第5話 最強の魔法(2)



 ぽたぽたと、液体が落ちてきた。



 メニーが包丁を抜いた。


 血の付いた刃が出てくる。


 キッドが腹部を押さえ、膝から崩れるように座り込んだ。


 兵士達が顔を青ざめた。


「キッド様!!」


 メニーが、座りこんで俯くキッドを睨んだ。


「よくも! よくもパストリル様を!」


 メニーの目が黄金に光る。


「よくも! よくも! よくも!!」


 もう一度、振り下ろそうとする手首を、あたしが慌てて掴んだ。


「メニー!!」


 メニーがあたしに振り向いた。やっぱり、瞳は金色に輝いている。


(催眠が解けてない…?)


 ソフィアは確かに気絶した。全ての催眠は解けたはず。


(………)


 ソフィアは、ただの催眠術師じゃない。


 ―――呪い。


 ソフィアは呪われている。呪いは広がる。毒となって入り込む。毒は、人間には耐えられない。


 メニーの中で、毒が暴走している。


「いやあああああああああああ!!」


 メニーが発狂した様に叫ぶ。


「パストリル様が! パストリル様が!!」


 メニーの手から包丁が地面に滑り落ちた。


「お姉ちゃん! パストリル様が殺されちゃうよ! こいつらに殺されちゃうよ!!」


 メニーが、悲痛な表情であたしの肩を掴んで、あたしの体を揺らした。


「どうしよう!! お姉ちゃん! 早く! パストリル様を助けに行かなきゃ! 優しくて、愛しいあの人を助けないと!!」

「メニー」


 あたしはメニーと向き合った。


「メニー」


 メニーを見つめた。


「メニーメニー」


 メニーを呼んだ。


「メニーメニーメニーメニーメニー」


 そして、




 微笑んだ。





「落ち着いて」


 そっと、抱きしめる。


「全く、この子ってば。せっかちなんだから」

「お姉ちゃん!」


 メニーがあたしの肩を押して、距離を離す。


「冗談言ってる場合じゃないよ!」

「メニー」

「どうしよう! パストリル様! どうしよう!!」


 こいつらのせいで、パストリル様が!!


「酷い! なんて酷いの!! 返せ!! パストリル様を返せ!! 愛しいあの人を、返せ!!!」


 見たことのない、乱暴な言葉遣いに、正気じゃないことを嫌でも理解できる。


(どうしよう)


 微笑んだあたしは、パニックになっていた。


(どうしよう)


 メニーが正気じゃない。


(どうしよう)


 考える。


(どうしよう)


 頭が真っ白だ。


(どうしよう)


 とにかく、落とした包丁を蹴飛ばして、メニーから離す。


(どうしよう…)


 ドロシー、どうしたらいい?







「テリー」





 ドロシーの声が、聞こえた気がした。


「これが浮かんでいる間は、君は最強の魔法が使える」


 あたしはっとする。


「何でも出来るよ」


 あたしは左手を見る。


「訳の分からない魅了を解くことも」


 あたしの左手の甲には、


「呪いを避けることも出来る」


 ハートのほくろのような痕が、浮かんでいる。

 最強の魔法。


(これだ)


 これしかない。


(これでメニーの催眠を解くしかない)


 解けば、メニーを助けた英雄に。

 解けば、キッドの命の恩人に。

 解けば、この事件の英雄に。


(あたしのお陰で事件が終わったら…)


『お姉ちゃん! 助けてくれてありがとう!』

『テリー! 助かったよ。仕方ない! お礼に婚約は解消だ! お前は自由の身だよ!』

『テリー様万歳! テリー様万歳!』

『テリー・ベックスを死刑に? 馬鹿な。彼女は怪盗事件で全ての問題を解決した英雄だぞ』

『英雄様万歳! 英雄様万歳! 英雄様万歳! 英雄様万歳!』

『テリー様万歳!』


 ―――っしゃあああああああああああああああああああ!!!!!


 あたしの目がきらりーん! と光り輝く。答えは決まった。メニーの手首を離さないように、ぐっと力を入れて、絶対に離さない。


「メニー」

「お姉ちゃん!」


 悲劇のヒロインの如く叫ぶメニーに微笑んで、小さなあたしの脳みそを使って考える。一番の難点は、この最強の魔法の発動方法が分からないこと。


 ドロシーはこう言っていた。


「これは、『最強の魔法』だ、というヒントだけは出しておくよ」

「答えを導き出して、この魔法を発動させることが出来る君がいることを、心から願っているよ」

「『愛』があれば、必ず分かる方法さ」


 愛。

 愛があれば、使える魔法。


 愛。

 愛があれば、分かる方法。


 愛。

 愛があれば、発動する魔法。


 愛。

 あたしはどんな愛を受けてきただろうか。


 愛。

 愛のある鞭。


 愛。

 愛のある鞭と言ったら、


 サリアが、あたしに痛いのをしたじゃない。

 サリアが、あたしに教えてくれたじゃない。

 そうだ。


 サリアがあたしにやってくれた。


「テリー。私は憎くてこんなことしてるわけじゃないんですよ」


 そう言ってサリアは額を撫でていた。


「私なりのお仕置きです」


 愛のある鞭。

 これだ。

 これしかない。


 あたしは確信する。


 サリアはあたしに愛を与えた。

 だったらあたしはサリアがあたしにやったように、この愛を、メニーに与えるだけ。


「メニー」


 微笑んだ。


「お姉ちゃん!」


 メニーが叫ぶ姿を前に、あたしは、ぐっと足を踏ん張った。


「メニー!」


 背を少し、のけ反った。


「これが!」


 あたしの!


「愛よ!!!!」


 頭を、思いきり、メニーの頭に、振り下ろした。


 ごーーーーーーんっっっっ!!!!!!



「……………」


 あまりの痛さに、ぐわんぐわんと、頭が鳴り響き、視界が一瞬、白くなり、意識がふらりとする。しかし、足を踏ん張らせる。顔を上げて、じっと前を見れば、メニーもぐわんぐわんと頭を揺らし、ぴよぴよ鳴くヒヨコが周りに飛んでいた。


(やった!)


 ふらふらしてる!


(メニーが催眠から起きようとしている)


 成功だわ!


(なるほど! 最強の魔法の使い方は、頭突きだったのね!!)


 愛がないとこれは分からないわ! サリア! どうもありがとう!!


「メニー! あたしが分かる!?」

「お姉ちゃん! 何するの!」


 そんなことよりも!


「パストリル様を!」


 メニーの瞳の色は、まだ金色だ。


(なるほど。最強の魔法は、時間がかかるのね!)


 ならば、気合を入れて!


「もう一回!」


 ぐっとのけ反る。


「メニーーーーーーー!!!」


 あたしの愛のある鞭を!!


「受け取れえええええええええ!!!」


 ごーーーーーーーーーんっっっっっ!!!


「~~~~~~~!!!!!?」


 メニーが涙目になる。あたしも涙目になる。


(こ、これでどう…!?)


 あたしは顔を上げる。


「メニー! あたしが分かる!?」

「うえええん、痛いよお…!」


 メニーが頭を押さえて、泣きじゃくる。


「パストリル様ぁああ…!」


 まだか!!!


(きっと最強だから、普通より時間がかかるんだわ!)


 ならば回数と時間を重ねて、


「うらあああああああああああああああ!!!!!!」


 全ては、あたしの未来のために!!


「受け取れえええええええええええ!!!!!」

「おねっ!!」


 ごんっ!!


「痛い!」


 ごんっ!


「待って!」


 ごんっ!


「助けて!」


 ごんっ!


「パストリル様!」


 ごんっ!


「痛い!」


 ごんっ!


「痛いっ!」


 ごんっ!


「やめて!」


 ごんっ!


「ごめんなさい!」


 ごんっ!


「お姉ちゃん!」


 ごんっ!


「お姉ちゃん!?」


 ごんっ!


「え!?」


 ごんっ!


「うわ、いたっ…」


 ごんっ!


「ふへっ」


 ごんっ!


「痛い痛い痛い!」


 ごんっ!


「ひゃっ…」


 ごんっ!


「まった、タイ…」


 ごっ…


「タイムぅううううう!!!!」


 素早くメニーの手があたしの頭を捕らえた。


「ひいいいいいい!」


 顔を青ざめたメニーが悲鳴をあげ、痛みを堪える無表情なあたしの頭を震える手で押さえつける。


「なななななっ…! 何が! 何が起きて…!」

「メェェェエエニィィイイイ………」

「ひっ!」

「抵抗しちゃ駄目でしょ…」

「ひぇ!!」

「黙ってあたしの愛を受け取りなさい…」


 あたしの額から血がたらーん。


「ま、待って、まま、まっ、待って! 血が! お姉ちゃん! 血が出てる!」

「すーーーーーー」

「いやいやいやいやいや!!」


 メニーが必死に反りかけたあたしの姿勢を維持するよう頭を押さえる。


「お姉ちゃん! 状況を説明して!!」

「ん?」


 あたしはきょとんと瞬きする。メニーの顔が青ざめている。


「ん?」


 目が、青色に戻っている。


「メニー」

「お、お姉ちゃん…」

「あたしが分かる?」

「わ、分かるよ…。テリーお姉ちゃん、何やってるの…?」

「もう一つ質問。あんたは?」

「え…? 私? 私は…メニーです」

「あたしとあんたは、何?」

「え?」

「関係」

「え、か、関係?」


 えっと、


「姉妹…?」

「なんで疑問形なのよ」


 ふむ。あたしは頷いて、頭突きの姿勢を止める。


「大丈夫みたいね。目覚めはどう?」

「め、目覚め?」


 ぱちぱちとメニーが瞬きをする。


「あれ?」


 自分の服装に、驚く。


「あれ?」


 あたしを見上げる。


「ドレスは?」


 あれ?


「仮面舞踏会は?」


 あれ?


「仮面は?」


 あれ?


「お姉ちゃん、そのドレス…」


 ひえ!?


「なんで血がついてるの!?」


 さっと、顔を青ざめる。


「おでこ以外に怪我してるの!?」


 はっ!


「お姉ちゃん、手当しなきゃ!」


 メニーが辺りを見る。


「え!? ここどこ!?」


 またあたしを見上げる。


「お姉ちゃん!」

「この馬鹿!!」

「ひえ!?」


 怒鳴ると、メニーが驚いて目を見開く。あたしは腕を組んでメニーを見下ろす。


「あんた、よくも誘拐されたわね」

「ゆ、誘拐された? 何のこと?」

「パストリルの目を見たでしょう?」

「ぱ、パストリル…?」


 あ。


 メニーの目が、見開かれた。


「そ、そうだ。私、なんか、金髪の人が目の前に来た途端に、すごく眠くなって…」

「お陰で国まで動く始末よ! メニー! 反省しなさい!」

「私が反省するの!?」

「怪盗の人質になったのよ! 当然でしょ!」

「ええ!? 大丈夫だったの!? それ!」

「大丈夫じゃないからこうなってるんでしょ!」


 兵士達がいる光景を見て、地下室の景色を見て、メニーが愕然とした。


「え、えええ……?」

「もうしばらくは外出禁止よ! だから舞踏会なんて行きたくなかったのよ! ろくな目に合わないんだから!!」

「それ…私、悪くない気がするんだけど…」

「お黙り!!」

「えー…」


 メニーが眉をひそめた。


「理不尽だ…。理不尽の極みだよ…。お姉ちゃん…」

「ママもアメリも、使用人達も全員、あんたのこと心配してる」

「皆は?」

「家にいる」


 手を伸ばす。


「帰りましょう」

「うん」


 メニーが手を伸ばす。


「帰る」


 あたしの手を握ろうとした途端、――――メニーの手が硬直する。


「…………」


 メニーが血の付いた自分の手を見る。


「え?」


 見つめる。


「え?」


 メニーが瞬きする。


「…………」


 ゆっくりと、あたしを見上げる。


「お姉ちゃん」


 私の手、


「どうして、血がついてるの?」



 ―――直後、




「キッド様!!!!!!!!!!」





 振り向いた。


 兵士達が、キッドを囲んでいる。

 キッドの肌が白い。

 キッドの手が動かない。

 キッドの意識がない。

 キッドの腹部から大量の赤い血が流れ出る。


「血が止まらない!」


 兵士の声が響く。


「キッド様!!」


 兵士の声が響く。


「お気を確かに!!」


 兵士が叫んだ。


「救急隊を!!」


 兵士が叫ぶ。


「キッド様!!!!」

「キッド様!!!!」

「目を開けてください!!」

「止血を急げ!!」

「キッド様!!!」




「…………………………………」




 あたしは黙る。


「え?」


 メニーが声を出す。


「え?」


 メニーが手を見た。


「何…?」


 あたしが蹴った包丁を見つけた。


「…………」


 メニーがあたしを見た。


「お姉ちゃん」


 あたしは黙る。


「ねえ、何があったの?」


 あたしは黙って見つめる。


「お姉ちゃん」


 メニーの体が震え始める。




「キッドさん、どうして血を流して倒れてるの……?」






 死は繰り返される。死を回避すれば、どこかで影響する。

 クロシェ先生は死を回避した。使用人のケビンが死んだ。

 ニクスは死を回避した。ニクスの父親が死んだ。


 キッドは死を回避した。


 誘拐事件で逃げ遅れたあたしをかばって、包丁で刺されるはずだった。


 寿命が伸びれば、死は繰り返される。


 キッドはメニーに包丁で刺された。



「…………………」



 刺されたところが、一致していた。


(これ)


 あたしは冷や汗を流す。


(まずいんじゃ…)




 間違いなく、このままだとキッドが死ぬ。





(……まずい)


 キッドを助けたのは間違いじゃなかった。ドロシーも言っていた。

 キッドがいなければ、クロシェ先生はいなかった。リトルルビィはいなかった。ニクスはいなかった。皆生きていなかった。


(救世主がいなくなる)


 どうなる。


(残ってる中毒者はどうなる?)


 キッドがいなくなれば、誰が立ち向かう?


 だが、これは決まっていること。

 これは確定事項。


 キッドの運命は、死を告げている。




(…誰か)


 誰でもいい。


(キッドを助けられる人は…?)


「血が止まらない!!」


 兵士が叫ぶ。


「止血を続けろ!!」


 兵士が叫ぶ。


「キッド様!!」


 兵士が叫ぶ。


「ああ…!! キッド様!!」


 兵士が叫ぶ。


「どうか、どうかキッド様! お目を開けてください…!!」


 キッド様!!!!!!!!!


(医療部隊は?)


 兵士達が既に止血をしている。


(血は止まらない?)


 止めているのに止まらない。


(辺り所が悪かったみたいね)


 運命が告げている。目をきょろきょろさせる。


(誰かいないの?)


 キッドを助けられる人。


(国に仕えてるんでしょ?)


 兵士なら出来るでしょ?


(キッドは助かるでしょ?)


 血は止まらない。


「キッド!?」


 異変に気付いたリトルルビィが駆け込んだ。


「キッド!」

「ルビィ!」


 女兵士がリトルルビィを押さえた。


「キッド、どうしたの!?」

「リトルルビィ」

「ねえ、どうしたの!? キッド、どうしたの!?」


 リトルルビィが叫んだ。


「血の匂いが変よ!」


 リトルルビィが女兵士から抜け出した。


「キッド! キッド!!」


 リトルルビィが兵士たちの間に割り込んだ。


「退いて!」

「ルビィ! 退いてろ!」

「キッド! キッド!!」


 キッドはどんどん白くなるだけ。


「キッド!!」


 運命の歯車が回り始めている。きこきこ音を鳴らして、カウントダウンを始めている。


「キッド!」


 リトルルビィが叫ぶ。兵士達が必死に手を尽くす。


 救世主はいなくなる。

 呪いを追う人物はいなくなる。

 中毒者を排除できる人物が、

 毒の研究を進める人物が、

 解毒する人物が、

 唯一の人物が、

 唯一のその魂が、

 このままでは消えてしまう。


 血は、止まらない。


「………」


 壮絶な光景に、メニーが体を震わせ、石のように固まってしまう。


(どうしよう)


 あたしはメニーに手を伸ばす。


(どうしよう)


 考える。


(どうしよう)


 メニーの肩を掴んでなだめようとした左手が視界に入り、





 ハートのほくろのような痕が手の甲に浮かんでいるのが、見えた。





(………)


 あたしはじっと見る。よく見てみる。


(あれ?)


 瞬きをして、もう一度見る。


(幻?)


 擦ってみる。消えない。まだ残ってる。


(なんで?)


 左手には、まだ、その痕が残っている。


(なんで?)


 おかしい。

 最強の魔法はもう使ってしまったのに。


(まさか)


 あたしはメニーを見る。


(違った?)


 あたしは手の甲をもう一度見る。


(残ってる)


 愛の鞭。


(え?)


 眉をひそめる。


(違ってたってこと?)


 つまり、


(最強の魔法は、まだ発動されていない)


「これが浮かんでいる間は、君は最強の魔法が使える」


 ドロシーの声が響く。


「何でも出来るよ」


 ドロシーの声が響く。


「訳の分からない魅了を解くことも」

「呪いを避けることも出来る」


 そして、






「人の命を助けることも出来る」









 あたしは地面を蹴った。


 メニーが息を呑んだ。

 キッドを囲む兵士達に走る。

 キッドを囲む兵士達の隣に滑り込む、中に割り込んだ。


「退いて」

「テリー様!」


 見たことあるキッドのお手伝いさんが、兵士の格好で、割り込んできたあたしに声をかけた。


「ど、どうかお離れ下さい!」

「ここは我々が!」


 リトルルビィがあたしに気付いて顔を上げた。


「て…テリー…」


 リトルルビィがぐちゃりと顔を歪ませた。


「キッドが起きないの…」

「退いて」


 リトルルビィの横に座り、キッドの顔を覗き込む。

 意識はない。唇は青くなっている。肌は白い。青白い。ぐったりしている。


「キッドが…テリー…どうしよう…!」

「ああ、何というだ…」

「テリー様、どうか…!」

「……我々が……何とか……」


 兵士達が鼻声で、あたしとリトルルビィの肩を掴んでくる。震える手で止血を続ける。

 あたしはキッドの動かない右手を握った。小指が光る。体温は冷たい。どんどんその命の灯が小さくなっていくキッドをただじっと見下ろす。


(考えろ)


「キッドォ…」


 リトルルビィが涙をこぼす。


「死んじゃやだよぉ…」


(考えろ)


「キッド様、どうか…」

「ああ、アメリアヌ様…。どうか…」


(考えろ)


「…お兄ちゃん…」


 リトルルビィが祈りながら体を震わせる。


(思い出せ)


 ドロシーとの会話を、きちんと、冷静に、思い出せ。




「ただしね、ちゃんと使う所を考えるんだ。この魔法は一回きり。一回しか使えない。そして、この魔法を発動させる条件は君が見つけ出すんだ。発動させる方法を教えることは出来ない。僕が教えたら、効果がなくなってしまうからね」


 あたしは顔をしかめた。


「え? じゃあ、このままじゃ使えないの?」

「魔法を発動させる条件さえ分かれば、それを行うことによって、初めてこの魔法は発揮される」

「呪文を言うみたいに?」

「そうそう」

「じゃあ、使えないじゃない」

「見つけ出すんだ」

「無理よ」

「僕だって教えてあげたいよ」


 でも、


「これは、『最強の魔法』だ、というヒントだけは出しておくよ」


 最強の魔法の発動の仕方は、一つだけだ。


「答えを導き出して、この魔法を発動させることが出来る君がいることを、心から願っているよ」


 ―――――『愛』があれば、必ず分かる方法さ。




 メニーの催眠を解いたやり方は、正解ではなかった。

 あれではない。あれではない愛。

 愛があればわかる。

 愛とは、なんだ。


(考えろ)



 血を飲んだら、私の中にその人の匂いが染み込むの。つまりね、テリーがどこに行っても、私の鼻がテリーの居場所を分かってしまうわけなのです!

 ……テリーを守りたいの。


 ―――愛しい人を守るために血を飲む。それも愛。



 いだっ!

 ねえ、僕がわかる?

 何するのよ、ニクス。酷いわ。

 ああ、よかった。テリー、よかった…!


 ―――正気か確認するために友人を叩いたニクス、それも愛。

 ただし、これは違う。もしこれなら、キッドにやった時に痕は消えて、キッドもすぐに目を覚ましていたはずだ。これは違う。



 お前が百回、ごめんなさいと言うまで、俺はこれから、お前の足を舐める。

 ひぃいいいいいいいいいやぁああああああああああ!!!!


 ―――罪を分からせるまで婚約者の足を舐めたキッド、それも愛。



 キッドさんと踊らないで。踊るなら、私と踊って。お姉ちゃん

 なーに? メニーったら。まさか、お姉ちゃんを取られてヤキモチ妬いてるの?

 そうだよ。私はお姉ちゃんと踊れないから、ヤキモチを妬いてるの。


 ―――もやもやと胸に起こる不快感に不機嫌になるメニー、それも愛。



 黙ってください!!

 …………。

 私なりのお仕置きです。


 ―――雇い主の娘に鞭を振るったサリア、それも愛。

 ただし、これは違う。メニーは魔法ではなく、痛みのショックで正気に戻った。



 悪は一人残らず片付けて。善は全員生き残る。私こそ善だ。私こそヒーローだ。


 ―――自分と同じ境遇の人々を助けていたソフィア、それも愛。



(どこかにヒントがあるはずだ)


 あたしは見ているはずだ。


(愛があれば分かる魔法)

(愛)


 憎たらしいキッドの顔を見つめる。


(愛)


「…………」




 あたしはすっと息を吸って、―――唄った。



 ひと時の夢

 貴方に想いを寄せてみた

 貴方を想うと幸福が

 貴方に触れると幸福が

 淡い想いは報われない

 キッド

 一夜だけ

 想いを寄せた

 キッド

 淡い想いの愛しい名を

 お前が知ることはない



「テリー」


 お前は笑ってた。


「その淡い想いの愛しい名、俺は知ってるよ」


 あたしの顔を覗き込んだ。


「答えてみせようか?」


 テリー。


「愛してるよ。テリー」





 その瞬間、キッドはあたしに魔法をかけた。






「………………」


 あたしは黙った。


(まさか)


 絵本で読んだことがある。昔々、あるところに、王子様とお姫様がおりました。


「……………」


 物語のラストは、大抵それで終わる。


(……まさか)


「テリー…?」


 リトルルビィがしゃくった。


「どうしたの…?」

「テリー様がキッド様にお唄を…」


 兵士達が涙を流す。


「ああ、なんてことだ…」

「あのテリー様が…キッド様に美しい唄を唄われた…」

「ああ…なんて悲劇だ…」


 実に、単純な行動。愛があれば、必ず分かる。


(………………)


 いや、まさか。


(そんな単純なわけ…)


 考えている時間は無い。歯車は、既に動いてしまった。


(…やるしかないの?)


 やるしかないのよ


(畜生…)


 あたしは拳を握る。


(色々考えてた)


 シチュエーションとか、理想とか、憧れとか、でも、それは全て幻に過ぎない。


(現実は?)


 あたしは目の前を見る。


(キッド)


 あたしは睨む。


(これで起きなかったら、恨んでやるからね)


 あたしはキッドに身を屈める。


「テ、テリー様」


 兵士があたしの肩を掴む。


「どうか、お離れを…!」

「やめてやれ」


 兵士が会話をする。


「お傍にいさせてやれ」


 その一言で、あたしの肩から手が離れる。


「ああ、なんとおいたわしい…」

「……キッド様……」

「頼む。止まってくれ。女神様、ああ、どうか…!」

「テリー様…」

「……テリー」


 リトルルビィの涙は止まらない。

 キッドの血も止まらない。

 何をやっても止まらない。

 死が運命づけられている。

 死が傍まで来ている。

 兵士達が泣く。

 兵士達は、とうとう諦め始めている。

 キッドの肌が、どんどん白くなっていく。

 キッドの意識は、戻らない。

 キッドの目は、開かれない。


 あたしの右手が、キッドの頬に触れた。キッドの唇は青い。


 迷いはない。

 躊躇いもない。

 今はそれどころじゃない。


 最強の魔法が使えるのは、あたしだけだ。


「キッド」


 あんたを待ってる人達がいるのよ。


「キッド」


 まだ婚約を解消してない。


「キッド」


 勝手に死ぬなんて許さない。


「キッド」


 小指が光る。


「起きて」


 何が何でも、


「起きなさい」





 その唇にあたしは頭を沈めた。瞼を閉じた。







 キッドとあたしの唇が、重なった。




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