第2話 10月17日(2)


 12時。



 三人で休憩をとるために、店の外へ。


「さあ、メニーを迎えに行くわよ!」


 アリスが言って、三人で噴水前まで歩く。しかし、メニーの姿はない。


「……あれ?」


 アリスがきょろりと辺りを見回し、眉をひそめた。


「ニコラ、メニーって今日はいないの?」

「そんなはずは……」


 あの子がいないと、あたしのお弁当まで無いのよ。


「……リトルルビィ」


 声をひそめてリトルルビィを呼ぶと、リトルルビィがきょとんとしていた。


「……今日、いないみたい」

「え?」

「匂い、しないもん」

「……」


 あたしのお昼の無しが確定された。


「メニー、もしかしたら体調崩しちゃったのかもね。ニコラ、何か訊いてないの?」

「……パン屋、並んでくる……」


(電話も出来ない状況だもの。連絡出来ないのは仕方ない)

(……だとしても…!)


 あたしの胃袋がメニーによって左右されるというのが、尋常なく腹が立つ。


(きいいいいいいいいい!)


「リトルルビィ、ニコラがハンカチを噛み始めたわ! そんなにお腹空いてたの!?」

「ニコラ、どうどう」


 アリスが唾を飲みこみ、リトルルビィが手を上下に動かして、あたしを諭す。


「私もパン屋に行くよ。一緒に買いに行こう?」

「いい。ここでアリスと待ってて……」

「一人で行ける?」

「大丈夫だから……」


 メニーめ……。許さない……。


(だけど、連絡先を教えるのは怖い。メニーとはいえ、キッドの家の電話番号だし……。……くそ……)


 アリスとリトルルビィに振り向いて、手を上げる。


「行ってくる……」

「美味しいの選んできなさいよ! ニコラ!」

「そうね。うんと美味しいの選んで買ってくるわ」


 アリスに頷き、回れ右。


(ミセス・スノー・ベーカリーに行こう……)


 一歩足を踏み出した瞬間、


「お待ちを。レディ」


 肩を掴まれた。


(ん?)


 綺麗な女の声に眉をひそめて、その肩を掴む相手を見上げる。その顔を見た途端、あたしの眉が緩んだ。


「あ」

「ふふっ」


 女がしゃがみこみ、バスケットをあたしに差し出した。


「はい。お届け物」


 女はにこりと微笑んだ。


「お久しぶりです」


 女が微笑んだ。


「お会い出来て良かった」


 バスケットを受け取ったあたしが、ぽかんと、しゃがんだそのお姉さんを見下ろす。


「……何やってるの?」

「メニー様の代理です」

「来てくれたの?」

「レッスンでどうしても抜けられないからと、頼まれました」


 私服姿の綺麗なお姉さんが、あたしの手を握った。


「元気そうね」

「……サリア……」


 呼んだ瞬間、


「ニコラが綺麗なお姉さんと喋ってる……」


 アリスの呟きに、はっと我に返る。アリスはきょとんとして、リトルルビィはサリアを見て、


「あ」


 声をあげた。サリアも立ち上がり、リトルルビィに微笑んだ。


「あら、お久しぶりです。リトルルビィ」

「こんにちは! サリアのお姉ちゃん」

「あれ? リトルルビィも知り合い?」


 アリスが首を傾げる。


「ニコラのお姉さん?」


 サリアが美しく微笑んだ。


「初めまして。私は使用人の……」

「サリア!」


 あたしは即座に、サリアの手を強く握った。サリアが口を止めた。


「ん?」

「アリス」


 サリアが横できょとんとする中、あたしは凛と背筋を伸ばし、紹介する。


「近所の家のお姉さんの、サリアお姉ちゃんよ!」

「あー! そっか! ニコラの家って、ご近所付き合い良いんだものね!」

「……ニコラ?」


 あたしを見て、アリスを見て、またあたしを見て、サリアが黙り、またアリスに顔を向けて、微笑んだ。


「初めまして。ニコラちゃんの家の近所に住んでるお姉さんの、サリアと申します」

「初めまして! ニコラの親友のアリスです!」

「……友達の、アリス」


 ぼそりと言うと、サリアが微笑ましそうに笑った。


「そう。『友達』のアリス」


 そう言って、


「ふむふむ」


 頷いて、


「ニコラちゃん」


 サリアがあたしを見つめた。


「そんな紹介でいいの?」

「え?」

「え?」


 あたしとアリスが声を合わせて、きょとんとした。サリアは眉をひそませて、あたしの顔に顔を近づける。


「私達はそんな浅い関係じゃないでしょう?」

「え?」

「えっ」


 今度は、あたしとリトルルビィの声が重なった。


「だって、私達は」


 あたしの手を取って、サリアが切なげにあたしを見つめた。


「三泊四日、一緒に夜を過ごした仲じゃない」

「ん?」

「ええええええええええ!」

「へっ」


 あたしがきょとんとすると、アリスが声を上げ、呆然と固まるリトルルビィを横から抱きしめた。


「ニ、ニコラ、そのお姉さんと、そんな関係だったの……!?」

「アリス、そんな関係って何?」


 なんでちょっと顔が赤いの。アリスが手を前に出し、あたしに掌を見せる。


「分かったわ。ニコラ、分かってる。二人きりになりたいってことでしょう?」

「ん? どういうこと?」

「そういうことなら邪魔はしないわ。今日は二人で大切な時間を過ごして」

「ん? どういうこと?」

「遠慮はいらない。大丈夫。私はそういうのに偏見はないから」


 アリスがぱちんと、あたしにウインクした。


「楽しんで!」

「何を?」

「駄目!!」


 リトルルビィが首を振って、目を見開いて、拳を握って、叫んだ。


「絶対駄目! 二人きりは駄目!」

「リトルルビィ、今日は二人にさせてあげましょうよ。久しぶりの再会なのよ。だって久しぶりって言ってたもん」

「まままま、待って! 待って! そんな関係なんて、私聞いてないもん!」

「二人とも何言ってるの? そんな関係って何の関係?」

「大丈夫よ! ニコラ! 楽しんで!」

「無視かい」

「駄目! ニコラは私達と過ごすの!」

「邪魔しちゃ駄目よ! リトルルビィ!」

「待って! ニコラ! サリアのお姉ちゃん! どういうこと!? どういうことなの!?」

「向こうに行きましょう! リトルルビィ!」

「やああああああああああ! ニコラーーーー!」


 アリスに引きずられてリトルルビィが連れて行かれる。なんでサリアの元に置いていかれたのか、あたしには分からない。これで一緒にお弁当食べれると思ったのに。


「……三泊四日、一緒に泊まることがおかしなこと?」

「ぶふっ!」


 サリアが吹き出し、くくくっと笑った。


「テリー、また面白い子を連れてきましたね」

「アリスのこと? ああ、……サリアが好きそうね」

「ああいう純粋な子の反応は面白いんです。あとで勘違いさせてごめんなさいと言ってもらっていいですか?」

「勘違い?」

「ええ」

「何を?」

「何でしょうね?」


 ふふっと笑うサリアに、あたしは眉をひそめた。


「サリア、来てくれたのは嬉しいけど、使用人って言っちゃ駄目じゃない。危なかったわ」

「あら? どうして? 本当のことじゃないですか」

「ママに怒られる」

「怒られる?」

「貴族ってこと、バレるじゃない」

「……」


 サリアがきょとんとする。あたしもきょとんとする。


(あれ?)


 変な違和感。


「……サリア?」


 呼ぶと、サリアが優しく微笑んだ。


「テリー、せっかくです。一緒にランチをいかがですか?」

「……お弁当は?」

「乗合馬車の中で食べようと、サンドウィッチを買いました。よければご一緒に」

「……ん。そうね。なんか二人も行っちゃったし。食べましょう」


 頷き、噴水の近くにあるベンチに二人で座り、あたしは肉を挟んだパンを。サリアはサンドウィッチを頬張った。もぐもぐしながら訊いてみる。


「……これ、メニーが作ったの?」

「ええ。レッスン前に作ってましたよ」

「……」


 ――なんだか、だんだん上手くなってる気がする……。


(まだ一ヶ月も経ってないのに、天才なの? クソなの? ええい! 努力すれば報われるってか! 綺麗事並べやがって! 腹が立つわ! メニーのくせに!)


「屋敷を出られてしばらく経ちますが、どうですか? その後、上手くやってますか?」


 あたしはパンを噛みながら頷く。


「職場の人達が皆優しいの。それと、アリスもリトルルビィも、あたしが出来ないことは全部やってくれるから」

「偽名を使って生活されていたのですね。ニコラちゃん?」

「悪くないでしょう?」

「ええ。素敵なお名前です」


 そう言って、サリアが苦く笑い、困ったように眉をへこませる。


「テリー、謝ります。ごめんなさい」

「え?」

「貴族ということを知られたくないようですが、なぜか、訊いてもいいですか?」


(え?)


「……その話、……前にしたわよね?」

「……」

「……サリア……?」

「……そう。私は貴女とこの話をしたのですね」

「……」

「……その記憶も、か……」


 サリアがぼそりと呟いたのを聞いて、はっとした。


(あ)


 メニーに聞いたではないか。

 ドロシーに聞いたではないか。

 ベックス家では、ジャックが夜な夜な来ていると。


「サリア」


 呼ぶと、サリアがあたしに顔を向ける。


「はい」

「訊きたいことがあるの」

「何でしょう」

「痣はある?」


 訊くと、サリアが黙った。黙って、じっとあたしを見て、微笑み、頷いた。


「見ます?」


 サリアがサンドウィッチを膝元に置き、腕の裾をめくった。両腕の肘周りにうっすらと、線のような痣が浮かんでいる。


「……あるのね」

「ええ。会いましたから」

「……切り裂きジャック?」

「はい」


 サリアが頷いた。


「以前から、おかしな夢を見るんです。昨日もまた……」


 サリアが話し出した。


「私に子供が出来るのです。夫はこれまた、たくましい男性で、結婚して、子供を授かるのですが、家の地下に子供を遊ばせたら、上からつるはしが落ちてきまして」

「……つるはし?」

「ええ。なぜ、そんな所につるはしがあったのかは知りませんが、私は咄嗟に子供をかばうんです」


 かばう瞬間、時間が止まった。


「子供がジャックだった」


 そして、言われる。


「トリック・オア・トリート!」

「あら、ごめんなさい。坊や。お菓子を用意し忘れたわ」


 その瞬間、時間が動き出し、つるはしが両腕をカット。


「両腕が切断されてしまいまして、私は悲鳴をあげました」


 ――そこで目が覚めました。


 サリアが、痣を優しく撫でた


「悪夢です。ジャックの悪夢。テリー、興奮しませんか?」

「全然しない」

「あら、さようでしたか」

「サリアは興奮するの?」

「謎が解ければ、そうですね。興奮するかもしれません」


 サリアが袖を直す。あたしはサリアの言葉に瞬きをした。


「謎?」

「謎ではありませんか?」


 サリアの口角は上がっている。


「だって、人の寝ている時間だけ、頭の中を整理している運動を体内で行っている間だけ、ジャックと呼ばれるお化けが現れて、悪夢を見せて、お菓子を渡さないと記憶の一部が無くなるなんて、……そんなことはあり得ない。どこかに仕掛けがあるんです」


 サリアは考える。


「仕掛けがどこかに」


 サリアは足を組む。


「あるはずなのですが」


 サリアはサンドウィッチを食べた。


「……」


 そっと、足の位置を戻した。


「実証出来ない以上、謎は解けません」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


「ああ、長年解けなかった故郷での謎が解けたと思ったら、また記憶関係の謎が増えるなんて、なんともどかしいこと」

「サリアでも解けないのね」

「テリー、今までで、ジャックの夢が青痣になって影響してくるなんて話、聞いたことあります?」


 あたしは首を振った。サリアは頷く。


「テリーは運が良かったかもしれません。今、お屋敷の中は大変なんですよ」


(ドロシーが呪われたと言うほどだもの。相当なんでしょうね)


「毎日、誰かがジャックの悪夢を見ているんです。それも、繰り返し、誰かが、何度も」


 サリアが眉をひそめた。


「ベックス家は呪われてしまったようです。10月いっぱい、きっとあのままでしょうね」

「10月いっぱいって、なぜ分かるの?」

「ジャックは11月には現れません。彼が現れるのは10月だけ」

「……本当に10月で終わるかしら」

「ええ。終わります。ですからそれまで打開策ということで、ベックス家で働く全員、枕元にお菓子を置くように言われております。まるで子供のように」

「それが打開策になってるの?」

「どうでしょうね。気が緩んだ時にジャックが来るのです。お菓子を枕元に置き忘れた日に限って。それでまた、貴女との会話も忘れてしまったようです」

「……本当にジャックの悪戯みたい」

「悪戯です。遊んでいるように感じます」

「遊んでる? ジャックが?」

「質が悪いと分かった上で動いているように感じます。なぜか、分からないのですが。……貴族の家を襲えば、かなり悪いことをしている気がしているような、そんな感じ……」


 行動に、違和感。


「えっと」


 サリアが考える。


「えっと」


 サリアが考える。


「えっと」


 サリアが深呼吸をつき、首を振る。


「ああ、やめます。時間の無駄でした」


 ちらっとあたしを見て、あたしと視線を合わせ、顔を近づける。


「先に、こちらの謎にしましょう」

「え?」


 きょとんと瞬き三回。


「謎?」

「メニー様に宿泊先を訊かれました」

「ああ」


 あたしはうんざりして頷いた。


「うん。訊かれた。友達の家って言っても信じてくれないの」

「勘づいているのでは?」

「何が?」

「だって、あえて黙ってるなんておかしいと思うじゃないですか」

「友達の家だもの」

「友達という言い方が良くないのでは?」

「じゃあ何? 知り合い?」

「他の言い方は?」

「あたしが素直に婚約者の家だなんて、言うはずないでしょう」


 サリアがにこにこ微笑む。

 あたしににこにこ微笑む。

 あたしはにこにこした顔を見て、


「……あれ?」


 顔を青ざめた。


「サリア……あたしの宿泊先……知らないわよね……?」

「ええ。多分、聞いてません。今、初めて知りました」


 はあはあ。なるほど。


「散々しつこくされたのに、将来嫁ぐ相手の側に行くなんて、なんて献身的なお嬢様なんでしょう」

「……ママには」

「黙ってます」

「……またカマかけたわね……」

「ふふふっ」


 サリアが笑った。


「あの方のお傍なら、心配いりませんね」

「……ねえ、サリア」

「はい」


 言うのは癪だが、背に腹は代えられない。


「……またジャックに会ったら、あたしの婚約者に会うよう伝えてくれない?」

「ふふっ。今度はジャックと賭け事ですか?」


 サリアが頷く。


「分かりました。そのように計らいます」

「無理はしなくていいわ」

「そうですね。怪盗の時とは違って、会えるのは夢の中だけですもの。会うように言えば、ジャックが面白がって行くかもしれません」

「でもあいつ、ジャックを泣かしたのよ」

「泣かした? ジャックをですか?」

「うん」

「あら、それはそれは、流石ですね」


 サリアがサンドウィッチを噛んだ。


「テリーはジャックに会いましたか?」

「会ってない」

「お気をつけて。彼は本当に嫌な夢を見せてきますよ。悪夢どころではありません。悪夢の中での痛みは、本物同然です」

「……分かった。枕元にお菓子置いておく」

「そうですね。それが最善の策だと思います。全く。おかしな話ですね。今まで言い伝えだけだった切り裂きジャックが、今年になって急に暴れ始めるなんて」


 サリアがバスケットから水筒を取り出した。


「ココアはいかが?」

「……飲む」


 サリアが水筒を開けて、ココアを小さなカップに入れた。


「はい」

「ありがとう」


 受け取ってココアを飲む。


(サリアのココアって美味しいのよね。はあ。なんだか懐かしい味に感じるわ)


「ところでテリー、一つ、質問が」

「ん?」

「ヴァイオリンなんて、いつ習いました?」


 あたしは黙って、カップを口から離した。


「……いたの?」

「偶然、お使い中でした」

「……そう」

「奥様には黙ってます。ご安心を」

「……」

「素敵な音色でしたね。一年そこらでは、あんな音は出ないかと」

「……知り合いに、習ったの」

「へえ」

「……」


 黙って、またココアを飲む。サリアが水筒に蓋をしながら、静かに言う。


「テリー、私はアメリアヌが生まれた時には、すでにベックス家で働いております」

「……」

「私はその時から、今日まで貴女達の姿を見てきました」

「……」

「……テリー」


 サリアが訊く。


「そんな知り合い、いましたっけ?」

「サリア、メイドの仕事してるから気が付かなったのよ」


 あたしは慎重に言葉を選ぶ。


「外出してたじゃない。何度も、あたし」


 紹介所に遊びに、何度も出かけたのは事実だ。


「偶然知り合って、その人の家でちょっと触らせてもらってたのよ」

「無料で?」

「ええ。お遊び程度に」

「お遊び程度……」

「そうよ。ヴァイオリンで遊んでて、それが練習になって、ある程度弾けるのよ」

「……なるほど」


 サリアが謎解きをやめた。


「テリー」


 サリアがあたしの名前を呼ぶ。


「お上手でした。聴き惚れてしまうほど」


 見れば、あたしに微笑むサリアがいた。


「本格的に習ってはいかがですか? 存じ上げいるかもしれませんが、今、アメリアヌがお歌を、メニーがピアノを習っておりますよ」

「考え中」

「出来ればもう一度聴きたいです」

「あたしの演奏なんて聞いても、耳がうるさくなるだけよ」

「もし習うのであれば」


 サリアが提案した。


「クリスマスに演奏してください」

「クリスマスはのんびりするものよ。動物は皆、冬眠時期なの。だって寒いじゃない」

「テリーのヴァイオリンで盛り上げてくださいな」

「アメリとメニーがいるでしょ」

「テリーのも聴きたいです」

「間違えたらどうする?」

「間違えたら、とは?」

「音」

「いいじゃない」


 サリアがくすっと笑った。


「間違えるなんて、とても人間らしい。テリーの間違えた音も、正しい音も、きっと私にとっては、とても愛しいものです」

「……身内だもの。そう思うわよね」

「テリー、身内を喜ばせないで、他の人が喜ぶ演奏なんてあると思いますか?」

「素晴らしい演奏なら、誰だって喜ぶわ。身内も、他人も」

「そんなものは、プロに任せればいい」


 サリアがなぜか、そっとあたしの背中に手を伸ばし、あたしの背中を撫でた。


「テリー、もしもやるのであれば、覚えておいてください」

「……サリアとの話は、忘れないわ」

「ジャックが消しに来るかもしれませんが」

「消させない」

「消えてしまったら?」

「その時は、サリアがまた教えて」

「かしこまりました」

「サリアが忘れてたら、あたしがサプライズでやるわ」

「ふふっ。それは素晴らしいですね」


 ですが、


「今の会話は、忘れたくありません」


 サリアの手があたしの背中を撫でる。


「どうか忘れないで。テリーも」

「……サリアとの会話は、消させないわ」

「……ふふっ。……ありがとう」


 あたしはパンを頬張る。サリアもサンドウィッチを頬張る。あたしの手がサリアの腕に伸びる。そのまま絡ませて、背中を撫でていた手を下ろして、ぎゅうっと握れば、サリアも手を握り返してきた。ふふっと、どこかおかしそうに笑うサリアの笑い声が聞こえ、あたしは、またパンを噛んだ。



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