第2話 10月17日(3)


 16時。ドリーム・キャンディ。



 何事もなく、午後は暇な時間を過ごし、ある程度仕事をして、退勤時間となる。


「お疲れ様ぁ。もう上がって大丈夫よぉ」

「はい。お疲れさまでした」


 棚を見回して、中途半端な部分がないか確認してから、店の裏に行く。荷物置き場に行くと、アリスが既に鞄を持ってた。


「あ、ニコラ」


 アリスがあたしを見て、くすくす笑った。


「本当にごめんね。昼間、勝手に早とちりしちゃって」


 休憩を終えて合流したアリスとリトルルビィにサリアの言ってたことを伝えると、アリスが目を見開いて、叫んだのだ


 ――え!? そんな関係じゃないの!?


「それはいいけど、結局そんな関係って何だったの?」

「ニコラ、偏見は持っちゃ駄目よ」

「偏見って?」

「色んな命がいる。色んな人間がいる。肌の色も趣向も関係ない。皆、平等なの。姉さんが言ってたわ」

「だから偏見って何?」

「ニコラ、私は応援してるからね!」

「無視かい」


 アリスがにこりと微笑む。


「ねえ、ニコラは三連休どこか出かけるの?」

「アリスは?」

「ダイアン兄さんのお手伝いに行ってくるの! イルミネーションの作業が進んでて、そのお手伝い。お買い物が複雑でね。私が色々お使いしてくるのよ」


 アリスはとても嬉しそうだ。それを見るあたしは複雑な心境。まるで、



 ――リオンに恋をする、あたしを見ているような心境。



「アリス」

「ん?」

「無理、しなくていいんじゃない?」

「別に無理なんてしてないわ。私、兄さんの傍にいたいんだもん」

「……辛くないの?」

「辛いよ」

「でも傍にいたいの?」

「うん!」


 笑顔で頷くアリスは、悲しげな表情を見せない。またどこかおかしそうに、アリスが笑った。


「ふふ! なんか、不思議」

「何が?」

「ついこの間会ったばかりのニコラに、私の秘密がばれてる」

「……勝手に見てごめんなさい」

「お陰で吐き口が出来たわ。ねえ、ニコラ、二人の時にまた話聞いてくれる?」

「いいわよ。アリスの話なら、いつだって」

「……ありがとう」


 アリスが微笑んで、自分のリボンに触れた。


「私、今日も生きれそう」

「大袈裟ね」

「ふふっ!」


 鞄を肩にかけた。


「じゃあね、私、学校あるから」

「馬車に気を付けて」

「うん! また明日ね」


 アリスが微笑み、荷物置き場から出ていく。


(今日のアリスはいつもと同じ)

(ちょっと集中力がみなぎってたけど、普段と何も変わらない)


 広場で人を殺そうとしているようには見えない。


「……」

「ニコラ!」


 ととと、とリトルルビィが歩いてくる。


「お疲れ様!」

「ん」

「ニコラ!」

「ん?」


 ぎゅっと抱きしめられる。


(おっと?)


「抱っこして!」

「はいはい」


(……義手が痛い)


 リトルルビィの背中をぽんぽん叩く。


「どうしたのよ。変な客に文句でも言われた?」

「……サリアのお姉ちゃんの匂いが残ってる……アリスも……」

「あたしからは、色んな人の匂いがしてるみたいね」

「……むう」

「なんで拗ねるのよ……」


 リトルルビィがあたしの背中をなでなでと撫でる。


「ねえ、ニコラ」

「うん?」

「三連休、時間ない?」

「時間?」

「19日!」


 リトルルビィが体を離して、あたしの顔を覗き、ふにゃりと微笑む。


「一緒に出掛けない? 二人きりで……」

「19日……」


(19日は特に予定なかったわね)

(まあ、せっかくの三連休だし、どうせゴロゴロするだけだもの。少しくらいリトルルビィと遊んだって大丈夫でしょ)


「ええ。大丈夫」

「わぁい!」


 リトルルビィが喜んであたしを見下ろす。


「じゃあ! じゃあ! 19日! 出かけよう!」

「ええ。いいわよ。どこに行く?」

「やった! じゃあ、あの、明日、また詳しいこと言うね!」

「ん」


 頷いて、リトルルビィを下ろす。二人で鞄を持って売り場に戻る。


「お疲れさまでした」

「お疲れさまでした!」

「お疲れ様ぁ、二人ともぉ」


 にこにこして、カリンがあたし達に手を振る。あたし達が店から出て、噴水前に向かって歩き出す。

 あたしの隣では、ふわふわに喜ぶリトルルビィが赤いマントを翻して、にやけている。


「うふふ! ねえ、ニコラ、どこに行く?」

「リトルルビィ、メニーは誘わなくていいの?」

「うん。今回は二人だけ。……だめ?」

「……駄目じゃないけど」

「うわい! じゃあ二人でデートね! ほら、三連休ってお祭りがいっぱい始まるでしょう? どこかのお祭り行こう?」


 お祭りか。悪くないわね。


「いいわ。美味しいもの食べて、遊びましょう」

「うん! 二人だけよ?」

「ええ。二人で」

「わぁーい!」


 にこにこと喜ぶ笑顔を見て、ため息を吐く。


(あんたくらいよ。笑顔で尻尾振って、あたしの隣を歩いてるなんて)


 馬鹿な子。


(いいわ。あんたのためなら祭くらい付き合ってあげる。好きなもの奢ってあげるわ)


 噴水前に辿り着くと、リトルルビィが上機嫌であたしに手を振った。


「じゃあね! ニコラ! また明日!」

「ええ。また明日」

「ばいばーい!」


 そして、帰り道を、スキップで帰っていく。


「るんるん! るんるん!」


 軽やかな鼻歌で歌って帰っていく。リトルルビィの背中を見送り、あたしは時計台の時計をチラッと見た。


 16時19分。


(……行こう)


 絶対に来るんだなと言っていた。

 絶対に行くとあたしも言った。


(行こう)


 足がその方向へ向かう。


(アリーチェのことを聞かないと)


 ドロシーにも言われた。

 リオンの協力は絶対不可欠だ。

 28日の件も。

 ジャックの件も。


 公園の入り口からいつもの道を進んでいく。湖が見える。草原が広がっている。紅葉で木が埋め尽くされている。犬の散歩に来ている人がいる。学生が歩いている。デートだろうか、男女が歩いている。

 それを通り過ぎる。道を歩く。人を通り過ぎる。道を歩く。歩けば、ガゼボが設置されている。その椅子に、レオが座って待っていた。


「……」


 地面に足を踏み込み、ガゼボの入り口に立つ。座るレオがあたしに顔を上げた。


「待ってたよ」

「入っていい?」

「どうぞ。話が長くなると思ったから、お菓子を買ってきた」


 レオが横に置いてた紙袋から洋菓子やスナック菓子をテーブルに広げ、大きな水筒も置いた。


「梨の炭酸水。炭酸好き?」

「……あまり飲んだことない」

「一緒にげっぷを出しながら、楽な姿勢で話そう」

「げっぷは出したくない」

「大丈夫。ここには僕と部下しかいないから」


 あたしはレオの正面の椅子に座り、横にリュックを置く。レオが紙コップにジュースを入れ、あたしに差し出す。


「はい」

「どうも」


 お菓子がいっぱいのお茶会だ。


「さて」


 レオも紙コップを持って、あたしに向けた。


「無事の再会に乾杯。ニコラ」

「乾杯。レオ」


 紙コップを上げて、口に傾ける。


(……しゅわしゅわする。エールみたい)


 テーブルに容器を置いて、レオが息を漏らした。


「……ニコラ、何から訊けばいい?」

「聞きたいことは?」

「……君が何者なのか」

「ああ」


 まずはそこからだ。

 あたしはチョコレートを口の中に放り投げると、レオもグミを口の中に放り投げた。


「もう一度、自己紹介から始めよう」

「ええ」

「では、改めて、レディ。僕はリオン。リオン・ミスティン・イル・ジ・オースティン・サミュエル・ロード・ウィリアム」

「初めまして。リオン殿下。テリー・ベックスと申します。ダレン・ベックス。もしくは、ダレン・トラクテンバーグ、あるいは、アーメンガード・ベックスの娘です」

「ダレン・トラクテンバーグ。……元議員か」


 あたしは瞬きした。


「……議員だったの?」

「君のお父さんだろ?」

「何の仕事をしてたかまでは覚えてないわ」

「……今、お父様は?」

「……小さい時に『離婚』したから、……知らない」

「……そう」


 リオンが静かに頷いた。離婚ではなく、パパは死んだけど、ここで事実を言う必要はない。あたしとリオンはお菓子を食べ続ける。


「……ベックスって、あの少し町はずれに建ってるでかいお屋敷のところの?」

「そうよ。それ」

「歴史ある血筋だ。……爺様とアンナ様の仲が良かったとは聞いてる」

「ええ。良くしてもらってたみたいね」

「……そうか。貴族だったか」


 あたしはまたチョコレートを頬張った。リオンは炭酸水を飲んだ。


「で? テリー・ベックス。キッドとはどんな関係だ?」

「婚約者」

「本気?」

「まさか」


 ため息混じりに、呟く。


「彼が14歳の時に、婚約を申し立てられた。ならないと誘拐するって脅されて、なったらお願い聞いてくれるって言われたから、婚約者になるって言って、そのまま」

「お願いって?」

「さあ? なんだったかしらね?」

「……兄さんが好き?」

「好きだと思う?」

「兄さんは気に入ってるみたいだった」

「去年辺りからあいつ変なのよ」

「結婚は?」

「するわけないでしょう?」

「でも婚約者なんだろ?」

「本当に結婚しなくていいって言われたの。だからなったのよ」

「形だけってこと?」

「そう」

「脅されたのか」

「そうよ」

「君の願いは何?」

「貴方に関係ない」

「君に何があったの」

「貴方には関係ない」

「……そんな言い方ないだろ」


 リオンがスナック菓子の袋を開けて、つまんだ。


「君はどうしてニコラだなんて名乗ったの? 僕を騙すため?」

「……色々事情があって、今月だけ、平民として過ごさないといけないのよ」

「……なんで?」

「……事情があって」

「……事情ね」

「それで、だったら名前を偽って生活するべきだって。ビリーに言われたの」

「ビリー……。……じいやとも知り合いなの?」

「ん」

「事情があって、平民のふりして、ニコラって名乗ってるってこと?」

「そうよ」

「……うん。分かった。そういうことで理解しよう。それじゃあ、ニコラ」


 リオンがスナック菓子をまた食べた。


「ここからが本題」


 リオンがあたしを睨んだ。


「どうして僕の話に乗った」

「あたしが散々断ったのに関わらず、財布を盗んで脅したのはどっちよ?」

「……」


 リオンが黙り、静かにまた口を開く。


「事情もその後、説明出来たはずだ」

「キッドの婚約者だって会ったばかりのあんたに言えって? ふざけないでくれる?」


 あたしはチョコレートを食べた。


「あのね、あたしは去年、キッドに婚約解消してくれって頼んだの。あいつが王子って名乗り出た後よ。でも、あいつは受け入れなかった。受け入れないどころか、婚約届なんて用意して脅してきたのよ」

「君、まさか判を押したのか?」

「キッドに噛まれた拍子に、拇印を」

「噛まれたからって、なんで押すんだ?」

「血が出て、それで無理矢理」

「……」

「……痛かったわ」

「……兄さんが、婚約解消を断った。そこまでして」

「承諾してくれたら、あたしは今ここにいないでしょうね。ニコラなんて名乗ってもいないわ」

「でも、じゃあ、やっぱり納得いかない。どうして僕に近づいた? 兄さんの婚約者だと言えば、僕が離れると思わなかったのか?」

「リオン、あたしはもうキッドから離れたいのよ」


 あいつの腹黒さにはうんざりだ。


「あんたが手柄を取れば、キッドがもっと高みを目指して、あたしのことを忘れると思ったけど、全然離れてくれないし、あんたは全然頼りにならないし。……手柄もへったくれもないし……。……口を開けばミックスマックスだのなんだの……」

「……それは……失礼だ……。……僕だって力になるし……頼りになるよ……。……多分……」


 自信なさげにリオンが呟いて、付け足す。


「……ミックスマックスは……最高だよ……」


 リオンがお菓子を食べる。


「……つまり、君は兄さんから離れたい。そのためには、僕を利用してキッドの王子としてのやる気を奮い立たせようとした」

「仰る通りですわ。殿下」

「10月末に悪いことが起きる話、あれは本当?」

「手柄、取りたいんでしょう?」


 じっと、リオンを見ると、リオンと目が合う。


(……あたしは知ってる)

(この数日間で、リオンがどんな奴か見てきた)


 あたしは真剣な表情で、リオンを見つめた。


「……レオ」

「何?」

「秘密を守れる?」

「……え?」

「あ、でも……」


 あたしは俯いた。


「信じないと思う。キッドも最初は信じてくれなかったから……」

「な、なんだ? 一体、何なんだ?」

「……レオ、実はね、あたし」


 ぎゅっと、拳を握って、ためらった。


「ああ、駄目。いいわ。何でもない。忘れて」

「ここまでもったいぶるなんて酷いな。何を言いたいんだ?」

「信じないでしょう」

「どうかな。話の内容によるさ」


 リオンがあたしを真剣に見つめてきた。


「教えてよ。何を言おうとしたんだい?」

「……実は」

「うん」

「実は、あたし……」


 駆け引きは大事だ。あたしは言わない。


「ああ、駄目。怖い」

「ニコラ、大丈夫だよ」

「怖いわ」

「どうしたっていうんだい? 君らしくない」

「だって、軽蔑される」

「軽蔑なんてしないさ」

「本当?」

「しないよ」

「あたしがこれから馬鹿なこと言っても、貴方は信じる?」

「一体何を言ってるんだ? ニコラ」

「だって」

「さあ、言ってごらん。どうしたんだい?」

「レオ、……あのね、あたしはね、あたしは……」


 真剣に、言葉を選ぶ。


「実は、あたし、」


 あたしは、震える声で、言葉を絞り出した。


「数年前のとある日から、突然亡くなったお婆様からの助言を聞くようになったのよ!」

「……亡くなったお婆様からの助言、だと……!?」


 驚いて、リオンの目が丸くなる。突然の妹からの告白に、戸惑いの表情。


「そ、それは、一体どういうことだ?」

「……信じないわよね。いいのよ。こんなの、ホラ話だって思ってるでしょ。……。……やっぱり何でもない。忘れて」


 切なげに目を逸らすと、リオンが真剣な表情で身を乗り出す。


「ニコラ! 詳しく言うんだ! どういうことだ!? 君、亡くなったお婆様の声が聞こえるのか!?」

「……分かってるわ。貴方も嘘だって思うんでしょ? あたし、分かってるから……。……もういいの……」

「ちょ、ちょっと待って。大丈夫。理解してみせる。僕は君のお兄ちゃんだ。絶対理解してみせるさ。君は、その、お婆様の声が聞こえるのか?」


 あたしは切なげに胸を押さえて、頷いた。


「そうよ! あたし! お婆ちゃんっ子だったから! お婆様が! 死んだ後に、なんか、あたしに助言を下さるようになったのよ!」

「な、な、な、なんだってーーー!?」


 リオンが驚きの声をあげたのを見て、さらに続ける。


「リオンから目を離すなって、お婆様に言われたの! この人こそ、あたしを助けてくれる救世主だからって!」

「救世主……!?」

「10月末に良くないことが起きるって! でも! リオンなら! それを止めることが出来るかもしれないって言われたの!」

「ぼ、僕が……!?」

「リオンに妹にならないかって言われた時に、頭にそんな声が聴こえたの! この人なら、あたしをキッドから救ってくれる! この城下町を救ってくれるって! だから傍にいて、リオンを守りなさいって! でも! ああ! そんなこと! キッドに相談なんてしてみなさいよ! 何をされるかわからない!!」

「確かに!!」

「あたし、あたし怖くて……! 秘密を知ってるキッドにも言えなくて……! 誰にも言えなくて……! あたし……!」

「……ニコラ……! 君がそんな深刻な悩みを、一人で抱えていたなんて……! ……そうか。だから僕にそっけない態度で反抗ばかりを! もっと早く打ち明けてくれたら良かったのに……!」

「こんな話、誰が信じるって言うのよ……。リオンから離れるなって、お婆様から言われてるのに、あんたに言って呆れられて、離れられたら、あたし、もうどうしようも出来ないじゃない!」

「……ニコラ……君は……」

「……出来ることなら巻き込みたくなかった……。……だから、リオンが危険な目に遭わないように、傍にいて、見てたの。……ふふっ、まるで、ストーカーみたいでしょう……? ……いいのよ。絶交してくれて」

「絶交だなんて! 何を言うんだ!」


 リオンが立ち上がり、チョコレートをつまもうとしたあたしの手を握った。


「君は僕の妹だ! 妹を守るのは、お兄ちゃんの役目だ!」

「……レオ……」

「ニコラは、僕が守る!」


 そして、


「ニコラのお婆様の言う通り、僕が、救世主になってみせる!!」

「この城下町を」

「ニコラを」

「僕が」

「必ず、守ってみせる!!!」



 ――容易いわね!!! リオン!!!



 にたぁああ! と口角を上げ、リオンを見上げた。


「本当? 協力してくれるの? レオ」

「そういう事情なら、惜しみなく協力しよう! 僕は! 君のお兄ちゃんだからね!」

「わーい、ありがとう。助かるわー」


 あたしは梨の炭酸水を飲んだ。リオンがあたしの手を放し、また椅子に座り、興奮する目であたしを見てきた。


「ね、今までどんな助言があったんだ? お兄ちゃんに教えてごらん? ん?」

「……そうね」


(……助言なんて聞いたことないけど……いいわ。適当に誤魔化そう。ばあば、今だけ尊敬する貴女を利用することを許してね)


「一番近いのは仮面舞踏会の時」

「去年の?」

「ええ。パストリルの謎の唄を助言で解読したわ」

「へえ、解読したの? すごいね!」

「ええ。お婆様のおかげよ」

「……」


 その瞬間、リオンが黙った。


(ん?)


 リオンがあたしを見た。


(ん?)


 リオンがじっとあたしを観察した。


(ん?)


「あ」


 リオンが声をあげ、


「あ」


 口を押さえた。


「あ!」


 あたしを指差した。


「あーーーー! 思い出した!!」


 ようやく、納得したような顔で、叫んだ。


「兄さんを殴ったのニコラだろ!!」

「……そうよ。無意識にぐーで殴ってた」

「逃げた」

「知らなかったのよ。王子だって」

「その後、兄さんが追いかけてた」

「勝手に追いかけてきたのよ」

「キスしてた」

「してない!」


 テーブルを叩くと、リオンが眉をひそめた。


「え? してただろ? 城の前で」

「はあ? 城の前? 何言ってるの? してないわよ。ああ、ぞっとする! 変なこと言わないでくれる?」

「だって、僕、兄さんを追いかけたら、すごい目で睨まれたんだよ」

「……確かにキスされそうになったけど、……そうよ。あんたが来たのよ」


 あたしとキッドがむちゃくちゃと揉めている時にリオンが来て、キッドがリオンに気を取られて、あたしがその隙に蹴りをくらわせ、それであの魔の手から逃げられたのよ。


「それだけは感謝するわ。ありがとう」

「……軽く言ってくれるよな。あの後、大変だったんだぞ……」

「何よ」

「ニコラ、髪飾り落としただろ」

「……ええ」


 サリアにつけてもらった髪飾り。落として、そのまま帰ってこなかった。


「あたしか弱いレディなのよ。キッドが王子だって知って、その婚約者になってたって事実にパニックになったのよ。髪飾りなんて気にしてられなかった」

「普通は喜ぶと思うんだけど……」

「あたしは嫌だったの」

「君があの時兄さんから逃げたせいで、僕に多大な仕事が舞い込んできたんだ」

「知るか」

「兄さんの機嫌取りがどれだけ苦労するか、分かってないだろ……」


 あたしは黙ってスナック菓子を食べる。

 リオンが炭酸水を飲み干す。


「髪飾り、拾ったんだ。兄さん。大切そうにね」

「ただ、その後、髪飾りが壊れていることに気付いた」

「じゃあこちらで処分しなきゃいけないということに気付いた」

「意味分かる?」

「何してもいいんだよ」

「その髪飾りを思いっきり」


 僕にぶん投げてきやがった。


 ――痛い! 痛い! 痛い! キッド! やめて!


「投げては拾って、投げては拾って」


 ――痛い! 腰が! 痛い! 足が! いってえええ! 髪飾り、これ、いてえ! やめて!!


「僕にめがけて投げては狙って命中しては喜んで」


 はっ。


「ああ……。あれもしんどかったな……」


 ばきゅーん! ばきゅーん! ばきゅーん!!


「はぁっ……!」


 リオンが青ざめて、自分の体を抱きしめた。


「思い出しただけでおぞましい……!」

「あたしのせいじゃないわ」

「君のせいさ! どう考えたって君のせい! ニコラが兄さんを殴って逃げてからの、不機嫌MAXモードの兄さんは僕に押し付けられて、もう、それは、若白髪が出来るまで僕は苦労に苦労を重ねて、何とか旅路に出させたんだから!」

「部下達は?」

「ニコラ、見たことないのか? あのモードの兄さんには手も足も出ないよ。誰もね」

「リトルルビィは?」

「関わらないようにしてた。もしくは、長年の部下の人や、じいやがキッドに近づけさせないようにしてた。ああなったら相手が可愛い小さな女の子であろうが、何をするか分からない」

「……」


 じいじの手や首を斬ろうとしてた、ぶち切れキッドを思い出す。


(ああ、確かに、あれは手も足も出ない……)


 ……。


「レオ」

「ニコラ」


 あたし達はお互いを見た。


「ここまで話をしていて、思ったことがあるわ」

「同感だ」

「あたし達には共通点がある」

「僕も感じたよ」

「たった一つ」

「大きな共通点」


 とても大事な共通点。


「あたし達は」

「僕達は」



 キ ッ ド が 嫌 い だ 。



 あたしとレオがお菓子を食べながら頷いた。


「胡散臭いのよ。すぐ嘘つくし」

「自分勝手すぎるんだよ。今まで王子の仕事、僕に全部押し付けてたくせに……」

「人前ではあの笑顔」

「あれさぁ……見ると寒気がするんだ」

「あたしなんて、この綺麗な肌に鳥肌が立つわ。ほら見て。話をしただけで腕がぴっきーんって!」

「ニコラはまだいいよ。僕なんて玩具か何かと勘違いされてる気がする」

「あいつは人を玩具にして面白がる奴よ」

「なんてろくでなしなんだ」

「俺様め」

「あの鬼畜」

「くたばればいいんだわ」

「転んで泣きべそかきやがれ」

「犬のうんこ踏めばいいのよ」

「鳩にうんこを落とされてしまえばいいのに」

「あの脳なし野郎」

「からっぽが」

「ライオン野郎」

「ニコラ、それ取って」

「レオ、おかわり」

「はい」

「ありがとう。はい」

「うん。ありがとう。……殴られたりしてない?」

「誰から?」

「キッド」

「あいつ、そういうことはしない」

「そう。なら良かった」

「女には優しいのよ」

「そう。レディ限定」

「ただの女好きよ」

「……ん、まあ、……うん」


 レオが言葉を濁し、頷いた。


「ところで、ニコラ」

「ん」

「話題は変わる。アリーチェ・ラビッツ・クロックのことが知りたい。あの子だろ?」


 あたしの手の動きが止まった。


「……他にいなかった?」

「城下に住んでいる、15歳のアリーチェ・ラビッツ・クロックという少女は、あの子だけだ」

「一人?」

「ああ」

「他はいないの?」

「ああ」


 確定。


「そう」


 アリスがアリーチェだ。


「……」


 半分理解していたとはいえ、確定となると急に胸が重くなる。


(それでも彼は見つけた)


 たった一人のアリーチェを見つけ出した。


「レオ」

「何だ?」

「調べてほしいことがあるの」

「今度は何?」

「ジャック」


 レオがきょとんとする。あたしは真剣にレオを見つめる。


「切り裂きジャック。今、街で大暴れしてるでしょう?」

「……何だ? ニコラ、そんなの信じてるの?」


 興味がなさそうに、レオが肩をすくめた。


「迷信だよ。あんなの。子供騙しだ」

「何人か被害にあってる」

「被害って?」

「記憶をなくして、忘れてる」

「10月だから、皆、忘れっぽいだけだ」

「レオ、ジャックはお化けじゃない可能性があるの」

「……どういうこと?」

「あたしが知りたいのは、ジャックの正体」


 レオが眉をひそめる。


「お化けの正体なんか知ってどうするの?」

「この騒動を止めるわ」

「騒動?」

「皆が悪夢を見てる。あんた知らないの?」

「……知ってるよ。記憶を無くしてるんだろ」

「そうよ」

「……ニコラ、本気で言ってる?」

「ええ」

「お化けだぞ?」

「違う可能性があるわ」

「それもお婆様の助言か?」

「そうよ」


 嘘出まかせでも、何でもいい。

 リオンになら、見つけられるかもしれない。

 アリーチェを見つけたリオンならば。


「貴方なら見つけられる。レオ。お願い、協力して」


 レオが不満そうに黙る。


「手柄を取りたいんでしょ?」


 レオの指がぴくりと動いた。


「手柄になるのよ」


 あたしは微笑む。いやらしく微笑む。

 レオがあたしを見る。じっと見る。


「……何の手柄?」

「この町のヒーローになれる」

「ジャックを見つけたら、ヒーローか?」

「ええ」

「ジャックを見つけることが、そんなにすごいこと?」

「信頼度は上がるわ。王室からも、キッドからも」

「キッドから?」


 レオが反応した。


「なんでキッドが出てくるんだ?」

「なんでかしらね?」

「ニコラ」

「どうする?」


 あたしは微笑む。


「尊敬するお兄様に勝ちたいんじゃないの?」


 レオがあたしを睨む。


「別にいいのよ。あたしはキッドから解放されたらそれでいいんだから」


 頬杖をついて、レオに微笑む。にんまりと、いやらしい笑み。レオは考える。慎重に考える。そして、決意する。


「分かった」


 レオが頷いた。


「分かったよ」


 レオが真面目な顔のまま、また頷いた。


「ジャックを見つければいいんだな?」


 レオが頷いた。


「それが、僕の手柄になる。そうだな?」

「そうよ」

「君は僕の味方」

「そうよ」

「ニコラ、僕達は兄妹だ。兄妹は、二人で一つだ」


 レオがあたしの手を握った。


「二人でジャックを見つける。キッド兄さんが動く前に」

「ええ」

「そして僕は手柄を取る」

「ええ」

「そして君は自由になる」

「ええ」

「そのためには、ジャックを見つけることが必要」

「そうよ」

「理解した」


 レオが真剣に、あたしの手を握り続ける。


「ニコラ、契約を覚えているな?」

「妹になって貴方に協力する」

「そして僕は10月末に起きる悪いことを止める為の協力をする」

「あたしは貴方の妹」

「僕は君の兄」

「手柄を取るのよ」

「ジャックを見つける」

「忘れてないわ」

「忘れてはいけないよ」

「ジャックが来ても」

「絶対忘れてはいけないよ。ニコラ」


 あたしとレオが見つめ合う。

 手を握って見つめ合う。

 レオがあたしに微笑み、言った。


「契約継続だ」


 お互いの手が離れた。


「とりあえず、君のことは今まで通りニコラと呼ばせてもらうよ」

「そうして」

「お菓子を食べたら早速出かけよう。ジャック探しだ」

「……どこに行く?」

「……そうだな。まずは手掛かりを見つけないと。図書館に行こう。ジャックの情報は都市伝説の言い伝えのみで、詳しいことは分からない。だから、ジャックの本を読みに行こう」

「分かった」

「でも、……不思議だ。考えられない。ジャックがお化けじゃないなんて。ジャックが人間なら、どうやって夢の中に入り込んでいるんだ?」


(魔法)


 あたしは黙ってお菓子を食べる。


「ジャックはもしかしたら、霊能力が使えるのかもしれない。超能力者だ。手強そうだな」


 レオがお菓子を頬張った。


「図書館はここからだと少し遠い。乗合馬車を使おう」

「……あのきな臭いやつ?」

「いい乗合馬車じゃないか。馬も綺麗だ」

「ラジオから悲壮感丸出しの歌が流れる乗合馬車なんて嫌よ」

「じゃあ楽しい曲をリクエストしよう。青い鳥を使うんだ」

「青い鳥?」

「手紙を届けてくれる青い鳥がいるんだよ。僕の友達さ。呼ぼうか?」

「今日はいい」

「じゃあ、また今度」


 あたしとレオが、お菓子を食べた。



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