第6話 揺れる花に誓いを


 キッドが眠っている。

 花畑の中心に置かれた硝子の棺桶の中で、キッドが安らかに眠っていた。


「よいしょ」


 硝子の蓋に腰掛ける


「はあ。あたしも年ね。腰が痛い」


 腰をぽんぽん叩く。


「あんたのせいで無駄な体力を使ったわ」


 裸足の足が、ぺたりと棺桶にくっついた。


「起きなさい」


 棺桶を手で叩いた。


「坊や、起きる時間よ」


 棺桶を拳で殴った。


「チッ」


 立ち上がって、棺桶を揺らす。


「ふん!」


 がくがくがくがくがく!


「起きろ!!」


 キッドは安らかに眠る。


「キッド!!」


 もう一度揺らす。


「ふぬ!」


 がくがくがくがくがく!


「起きろーーーー!」


 キッドは安らかに眠っている。


「ねえ、まだ婚約解消の話、済んでないんだけど!?」


 キッドは安らかに眠っている。


「キッド! 起きなさい!」


 キッドは安らかに眠っている。


「何よ。あたしが必死に色々脳をフル回転させてる間でも、あんたはそうやって眠るわけ?」


 キッドは安らかに眠っている。


「だからお前なんて嫌いなのよ」


 キッドは安らかに眠っている。


「お前だけじゃない。メニーも嫌い」

「メニーだけじゃない。あたしよりも美しい人は大嫌い」

「あたしよりも器用で、異性にモテる人は大嫌い」

「あたしよりも性格が綺麗で、顔が整ってる人は大嫌い」


 息継ぎ。


「くたばってしまえばいいのよ!」


 息継ぎ。


「あたしより美しい女は皆いなくなれ!! 消えろ!!」


 息継ぎ。


「そしてあたしが世界で誰よりも美しくなって、イケメンの紳士にモッテモテ!! 同性からは人気者!!」


 高笑い。


「皆に愛されて」

「皆に好かれて」

「皆に優しくされて」

「皆に親切にしてもらって」

「皆に愛されて愛されて愛されまくって」

「王子様がそんなあたしを迎えに来る!」

「なんて美しい人だって言ってきて!」

「うっとりあたしに見惚れて」

「あたしに一目惚れする!!」

「プリンセス、どうか踊ってくださいって」

「惚れてきた王子様が言ってくる!」

「あたしは世界で一番の美人だから」

「王子様はあたしに惚れて」

「あたしも王子様に惚れて」

「手を握って」

「恋に落ちて」

「愛に目覚めて」

「結婚する!!」

「このテリー・ベックスこそが、世界最強の勝ち組!」

「そんな未来があれば、万々歳ね!」

「喜んでその道を辿るわ!」

「だけどね」

「現実は甘くないのよ」

「そんなものは幻想なのよ!」

「叶うわけがないのよ!!」

「誰が美人よ!!」

「あたしが美人に見える!?」

「こんな吊り目で」

「こんな髪の色で」

「こんな性格で」

「世界で一番の美人に見える!?」

「無理なのよ!!」

「そんなものにはなれない!!」

「あたしが誰よりも分かってる!!」

「だから着飾るのよ!!」

「いいじゃないメイクしたって!」

「いいじゃない宝石で身を包んだって!」

「いいじゃないドレスを選んだって!」

「それで綺麗に見えるならいいじゃない!」

「元が駄目でもそれで綺麗に見えるならいいじゃない!」

「でも元が駄目だから、何やっても無駄なのよ!!」

「結局男はね、元がいいメニーみたいな女の子の方に行くのよ!」

「メニーは元がいいから、あたしの気持ちなんて知りもしない!」

「何着たって似合ってるって」

「何着飾ったってあたしよりも美しくなる」

「あたしが何をしたってメニーに勝てない」

「そういう奴に限って言うのよ!」

「勝ち負けじゃない」

「自分は自分だって」

「人と比べるのは良くないって」

「何それ」

「本能が人と自分を比べるじゃない」

「嫌だと思っても比べるじゃない」

「どう止めたらいいのよ」

「この感情を、どう押さえたらいいのよ」

「失くす術を教えてよ」

「好き好んで恨んでいると、妬んでいると思う?」

「自分が劣っているのが分かっているから、その相手を憎く思うんじゃない」

「どうして分かってくれないの?」

「どうしてこんなに苦しい思いをしてるのに、誰も分かってくれないの?」

「お前は起きないし」

「ああ、あたし可哀想!」

「あたしこそが悲劇のヒロインよ!」

「なのに皆メニーメニーメニーってさ!」

「メニーは愛されて、大した苦労してないくせに同情してもらえて」

「あたしは皆に恨まれて」

「むかつく!!」

「腹が立つ!」

「いらいらする!!」

「メニーなんて嫌い!!」

「大嫌い!!」

「そのメニーがあたしを死刑にするのよ!!」

「むかつくでしょう!!」

「あたしよりも綺麗で美人で性格のいい誰よりも良い子ちゃんっ子のメニーが」

「自分を虐めたあたしを恨んで」

「憎んで」

「十数年もあたしを閉じ込めて」

「挙句の果てには、死に追いやろうとするのよ!!」

「むかつく!」

「なんであたしが」

「ギロチン刑で死ななきゃいけないのよ!」

「ふざけんな!!」

「ふざけるなふざけるなふざけるな!!」

「あたしはテリー・ベックス!」

「こんなところで終わってたまるか!」

「おい!!」

「聞いてるんだろ!!」

「さっきみたいに聞いてるんだろ!!」

「だったら守れ!!」

「あたしをメニーから守れ!!」

「キッド!!」

「婚約は解消した後にメニーからあたしを守りなさい!! ボディーガードの契約だけは継続してあげる!」

「文句ある!?」

「あるなら起きなさい!」

「是が非でも寝たら承知しないからね!」

「あたしに文句を言うために起きなさい!」」

「クソガキ!!」

「起きろっつってんだろ!!」


 蓋を叩く。蹴る。叩く。蹴る。蹴る。蹴る。揺らす。がたがた揺らす。がたがたがたがたがた揺らすと、キッドの眉間に皺が寄った。


「…やめて。眠いんだよ」


 そう呟くから、


「起きろ!!」


 叫んだ。


「婚約解消しろ!!」


 叫べば、


「何の話……?」


 そう言われて、


「この愚か者!! 無かったことになんかしないわよ!」


 また叫んで、棺桶を叩いた。


「婚約!」

「婚約…?」


 キッドがぼやく。


「契約!」

「契約…?」


 キッドがぼやく。


「夢でも見てるのかな」

「起きろーーーー!!」


 あたしは叫んだ。


「話は済んでないわ! 死ぬならあたしとの婚約を破棄した後にしてよ!」


 なんであたしだったのよ。


「こうなることくらい予想がついたでしょ!」


 何が「俺強い」よ!


「結局あたしのことも、守れないんじゃない!」


 この感情から、

 この気持ちから、

 この憎しみから、

 この恨みから、

 この嫉妬から、

 この罪から、

 この環境から、

 この人生から、

 この運命の歯車から、

 この死刑への未来から、

 守ると言ったのはあんたじゃない。


「あたしを守れない騎士なんていらない!」


 棺桶の蓋を叩く。


「そうじゃないなら証明しろ!!」


 棺桶の蓋を叩く。


「起きて撤回しなさい!」


 おいクソガキ!!


「あたしに嫌われたくないなら起きなさい!」


 このクソガキ!!


「是が非でも起きろ!! 何としてでも起きろ!!」


 もし起きたら、


「離れないでいてあげてもいいわよ!」


 もし起きたら、


「結婚してあげてもいいけど!」


 ほら、どうするの。


「起きなさい!」


 キッドは眠る。


「起きてよ!」


 キッドは起きない。


「起きて」


 キッドは眠る。


「キッド」


 起きて、


「………………守ってよ」


 苦しい。


「守ってくれるって言ったじゃない」


 苦しい。


「痛いのよ」


 苦しい。


「あんたが守らないで、誰が守るのよ」

「あんたが助けないで、誰が助けてくれるのよ」

「誰もいなかったのに」

「あんたしかいなかったのに」

「誰も手を差し伸べてくれなかったのに」

「あたしを置いていくの?」


 お前がいなくなったら、あたしはどうしたらいいのよ。


「死ぬしかないじゃない。いいの? あんたのせいで、国民が一人死ぬのよ?」


 うーん。


「それは困るなあ」


 俺のせいなの?


「俺、何も悪くないと思うんだけど」

「お前のせいよ」

「俺は寝ようとしてるだけだよ」


 ここは酷く心地好い。


「だとしても、もう起きる時間なの。起きて」

「うーん…。…あと五分…」

「ふぬ!!」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!


「起きろ!」


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ!


「揺らさないで」

「起きろっつってんだろ!」

「眠い」

「起きなさい!」

「撃つぞ」

「結構! 撃ちたきゃ撃てばいいわ! どうせあたしは死ぬんだから!」

「あたしって誰?」

「あたしを見捨てるんでしょ!? 分かってるんだから!」

「俺は見捨てないよ。優しいからね」

「あたしは苦しいのよ」

「何が苦しいの?」

「なんであたしは幸せになれないの?」

「幸せねえ…」

「ただ幸せになりたいだけなのに」

「うーん」

「ただ生きていたいだけなのに」

「まるでこれから死ぬみたいな言い方」

「だって、あんた寝るんでしょ」

「寝ないよ」

「寝るって言った」

「寝ようと思ったけど、気が変わった」

「起きるの?」

「そうだね」

「じゃあ、あたし死ねないじゃない」

「死にたいの?」

「あたしは生きたいわ」

「じゃあ一緒に生きるか?」

「生きるなら、起きるしかないわよ」

「そうか。じゃあ、起きないとな」

「起きたら現実を見ることになる」

「ああ。嫌だな。問題が山積みなんだよなあ」

「あたしとの話もまだよ」

「話? 何の話だ?」

「婚約解消してよ」

「しないと言ってる」

「馬鹿」

「何を言われてもしない」

「……ばか……」

「ちょっと」


 声が震えてる。


「なぜ泣く」

「泣いてない」

「泣いてるじゃないか」

「だって、じゃあ、どうやったら幸せになれるの?」

「幸せじゃないか。王子様と婚約出来て」

「あたしは好きな人と結婚したいの!」

「だからあたくしを好きになればいい」

「誰がお前なんか好きになるか!」


 言ってるでしょ。


「あたしは、あたしよりも綺麗で器用で幸せそうな奴が大嫌いなのよ!」

「へえ? そう見えるか?」

「生まれが王族なんて、全く運がいいわね。羨ましいわ」

「そんなにいいものでもないぞ?」

「自由勝手に出来て最高ね。素晴らしいわ」

「皮肉か?」

「皮肉よ」

「お前のような女はいけ好かないな」

「そうよ。だから嫌われるのよ」


 あたしは生意気だもの。


「理解出来ないでしょうね」


 お前のように美しくて器用な奴に、この付きまとってくる醜い嫉妬心。


「一生理解出来ないでしょうね」


 こんなに苦しいのに。


「あたし、こんなに頑張ってるじゃない」


 あたしの願いは叶わない。


「幸せになれない」


 どうして?


「どうしてあたしだけがこんな目に遭わなきゃいけないの?」


 苦労に苦労を重ねてはげてしまいそう。


「はげたらお前のせいよ」

「何でもかんでもあたくしのせいか?」

「そうよ!」


 あたしは怒鳴る。


「お前のせいよ! 全部お前が悪いのよ!」


 どうしてまだ起きないのよ。


「あんた、どうせ起きないんでしょ」


 起きる気ないんでしょ。


「嘘つきは大嫌い」


 ほろり。


「嫌いよ」


 ほろろろ。


「大嫌い」


 ほろろろろ。


「おい」


 またなぜ泣く。


「これに限っては、あたくしは悪くないぞ。お前が勝手に泣いてるんだ」

「………………」

「分かった。起きる。黙って泣くな。泣くなら声をあげろ」

「…………………………」

「ああ、泣くな。可愛くない。泣き声をあげろ。泣くなら可愛く啼け。でないと撃つ」

「……………………………」

「ああ、もどかしい。煩わしい」


 キッドが蹴った。


「退け。蓋が開かないのはお前のせいだぞ」

「…………」


 あたしは足を退けた。


「ああ、まだ眠い…」


 キッドが蓋を蹴って開けた。


「朝が苦手なのに」


 目を閉じたまま両手を伸ばす。


「起こせ」

「……自分で起きろ」

「はあ…」


 キッドが手を揺らした。


「眠いんだ。お前が起こせ」

「寝坊助」


 あたしは手を握る。


「お前なんて大嫌い」


 引っ張られる。


「大嫌い」






 キッドがあたしを抱きしめた。





「………起きるよ」



 抱きしめる。



「起きるから」



 抱き締められる。



「もう泣かないで。テリー」



 青い瞳が目を覚ます。



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