第10話 仮面で奏でし恋の唄(2)
前よりも落ち着いた壁紙。レイアウト。少し大人になったキッドの部屋で、地図のような紙を広げて、コマの人形を置いて、サイコロを振って、その数の分進む。止まったマスによって、自分の人生で何かが起きる。友達が出来る。友達と喧嘩する。猫を飼う。犬を飼う。借金が出来る。土地を買う。お金持ちになる。会社を立てる。難が訪れる。幸福が訪れる。転機が訪れる。
さて、就職のマスに進んだ。
「何になる? テリー」
「社長」
お給料がいい。
「単純だなあ」
社長になったあたしのコマが、人生を進んでいく。
「キッド」
「ん?」
「訊いてもいい?」
怪盗パストリル。
「大丈夫なの?」
「中毒者の回復力には、目を疑うよ」
サイコロが落ちる。
「驚きの速さで回復した。骨が飛び出た穴は塞がって、今は立って歩いても何ともない」
キッドがコマを進ませる。
「よし、50ワドルゲット」
キッドが拳を握った。
「ソフィア・コートニー。23歳。質の悪い貴族に騙されて、両親が亡くなった年から金をふんだくられていた」
調べてみたら、その貴族、他にも悪いことをしていたもんだから。
「逮捕して、多額の慰謝料請求。貴族の称号剥奪」
その一部がソフィアに支払われた。
「でさ、これがまたすげえ金額でさ、全部の示談金にあてがったわけだ」
「示談で済んだの?」
「怪盗パストリルは確かに物を盗んだ。乙女の心も盗んだ」
でも、
「人気のない場所に飾られて、埃の被った芸術品ばかりだ。レディ達は心を盗まれたお陰で、我儘だった心は改心して、積極的にボランティア活動をやっているらしい。最近、城下町ではホームレスの姿が少なくなったって」
「…………」
「悔しいけど、誰も怪盗パストリルを恨んでいる人はいない」
示談金をいらないと言う人までいた。
「怪盗パストリルが現れたことによって、忘れていたものを思い出した家族もいれば、忘れられていた芸術品の価値を思い出した人もいれば、改心した娘に協力する親もいれば、救われたと言う人もいた」
なんて不思議なことだろう。
「犯罪者なのに、怪盗パストリルは善人だと被害者全員が言った」
どうか、彼を罰しないでほしい。
「さて、こうなってくるとどうしたものかな。罰は平等に与えないといけない。人の情は無関係だ。ソフィアは罪を犯した。さあ、どうしようかな」
あたしがサイコロを振った。コマを進ませる。
(……ペットが増えた)
あたしの家族が、犬と猫で仲良しこよし。
「あの隠れ家、よく分かったわね」
「リトルルビィがお前の血を飲んでくれていたからね。助かったよ」
「もし、飲んでなければ?」
「見つからなかったと思うよ」
あそこ、本当に見つかりにくくてさ。
「そんなことで、あんたどうやってメニーを見つけるつもりだったの?」
「作戦Cだ」
「作戦C?」
「俺が囮になる」
あたしは顔をしかめた。
「馬鹿じゃないの? 王子様を誘拐したら、勝負の意味が意味ないじゃない」
「だから変装して、あえて誘拐されようかなって」
怪盗パストリルは、美女の心を盗むから。
「俺が素敵なドレスを着たら、騙されてくれるかなって思って」
「あたしがいて良かったわね。どっちみち、発信機はあの場所では効かなかったみたいだし。あんたが誘拐されてたら、殺されてただけよ」
「発信機はリトルルビィがいる」
「……どういうこと?」
「だから、お前と一緒」
俺がお前になる予定だったの。
「リトルルビィに血を飲んでもらって、俺が変装して、俺が誘拐されれば、リトルルビィが俺の跡を追える。あえて俺が囮になる。でも囮はテリーになったから、作戦D」
「…………」
あたしは顔をしかめた。
「リトルルビィに、あんたの血を飲ませたの?」
「ん? うん」
こくりとキッドが頷いた。
「じゃないと、追えないだろ?」
「お前!!!」
あたしはキッドの胸倉を掴んだ。
「なんてことしてくれたのよ! リトルルビィは、男の血が飲んだら気持ち悪くなるって言ってたでしょ!」
それなのに、
「あんた、自分の血を飲ませたの!?」
「うん」
「っ」
あたしはキッドの胸から手を離す。
「酷い……」
息を呑む。
「あんまりだわ……。リトルルビィに、お前なんかの血を飲ませるなんて」
しかも、
「剣にリトルルビィの血を塗るなんて」
ああ、なんて可哀想なあたしのリトルルビィ!!
「今度会ったら抱きしめて、頭を撫でてあげないと!!」
酷すぎる!!
あたしはキッドを睨んだ。
「この鬼畜!! 恥を知れ!!」
「三歩下がる」
キッドのコマが三歩下がった。キッドに友達が出来た。
「テリーの番だよ」
「よくもあたしの可愛いルビィに、穢れた血を飲ませてくれたわね……! ああ、ルビィ……! 可哀想に……!」
「穢れた血ってなんだよ。王子様の血だぞー?」
「ルビィ、あたしが仇を取るわ」
サイコロを振る。
「このゲームで、キッドに勝つ!!」
「くくっ。やってごらん。手加減するから」
「うるせえ! 結構よ! あたしに負けて、びゃーびゃー泣くがいいわ!」
「ああ、そういえば、俺、お前の夢を見たんだ。そこでお前、びゃーびゃー泣いてたよ」
「はあ? あたしが泣くわけないでしょ。泣いてたのはお前でしょ。ビリーにげんこつ食らってびゃあびゃあ泣いてたじゃない」
「そんなことあったっけ?」
「とぼけないで。見苦しい」
「駄目だ。催眠にかかってしまって記憶があやふやだ」
「ああ、もう、絶対許さない」
マスを進ませる。キッドのコマとぶつかる。
「おら、退け!」
あたしに友達が出来る。ニクスと手を繋ごう。きゃっきゃっ、うふふ。
「ま、とりあえず、作戦はそんな感じで、リトルルビィが俺の血を飲んで、俺が変装して、舞踏会に向かっていた時だ」
キッドの回すサイコロを眺めながら、ゴールまでのマスを見下ろす。
「何とも魅力的な、黒いドレスを着た女の子がいたからさ」
確認してみたら、テリーだったわけだ。
「テリー、どうして作戦Dが決行されたと思う?」
「お前にとって都合のいいあたしがいたからでしょう? だからあたしを餌にしたのよ」
「リトルルビィが提案したからだ」
……あたしは瞬きする。
「俺はね、作戦Cでいいと思ってた。だからお前を追い出すよう命令したんだ」
危ないからテリーを追い出せ。そしたらリトルルビィがこう言ってきた。
――キッド、待って。
リトルルビィ、お前が行け。テリーをここから連れ出すんだ。
――キッド、囮ならテリーの方がいいよ。
どういうことだ?
――私ね、テリーの血を飲んでるの。……テリーならパストリルの囮になりやすいかも。キッド、作戦変更しない?
「テリーを囮にするの」
テリーが囮になって、俺が動く。
テリーが動いて、俺が追う。
テリーが誘拐されて、リトルルビィが追って、俺がついていく。
結果、パストリルも、メニーも、テリーも、発見された。
「あえて俺の婚約者と発言することで、パストリルは余計にお前を誘拐したくなったはずだ」
パストリルは狙い通り、お前を誘拐した。
「……あんたが催眠にかかったのはわざと?」
「もちろん。わざとだよ」
目さえ見なければ催眠なんてかからない。
「あえて近づいて、あの綺麗な黄金の目を見させてもらった」
「心を盗まれてたら、どうするつもりだったの?」
「盗まれやしないよ」
キッドが断言する。あたしは眉をひそめた。
「なんで?」
「確かに、あの場では催眠にかかる気満々だった」
でもさあ、
「催眠には催眠を」
「ん?」
「あの場では催眠にかかる。でも、その後すぐに催眠は解ける」
そうやって暗示をかけておく。
「心で何度もかけておく」
それでおしまい。
「催眠なんて存在しない」
そんなのただの思い込みだ。
「だったら思い込めばいい。その場では催眠があると信じて、5分後には、俺はけろーっとして何事もなく催眠にかかっていないって」
自己暗示。
自己催眠。
「思い込みはすごいって前にも言っただろ?」
だから俺は目を覚ましたんじゃないか。全てを悟ったうえで。
だから俺は意識だけ眠っていたんじゃないか。お前の声だけ聞いていて。
これも、魔法を打ち砕く方法の一つだよ。テリー。
「全く。パストリルの奴。俺は頬に痛みと、手の痕が残る催眠をかけたのだけは許さないよ」
あたしは黙って、相槌を打つ。
「で、起きた俺は、テリーが誘拐されたことをリトルルビィにすぐに確認して、リトルルビィがその跡を追って、あそこにたどり着いた」
完璧なる作戦D。
「そう。提案したのはルビィだったのね」
「ああ」
「なら、文句は無いわ」
あの子は、どうしたらより動きやすくこの事件を解決出来るか、自分なりに考えてくれたのだ。
(あたしが黙ってメニーを助けに来たと言ったから)
その気持ちも配慮してくれただけ。
「キッド、あたし思うんだけど」
「ん?」
「ルビィがいてくれて良かった」
「ああ」
キッドの頷いた。
「そこはお前に感謝しないとな。あんな優秀な部下はいない」
「優秀なのね」
「優秀だよ。とても小さいけど、中身は大きい」
度胸も、心も、とても大きい。
「大切にしないとね」
「今日はお仕事?」
「そう。新しい職場」
「どこ?」
「図書館」
「図書館?」
「改築されただろ?」
「ああ」
中央区の図書館。
「でも、まだ開かれてないでしょ?」
「開かれるまでの雑務。本を運んだり、並べたり、人手が足りてる時は、本を読めるんだって喜んでたよ」
「あんたは何やってるのよ」
「ここでお前と遊んでる」
「手伝ってきなさいよ!!」
指を差す。
「行け! リトルルビィばかり働かせて! 自分は何やってるのよ!」
「俺だって長い間動いてたんだよ。今日くらい休んでも罰は当たらないさ」
キッドがじろりとあたしを見る。
「お前、リトルルビィのことになったらムキになるよな」
「当然よ! あの子はあたしのお気に入りなのよ!」
可愛い可愛いあたしのルビィ。今日も笑顔でテリーテリーと呼んでくる。
「ルビィの給料上げなさいよ!」
「あ、ボーナスが出た」
「畜生!」
あたしはサイコロを振った。コマを進ませる。
「大丈夫だよ。あの図書館には何人か王室の関係者がいるんだ」
「王室の人が、何でもない顔で本の受付をするようになるわけ?」
「無関係の人もいるけど、一部だけね」
「王室は暇なの?」
「毎日忙しいよ。でも、市民の声を聞くのは、もっと大事なことだ。あの図書館だったら、簡単に仕事をこなせる」
「監視役みたい」
「そういうこと」
「タナトスの真似?」
「あれよりはマシだろ。監視カメラが多すぎて楽しめない」
キッドがコマを進ませた。
「ねえ、俺が作戦Dを決めてたら怒ってた?」
「絶交よ」
「なんでリトルルビィはいいの?」
「あの子の場合、あたしの気持ちを配慮しての提案だから」
「じゃあ今回の俺は褒められてもいいと思うんだ」
「ボディーガードでしょ。あたしを守って当然の仕事をして、なんで褒めなきゃいけないの?」
「手厳しいな。リトルルビィには甘いくせに」
「お前とリトルルビィは違うでしょ。王子様なんだから文句言わないでしゃきっとしなさい」
キッドが顔をしかめた。
「俺がお姫様なら、文句言っていいの?」
「ふざけないで」
キッドがお姫様?
(……確かに女装しても紳士がよりついてきそう。むかつくわね)
あ、そういえば、
「キッド」
「二マス」
「舞踏会にすごい美人がいたけど、見た?」
「すごい美人?」
キッドがきょとんとした。
「タナトスの?」
「ええ」
「どんな人?」
「仮面付けてたから年頃は分からないけど、多分、キッドと同じくらいだと思う」
「美しいレディは沢山いたからなあ」
「馬鹿ね。美しいどころじゃないわよ」
一度見たら忘れられない美貌。
「ってことはあんた、見てないのね。あーあ。勿体ない奴」
「お前が身も知らないレディにそこまで称賛するのは珍しいな」
「だってすごい美人だったもの」
「……それは見落としたな」
サイコロが落ちる。四マス。あたしのコマが進む。
「訊いていい? どんな子?」
「本当に見てないのね。あれは多分、あんたが見ても見惚れて口が動かなくなるわよ」
「ええ? そんなに?」
「現にあたしがそうだった」
「テリーが固まったの?」
「そうよ。美人過ぎて」
「それ、人間? 幽霊とかじゃなくて」
「そうね。まるでこの世の者とは思えないくらい美しかったわ」
「……お前がそこまで言うのか」
二人でチョコレートを食べる。
「女優?」
「違う」
「歌手?」
「違う」
「有名人?」
「見たことない」
「……気になるな」
「でしょ?」
「名前は?」
「訊いてない」
「馬鹿。お前。そういう時は訊かないと」
「訊けなかったのよ」
「怒らせた?」
「まさか。すごく優しい人だった」
宝石みたいだった。
「宝石で表現するなら、クリスタル」
神秘的で美しい。
「…ただ、胸がちょっと小さかったわね。その代わり、背が高くて、すらっとしてた」
「へえ」
「見てない?」
「どうかな? それだけ綺麗なら覚えてると思うんだけど」
「声も綺麗だったわ」
「よく喋れたな。お前」
「ふふっ。あたし、その人に髪飾りの位置を直してもらったの」
キッドが黙った。
「あのね、髪飾りがずれてたんだって」
優しい手だった。
「で、髪の毛にも葉っぱがついてたみたいで」
優しく優しく頭を撫でるみたいに、取ってくれた。
「…………」
言葉を失う。
「……正直、見た時、心臓が止まるかと思った」
すごくすごく美しかったの。
「肌の色とか、目とか、鼻とか口とか、見えるところしか見えなかったけど、このあたしが見惚れたのよ」
思い出すと、顔が熱くなる。
「……優しかった」
にやけて俯く。
「あたしが男なら、迷うことなくダンスに誘ったんでしょうけど、ああ、残念」
まあ、あれだけ美人なら、相手にもされないだろうけど。
「あんたね、彼女にするならああいう人を見つけなさいよ」
もっと話したかったのに。
「足が震えて、喋れなかったの」
あたしはサイコロを投げた。
「……こんなこと初めてよ」
うっとりして、見惚れて、緊張して、声が出なかった。
「ああ、会えるなら、もう一度会いたい」
だって、すごく、優しい、歌声のような声だったから、
「……なんかドキドキしてきた」
思い出すと心臓が鳴る。胸を押さえる。
「こういうのを尊敬って言うのかしら」
異性なら恋が出来たのに。
「初めて自分が男だったら良かったのにって思った」
顔を上げた。キッドはにこにこ微笑んでいる。
「簡単に人を口説けるお前が羨ましいわ。キッド」
「失礼だな。簡単じゃないよ」
青い瞳があたしを見つめる。
「そんなに美人だったんだ」
「ええ」
「可愛かった?」
「すごく可愛かった」
「美しかった?」
「美しかった」
「胸がドキドキする?」
「思い出すとね」
「へーえ」
キッドがにやける。
「そんな美人がいたんだ」
くくっ。
「是非、お会いしたかった」
「そうね。お前とならお似合いかも」
髪の色も似ていたし。同じ青い目だった。
「あたしもあれぐらい美人だったら良かったのに」
ため息。
「キッド、あんたの番よ。サイコロ振って」
「ん」
キッドがサイコロを振った。マスを進ませる。
「……おっと」
キッドが声をあげた。
「結婚だ」
キッドの家族が増えた。
「結婚か」
キッドが呟く。
「結婚ね」
あたしを見る。あたしもキッドを見る。目が合う。キッドが微笑む。
「テリー」
「ん?」
「もう一つ訊いても良い?」
「何よ」
「お前の唄った唄」
一夜だけ想いを寄せた。
「あれってさ、つまり」
「あたしの番よ」
手を差し出す。
「サイコロ取って」
「テリー」
教えて。
「一夜だけ、俺にどんな想いを寄せたの?」
「そうね。恨めしいって想いかしら」
「淡い想いって何?」
「そうね。憎たらしいってことかしら」
「俺の知らない想いって何?」
「教えたら知らないことにならないでしょ」
「テリー」
キッドがあたしの手を握った。
「教えて」
お前が抱いた一夜の淡い想い。
「どういうこと?」
「お前が憎たらしくてしょうがないってこと」
「ひと時の夢、貴方に想いを寄せてみた。貴方を想うと幸福が。貴方に触れると幸福が」
「うるさい。黙れ」
「淡い想いは報われない」
「うるさい! 黙れ!」
「キッド、一夜だけ、想いを寄せた」
「キッド!」
「キッド、淡い想いの愛しい名を、お前が知ることは……」
あたしは両手でキッドの口を塞いだ。
「ん」
「黙れって言ってるの!」
キッドがあたしの手を握った。
「からかうなら帰るわよ!」
「教えて」
キッドがあたしの手にキスをする。
「ちゅ」
「ひゃっ」
手を引っ込めるが、キッドが掴んで離さない。
「ちょ、放せ!」
「一夜だけ、どんな想いを寄せたの?」
「何だっていいでしょ!」
「良くないから訊いてる」
「何だっていいのよ!」
「良くないから教えて」
「キッド! いい加減に…」
「テリー」
ぐいとあたしの手を引っ張った。
「わっ」
「教えて」
コマが散らばる。あたしの足が地図を踏む。キッドがあたしを抱きしめた。
「ここだけの話。俺にどんな想いを寄せたの?」
「……………」
あたしは黙って顔を逸らす。
「テリー」
ぎゅっと腕が強まる。
「……苦しい」
「嫌なら教えて」
「何を教えるの?」
「分かった。質問を変えよう」
だから、テリー、答えて。
「俺はこの唄を、こう解釈した」
ほんの一夜だけ、テリーが俺を好きになった。
「合ってる?」
「………………」
「合ってる?」
「………………」
「三秒で言わないと、例のものを役所に届ける」
「……………………………」
「さん、に、いち」
キッドを叩いた。
「痛い」
「乙女の気持ちを三秒で訊き出そうなんて最低」
あたしはキッドの胸に顔を隠した。
「……だから嫌なのよ。お前なんか」
キッドが黙る。
「お前なんか嫌い」
キッドの腕を握る。
「…………ほんの一瞬だけよ。ムードに目が眩んだの」
その一瞬だけ。
「………………………………好きになった気がする」
勘違いしないで。
「一瞬だけよ。本当に一瞬。ほんの一瞬」
あたしは顔を隠し続ける。
「一瞬だけあんたに恋をした……………気がする」
一瞬だけね!
「真に受けないで。一瞬よ」
あたしはそこら辺の乙女と違うの。お前の中身を知ってるの。
「誰がお前なんか相手にすると思って?」
キッドの腕をぎゅっと握る。
「嘘つきで最低なお前なんか嫌い。もう二度と好きな気になるか」
「好きな気じゃなくて、好きになったんだろ?」
「好きな気になったの」
「俺に恋をした」
「恋をした気になったの」
「今は?」
「大嫌い」
「テリー、知ってる? 好きと嫌いは紙一重だって」
「あたしはね、嫌いになったらもう二度と好きにならないって決めてるの」
「あ、そう。謎は解けた。答えてくれてありがとう」
キッドの手があたしの頭に置かれて、びくっと肩が揺れる。
「っ」
優しく撫でられる。
(…………)
キッドの腕を押す。
「……もう離して……」
「じゃあ、次は俺の唄」
キッドがあたしを抱きしめたまま息を吸って、――唄った。
毒を食べたプリンセス
眠ってしまったプリンセス
悲しみ暮れたプリンセス
眠ったままのプリンセス
迎えを待ったプリンセス
夢が消えたプリンセス
魂消えいくプリンセス
しかし目覚めたプリンセス
赤き糸の導きで
現われ出でた王子様
目覚めてしまったプリンセス
気づいてしまったプリンセス
恋の花が咲き乱れ
愛に目覚めたその魂
相手は誰だ
王子じゃない
相手は誰だ
その名を求める
相手は誰だ
「だーれだ?」
「意味が分かんないのよ。お前の唄は」
ようやく顔を上げて、キッドを睨む。
「もう離して。暑いのよ」
「ねえ、テリー。なぜ童話のお姫様は、キスをした王子様と結婚すると思う?」
「ん?」
きょとんと、瞬きする。
「なぜって、王子様だからよ」
「じゃあテリーがお姫様だったとしてさ、呪いにかかって眠ってしまったとする。そこに、物凄く醜い顔をした王子様が現れる。キスをする。……どう? 結婚する?」
「するわけないでしょ」
「なんで?」
「醜いんでしょ?」
「うん」
「やだ」
そんな王子様、御免だわ。
「そうだよね」
でもそれでも結婚するんだ。
「それは何故か」
キッドは答える。
「それはね、その人物が運命の相手だと気づくからさ」
キスをすれば運命の相手がわかる。
「だからキスをするって大事なのさ。運命の相手を探せるからね」
運命の相手を見つけた時、人はどうなるか。
「恋に落ちる」
愛に目覚める。
「さてここで俺の話をしよう」
「は?」
「ねえ、テリー。なんで俺が女の子とばかり遊んでいたかわかるか?」
「はあ?」
何それ?
「女の子が好きだからでしょ」
あんたはむかつくくらいの女たらし。
「何度もデートしたって言ってた」
「いかにも」
「何人ともキスしたって言ってた」
「いかにも」
「何人にも告白されたって言ってた」
「いかにも」
「好きなんでしょう? 女の子」
「なんでそう思うの?」
キッドが微笑みながら首を傾げる。
「俺は女の子が好きだから、女の子と遊ぶ。なんでそう思うの?」
「だって、男の子の方がいいなら、男の子と遊ぶでしょう?」
「くくっ。馬鹿だね。お前」
「あ?」
「これだけヒントを出しても分かんない?」
「ヒント?」
「俺、王子だからさ」
「王子だから何よ」
「男の子といたら駄目なんだ」
「はあ?」
「だって、王子だから」
「女の子はいいの?」
「うん」
「意味が分からない。別にいいじゃない。男の子といたって」
「じゃあ、なんで女の子といたと思う?」
「男の子が嫌いだからじゃないの?」
「恋愛しないためだ」
「…………ん?」
あたしは眉をひそめて、首を傾げた。
「どういうこと?」
「分かんない?」
「え?」
分からない。
「……わかんない……」
「本当に?」
「ええ」
「そっか」
仕方ない。答えを教えよう。
「俺は、女の子を好きにならない」
――――――――――ん?
あたしの目が見開かれる。ぴきっ、と体が硬直する。
「え?」
訊くと、キッドは微笑んだまま、答え合わせをする。
「なる必要がない。女の子はね」
好きになる必要がない。
(……ちょっと待った)
どんどんあたしの目つきが鋭くなっていく。
「………恋愛対象は?」
訊けば、キッドが笑った。
「いい質問だね。テリー」
キッドが人差し指を立てた。
「俺は、男が好きなんだよ」
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