「今」

「今?」

「今」

「どこで?」

「ここで」


 ……。


「あ?」


 あたしの片目が痙攣した。そんなあたしをキッドが見てくる。


「今着てるもの、全部、リオンから買ってもらったんだろ?」


 キッドの目があたしから離れない。


「似合わないよ。脱いで」


 キッドが鋭い目で、あたしを見た。


「脱いで。今、ここで」

「……」


 黙って、ごくりと唾を飲む。


(いいわ)


 着替えればいいんでしょ?


(いいわ)


 にっこりとキッドに微笑む。


「分かった。じゃあ向こう向いてて」

「やだ」

「あ?」

「なんで向こう見なきゃいけないの? お前はここにいるのに」


 あたしはきょとんと瞬き三回。


「なんでって、着替えるからに決まってるでしょう?」

「うん。だから見てていい?」

「は?」

「お前の着替えてるところが見たい」


 キッドが美しく微笑む。


「脱いでるところと着てるところ、俺に見せて」

「……」


(ん?)


「キッド」


 あたしはきゅるりん! と微笑む。


「レディが着替えるところを見るなんて破廉恥極まりないわよ。マナー違反だわ。王子ならそれくらい知ってるでしょ」

「もちろん、覗きは重罪だよ」

「よろしい。聞かなかったことにしてあげるからあっち向いてて」

「でも俺とテリーは婚約者だ。見ても平気な関係だろ?」

「おほほほほ」


 あたしの笑みが引き攣った。


「お前いい加減にしなさいよ? あたしは優しいからあんたに笑ってあげてるのよ。ほら、向こう見て。着替えるから」

「やだ。テリーの着替えてるところが見たい」

「お前は一体何を言ってるの!?」

「早く脱いで」

「キッド」

「脱いで」

「あたし」

「脱いで」

「だから」

「脱げ」

「あの」

「あ。そうか。恥ずかしいのか」


 笑顔のキッドの腕があたしに伸びる。


「分かった。俺がやってあげる」

「え」

「じっとしてて」


 キッドの手があたしの着ている服に触れた。


「俺が優しく脱がしてあげるよ。テリー」


 耳元で囁かれ、あたしの背中にぞぞぞと寒気が走る。


(いいいいいいいいいいいいいいい!!!)


「いい!」


 あたしはキッドの手を払う。


「結構! 自分で出来る!」

「そう?」

「ええ! 大丈夫!」

「そう。じゃあ、自分で着替えていいよ」


 キッドの手が離れる。

 キッドがにこにこして見てくる。

 キッドがじっくりとあたしを見つめてくる。

 あたしは顔を引きつらせ、ぐっと唇を結ぶ。


(くそう……!)


 リオンに買ってもらったミックスマックスの上着を脱ぐ。


(着替えるだけよ。なんてことないわ。このくそエロガキの前で、着替えるだけ)


 服の裾を掴む。


(これを脱いだらすぐにドレスを着る……)


 あたしの手が上に上がる。


(着替えるだけよ。着替えるだけ……)


 少し脱ぐだけ。裸を見せるわけじゃない。少しだけ脱いで、キャミソールの姿を見せるだけ。


(パパにだって何度も見せたわ。小さい時に)


 相手はあたしよりも年下のただのがきんちょよ。


「……」


(着替えるだけ、着替えるだけ、着替えるだけ、着替えるだけ……)


 あたしの手が上に上がる。


(着替えるだけ……)


 あたしの手が上に上がり、


(……っ)


 ぴたりと止まる。

 キッドが見てる。

 キッドが見つめる。

 キッドの口が動いた。


「何?」

「あの」


 あたしはちらりと、キッドを見る。

 キッドと目が合う。

 キッドを見上げる。


(あたしだって女の子よ)

(あたしにだって、羞恥心というものはある)


 それがたとえ、キッドでも。


(人に見せるのは、……恥ずかしい)


 あたしはキッドを見上げたまま、キッドがあたしを見つめたまま、お互いの目を合わせたまま、服の裾を持ったまま、胸の下くらいまで上げたまま、首を傾げて、眉をへこませた。



「……ぬがないと、だめ……?」



 訊くと、


 キッドが目を見開いて、

 キッドが硬直して、

 キッドの脳から、ばきゅんと何かが撃たれた音がした。

 キッドの頭から花の残像がこぼれてくる。


(ん? 何これ。なんか降ってきた)


「テリー」


 キッドが真剣な表情で、あたしに顔を寄せる。


「もう一回言って」

「え」

「今の、もう一回」

「え……」


(こいつ何言ってるの……? とうとう頭おかしくなった……?)


 あ、こいつ、元々頭おかしい奴だったわ。


「テリー、もう一回。今のもう一回」

「ええ……」


 あたしはもう一回訊く。


「キッド、脱がないと駄目?」

「もう一回」

「……脱がないと、だめ?」

「もう一回」

「脱がないと駄目?」


 キッドがふにゃりと笑う。


(お!? なんだ!? なんかよく分かんないけど、こいつ、急に機嫌が良くなったわ!?)


 キッドがにこにこ笑う。


(あたしでかしたわ! なんか知らないけど、あたしはやり遂げたのよ!!)


 期待で目を輝かせて、キッドを見上げる。


「キッド、もういい? 脱がなくていい?」

「駄目」


 笑顔のキッドの一言に、あたしの顔が険しくなった。


「脱がないと着替えられないだろ?」

「……」

「ほら早く脱いで」

「……」

「早く」


 にこにこのキッドがあたしに促す。


(くそ……)


 あたしはキッドを睨んだ。


(くそ!!)


「畜生!」


 あたしは羞恥心を抱いたまま、服を脱いだ。


「ざけやがって! このエロガキ!」


 怒りで覆いつくして、羞恥心を埋めて、恥を隠す。


「くたばれ! くそ野郎!」


 キッドはにこにこしている。


「あたしがベックス家を継いだらセクハラ罪で訴えてやるからね! この恥知らず! このマナー違反! クソ王子! クズ王子! くたばれ!」


 毒舌を吐きながら腰を浮かせて、ミックスマックスのダサいパンツを下に下ろす。足を通して、右足から脱いで、左足から脱いで、パンツを横に置く。


(くそ! くそ! くそ!!)


 去年、ソフィアの前でさせられたように全く同じ姿。キャミソールとかぼちゃパンツ。


 キッドがじいっと眺めて、微笑む。


「ああ、いいね。たまんない……」


 キッドがいやらしい目で、舐めるように見てくる。


「ねえ、テリー。……お尻触っていい?」

「ぶつわよ」

「柔らかいんだろうな……。お前のお尻……」


 じいいいいっとかぼちゃパンツを見られて、あたしは速やかにドレスに腕を伸ばす。


(見るな! 馬鹿!)


 ドレスを上から着ると、つっかかった。


「ぐっ!」


 ばたばたと暴れる。


「畜生! ドレスのくせに! お前もあたしの敵か!」

「テリー、落ち着いて。お前チャックを忘れてるよ」


 キッドに後ろのチャックを開けられる。


「はい」

「ぷはっ」


 頭が通過する。

 長そでに腕を通して、おさげも襟から出す。


「チャック閉めるよ」

「ん」


 背中のチャックをキッドが上げる。


「テリー、靴下も」

「ん」


 ミックスマックスの靴下を脱いで、白い靴下に履き替える。

 ミックスマックスの靴を脱いで、清爽な黒い靴に履き替える。


 紺のドレスに身を包む、清爽なお嬢様の完成だ。


(……ピナフォア以外のドレス、久しぶりに着たわ)


「見せて」


 キッドがあたしを振り向かせる。正面からキッドがあたしを見る。見つめる。眺める。じっと見る。じーーーーーっと見る。穴が空くのではないかと思うほど見てくる。舐めるように見続ける。あたしは視線を落として、キッドの視線から逃げる。


「……いい?」

「結構」


 キッドに顎を指ですくわれる。


「似合ってるよ。テリー」


 柔らかい唇が、頬に落ちてくる。


「ちゅ」

「んっ」


 顔をしかめると、キッドが嬉しそうに微笑んだ。


「このドレス、お古なんだよ」


 キッドが言った。


「13歳……くらいの頃の、お古」


 キッドがあたしの耳に囁いた。


「今のお前にぴったりだね」


 良かった。


「すごく似合ってるよ。テリー」

「お古って……」


 あたしはキッドに首を傾げた。


「誰の?」





 キッドはにこにこ微笑む。

 あたしはきょとんとする。

 紺のドレスを着たあたしを、キッドが見下ろす。

 紺のドレスを着たあたしは、キッドを見上げる。

 キッドが、あたしの頭を撫でた。


「誰のだと思う?」

「……スノウ様?」

「そこら辺」

「……ねえ、そんな大事なもの、あたしが着てもいいの?」

「うん、平気平気。もう着てないし」

「いや、そういう問題じゃなくて」

「大丈夫。似合ってるから。それあげるよ」

「いや、キッド、だから、言ってるでしょ。あたし、王族は……」

「毎日着てね。テリー」

「毎日は着ない」

「明日着てね。テリー」

「明日は着ない」

「毎晩着てね。テリー」

「夜にドレスは着ない」

「毎朝着てね。テリー」

「朝は時間ない」

「俺とデートするときはそれ着てね。テリー」

「あんたと出かける時はいつも突然じゃない」

「似合ってるよ。テリー。可愛い」


 また頬に唇を押し付けられる。


「ちゅ」

「んっ」


 眉をひそめる。


「ちょ、やめ……」

「ちゅ」


 額に唇を押し付けられる。


「キッド!」

「テリー……」


 頭に唇を押し付けられる。


「もっ、ちょっと、キッド!」

「駄目。離れないよ」


 キッドがあたしの腰を抱き、ぎゅっとあたしを抱きしめる。


「可愛い」


 キッドの腕に力が増す。


「可愛い」


 あたしを離さない。


「テリー、キスしよう?」

「……もういっぱいされた」

「まだ口にしてない」

「口はやだ」

「駄目?」

「駄目」

「しょうがない。じゃあ、口以外で」


 キッドがあたしの額にキスをする。

 キッドがあたしの瞼にキスをする。

 キッドがあたしの頬にキスをする。

 キッドがあたしの鼻にキスをする。

 キッドがあたしの顎にキスをする。

 キッドがあたしの首にキスをする。


(……いやらしいキス……)


 キッドの肩を前に押す。


「もう駄目」

「なんで?」

「駄目」

「恥ずかしいの?」

「やだから、駄目」

「やなの?」

「やだ」

「分かったよ。お前がそう言うなら」


 キッドがあたしを抱きしめる。あたしの肩に顔を埋めると、キッドの背中からハートの残像が飛び出てきた。ぽとぽととハートが椅子に落ちている。


(キッド、今日は変な残像をたくさん出すわね)


 機嫌悪かったり、急に機嫌良くなったり、


(……ま、もう空気重くないし、いいわ。あたし、よくやったわ。偉いわ。あたし)


 自画自賛して、キッドの頭をぽんぽんと撫でると、キッドがぴたりと硬直した。


(うん?)


 キッドがあたしの肩で大人しくなる。


(うん?)


「……手、止まってるよ」


 キッドが小声で喋る。


「早く撫でて」

「……はい」


 ぽんぽんと撫でる。


「もっと触って」

「お前は犬か」


 ぽんぽんと撫でる。


「テリー」

「ん?」

「呼んだだけ」

「はあ?」

「テリー」

「何よ」

「くくっ、テリー……」


 あたしの肩に、キッドが頭をすりすり動かす。


「テリー。テリー……」


 あたしの耳元で声が聞こえる。


「俺だけのテリー」


 キッドが顔を上げて、あたしの耳に囁いた。


「愛してるよ」

「はいはい」


 頭をぽんぽんする。


「あんた、リオンのことどうするのよ」

「……そうだなあ。しばらく、距離置くかな」

「謝らないの?」

「先に喧嘩売ってきたのはあいつだよ?なんで俺が謝らないといけないの?」

「あんたにも非があるってじいじも言ってた」

「リオンが悪い」

「……謝らないの?」

「リオンが悪い」

「嫌い?」

「嫌い」

「でしょうね」

「しつこいんだよ。あいつ。テリーも思わなかった?」

「執念深い男ね」

「だろ?」

「嫌い?」

「大嫌い」


 キッドがあたしの体を締め付ける。


「いいんだよ。あいつの話は」


 キッドは微笑む。


「俺には、テリーがいればそれでいい」


 見て見て。テリー。


「俺、今すごく気分が晴れやかなんだ」


 キッドが嬉しそうに微笑む。


「テリーがいるから」


 キッドがでれんと笑みを浮かべる。


「テリー、好きだよ。お前だけ」


 キッドがあたしに囁く。


「ずっと一緒にいようね」

「……そうやって言う方が相手に飽きてぽいするのよ」

「しないよ」

「するわよ。あたし分かってるもん」

「テリーってば」

「知らない」

「拗ねるお前も好き」

「拗ねてない」

「怒るお前も好き」

「怒らせてるのはお前よ」

「お前の全部が好き」


 キッドが締めつける。


「好き」

「……あ、そう」


 なでなでとキッドの頭を撫でると、キッドが微笑む。


「えへへ……。テリー……」

「お黙り」

「テリー、……愛してる……」

「お黙り」


 あたしの手が動くと、キッドが笑う。

 あたしの手が頭を撫でると、キッドが気持ちよさそうにあたしの肩をすりすりする。

 キッドの手があたしから離れない。

 あたしを放さない。


(……今日は一人で寝れるかしら……)


 空気が軽くなった馬車は、軽やかに、家へと向かうのであった。



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