第17話 ハロウィン祭(7)


 日が沈み、夜がやってくる頃にピエロが踊り出す。


「死者達が戻ってくるぞ!」


 吸血鬼が笑い出す。


「今宵の夜は我々のものだ!」


 ミイラが墓から出てくる。


「俺の顔を見て隠れるがいい」


 ゾンビ達が微笑む。


「かくれんぼをしよう。私が探すから、ちゃんと隠れるんだよ」

「でも見つかったら悪戯してしまうから、お気をつけ」


 パンプキンが悲鳴をあげる。そして笑い出す。


「さあ、今宵はハロウィンだ。死者の祭のハロウィンだ」


 病院のベッドに蝋燭が灯る。


「さあ、今宵はハロウィンだ。病人も怪我人も楽しむハロウィンだ」


 鼠達が逃げ出す。蝋燭が揺れる。遺影の周りに沢山の飾りをして、人形が紅茶を飲む。


「ママ、私、結婚するの」


 遺影に仮装をさせ、血だらけのカウボーイが微笑む。


「お前、無事に祭が開かれたよ」


 作り物のお墓に大切な者の名前を書いたお化けが、名前を撫でる。


「メアリー、元気?」

「シャルロット、6歳の誕生日、おめでとう」

「クリス、パンプキンスープよ。家族でいただきましょうね」

「ママ、見てる?」

「パパ、僕、12歳になったよ」

「あなた、アンディがこの日のために里帰りに来たのよ」


 奥さんと社長が名前を撫でる。


「お帰りなさい。可愛いおチビちゃん」


 カトレアとアリスとマッドが遺影を見つめる。


「母さん、アリスがこんなに大きくなったのよ」

「こんばんは。母さん!」

「お前、楽しんでるか?」


 ソフィアが二人の遺影を見て微笑む。


「……私は元気にやってるよ」


 サリアが絵を描いて微笑む。


「なかなかお母さんに似てると思わない? お父さん」


 リトルルビィが墓に名前を記す。


「ママ、お兄ちゃん、ここに名前書いておくね!」


 メニーが墓に名前を記す。


「……お父さん」


 人々を残した者の名前を書いていく。

 遺影を見つめ、絵を見つめ、写真を見つめ、仮装させて、飾りを施して、皆が一斉に笑い出す。


「さあ! 今宵はハロウィンだ!」


 死者達の祭だぞ!


「生者も」

「死者も」

「笑い飛ばせ!」

「歌え!」

「踊れ!」

「楽しもうじゃないか!!」

「合言葉は」


 トリック・オア・トリート!!


「トリック・オア・トリート」


 クレアが言うと、歩いていた人々がクレアにお菓子を渡す。


「ありがとうございます。では我々からも」


 クレアがお菓子を渡す。


「それじゃ、良いハロウィンを」


 クレアにお菓子を貰った男が、ぼうっとクレアを見つめる。クレアがあたしの手を引っ張る。人の行列と一緒に歩いていく。


「チョコレートだ。ニコラ、あげる」

「ん」


 貰って、もぐもぐ食べる。


「ニコラ、あれ」


 クレアが指を差す。大きな作り物の墓がある。


「亡くなった人の名前を書くんだって」

「死んだ人の祭だものね」

「お前、お婆様の名前を書けば?」

「そうね」


 あたしとクレアがペンを持つ。クレアが上の方に名前を書く。あたしは下の方に名前を書く。


 アンナ・ベックス。


(……アメリ、流石に見ないわよね。……見たとしても、気づかないでしょ)


 あたしはその下に書く。


 ダレン・トラクテンバーグ・ベックス。


(……パパ)


 ママと離婚したと偽った、その名前を見つめる。


(ママも、アメリも、元気にやってるわ)


 じっと見つめる。


(あたしが必ず守ってみせる)


「ニコラ、書いた?」

「ん」

「行こう」


 クレアがあたしの手を引っ張る。人混みの中を歩いていく。


「トリック・オア・トリート!」


 横から男達が声をかけてくる。クレアが笑った。


「分かった。ほら、お菓子だ!」

「俺達もやるよ!」

「お姉さん美人だな!」

「なあ、俺達と歩かねえか?」

「連れがいるんでね」


 クレアがあたしと繋ぐ手を見せる。男達が微笑む。


「その子も一緒でいいから」

「ごめんね。二人の時間を大切にしたいから」


 クレアが微笑む。男達の顔が赤くなり、胸を押さえた。

 クレアが男達にウインクしてから、あたしの手を掴んだまま男達から離れる。男達が心臓発作で倒れた。


「……こいつの何がいいのよ」

「ヤキモチ妬かないの。断っただろ?」

「妬いてない」

「素直じゃないんだから」



 17時30分。



「「トリック・オア・トリート!」」


 子供達がクレアとあたしに叫ぶ。クレアが微笑み、しゃがんだ。


「よーし! 今からお菓子を渡そう! 一列!」

「はい!」

「ぴゃい!」

「横入りするなよ!」

「ラスト!」


 一人ずつにクレアがお菓子を渡す。あたしがその後にお菓子を渡す。


「それじゃあね、皆。楽しんで!」

「お姉ちゃん達、ありがとう!」

「おい、次はあっち行こうぜ!」

「へへ!」

「ランタンは?」

「そろそろ買った方がいいかも」

「あ! リンゴの飴だ! 食べようよ!」

「おい、見ろよ! くじ引きの景品に、サッカーボールがある!」


 子供達が走っていく。クレアがくくっと笑った。


「なかなか物分かりのいい子達だった。ああいう子達が将来兵士になってくれたらいいんだけどな」

「やめて。あんないい子達を変人にさせる気?」

「何それ」

「グレタといいヘンゼといいあんたといい、城に関わってる奴らって変人ばっかりよ」

「個性的と言ってほしいね」

「何が個性よ。くたばれ」


 クレアとあたしが再び歩き出す。出店を眺める。


(ん?)


 射的の出店の棚を見る。


「っ」


 ハロウィンの格好をした鼠のぬいぐるみが、ちょこんと置かれていた。


「っっっっっっっっっっ!!」


 あの顔は!


(セーラ!!)


 あたしは見つめる。


(セーラにそっくり!!)


 あの汚いのに小綺麗にしている感じ、


(セーラだわ!!)


 懐かしさに足が止まる。目に留まる。きらきら目を輝かせる。クレアが振り向いた。


「ん?」


 ぬいぐるみを見つめるあたしとその視線を辿る。クレアが呆れたように笑い、あたしに顔を向けた。


「……ニコラ、あれ見てよ。沢山ぬいぐるみがあるね」

「……そうね」

「猫のぬいぐるみ可愛いな。仮装されてる」

「……そうね」

「兎も可愛い」

「……そうね」

「あ、犬なんかもいいな。なかなかセンスがいい」

「……そうね」

「鼠もあるね」

「あ、本当だ」


 あたしは視線を泳がせ、肩をすくめてみせた。


「鼠に仮装なんて、どうかしてるわ。鼠を欲しがる子供がいると思ってるのかしら。別に可愛くもなんともない。鼠のあの帽子の感じとかあの羽の感じとか必要ある? それにあのつぶらな瞳で見つめられても、別にときめきなんか感じたりしないわ。鼠は大人しく道で哀れに負け犬のように鳴いていればいいのよ。そんな奴らに美味しい高級チーズなんか買ってくる人を見たことがない」

「やってみてもいい?」

「ぬいぐるみなんて欲しいの?」

「うん。すごく欲しくなってさ」

「はっ! ガキね!」

「お前もガキだろ」


 クレアが出店に向かって歩く。あたしも引っ張られてついていく。商店街で働くデニスが店番をしていた。


「こんばんは!」

「ハッピー・ハロウィン! 嬢ちゃん!」

「こんにちは。デニスさん」

「おう! ニコラ! 綺麗な子連れてきたな! 友達か?」

「……」

「おじさん!」


 クレアが人差し指を立てる。


「1ゲーム!」

「300ワドルだ!」

「はい!」


 クレアが300ワドルを払い、銃を持つ。デニスがにやりとした。


「頑張れよ。弾は三つ。商品が落ちたら自分達のものだ」

「ニコラ」


 クレアがあたしに訊く。


「どれがいい?」

「え」

「どれがいい?」


 あたしは棚を見る。鼠しか見えない。


「……」


 しかし、貴族令嬢が鼠を好きとは言えない。


「……」


 あたしは視線を逸らす。


「……猫」

「猫?」

「ん」

「猫ね」


 クレアが銃を構えた。


「分かった」


 クレアが撃った。猫に直撃する。猫が落ちる。


「おお!」


 デニスが驚きの声をあげる。


「こいつはすげえ! 一発か!」

「次」


 クレアがあたしに顔を向ける。


「どれがいい?」

「……好きなの狙えば?」

「選んでよ」

「……」


 あたしには鼠ちゃんしか見えない。しかし、視線を外す。


「……兎」

「兎?」

「ん」

「兎ね」


 クレアが銃を構えて狙う。


「分かった」


 クレアが撃った。兎に直撃し、落ちる。


「おおおおおお!!」


 デニスが驚き、周りにいた客達もクレアを見る。


「嬢ちゃんすげえな!」

「ふふふ! それほどでも!」


 クレアが銃を構え、あたしを見る。


「ラストは?」

「……」


 あたしには、鼠様しか見えない。


「……」


 あたしは視線を外す。


「……別にいらない」

「……じゃあ、適当に狙おうっと」


 クレアが銃を構えた。


「ここだ」


 クレアが調節して撃った。鼠に直撃した。


(え!)


 鼠が落ちた。


(は!!)


 あたしは目を輝かせる。


(鼠!!)


 あたしは消えた棚を見つめる。


(鼠ちゃん!! 鼠ちゃんに当たったわ!!!)


 あたしは拳を握る。


(っしゃあああああああああああああああ!!!!!)


「こいつはやられたな……」


 猫と兎と鼠を持って、デニスが笑いながらクレアに渡した。


「持っていきな」

「ありがとう! おじさん!」

「へへ! 素敵なハロウィンを」


 デニスが鼻を人差し指で掻きながら笑い、あたしを見た。


「ニコラもな」

「ありがとうございました」

「ハッピー・ハロウィン!」


 クレアと店の横に歩く。立ち止まり、クレアが腕に抱えたぬいぐるみを見る。


「んー……どうやって仕分けしようかな」

「……」


(鼠ちゃん……可愛い……鼠ちゃん……キュート……)


「ニコラ、いる?」

「……あんたいらないの?」

「教会に寄付しようかな」

「しょうがないわね」


 あたしは腕を広げる。


「猫はリトルルビィにあげて、兎はアリスにでもあげるわ」

「鼠は?」

「誰も欲しがらないでしょ。あたしが貰ってあげる」

「そう。助かるよ」

「そうよ。感謝して」


 猫と兎のぬいぐるみを無理矢理リュックに詰め込む。クレアの持つあたしのリュックから兎と猫が顔を覗かせた。鼠はあたしの腕の中。


(っしゃあああああああああああああ!!!!!)


 あたしは大切に抱く。


(セーラ!!)


 あたしはぎゅっと抱きしめる。


(今日からあんたはセーラよ!! 可愛いあたしのベイビーちゃん!!)


「ニコラ、次、行くよー」

「ん」


 クレアがあたしの手を掴んで、再び歩き出す。あたしは抱いたセーラを見つめる。


(セーラ、可愛い……。つぶらな瞳がもう堪らない……! 可愛い! 恋しいとはこの事を言うのね! 家に帰ったらケビンも一緒よ!)


「くくっ」


 ふと、クレアの笑い声が聞こえた。見上げると、クレアが口を押さえて笑いをこらえている。


「……ん、何よ?」

「いや? 別に?」

「変な奴ね」


 ……あ。


 あたしは周りをきょろりと見回した。


(メニーにも何か渡した方がいいかしら……。好感度を上げるために、何か、乙女が好きそうなものを……)


 きょろりと見回す。見つけた。


(あった)


「クレア」


 あたしはクレアの手を引っ張る。クレアがあたしに振り向く。


「ん?」

「あっち行きたい」

「どこ?」

「あれ」


 指を差す。手作りのネックレスや指輪やイヤリングが置いてある出店。クレアがあたしを見下ろす。そして、どこか嬉しそうに微笑む。


「行きたいの?」

「ん」

「いいよ。行こう」


 クレアと店の前に止まる。お化けの格好をしたローズが店番をしていた。


「あら、ニコラ」

「どうも」

「お友達?」

「こんばんは! お姉さん!」

「はっはっはっはっ! 上手い子だねえ。こんばんは!」


 あたしはアクセサリーを眺める。


(……どれがいいかしら)


 あ、あれいいかも。


「ローズさん」

「ん? 決まったかい?」

「その、クローバーの」


 リサイクルのよりも、ちゃんとしたチョーカーがあった。


「それ下さい」

「これね」


 ローズが四葉のクローバーのチョーカーを手に取る。クローバーを見た途端、クレアが口角を下げ、無言になった。


「……」

「いくらですか?」

「ちょっと高いよ。1000ワドル」


 あたしは財布から1000ワドルを取り、ローズに渡す。


「はい」

「はいよ。ありがとう」


 ローズがあたしにチョーカーを入れた箱の入った袋を渡した。


「はい」

「ありがとうございます」


(よし)


 あたしは微笑む。


(これで好感度爆上げよ!!)


 ――あたしが作ったやつより、いいのがあったからあんたにあげるわ!

 ――お姉ちゃん、わざわざ買ってくれたの? 嬉しい! わーいわーい! 優しいお姉ちゃん大好き! 何があってもお姉ちゃんを死刑になんて、絶対出来ないね!


(信頼度維持!!)


 あたしは拳を握る。クレアが指輪の入った箱を眺める。


「……」

「お嬢さんは?」

「んー……」


 クレアが眺める。何か見つける。


「お姉さん、それくれますか?」

「ん?」


 青いリボン。


「これ?」

「二つ」

「100ワドル」

「はい」


 クレアが100ワドル払う。リボンの入った袋を受け取る。


「はい、どうぞ」

「ありがとう!」


 クレアが微笑み、袋からリボンを取り、あたしに声をかける。


「ほら、ニコラ、じっとしてて」

「何?」


 おさげに青いリボンが結ばれる。


「え」

「こっちも」


 片方にも結ばれる。あたしのおさげが両方、青いリボンで結ばれた。


「これでよし」


 クレアが屈んで、あたしの顔を覗き込む。


「うん。可愛い」

「ニコラ、良かったじゃないの」


 ローズが微笑ましそうに笑う。あたしはおさげのリボンを見て、眉をひそめる。


「……猫に青いリボンは似合わないでしょ……」

「いいんだよ」


 クレアがあたしの手を握った。


「残りの一日、それしててね」


 再び二人で歩き出す。


(……まあ、いいわ。メニーへのお土産も買えたし)


 クレアがあたしの手を引っ張った。そんなに強く引っ張らないでよ。痛いじゃない。



 18時。



 日が暮れてくる。星が見えてくる。


「ニコラ、ランタン持って」

「ん」


 あたしはクレアに渡されたランタンにマッチで火をつける。ランタンが光る。歩いている人々もランタンを持つ。


 空は暗くなるが、商店街の中がろうそくやパンプキンの中からの灯火のお陰で明るくなる。子供が歌い出す。


「ジャック、ジャック、切り裂きジャック、切り裂きジャックを知ってるかい!」

「そういえば、スノウ様が来たわよ」


 クレアが、ああ、と声をあげた。


「どうだった?」

「どうやったの。あれ」

「すごいだろ」

「女性に見えなかったわ」

「母さんの変装術は見習いたいものだ。あれは芸術だよ」

「……レオも来たわ」

「一緒に歩くって言ってたからな」

「あんたとレオの女装はスノウ様の趣味?」

「さあ、どうだろうね?」

「……王様もいた気がしたけど……」

「父さんはもう少し変装用に体を鍛えた方がいいんだよ。あんな太鼓腹だから腰も痛めるんだよ」

「痛めてるの……?」

「痛めてるよ。腰痛持ち。年だろうね」

「そういうこと言わないの。自分の父親でしょ」

「何だろうな。最近さ、母さんはいいけど、父さんとは一緒に居たくないんだよな……」


(お前は思春期特有のクソガキか!!)


「親は大切にしなさい」

「お前に言われたくないね」

「してるもん」

「反抗ばっかりのくせに」

「してないもん」

「してるから追い出されたんだろ」

「……今はその話じゃない」

「話を逸らすところ、お前の悪い癖だぞ」

「うるさいわね」

「ちょっとおおおおおおおおおおおお!!」


 うるさい声が近くから聞こえた。


「僕のお菓子を食べるんじゃない!」

「もぐもぐ」

「ああああああ! せっかく貰った金平糖が!!」


 あたしは顔を向ける。クレアも顔を向ける。猫の鞄を背負い、髪の毛をおさげにしたドロシーが、そこら辺にいる少女のような格好で子供を見下ろしていた。子供がドロシーのドレスを引っ張る。


「お姉ちゃん! トリック・オア・トリート!」

「ひえ!」

「トリック・オア・トリート!」

「ひ!」


 ドロシーが子供達に囲まれた。


「き、君達、僕の金平糖を取ろうって魂胆か! そうはさせないぞ!」

「トリック・オア・トリート!」

「い、悪戯しないでおくれよ!」


 ドロシーがきょろりと見回す。あたしと目が合う。


「あ!!」


 ドロシーが走ってくる。あたしの後ろに隠れた。


「テリー! 助けてよ!」

「え」

「いいから! 早く!!」

「あ、えっと」


 あたしは奥さんから貰ったバスケットからお菓子を取り出し、ドロシーを追いかけてきた子供達に渡す。


「はい」

「お姉ちゃんありがとう!」

「向こう行こうぜ!」

「わーい! クッキーだー!」


 子供達が走っていく。あたしの後ろで、ドロシーが胸をなでおろした。


「ああ……どうなることかと思った……子供嫌い……」

「……あんた何やってるの?」

「テリーったら馬鹿なの? 今宵はハロウィンだよ!」


 ドロシーがあたしから離れ、くるりんと回った。


「人間も魔法使いもお化け達も、皆が死者の帰りを喜ぶ日だよ。そしてお祭も開かれた! 楽しまないでどうする!」

「そうじゃなくて」


 あんた、姿見えないんじゃ、


「……メニー?」


 クレアがドロシーを見て呟いた。あたしはきょとんとする。


「え」

「何だよ。テリーってば!」


 ドロシーが微笑む。


「素敵なレディとデート? 隅に置けないな! こいつめ、僕にも紹介してよ!」


 ドロシーがあたしに近づき、ぼそりと耳打ち。


「今夜だけさ」


 ドロシーが笑い、あたしの肩を叩いた。


「それにしても、なんだい? その猫の仮装! 君の釣り目に実にお似合いだ! あはははは!」

「お黙り」


 あたしはドロシーを見る。


「……ドロシー」

「ん?」


 クレアに手を差す。


「クレアよ」


 ドロシーが瞬きする。クレアを見る。クレアと目が合う。クレアがドロシーに微笑んだ。


「こんばんは。おさげのレディ」

「こんばんは」


 ドロシーが微笑んだ。


「不思議の国のプリンセス」


 クレアが笑った。


「あはは! 不思議の国のプリンセスか! 悪くない。なかなかいい響き」

「どうも。クレア。僕はドロシー」

「初めまして。ドロシー」


 クレアとドロシーが握手した。


「テリーの妹かと思ったよ」

「メニーだろ? 雰囲気が似てるってよく言われるんだ。他人の空似ってやつかな」

「……ドロシー、お菓子買っておいたら?」

「……そうしようかな。君の働いてたお店、なんて言ったっけ」

「ドリーム・キャンディ。向こうにあるわ。詰め合わせたもの買っておきなさい」

「うん。これ以上金平糖を取られたくないもの。そうする。……そこのお店、金平糖はある?」

「ある」

「行ってくるよ」


 ドロシーが速やかに歩き出す。


「じゃあね。テリー、クレア」


 手を振る。


「良い夜を」


 人混みに紛れていく。ドロシーの姿が見えなくなる。クレアが笑った。


「なんだろう。顔は違うのにメニーに似てた。親戚?」

「……」


 ペットの猫。


「……他人よ」

「メニーの友達?」

「メニーは会ったことない」

「会わせてみたら? 喜びそう」

「……その時が来たらね」


 あたしは歩き出す。クレアも歩き出す。ランタンが光る。子供達が叫ぶ。


「トリック・オア・トリート!」

「はい、お菓子だよ」


 大人がお菓子を渡す。


「トリック・オア・トリート!」

「ふふ! はい、どうぞ」


 横目で見て道を進む。


「ハッピー・ハロウィン!」

「飴はどうだい?」

「チョコレートは?」

「ケーキもあるよ!」

「甘いお菓子はいかがかね?」

「お菓子を渡さないと、悪戯するぞ!」


 お化けのバルーンは笑っている。


「ニコラ、お腹空いてない?」

「……空いたかも」

「買う?」


 クレアが指を差す。ミセス・スノー・ベーカリーのパン。ベーコンチーズパン。ハロウィンバージョン。


「あら、ニコラちゃーん!」


 フィオナが手を振った。あたしとクレアが店の前に行く。


「フィオナ、こんばんは」

「ふふ! こんばんは! 買ってく?」

「そうね。お願い」

「任せて! 大きいの選んであげる。いくつ?」

「二つ」


 クレアがフィオナに言う。フィオナとクレアの目が合う。フィオナがぼーーーーっと見つめだす。クレアが微笑む。


「二つ、お願い出来ますか? レディ」

「はっ……!」


 フィオナの顔が真っ赤になった。


「お、お待ちを、あの、えっと!」


 一つずつ袋に入れ、あたしに渡す。


「はい! ニコラちゃん!」

「ありがとう」


 クレアに渡す。フィオナの手が震えている。


「は、はい!」

「ありがとう」


 クレアが微笑むと、フィオナが胸を押さえた。


「は!!」


 フィオナが呟く。


「これが、恋!?」

「フィオナ、お会計」

「ああ、ごめん、ニコラちゃん。二つで600ワドルよ」

「300ワドルずつね」


 あたしが財布を出すと、クレアが600ワドル出した。


「いいよ。ここはあたくしが出すから」

「え」

「いいから」


 クレアがフィオナに微笑む。


「これでお願いします」

「は、はい!!」


 フィオナがクレアから貰ったお金を胸に抱いた。


「ありがとうございます!!」

「フィオナ、なんか顔が赤いわよ」

「ニコラちゃん!」


 フィオナがあたしの手を引っ張った。


「ねえねえ、あの人誰なの!?」

「知り合い」

「お願い! 紹介して! お友達になりたいわ!!」

「……ろくな奴じゃないわよ」

「ニコラ、行くよ」


 クレアがあたしの肩を抱いて、歩き出す。


「あ、ちょっと、まだ話が……」

「お前、二人の時間は限られてるんだぞ」

「でも、フィオナが……」

「ニコラちゃん!!」


 フィオナが叫ぶ。


「また今度! 絶対紹介して!!」


 フィオナが目をハートにして手を振る。あたしは手を振り返す。クレアがため息を吐いた。


「ねえ、もっとあたくしを大事にして」

「え? 何の話?」

「他にも何か買うか」


 クレアがきょろりと見回した。


「あれも買おう」


 クレアが出店で串に刺さった肉を買う。


「あれも」


 クレアが果物を買う。


「あれと、これも、それも」


 クレアがバスケットに詰めていく。


「よし、準備が出来た」

「は?」

「おいで」


 クレアがあたしの手を引っ張る。道端で、ソーラダンスを踊っている集団がいる。


 はあ! そいやー! そいやー! どっこいしょー!


「こっち」

「どこに行くの?」


 商店街から抜ける。道では仮装した人たちによる行進が行われている。


「こっち」

「クレア、待って」


 そいやー! そいやー! えぇええいぃいやーー!

 トリック・オア・トリート!

 ハッピー・ハロウィン!

 切り裂きジャックを知ってるかい!


「ふふ! テリー! 早く!」

「待ってってば」


 階段を上る。小さな丘に登る。ハロウィンの盛り上がる音が遠くなっていく。木に囲まれる。木までお化けのように揺れている。クレアがあたしの手を引っ張る。階段を駆け上る。二人で息を切らす。階段を上りきる。


 何もない丘に辿り着く。


「今に、ここに来て良かったって思うことになるぞ」


 クレアが草だけの地面に座った。


「ほら、戦利品達をいただこう」


 クレアが荷物とバスケットを置く。中から買ったパンや、串に刺さった肉や、ウインナーや、ホットドッグや、果物や、色々出てくる。


「動いてお腹空いただろ」

「……ん」

「食べよう。座って」


 あたしは周りを見る。明かりはランタンだけ。


(……ベンチがない。シートもない)


 仕方なく、ハンカチを広げてその上に座る。貴族としての心がけは忘れない。


「はい、テリー」

「ん」


 ベーコンチーズパンをむぐむぐ噛む。ランタンが良い感じに光っている。クレアも食べる。


「うん。美味しい」

「この美味しさはいつまでも変わらないわ。素晴らしい」


 星空が出てきた空を眺める。


「そういえば」

「うん」

「今日、ニクスが来たの」

「ニクス?」

「遊びに来たんですって」

「へえ。あたくしも会いたかった」

「もう帰ったと思う」

「日帰りか」

「そう」

「そいつは残念」

「また来るって言ってた」

「そう」

「ねえ、あたしの部屋、ニクスに貸してくれない? 宿代の負担を減らしたいの」

「ニクスならいいよ。大歓迎」

「……ありがとう。言っておく」


 またパンを頬張る。クレアが口を開いた。


「テリー」

「何?」

「一ヶ月、庶民のふりはどうだった?」

「……不自由だったわ」

「だろうね」

「あんた、よくやってたわね」

「城に比べたら自由だ」

「……」


 それはあるかも。


「じいじを連れて行ったのは正解だったわね」

「じいやしかいなかったよ。一緒に住むなら絶対ビリーだろうなって思ったんだ」


 クレアが星空を眺める。


「じいやとの生活はどうだった?」

「……すごく助かった」

「だろ?」

「……大切にしてあげなさいよ。あんな人、なかなかいないわよ」

「じいやのことは大切にしてるよ。あたくしだって分かってるさ。あれ以上の人はいない」


 ぬくもりがあって、温かくて、いつだって家で帰りを待っててくれる。


「母さん、良い提案したな。お前一人だとこうはいかなかったぞ」

「分かってる。スノウ様にも助けられたわ。服も買ってくれたし」

「テリー、じいやから水筒を預かってるんだ。飲む?」

「飲む」


 クレアがカップを注ぐ。


「はい」

「ん」


 カップを口につける。


(……じいじのアップルティー……)


「美味しい?」

「悪くないわね」

「くくっ、そう」


 クレアもカップに注いで、アップルティーを飲んだ。

 星空は広がる。夜はどんどん近づいていく。

 クレアが串の刺さった肉に手をつける。


「汚さないようにしなさいよ」

「分かってるよ」


 クレアが器用に食べていく。


「テリーは?」

「食べる」


 串を持って噛んでいく。もぐもぐ食べて、またクレアに顔を向ける。


「ねえ、もういい?」

「何が?」

「名前」

「駄目」

「……なんで? 誰もいないじゃない」

「今日一日、あたくしはクレアだから」

「それ、あんたのお姉さんの名前でしょ」

「んあ?」


 ごくりと肉を飲み込んで、クレアがきょとんとした。


「お姉さん?」

「スノウ様から聞いたわよ。クレアって、双子のお姉さんの名前でしょ」

「……。……あー」


 クレアが笑った。


「なんだ。聞いてたんだ」


 クレアが肉を噛む。


「お姉さんの名前、勝手に使っていいわけ?」

「いいんだよ。双子だから」


 クレアがちらりと、あたしを見た。


「どこまで聞いてるの? クレアのこと」

「……体弱くて、城に閉じこもってるって」

「あははは! そうそう。閉じこもってるんだよ。病弱だからね」


 クレアが肩を揺らして笑った。


「だから、あたくしが代わりに楽しんであげてるんだ。気にしないで」

「いいの?」

「うん。クレアもそれを望んでるから」

「……あんたの姉弟って、変よ」

「変なのはリオンだけ」

「あんたも変よ」

「あたくしはまともだ」

「どこがよ」

「くくっ。テリーってば、偏見で話しちゃいけないよ。お前はあたくしがお前の思ってる普通と違うからまともに見えないんだ。俺は普通のまともな不思議の国のプリンセス!」

「不思議の国の時点でまともじゃないわよ」

「失礼な奴だな。差別は良くないぞ」


 クレアがリンゴを半分に割った。


「はい。食べる?」

「ん」


 受け取って半分のリンゴを食べる。もぐもぐ食べる。クレアも食べる。あたしはちらっと、クレアを見て、視線を外す。


「……ずっと訊きそびれていたのだけど」

「ん?」

「隣国、どうだった?」

「素晴らしいところだったよ」


 色々勉強できた。


「GPSの開発が進む中、色んなパーティーにも参加してみた」


 ねえ、テリー。怒らないで聞いてくれる?


「パーティーの参加者の若者全員に愛の告白をされてしまった! レディにも! ミスターにも!! いやあ! まいったよ!!」

「ああ、そう」

「人々の心を射止めてしまう自分が恐ろしい! ああ、実に恐怖だ!!」

「けっ」

「そんなあたくしの心を射止めてるお前はもっと恐ろしい。愛してるよ。テリー」

「くたばれ」

「ちぇ。手厳しいな」


 クレアがバスケットから袋を取り出す。


「これ、ゴミ袋ね」

「ん」


 あたしとクレアがリンゴの芯を捨てた。


「テリー、お菓子は?」

「ちょっと休む。結構食べたから」

「ねえ、合流する前にもう一つロールケーキ買ったんだ。二人で食べよう」

「ん」

「……だが、その前に、そろそろ約束を果たしてもらおうかな」

「……ん? 何それ」

「キス」


 あたしは黙った。


「お前賭けに負けただろ」

「……あー。お腹空いてきたー。ロールケーキ分けましょう」

「話を逸らすな」


 ずいっと顔が近づく。


「ちょ」

「この日を楽しみにしてたんだ」


 肩を抱かれる。


「ひえ!」


 慌てて、クレアの体を押した。


「ままままっ!」

「駄目」


 クレアの顔が近くなる。あたしは体を押す。


「む、無理矢理キスさせようとするなんて! 乱暴者!」

「賭けに負けたのはお前だろ」


 クレアが顔を寄らせる。あたしは必死に俯く。


「今キスしたら! リンゴと肉の味がするわよ!!」

「結構。それもそれで新鮮じゃないか」


 クレアがにやりと笑う。あたしは顔を上げ、その顔を見て、……きょとんとした。


(……あれ?)


 その顔が、誰かに似ている。


「テリー、観念しろ。大人しくあたくしにキスをするんだ」


 その笑みが、誰かに似ている。


「テリー」


 その口が、


「早く」


 その目が、


「あたくしに」


 その鼻が、


「キスを」


 その顔が、


「お前から」


 その雰囲気が、








「ニコラ」


















 ――クレアが急に黙り込んだ。あたしはクレアを見上げる。


(ん?)


 クレアがきょとんとした。


(急に、どうしたのかしら?)


 あたしはクレアを見る。


(大人しくなった)


 クレアが揺れた。


(ん?)


 あたしの頬が濡れた。


(あれ?)


 雨が降ってるのか?


(あれ?)


 頬が濡れる。


(あれ?)


 クレアの顔を見ると、


(あれ?)


 クレアを見ていると、


(あれ?)


 思い出す。


(あれ)



 リオンを思い出す。







「リオン様」




「あたしの初めてのキスは、貴方だけに」










「……。……何これ」


 あたしは頬を撫でた。


「雨かしら」


 あたしは鼻をすすった。


「なんか急に寒気がしてきた」


 声が震える。


「何これ」


 熱い水が落ちてくる。


「なんか変」


 あたしの頬が濡れる。


「リオンが」


 あたしの目の奥が熱くなる。


「リオンが出てくる」


 あたしが瞬きをすると、もっと水滴が落ちる。


「リオンが、また、なんか、見せてきてるみたい」


 あたしの目から水滴が落ちる。


「なんか」


 あたしの唇が震える。


「なんか、」


 胸に穴が空いたように、ぽっかりしている。


「なんか……」


 クレアの唇を見ていると、


「なんか、思い出すのよ」


 くだらないことを、


「あの」


 リオンのキザな顔が、


「あの」


 リオンの情けない顔が、


「あの」


 リオンの悲鳴をあげる顔が、


「あの」


 リオンの逃げる顔が、


「あの」


 リオンの馬鹿な顔が、


「ちょ、」


 リオンの青ざめる顔が、


「ちょっと待って」


 リオンの困る顔が、


「落ち着くから、待って」


 リオンの笑った顔が、



 脳裏から離れない。







「またそんな顔する」



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