第8話 カーニバル終了、四日目(3)
ガタン、ゴトンと、汽車が揺れる。
体が揺れ、首が大きく揺れて目を覚ます。横を見ると、メニーがあたしの肩に頭を預けて寝ていた。
(……重い……)
「あら、起きてしまいましたか?」
向かいにいるサリアが顔を上げて、手に持つ本からあたしに視線を移した。
「城下までは、まだ時間がございます。もうしばらくお休みください」
「……帰りは疲れるわね」
行きはあんなにガイドブックと睨めっこして、サリアとはしゃいでいたのに、今はぐったりだ。欠伸をすると、サリアが笑った。
「素敵な旅行でしたね。素晴らしく思い出に残る旅でした」
「何読んでるの?」
「先ほど書店で買ったミステリー小説です」
「謎が多そう」
「ええ」
でも、
「もう犯人が分かってしまいました」
サリアがページを開く。
「あとは、主人公の方々がいかに謎を解くか、見届けるだけです」
「サリアが犯人みたい」
「私は人を殺せません。ベックス家にいられなくなりますから」
サリアの目が文字を追っていく。
「ねえ、サリア」
メニーが寝ているし、ちょうどいい。
「訊いても良い?」
「なんですか?」
「仮面舞踏会で、メニーを捜しに行ったでしょう?」
「ええ」
「よくメニーがいないって判断出来たわね。あんなに広かったのに」
「テリー」
サリアが本を閉じた。
「広い場所で人探しをする時は、どうしたらいいと思います?」
例えば、
「迷子」
簡単です。迷子の受付センターに行けばいいんです。
「でも、舞踏会に迷子の受付センターは無いわ」
「テリー、タナトスは監視の港町ですよ」
監視カメラが設置されている。
「つまり、まとめて見られる場所があるんです」
私はひそりとその場所まで歩いていきました。すると、それらしき人がいたので、
――あの方から調査を頼まれました。今どうなってます?
「と言ったら、案内してくれました」
「サリア、お国の兵士にカマかけたの…?」
「兵士じゃありません」
白衣を着た、若い男性です。
「変なことを言う人でしたが、とりあえず案内していただいたので、そのまま居続けました」
監視カメラの映像が流れるモニター室で、全部の場所を見てました。
「メニー様はどこにもいませんでした」
あ、これはいないなって確信しました。
「なので、外に出ることにしました」
途端に、会場内にパストリルが現れて大騒ぎ。白衣の男性が電話を始めました。
「博士! 現れました! とかなんとか!」
私は巻き込まれる前に逃げることにしました。会場前で貴女を待っていましたら、
「連絡が来た?」
「ええ」
サリアが頷いた。
「パストリルとのダンスはいかがでしたか?」
「期待外れだった」
男だったらうっとりだったけど、女だったなんてね。はあ。がっかり。
「サリア、あたし、知らない人とはもう二度と踊らない。誓うわ」
「それがいいです」
「で、その後、サリアどうしたの?」
「その後」
あたしがさらわれた後。
「無線機も繋がらないし、どうしたのかしらと思っていましたら、ご令嬢が一人、誘拐されたと訊きまして」
あ、テリーだわって思いまして、
「宿に戻ることにしました」
「戻ったの?」
「はい」
サリアが微笑む。
「だって帰ってきたら、私がお出迎えをしませんと」
着替えの準備や、お風呂の準備。
「深夜中には戻られると推測しておりました」
さん、に、いち。
「キッド殿下もいらっしゃるので」
テリーとメニーは必ず戻ってくる。
「そう思って、宿に戻りました」
結果、
「貴女達は無傷で帰ってきた」
キッドの用意していた馬車で戻ってきた。
「まあ、返り血のついたドレスを見た時は、少し驚きましたが」
無傷でしたし、
「良しとしましょう」
あたし達は汽車に揺られて、帰っていく。
「めでたしめでたし」
あ。
「奥様に、今朝連絡しておきました。メニーお嬢様を連れて帰りますと」
「なんて言ってた?」
「あ、そう」
「……ママらしいわね」
「ええ」
サリアが微笑む。
「素直じゃない方ですから」
サリアが眠るメニーを見つめる。
「相当心配されていたようです」
「ママもメニーに慣れてきたのね」
「一度娘と決めたら、あの方はそのように見る方です」
涼しい顔して、今頃部屋中、捜索届や軍人の連絡リストだらけでしょうね。
「早めに連絡して正解でした。屋敷に帰ってから仕事が増えているなんて嫌ですもの」
さて。
「テリーもメニーも無事に戻ってきました」
さあ、今日のお話をしましょう。
「テリー、訊いても良いですか?」
「ん」
「キッド殿下はいかがでしたか?」
「変わらない」
外の景色を眺める。
「王子様って告白する前からそうだったけど、キッドはキッド。何も変わらない」
「酷いことはされませんでした?」
「された」
「まあ」
「でも、倍でキッドに返ってきた」
ふひひ。
「ねえ、サリア、あのね」
「はい?」
「キッドには付き人がいてね? お爺ちゃんなんだけど」
「はあ」
「キッドがあまりにも我儘ばかり言うから、キッドにげんこつしたの」
「まあ!」
サリアが口を押さえ、ふふっと笑った。
「それはそれは。ふふっ」
「ざまあみろよ。でね、キッドってば、あまりにも痛くて、わんわん泣き始めて」
「まあ、王子様が」
「まるでただの子供よ」
「王子様も人間ですから」
「我儘ばかり言うからそうなるのよ」
「テリーが言いますか?」
「あたし良い子だもん」
笑ってみせる。
「キッドなんかよりも、何倍も良い子だわ」
「でしたら、もう頭突きはしなくて良さそうですね」
「心配ないわ。サリア。あたし、今回の旅で学んだの」
知らない人には近付かない。
恋に溺れない。
「これが一番」
「また一つ大人になりましたね。テリー」
「男女関係で痛い目を見たわ。パストリルといい、キッドといい」
窓を眺める。
「サリア」
「はい」
「あたしね」
「ええ」
「一瞬だけよ。ほんの一瞬だけ。キッドを好きになりかけたって、話したでしょう」
「ええ」
「多分、あたし、キッドが王子って知って驚いたのよ。キッドが知らない人みたいに感じて、怖くなって、キッドのしてきたことが、すごく酷いことって思うようになった」
「ええ」
「恋って怖いわ」
「素敵なものですよ」
「恋をしたから傷ついたのよ」
「傷つけば、その分強くなれます」
「傷ついたら泣いちゃうじゃない」
あたしはむすっとしてサリアを見た。
「あたし、もう泣くのはこりごり」
「どうしてですか?」
「涙を流すなんて、恥ずかしいわ」
「恥ずかしいことじゃありません」
涙を流すことは、
「一生懸命生きている証拠ではありませんか」
傷ついて、涙を流して、強くなって、大人になる。
「テリーは立派な大人になれますね」
「大人になったら素敵な恋が出来るかしら」
「テリーの場合は、この先まだ沢山出会いがあるでしょうから、大丈夫です」
それと、
「婚約の件はどうなったんですか?」
「保留」
「保留ですか」
「今度話をつけてくる」
拳を握る。
「絶対解消してやる」
最後に笑うのはあたしよ。
「王子様と婚約だなんて、最低すぎる」
それも、相手がキッド。
「サリア、王子様と恋愛なんて、ろくな目に遭わないわ。結婚するなら、王子様以外ね」
「リトルルビィはいかがですか? テリーを運命の相手だと言ってましたし」
「そうね。最悪リトルルビィと結婚するわ。でも、サリア、あの子可愛いでしょう? すぐに彼氏が見つかると思うの」
「ではメニーはいかがですか?」
「……また近親相姦とか言ってからかうんでしょ」
「あら、テリーったら。私がいつからかいました?」
「前からずっと」
「ふふっ」
「最終手段。ニクスと結婚する」
「ニクスへラブレターを送らないといけませんね」
「……あたしのこと、すごく心配してたから、電話しないと」
「三十分までですよ」
「分かってる」
「でもテリー。ニクスと結婚したら、誰が子供を産むんです?」
「子供は孤児から引き取る。あたし、ニクスとならいくらだって仲良しでいられる自信があるわ。血が繋がってなくても、子供も大事にできる自信がある。名前はもう決めてるの。男の子と女の子。坊やとベイビー」
「………」
「夢物語は想像するだけで楽しいわ。それでいいのよ」
想像するのが楽しい。
「現実に起こったら、楽しくなくなる」
王子様との愛のキスは、本の中だけでお腹いっぱい。
「あたし、もっと良い人見つける」
絶対見つける。
「イケメンで、金持ちで、美味しいパンを作れる人」
はあ。
「ミスター・ドリーム…。また夢の中で会いたいわ…」
「テリー、もう少し眠ってはいかがですか?」
「目が冷めちゃった」
ちらっとサリアの鞄を見る。
「サリア」
「はい」
「あたし達がキッドと会ってる間、どこに行ってたの?」
「船の方に」
「船?」
きょとんと瞬きすると、サリアが鞄を開けた。
「漁師の方々に、歴代の写真はありませんかと訊き回ってました」
サリアが鞄に手を入れた。
「そしたら」
古ぼけた写真を持って、あたしに差し出した。
「テリー」
漁師が集まった集合写真。何十人もいる中の一人を、サリアが指差した。
「お父さんです」
あたしは写真を見つめ、サリアは微笑む。
「イケメンでしょう?」
男性の口とサリアの口が、同じ形をしている。
「私も、こういう男性と結婚したいものですね」
たくましい人がいいです。
「結婚式のスピーチは、テリーにお願い出来ますか?」
「うん」
頷く。
「サリアの結婚式なら、喜んで引き受けるわ」
「嬉しい」
あ、
「そうだ」
サリアがあたしの手を握った。
「もしもテリーが結婚出来なかったら、私と結婚しましょうか」
「それ、すごくいい」
あたしはサリアの手を握り返した。
「その時はお願い。サリア」
「テリー、こういう時は断ってください」
「え、どうして?」
「女同士ではありませんか」
「サリアはあたしと嫌?」
「まさか。私は構いませんよ」
ああ、駄目駄目。
「メイドと主の娘だなんて、それこそ禁断の恋。駄目ですよ。テリー。メニーが隣にいるのに、不埒です」
「言ったのはサリアじゃない…」
「私と結婚しなくてもいいように、素敵な殿方を見つけてください」
あるいは、
「キッド殿下と結婚を」
「しない」
「しませんか」
「絶対しない」
あいつだけはしない。
「もうキッドはこりごりよ」
ため息を吐く。
「王子様自体、こりごりだわ」
これ以上ないと思われた恋をリオン様に捧げたが、結局彼はメニーを選んだ。
もしかしたら有りかもしれないと思ったキッドに恋をしても、結局キッドはキッドだった。
(あたし、男運無いわね)
素敵な人と出会いたい。
(ああ、いないかしら)
あたしだけを愛してくれる人。
(いないかしらねー)
体が揺れる。汽車が進む。城下町までの距離は、少しずつ近づいていた。
(˘ω˘)
(*'ω'*)
( ˘•ω•˘ )
少女が、目を開けた。
見上げれば、自分の姉が眠っている。
向かいを見れば、使用人の女性が眠っている。
少女は微笑んだ。
少女はその手を握った。
少女は嬉しそうにその手を握った。
少女は力をこめて、その手を握った。
少女はその手を、離さない。
少女は笑った。
ありがとう。
少女は笑った。
来てくれてありがとう。
少女は笑った。
助けてくれてありがとう。
少女は笑った。
「変えてくれてありがとう」
少女は笑った。
「助かって良かったね」
少女は笑った。
「もうしばらくは大丈夫」
少女は笑った。
「大丈夫」
少女は笑った。
「離しちゃ駄目だよ」
少女は手を握る。
「私も離さない」
青い瞳が笑う。
「おやすみなさい」
「テリー」
少女は眠った。
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