第11話 カーニバル、初日(1)


 ひょこりと、顔を覗かせたマスコットが笑う。


『やあ! タナトスのマスコットキャラクターのストナタ君だよ! タナトスへようこそ! タナトスの観光スポットを紹介するね!』


 タナトスのガイドブックに目を通す。


『タナトスの観光スポット、ランキング3』


 ・レトロな街並みのタナトス! 昔の建物が数多く残されているんだ! 街を散策しているだけで日が暮れてしまうほどだよ! 恋人が疲れたらお団子でも食べて一休み! 是非デートに使ってみてね!


 ・夜景、イルミネーションが綺麗なタナトス! 季節事に来てみても面白いよ! よかったら、ロープウェイで丘まで登って夜景を見てみて! とっても綺麗だから、もしかしたら恋人とキスが出来ちゃうかも! 是非デートに使ってみてね!


 ・グルメのお宝箱と呼ばれるタナトス! もうね、最高だよ! 何が最高ってグルメがもうね、すごいんだよ! 本当にすごいんだよ! 何がすごいって、もうとにかくすごいんだよ! これは是非ね、食べてもらいたいね! もうね、食べて! 食べたら恋人と感動しちゃうかも! 是非デートに使ってみてね!


 あたしの片目が痙攣した。


「何? ここは恋人と来る所なの? なんでデートスポットになってるわけ? 観光スポットじゃないの? 何なの。このマスコットキャラクター。腹立つ顔してるわね」

「こうやって案内した方が、若い方々から評判がいいのでしょう」

「あたしは恋人なんて甘ったるい幻想の相手と来てるんじゃないわ! もっと大切なサリアと来てるのよ! 役に立たないわね。このガイドブック!」


 サリアがくすっと笑い、ガイドブックをあたしから受け取る。


「窓の景色もご覧くださいな。テリー」


 言われて窓を見れば、美しい海が目に入った。青々として、広大で、延々と続いている海。いくつか漁をしている船を見かける。


「この海も、タナトスの財産です」


 サリアが微笑む。


「どうですか? 胸がわくわくしてきたでしょう?」

「何言ってるの。あたしはサリアと二人で旅行出来ることに胸が躍るわ」

「ふふっ。着いたら何をしましょうか?」


 髪を下ろし、普段着を着ているサリアがわくわくした目でガイドブックを眺め始める。


(こう見ると、普通のお姉さんね)


 普段は貫禄があるように見えるが、服装一つで年相応の若々しい女性に戻った。とても新鮮だ。

 あたしは頬杖をついて、再び窓の景色を楽しむ。


「カーニバルは今日からだっけ?」

「ええ。我々が着く頃には始まっていると思いますよ」

「あたしの覚えている限り、人がわんさかいた記憶があるわ。迷子になっちゃ駄目よ。サリア」

「ええ。手を繋いで離れないようにしましょう」

「ご馳走も沢山食べるわよ。今朝は早くに出たでしょう? お腹が空いてるの」


 可愛いあたしのお腹を撫でる。


「ぺこぺこよ」

「美味しいものなら、タナトスは沢山あります」

「ギルエドから旅費を貰ったわ。好きに使っていいって」

「まあ、素敵」

「二人で美味しいものを食べましょう」

「ゆっくり温泉もいかがですか?」

「温泉もあるの?」

「お肌がすべすべになりますよ」

「それは素敵」


(たまにはいいわね。こういうのも)



 ―――ママ、旅行に行きたい。

 ―――………。

 ―――サリアとタナトスに出かけたいの。カーニバルがあるから。もう切符も取ったわ。

 ―――………そう。好きにおし。お母様は忙しいから、ギルエドにお小遣いを貰って。

 ―――はーい。



(意外とあっさり許可が貰えたわね)


 すごい剣幕で睨んできたから行けないかもと思ったけど、サリアの名前を出したら目元が緩んで許可してくれた。


(サリアは昔からベックス家で働いてるらしいし)


 ママも、サリアのことは気に入ってるみたいだし。


(たまの里帰りならって、思ったのかも)

(…ま、知らないけど)


 あたしは大きく欠伸をする。


「サリア、宿はどんな所?」

「豪華な三人部屋です」

「三人部屋? やだ。サリアったら。幽霊でも見えてるの?」

「メニーお嬢様の分も用意しておきませんと」


 サリアが微笑む。


「………そう」

「海が綺麗ですね」


 サリアが窓を眺める。


「泥棒も見ているのでしょうか」


 あたしは答えない。それでもサリアは微笑んでいる。二人で海を眺める。



 汽車は、どんどん駅へと近づいていく。





(*'ω'*)




『タナトスへようこそ!』


 ストナタ君と呼ばれるマスコットの着ぐるみが看板を持って、駅をぐるぐる歩いている。兎の着ぐるみに風船を渡された。


「テリー、手を離さないように。風船が空に盗まれてしまいますよ」

「先にどこに行く?」

「宿で荷物を置いてから歩きましょう。時間はありますから」


 兎の着ぐるみが手を振る中、多くの人の波に乗ったサリアとあたしが駅から出て行く。サリアが駅前で止まっていた馬車に声をかけ、宿まで乗せて行ってもらう。暖かな風が吹き、町は熱気に包まれていた。


 馬車が道を進むと、その道からタナトスの町を見下ろす。

 建物が建つ中に、人混みで溢れ、皆笑顔で道を歩く。楽器が奏でられ、紙吹雪が舞い、人々が踊る。太鼓の音色に、笛の音色に、ラッパの音色に、くるりと回る。


「テリー、あれをご覧ください」


 サリアに指を差され、そっちを見る。


「監視カメラです」


 監視カメラを通り過ぎる。


「次に、あちらをご覧ください」


 サリアに指を差され、あちらを見る。


「監視カメラです」


 監視カメラを通り過ぎる。


「この町は、年々監視の目が多くなっていく。犯罪は出来ません。絶対に捕まるから」


 サリアが微笑む。


「貴女を誘拐されずに済みそう。私の仕事が減って、嬉しい限りです」


 馬車が揺れた。

 道をどんどん進んでいく。サリアの髪がなびく。あたしは扇子を扇ぐ。歌が聞こえてくる。観光客がガイドブックを見て笑っている。歩いているストナタ君を抱きしめる。監視薬の兵士がいる。監査役の私服兵がいる。ここは監視の港町。


 全てを通り過ぎる。


「すまないが」


 兵士が道を通せんぼし、あたし達の馬車に声をかけてきた。


「ここから先は通せない」

「おっと、兵士殿。それは一体どうしてだい?」

「悪いが、別の道に行ってくれ」

「ああ、全く。こんな悪い対応じゃ、商売にならねえよ」


 御者が申し訳なさそうにあたし達に振り向いた。


「お客さん、すいませんね。ちょっと遠回りしても?」


 サリアが微笑む。


「構いません」

「すいませんねえ」


 馬が違う道に進む。兵士が敬礼した。


「なんだか、最近物騒でね。ほら、城下町で事件があったでしょう」

「はて、事件とは?」

「おや、お客さん、知らないのかい? 先日、城下町に怪盗パストリルが現れたんだってさ! それがまた、人質を取ってとんずらこいたってんで、兵士共が大騒ぎってんで。そんで、またこれが噂なんだけどさ、いや、別に脅かすつもりは全くないんだがね、怪盗パストリルがタナトスに現れるんじゃないかって噂が出ていてさ、これでまた世間を大きく騒がせてるわけよ。お陰でカーニバルも大盛り上がり。俺達も稼ぎ時ってわけさ」


 でもねえ、


「通れる道も通れないんじゃ、いい案内は出来ない。俺達は案内して連れて行くのが仕事なもんでね。ご安心を。泥棒がいたところで、命に代えてでも宿までべっぴんさんお二人を連れて行きますよ」


 サリアがくすくす笑う。御者が紐で合図して、馬達を歩かせる。道が進み、風になびかれて、あたし達は宿に辿り着く。


「ありがとう。代金と、これはチップです」

「へへ、ありがてえ。どうも!」


 馬車が去っていく。あたしとサリアが鞄を持って、宿へ入る。受付で名前を言うと、綺麗な部屋に案内してもらえた。


「テリー、見てください」


 サリアが大きな窓を覗いた。


「タナトスが見渡せますよ」


 カーニバルで盛り上がるタナトスの町が、窓に広がっていた。


「海も素敵。部屋の前に監視カメラが置かれているので、警備はばっちり」


 あたしは部屋の中を探す。


「ご安心を。流石に部屋の中には無いようです」

「なんで分かるの?」

「受付で訊きました。貴族のお嬢様を監視するおつもりですかと言ったら、部屋にはついてないと」

「これでゆっくりくつろげるわね」


 あたしはベッドに腰をかけて、ふう、と息を吐く。


「さて、出かけましょう。お腹空いたわ」

「そうですね。少し早いですが、ランチを食べましょう」


 サリアがニッと笑う。


「私、食べたいものがあるんです。テリーも気に入るかと」

「いいわ。サリアが言うなら美味しいに決まってる」

「タナトスは狭いので徒歩になりますが、我慢できますか?」

「歩くの大好き。行きましょう」

「日傘はいりますか?」

「いらない。邪魔になるわ。帽子で十分よ」


 あたしとサリアが再び外に出る。可愛い帽子を被ったあたしがサリアと手を握る。


「さあ、町並みと監視カメラを楽しみましょう」

「監視カメラは余計よ」


 あたしとサリアが歩き出す。中央通りに歩いていけば、カーニバルの行進。建物から人々が笑いながら花を降らし、踊り子が踊る。風船が町中に飛び、気球が空を飛ぶ。


(空も踊って、地も踊る。馬鹿騒ぎね)


 辺りを見回し、サリアについていく。


(……あら、結構な人混み)


 一箇所に固まっている。


(何か飲んでる?)


 大人たちが紙コップに入ったそれを、ぐびっと飲んでいる。


「女将さん! もう一杯!」

「まったく! カーニバルだからってはしゃぎすぎないようにね!」

「わぁってるよ!」


 女が酒の瓶を注いだ。


(お酒)


 あたしの目の色が変わる。


(お酒?)


 あたしは目をきらきらと輝いていく。


(お酒!?)


 あたしは目をハートの形にさせた。


(お酒だわ!!!)


 振り向く。


「サリア!」


 指を差す。


「なんか、あそこに、すっごく美味しそうなジュースがある!」


 ビール? ワイン? コニャック? ウイスキー? テキーラ? シャンパン? スコッチ?


 ああ! なんて久しぶりなのかしら! あたしの大好きなお酒ちゃん!!


「あたし、喉が渇いたわ!」


 指を差す。


「貰いましょ!」


 無料みたい!


「ね! サリア!」


 ほんのちょこっと!


「飲んでみよ!!」

「テリー」


 サリアがにっこり、笑った。


「テリーは今おいくつでしたっけ?」

「えっとね!」


(さっ)


 にっこり笑って答える。


「13歳!」

「あー。残念ですね。あれはお酒です。18歳以上でないと、飲んではいけないのです」


 我が国の法律では、お酒は18歳からと決められておりますので、


「あと五年待ちましょうか」


 にっこりと、サリアの笑顔が眩しい。しかし、あたしは諦めたくない。あたしはサリアの手をぐいと引っ張る。


「サリア!!」


 あたしはきらきらなおめめをサリアに向ける。


「あたし、あれが飲みたいの!」

「駄目です」

「嫌々!! あたし、あれが飲みたいの!」

「駄目です」

「嫌々!! あたし、あのジュースが飲みたいの!」

「お酒です」

「嫌よ嫌よ! 絶対飲むんだから!」

「駄目です」

「飲むまで動かないんだから!」


 サリアがぐいとあたしの手を引っ張った。


「ふへっ!」


 サリアが笑顔のまま歩いていく。


「ま、待って! サリア! 待って! お酒が! あの!」

「もー。駄目ですよ。テリー」


 出店の前を通り過ぎる。


「サリア! ほら見て! お酒! サリアも飲みたいでしょう!?」

「私はオレンジジュースで十分です」

「サリアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 お酒えええええええええええええええええ!!!!!


 あたしは手を伸ばすが、サリアに引きずられていく。


(久しぶりに飲めると思ったのに…!)


 あたしのおめめが潤んでいく。


「サリア! お酒よ!? 大人になったら結局飲むことになるのに!」

「テリー。欠伸して目を潤ませても駄目です」

「仮面舞踏会でもあたしくらいの子で飲んでる子いたわ! ね! サリア! 大人になる前の味見だと思って!」

「テリー、あそこにアイスクリームがありますよ。あれならどうぞ」

「…………」

「拗ねない」


 むっすりするあたしをサリアが引っ張る。出店の店主にサリアが声をかけた。


「すみません。二つ」

「あいよ! どれにする!?」

「テリー、味はどうします?」

「………いち…」



 ―――――一番は苺のケーキ。



「………チョ…」



 ―――――チョコレートもチーズもフルーツ系も皆好き。



「…………」


 あたしはむくれながら指を差す。


「それ」

「バニラとチョコで」

「あいよ!」


 バニラのアイスクリームを渡される。


「楽しんでな! お嬢ちゃん!」

「………」

「ごめんなさい。この子、今現在ちょっと拗ねていて」

「ガハハハハ! カーニバルに持って来いの子だな! 楽しい気持ちになってすぐに笑顔になるさ!」


(……お酒が良かったのに)


 目の前にはバニラのアイスクリーム。


(子供みたい)


 ぺろりと舐めた。……瞬間、世界が変わった。


(ふぁっ)


 濃厚なミルクの味が口の中で広がる。


(はっ!)


 牛だわ! 牛が見えるわ!! まあ、ヤギまで見える!!


(……美味)


「美味しいですか?」

「………ん」

「それは良かった」


 サリアがチョコレートのアイスクリームをあたしに向けた。


「食べ比べてみましょう」

「………」


 あたしはチョコレートのアイスクリームを舐めてみる。


(………濃厚。……畜生。美味だわ……)


 サリアがバニラのアイスクリームを舐める。


「あら。濃厚。美味しいですね。テリー」

「………ん」

「ここには奥様もギルエド様もいませんから、歩きながら食べましょう」

「………ん」


 むくれながらアイスクリームをぺろぺろ舐めて、サリアと手を繋いで歩き出す。前を見ても、後ろを見ても、人しか見えない。賑やかなカーニバル。所々で華やかな曲が聞こえる。サリアが周りを見回す。


「えっと、…確か、道がこっちに……」


(………このアイス、意外と悪くないわね……)


 舐めれば舐めるほど、味が浸透していく。


(ほう。…なかなかやるじゃない…)


「テリー、あっちに行きましょう」

「ん」

「おや! アイスクリームを食べているのかい!?」


 ピエロがあたしの顔を覗き込んだ。


「そうだ! 魔法のふりかけをかけてあげよう! チョコレートは好きかな!?」

「………ん」


 こくりと頷く。


「それはよかった! では魔法をかけるよ!」


 ピエロが変な道具をアイスクリームの上に持った。


「君が幸せになりますように!」


 カラースプレーがアイスクリームにふりかけられた。


「ほーら! 素敵な魔法のトッピングだ! これで君も笑顔になれるよ!」


(あら。素敵。濃厚なバニラにカラースプレー)


 一口食べてみる。


(……美味)


 サリアがピエロに笑顔を向けた。


「どうもありがとう。赤いお鼻の素敵な方」

「おや、お姉さんも綺麗だね! お姉さんにも魔法をふりかけてあげよう!」

「うふふ。どうかお願い出来ますか?」


 サリアに魔法が降りかかっている間、あたしはぱくぱくとアイスクリームを食べ進めていく。


(なんか美味しいわ。これ美味しいわ。意外と美味しいわ。うん。悪くない。カラースプレー。悪くない)


「テリー、チョコも食べますか?」

「ん!」


 ぱくりと食べる。濃厚なチョコレートにカラースプレーがタッグを組んで、舌を支配していく。あたしはアイスクリームをサリアに差し出す。


「……バニラも」

「あら、いいの?」

「……ん」

「ありがとう」


 サリアがぱくりと食べて、頬を緩ます。


「うふふ。美味しいですね。テリー」

「…………ん」

「まだまだ出店はありますよ。ほら、あそこにも」


 サリアが指を差す。


「テリー、リンゴ飴は?」

「いる」

「買っておきましょう」


 購入。


「テリー、クレープは?」

「食べる」


 サリアともぐもぐ食べる。


「テリー、あれです。あれ」


 サリアが指を差すのは魚のフライ。


「タナトスのは、味が違うんです。買っていいですか?」

「ん」


 購入。二人で食べる。


「テリー、あーんして」

「あー」


 サリアに食べさせてもらう。


「っ」


 あたしは目を丸くする。サリアは微笑む。


「いかがですか?」

「なんか……甘い……」

「流石テリー。そうなんです。タナトスの魚のどこの魚よりも甘いんです」


 サリアが食べる。噛めば噛むほど、頬を緩ませた。


「ああ、最高。美味しい。この味だけは忘れられません」

「サリア、他に魚の料理ないの?」

「沢山ありますよ。その前に、喉が渇きませんか?」

「サリア、あたしも同じこと言おうと思ったの」

「ジュースでも買いましょうか。出店がありますから」


 サリアがフライの入っていたパックをゴミ箱に捨て、あたしの手を取って再び歩き出す。ジュースの出店の前に並ぶ。


「テリー、お嬢様だからと言って、順番を守らないのは違いますからね」

「サリア、そこは大丈夫よ。順番は守れって、ギルエドに厳しく言われてるの。時に守らなくていいってママは言うけど。貴族としてルールは守るわ」

「流石です。テリー。貴女はとても素晴らしいレディになれます」

「そう思う?」

「ええ。思います」


 メニューが書かれた看板を眺める。


「味はどうします?」

「オレンジジュース」

「かしこまりました」


 順番が近づく。サリアが出店のカウンターを見て、きょとんとした。


「あら、素敵。テリー。義手をつけた小さな女の子が可愛い笑顔で働いてますよ」

「偉いわね。あたしは城下でカーニバルが開かれたら、働くよりも遊びたいわ」

「いらっしゃいませー!」

「ほら、順番が来ました」

「ん」


 カウンターに歩いていく。言われた通り右腕に義手をつけた小さな女の子がいる。くるりとあたし達に振り返った。


「どうもこんにちは! ご注文は………」


 目があった瞬間、小さな女の子とあたしが硬直した。


「え?」

「あ!!」


 赤い目が驚いて目を丸くする。あたしはぎょっと目を見開く。


「テリー!?」

「リトルルビィ!」

「あら」


 サリアが微笑む。


「お知り合いですか? テリー」

「いや、知り合いというか……」


 赤い瞳の小さな女の子。右だけにつけられた黒い義手。白いシャツに赤いスカート、赤い靴。赤を身に着ける吸血鬼のリトルルビィが、太陽の光に照らされて、汗水流して、笑顔で働いている。


 あたしは眉をひそめてリトルルビィを見た。


「………あんた、何やってるの」

「アルバイト!」


 リトルルビィが制服であろう帽子のつばをくいと上げて、ウインクした。


「カーニバルだから人手が足りないって要請を受けたの! さあ、お好きなものをどうぞ!」

「サリア、メニーの友達のルビィ・ピープルちゃん。ルビィ。メイドのサリアよ」

「初めまして! ルビィ・ピープルです! 身長が小さいから、リトルルビィって呼ばれてます!」

「初めまして。リトルルビィ。サリアです」

「オレンジとリンゴ」

「テリーはどっち?」

「オレンジ」

「かしこまりましたぁー!」


 リトルルビィがきらんと光る笑顔でオレンジを素手で潰し、リンゴはミキサーに入れて潰した。


「はい!」


 なんかすごくさらさらになったオレンジジュースと普通のリンゴジュースが渡される。


「あの…お、オレンジジュースは…ルビィ特性なの……」


 ぽっと頬を赤らめる。


「愛が沢山詰まってるから……」


 両手で顔を隠した。


「きゃっ!」

「サリア、行きましょう」

「はい」

「あ、ま、待って! テリー! すみませーん! 休憩入りまーす!」


 リトルルビィが帽子をぽいと投げて、唇をぺろりと舐めて、あたしとサリアを追いかけてきた。


「待って! 待って! テリー! 待って!」


 あたしの腕に腕を絡ませてしがみつくと、リトルルビィがはっとした。


「きゃっ! なんだか恋人同士みたい…。うっとり…」

「リトルルビィ、仕事はいいの?」

「休憩だもん! テリーとゆっくりするんだもん!」


 すりすりしてくるリトルルビィを見て、サリアがくすくす笑った。


「テリーお嬢様、ずいぶんと懐かれておりますね」

「犬みたいでしょ」

「犬じゃないもん!」


 リトルルビィがあたしの腕を抱きしめる。


「運命の相手だもん!」


 リトルルビィが頬を膨らませた。


「むーーーーーーう!!」

「はいはい。分かった分かった」

「テリー! 抱っこして!」

「はいはい」


 サリアと手を離し、リトルルビィを抱っこする。


「よいしょ」

「うわい!」

「ねえ、あんたって体重も操れるの?」

「んー。どうなんだろう? 正しい体重がもう分かんないの」


 サリアは離れないようにあたしの肩を掴み、道を歩いていく。リトルルビィがサリアを見上げ、にこりとサリアに笑ってから、あたしの髪の毛をそっと撫でた。耳元で小さな声が囁かれる。


「ねえ、テリー。髪の毛どうしたの? 切ったの? すごく素敵…。可愛い…。最高…。萌える…。大好き…」

「リトルルビィ、タナトスに来たのは本当にアルバイト?」

「表向きはね」


 赤い瞳がぎょろりと動いた。


「テリーはどうして来たの? 旅行?」

「表向きはね」


 赤い瞳が人の流れを見る。


「あんた、仮面舞踏会にいたんでしょう?」

「うん。いたよ」

「どこにいたの?」

「隠れてたの」


 怪盗パストリルが現れるから。


「キッドが弱らせて、私が捕まえる予定だったの」


 予想外の出来事が起きた。


「……消えたの」


 あの笛を鳴らした瞬間、


「追いかけられなかった」


 赤い瞳があたしを見る。


「ねえ、テリー。人間であんな動き、出来ると思う?」

「思わない」

「キッドが言ってたんだけどね、中毒者の可能性があるって。それで、使ってる笛も、呪いの鏡同様、似たようなものじゃないかって」


 リトルルビィがあたしの耳に囁く。


「テリー、どうしてタナトスにいるの? ここはすごく危ないの。どこで怪盗が見てるか分からない」


 リトルルビィが赤い目を動かす。


「キッドに呼ばれたの?」

「呼ばれてない」

「ならどうして来たの?」

「リトルルビィ」


 あたしはリトルルビィを抱える腕の力を強める。


「あたしね」

「うん?」


 その純粋な子供の耳に、囁く。


「じっとしてられなかったの」


 あたしは舌を回す。


「大切なメニーがさらわれたのよ? 指を咥えて見ていろって言うの? リトルルビィならどうする? あんたが吸血鬼じゃなかったら、何もしないで、家でゆっくりしてる?」

「…テリー…」

「あたしね、メニーを迎えに来たの。あの子、今頃どうしてるのかしら。怖い思いをしてないかしら。ああ、心配だわ。夜も眠れない」


 メニーだけじゃないわ。


「あたし、リトルルビィが怪盗にさらわれたって、追いかけたわよ。キッドの言葉なんて無視して追いかけたに決まってる。もう、心配で心配で、食事も喉を通らない」


 だから、


「いいこと? リトルルビィ。あたしがタナトスに来ているってことは、誰にも秘密よ。キッドにも言っちゃ駄目よ。二人だけの約束ね?」

「テリー、そこの道曲がって」

「え?」

「私服の兵士がいるから」


 あたしは道を曲がる。サリアも曲がる。リトルルビィがあたしを抱きしめる。


「分かった。テリー。そういうことなら、私、誰にも言わない」

「ええ。良い子ね。リトルルビィ。良い子ね。ありがとう」

「私だってメニーが心配だもん。そうよね。テリーも心配よね…」


 リトルルビィがあたしにすりすりした。


「大丈夫。私、お口をチャックするから。テリーがここにいること、誰にも言わない。約束する!」

「ありがとう。リトルルビィ」


 にっこり笑って、


「大好きよ」


 囁けば、リトルルビィがにやけた。


「うん…。わ、私も…テリー大好き……」





 ―――――容易いわね! リトルルビィ!!



 あたしの口角がにやぁあ! と上がっていく。


(メニーが心配で食事も喉を通らない?)

(馬鹿が!)

(ばりばり食欲旺盛よ!)

(お陰でここのところとても気持ちよく眠れてるわ!)


 あたしの狙いは一つだけ。


(復讐よ)


 だが、この少女はキッド側の人物。


(あたしが来たことをあいつにバレるわけにはいかない)

(あいつのことよ。あたしがいると分かれば復讐しに来たっていうことも気づく可能性がある)

(誰にも邪魔されるわけにはいかないのよ!)


 リトルルビィの頭をなでなでと撫でる。


「さ、リトルルビィ。ランチでも一緒にしましょう。サリア、いい?」

「構いませんよ」

「そうだ。リトルルビィ、監視カメラのないお店って無い? ほら、あたし達がいること、ばれちゃうでしょ?」

「任せて!」


 リトルルビィが瞳を輝かせて、指を差した。


「あっち!」


(くひひひひ! 利用させてもらうわよ! 悪く思わないでね! 大好きよ! リトルルビィ!)


 にっこり微笑んで、その頭を撫で続ける。


「ありがとう。リトルルビィ。あんたって本当に出来た子ね」

「えへへへへ……テリーのなでなで……気持ちいい」

「ランチを食べたら解散よ。お仕事頑張ってね」

「ふぁーい……」


 リトルルビィがあたしの腕の中でとろけていった。



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