第20話 10月15日(7)






( ˘ω˘ )

















「こんにちは。テリー。部屋の掃除に来ました」


 入ってきたメニーを無視して、ヴァイオリンを弾くあたしがいた。


「失礼いたします」


 メニーが扉を閉めた。


「窓開けていい?」

「やめて」


 あたしはヴァイオリンを弾いている。


「でも、換気しないと」

「そのまま、やればいいでしょう」


 あたしはヴァイオリンを弾いている。


「空気が悪いと、楽器も音が変わっちゃうよ」

「うるさい」


 あたしはヴァイオリンを弾いている。


「お姉様」


 メニーが言った。


「私、あの曲が聴きたい」


 あたしは手を止めて、譜面の楽譜を無視して、弾く曲を変えた。



 ド、はドーナッツのド。

 レ、はレチェ・フリータ。

 ミ、はミンスパイのミ。

 ファ、はファッジのファ。

 ソ、はソルベのソ。

 ラ、はラスクのラ。

 シ、はシャルロット。

 さあ、復唱しましょ。



「ありがとう」


 あたしはまた練習に戻った。


「お姉様」


 メニーが言った。


「私、童謡が聴きたい」


 あたしは手を止めて、練習する曲を無視して、弾く曲を変えた。



 ポケットの中にはクッキーが一つ。

 ポケットを叩くとクッキーが二つ。

 もうひとつ叩くとクッキーが三つ。

 叩いてみるたびクッキーが増える。

 皆で食べよう魔法のクッキー。

 皆で食べようおかしなクッキー。



「ありがとう」


 あたしは手を止めたまま、待つ。


「うふふ」


 メニーが笑った。


「お姉様」


 メニーが言った。


「私、あれも聴きたい」


 あたしは腕を動かした。



 おとぎ話の王女でも 昔はとても食べられない

 チョコアイスクリーム ミルクアイスクリーム

 わたしは王女ではないけれど

 簡単にアイスを召し上がる

 スプーンですくって ひやひやひや

 舌にのせると とろとろりん

 忘れられない 甘いアイスクリーム 



「ありがとう」


 メニーがあたしを見つめた。


「お姉様」


 メニーが言った。


「どこかで、演奏しないの?」


 あたしは練習に戻った。


「せっかく良い音色なのに」


 あたしは腕を動かした。


「私、お姉様のヴァイオリン、好きだよ」


 あたしは譜面の曲を弾いた。


「なんていうか、どこか、聴き入ってしまう音をしてるから、ずっと聴いていたくなるの」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「どこかで、演奏したら?」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「もったいないよ」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「こんなに良い音色なのに」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「誰かに聴いてもらおうよ」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「教会とかどう?」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「お姉様のヴァイオリンに、皆、きっと感動するよ」


 あたしは譜面の曲を弾く。


「お姉様のヴァイオリン、素晴らしいもの。きっとする」


 あたしは腕を止めた。


「外で弾いたら、また違うかも」

「部屋の中だけなんて、もったいないよ」

「お姉様」

「外で演奏してみれば?」

「きっと、誰かが感動する」

「ね? いいでしょう?」

「どこかで、演奏を」

「ね?」

「お姉様」


 あたしは楽譜をメニーに投げつけた。


「いたっ」


 あたしは本をメニーに投げつけた。


「いたい、お姉様」


 あたしは教科書をメニーに投げつけた。


「お姉様」


 あたしは教材をメニーに投げつけた。


「テリーお姉様」

「出て行って」

「テリー」

「でていけ!」

「テリー」

「でていけ!!」


 あたしは大股で歩いて、部屋の扉を開けた。大声で叫ぶ。


「ママ! メニーがあたしの部屋の掃除をさぼってるわ! 何とかして!!」


 あたしはメニーを睨んだ。

 メニーがあたしを見た。

 目が合った。

 あたしはメニーを睨んだまま、廊下に出た。


「ママ! 早く来てよ!!」


 あたしは怒鳴った。


「メニーが仕事をさぼってるわ!! ママ!!」


 あたしは走り出した。


 愛しい目で見つめてくるメニーから、あたしは逃げた。



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