第9話 メイドは推理オタク
新聞記事には、仮面舞踏会でのことが大きく書かれていた。
怪盗が残した唄も。人質がいることも。事細かに、大雑把に、乱暴に、正しい情報なのかもわからない情報が載せられていた。
メニーが誘拐されたと聞いて、ママは平気な顔を見せた。今まで以上に、それこそアメリが誘拐された時よりは冷静だったと思う。家族として受け入れると決めたが、やはり血の繋がる娘じゃないから、ママはそこまで心配していないのだろう。
―――と思われていた。
「ギルエド、陸軍の連絡先はどう調べたらいいのかしら。用があるのよ」
「奥様、そのような方々にどのようなご用件でしょうか」
「海軍のリストはどこだったかしら」
「奥様、そのような方々にどのようなご用件でしょうか」
「仕方ないわね。空軍」
「奥様」
ギルエドが困ったように、しつこいママを止めていた。やはり冷静ではなかった。
メニーがいなくなった部屋の前では、ドロシーがうろうろとしている。その光景を見て、アメリがドロシーに言った。
「あんたの小さな主はちょっと出かけてるのよ。私が面倒見てあげるから、安心なさい」
聞いた猫は、不安そうに眉をひそめた。
―――――あたしといえば、
「テリーお嬢様」
サリアが扉をノックした。
「ニクスから、お手紙が」
返事はしない。
「お食事はとってますか? ドリーが心底落ち込んでおりましたよ。自分の腕が落ちたのかもしれないと言う始末です。ケルドもテリーお嬢様に少しでも食べていただけるよう、キャベツの千切りばかり切っております。このままでは、厨房がキャベツだらけになってしまいますので、どうか、ご飯くらいは食べてあげたらいかがですか?」
返事はしない。
「生理になってお腹が痛いと言っていたのはテリーお嬢様ですよ。お薬をお持ちしましたので、開けていただけませんか? まさか、この頑丈な扉の隙間を探してそこから入れろだなんて、仰いませんよね?」
返事はしない。
「何か食べないと、薬も飲めませんよ」
返事はしない。
「ニクスからのお手紙を音読しますよ」
扉を開けた。
スープを乗せたトレイを地面に置いて、手紙の封筒を本当に開封して、今にも読もうとしていたサリアが、あたしを見下ろした。
「……食欲無い」
呟くと、サリアが屈んだ。あたしの頬をそっと触り、目元に指を滑らせる。
「すごいお顔ですこと。目の隈が酷いです。もっとよく見たいので入ってもいいですか?」
「……好きにして」
「失礼いたします」
手紙をあたしに渡して、トレイを持って、サリアが部屋に入る。あたしは歩きながら封筒を開封し、ベッドに横になり、その手紙を見た。
―――親愛なるテリーへ
こんにちは、テリー。お元気ですか?
突然ですが、新聞、読みました。大変だったみたいですね。
新聞もテレビもラジオも、怪盗パストリルの話題で持ちきりです。
キッドさんが第一王子だったというのも、とても驚いています。
テリーは、知っていたのでしょうか?
僕は知らなかったので、とても失礼な態度を沢山取っていたなと思って、心臓がどきどきしています。でも、キッドさんはそんなの気にする人ではないでしょうから、多分、僕は何もされないでしょう。多分ね。ふふっ。これで死刑にでもされたら困ってしまうよ。
テリー、大丈夫? 僕ね、テリーのことが心配なの。
家族が誘拐されるって、僕には経験が無いから分からないけど、でも、僕もお父さんがいなくなった時、とても不安で、心配で、ご飯も喉を通らなかったから、テリーもそうなんじゃないかと思って。
僕の思い過ごしだったらごめんね。
テリーが不安な気持ちでいるのに、君の傍にいてあげられないのが、悔しくて仕方ない。喜怒哀楽で、今の君はどの感情かな?
どんな感情でも、テリー、大丈夫だよ。絶対に大丈夫だからね。
僕には言葉を送ることしか出来ないけど、それでも、テリーが少しでも笑ってくれたら嬉しいな。哀しい顔をしていなきゃいいのだけど。僕、笑ってるテリーが好きだよ。
でも、泣きたい時は素直に泣くべきだし、怒りたい時は怒るべきだ。怪盗パストリルに怒りたいなら、僕と一緒に怒ろうよ。僕、ラジカセに向かって夜に言ってるんだ。
よくもメニーを誘拐してくれたな! お前なんて、キッドさんに捕まっちゃえ! って。……この間、おばさんに聞かれちゃって、すごく恥ずかしかったんだから。
今、キッドさんも動いてくれてるらしいね。キッドさんがいるなら大丈夫だと思う。僕のことも助けてくれたし、お父さんのことも、何とかしてくれた。
ねえ、テリー。怪盗パストリルって、もしかして、中毒者ではないよね?
キッドさんが動くから、そうなのかなって思ったんだけど、僕の考えすぎかな? 何でもかんでも中毒者だと思うのは良くないね。ごめんね。僕はもしかしたら、呪いの飴の記憶に囚われているのかもしれない。傷ついたことって、なかなか忘れられないから。
でも、そういうのは、大人になったら忘れるんだって。おじさんが言ってたの。不思議だね。こんなに辛いのに、大人になったら忘れるなんて。魔法みたい。
テリーも、無事にメニーが帰ってきて、辛いことが忘れられますように。僕はここから女神様に祈ってます。
それじゃあね。テリー。またお手紙書きます。
ニクス
P.S
この間はごめんね! 気づかずに、二時間も話し込んじゃって! テリー、執事さんに怒られたんでしょう? 本当にごめんね。電話は三十分にしようね。僕も注意します。それでは。
今日もテリーが笑顔でいられますように。
(……ニクス、大好き……)
ニクスの手紙をぎゅっと抱きしめて、シーツを頭まで被る。サリアがベッドの前に椅子を置いて座り、トレイを棚の上に置いた。
「テリー、少しでもいいので、どうか」
「……」
「お薬、飲めませんよ」
あたしが黙ったまま体を起こす。サリアがトレイをあたしに渡す。黙って受け取って、スプーンを持って、すくって、スープを飲む。
(……暖かい)
優しい野菜の味が、ふわっと広がる。
(美味しい)
スプーンが進む。
(美味しい)
ゆっくり、飲み込む。
(あたしの栄養になる)
ゆっくり飲み込む。
(まだ生きていける)
飲み干した。トレイをサリアに返す。
「はい。お薬と、お水です」
サリアに渡され、受け取る。玉の薬を口に含んで、水で流す。
お腹の痛みがこれで緩和される。きっとだるさもなくなる。
(……満足)
ベッドにまた体を倒す。
「テリー、寝てばかりだと太りますよ」
返事はしない。
「何をそんなに落ち込んでいるのですか?」
サリアは疑問に思う。
「当てましょうか」
サリアは推理する。
「その感じは、何かがあったのでしょう」
サリアは考える。
「メニーお嬢様の件はお気の毒でした。目の前で連れ去られて、ショックも大きかったと思います」
サリアは考える。
「今、兵も警察も動いております」
サリアは考える。
「なんでも、第一王子が動いて、国中の舞踏会に行っては怪盗を探しているだとか」
サリアは考える。
「お会いしましたか? 第一王子」
サリアは考える。
「第一王子はリオン様ではなく、リオン様には上にもう一人ご家族がいらっしゃって、その方が第一王子だったと」
サリアは考える。
「キッド様と仰るとか」
「知らない」
うずくまる。黙ってほしかった。
「どうでもいい」
サリアは頷いた。
「そうですね。どうでもいい情報でした」
サリアはあたしを見つめた。
「王子が二人であろうとなかろうと、我々にとってはどうでもいい情報です。失礼いたしました」
サリアが頭を下げる。
「さあ、後片付けをしないと」
サリアがトレイの上を整理する。
「テリーお嬢様、お腹は痛くありませんか?」
「…………痛い」
「そうですか」
スプーンとフォークを並べる音が部屋に響く。
「…………サリア」
「ん?」
サリアの手が止まる。あたしはうずくまったまま、口を動かす。
「恋ってしたことある?」
「恋? まあ。素敵な単語ですね」
「………」
「何度かありますよ」
「…………」
あたしはシーツから顔を出し、サリアに振り向く。
「あるの?」
「ええ」
「どこで?」
「初恋は、この屋敷」
私が14歳の頃。
「ここに新しい使用人が来まして。仕事を教えている間に、年も近かったということもあり仲良くなりました。距離が近づいて、生まれて初めて、胸が高鳴るという感覚を覚えた時期があります」
「……その人、今は?」
「ご実家に帰られました。農家を継ぐって」
「…………告白は?」
「しませんでした」
「…………そう」
「それから、しばらくは寂しかったですね」
「ついて行こうと思わなかったの?」
「ここを離れたら、私の居場所はありません」
「……居場所は、大事よね」
「ええ。なので、残りました。淡い思い出です」
サリアが思い出す。
「その後、奥様の勧めで、三年ほど学校に通わせていただいたことがあります」
「資格を取った所?」
「ええ。18歳まで通いまして、そこで二度目の恋が」
「一緒に勉強してた人?」
「先生に」
「…………先生」
「二十上で、奥様がいらっしゃいました」
「サリア、趣味が渋いのね」
「今まで会ったことのないタイプの男性で、知っていくうちに恋をしてしまいました」
「どこが好きだったの?」
「声が」
「声?」
「心地いい声で、勉強を教えてくださるんです。その時間がすごく好きで」
ずっとこの人の傍にいたいと見つめていても、現実は簡単ではございません。
「人の心は、動かそうと思って動くものではありません」
どんなに声をかけても、近づいても、
「人の心の謎だけは、答えが分かりません」
サリアが椅子からベッドに移動し、腰を掛けた。手を伸ばし、あたしの体を撫でる。
「突然、どうしました?」
「………何となく」
「そうですか。何となくですか」
サリアがあたしの優しく頭を撫でる。
「足は、まだ痛みますか?」
「痛い」
「そうですか。裸足で帰ってきましたものね」
サリアがあたしを優しく撫でる。
「ガラスを踏まなくて良かった」
「…………」
「アメリアヌお嬢様も心配されてますよ。お顔だけでも、お見せしてはいかがですか?」
「……サリア」
「はい?」
「ん」
あたしは隣を叩く。それを見たサリアが口を押さえた。
「まっ。テリー。私を誘うだなんて。それもベッドの上だなんて、なんて不埒なんでしょう」
「サリア」
「はいはい」
サリアが靴を脱いでベッドに横になる。シーツの上に乗り、あたしをそっと抱きしめた。包まれた体が途端に暖かくなる。サリアがあたしの背中をとんとん叩く。あたしはふう、と息を吐いた。
「サリア、…暖かい」
「暑くありませんか?」
「大丈夫」
あたしはサリアの胸にすり寄る。
(……あったかい)
良い匂いがする。
(……石鹸の匂いだ)
良い匂い。サリアの匂いだ。もっと感じたくて、目を閉じる。
「そうだ。テリー」
サリアに声をかけられ、目をサリアに向ける。
「怪盗の唄ですが、答え合わせをしませんか?」
「……もう分かったの?」
「ええ」
サリアは微笑んで頷いた。
「簡単でした」
「流石ね。サリア」
「気分を紛らわせるのにいかがですか? ヒントは沢山出しますよ」
枕に手を乗せて、得意げに笑うサリアを見つめる。
「それ、城に連絡した方がいいんじゃない?」
「でも、当たっているか分かりませんから」
「サリアの答えが外れる時なんてあるの?」
「ありますよ。人間ですから、正しい答えばかりなんて当てられません」
「サリアも間違えるの?」
「どうです? 当たってるか外れているか、テリーが考えてみてください」
「……分かった。聞く」
耳を構える。
「どうぞ」
「鼠に悩む国の町、とある日男がやってきて、全ての鼠をけちらした、金貨五枚のお仕事さ、しかし金貨は貰えずに、人間皆男を無視した、怒った男は笛を吹き、子供を連れていったのさ」
これ、
「実際に起きた誘拐事件を表しているんです」
「……誘拐事件?」
「二十年前に、町中の子供が一斉に誘拐されるという事件がありました。残ったのは、赤ん坊、足の悪い子供、病気の子供、立って歩けない子供が唯一助かったとされる事件です」
「犯人は?」
「見つかっておりません」
「子供達は?」
「ええ。全員無事に見つかりましたよ。……ただし、誘拐されてた記憶が一切なかったそうです」
「全員?」
「ええ。助かった全員、誘拐されていた期間のことを、誰一人として覚えていないのです」
「…その後どうなったの?」
「それだけです。それ以降も子供達はすくすく育って、何も無い、平凡な大人になりました。……記憶を思い出した者は、誰一人いません」
「……おかしな話」
「ええ、ですので、行方不明事件。もしくは、誘拐事件、とされております。でも怪我人もいなかったし、全員無事に戻ってきたし。何とも言えない、とてもおかしな話です」
さて、続きを。
「『子供は手紙を残したよ。海を泳ぐと書いたのさ』。ここで、海がある街というのは分かりますね?」
「…港町ってこと?」
「『散歩に出ると書いたのさ』。…つまり、子供達が夜でも昼でも歩ける安全な港町」
「…そんな所ある?」
「『三日月の夜には月明かり、光り輝く貴方に会いたい』。…つまり、三日月の夜、三日月は二週間後です。二週間後に開かれる舞踏会がある港町。誘拐事件があった港町。夜でも昼でも子供達が出歩いてておかしくない平和な街」
サリアが微笑む。
「二週間後、カーニバルがある街があります」
「カーニバルは三日三晩続きます」
「子供が夜歩いていても、昼に歩いていても、大人達が子供を見ています。町中に監視カメラが設置されているので、とても安全な街と呼ばれております」
「タナトスという港町です」
サリアがあたしの肩を撫でた。
「私の故郷です」
「………サリアの、故郷?」
サリアが頷いた。
「ええ。そこで拾われました。アンナ様に」
「…ねえ、サリア」
少しデリケートなこと、訊いても良い?
「二十年前って、サリア、いくつ?」
「あら、よく分かりましたね。テリー」
サリアが声を出して笑った。
「そうです。私も被害者です。誘拐事件で、誘拐された一人なんです」
ふふっ。
「まるで覚えてないんです。何も」
異変も変化も無い。
「怪我一つなかった」
どんなに考えても分からない違和感。
どんなに考えても出てこない答え。
どんなに考えても答えられない問題用紙。
「タナトスは知ってるわ。昔、何度も旅行に連れてってもらったもの」
「ええ。そうですよね。カーニバルに行かれたこともありましたね?」
「ん。確かに行ってた。もうだいぶ前だけど、パパがまだいた時に。あの、オルゴール館とか、水族館とか、ガラスの置物とか、なんか、そんなのが多い所でしょ。レンガの建物が多い町だった」
ああ、そういえば。
「タナトスのカーニバルは、この時期だった」
「ええ」
「サリアの故郷なの?」
「はい」
「サリアはそこにパストリルが現れると予想してるの?」
「はい」
「それ、確実なの?」
「私、どうしても気になってしまって、タナトスの役所の方にお電話で訊いたところ、カーニバルの最終日の夜に、ほんの些細な仮面舞踏会があるとか、無いとか」
くすっ。
「……あるとか」
サリアが、にんまりと微笑んだ。
「以上が、答え合わせです」
あたしはサリアを見た。
「流石ね。サリア」
「恐れ入ります」
「へえ、そう。舞踏会があるんだ」
タナトス。
ここから汽車に乗り、三時間程度で着く港町。
「でも、そんな離れた場所に、この街で暴れてた怪盗が現れるって言うの?」
「場所など、怪盗には関係ないのでは? 行動を見る限り、パストリルは何を考えているか分かりません。だから警察も予想が出来なくて、予告状を貰ったところで手掛かりもなく、動けないでいた」
「手をこまねいてたって聞いてる」
「ええ」
「……でも、本当にそこまで、わざわざ人質のメニーを連れていく?」
「パストリルは人の心を盗むそうですね」
「メニーの心が盗まれてるってこと?」
「分かりません。可能性として、メニーお嬢様のお心を盗まれているとして、その前提で話を進めるとすれば、納得がいくというだけです。メニーお嬢様のお心はパストリルのもの。パストリルが行きたいと言えば、お心を盗まれているメニーお嬢様は喜んでついて行くでしょう」
(確かに)
サリアの言ってることに、違和感はない。むしろ、合っている気がする。
(パストリルが現れるのなら)
キッドが………。
「………」
「ところで、テリー」
サリアがくてんと首を動かした。
「魚はお好きですか?」
「………ん、え? 何?」
「タナトスでは美味しいものが食べられますよ」
サリアがあたしの顔を覗き込む。
「蟹はお好きですか?」
「蟹って、あの蟹?」
「焼いたらご馳走になります。口の中でとぅるんって、とろけるんです」
「……………」
とぅるん?
「テリー、焼き魚はお好きですか?」
「焼き魚って、食べにくいのよね。骨がわんさかついてて、好きじゃないわ」
「タナトスではお手の物です。焼き魚の骨まで、とぅるんってとろけるんです」
「……………」
あたしはじっとサリアを見る。
「テリー、貝を食べたことありますか? 焼いたらとぅるん」
「テリー、帆立って、知ってますか? ただ焼くだけじゃなくて、バターをつけるんです。一緒に食べればとぅるん」
「テリー、乾燥した魚もなめてはいけません。カリカリの感触に、味がふわっと。さらにとぅるん」
「テリー、炙り、というのを知ってますか? 焼き魚と対して変わらないのですが、焼き方一つでまたこれは良い味を出すんです。食べたらたちまち唾液が出てきて、魚はとぅるん」
………………………。
あたしは口に溜まった唾を、ごくんと呑んだ。
「フライパンで焼けばとぅるん」
「鍋で煮込んでとぅるん」
「蒸せばさらにとぅるん」
「とぅるんとぅるんとぅるん」
あたしのお腹が音を鳴らした。
「あっ、もうこんな時間。お仕事に戻らないと」
「サリア」
あたしはサリアの手を掴んだ。サリアがあたしに振り向く。
「何ですか? お嬢様はご体調が優れないのですから、早く寝てください」
「ねえ、サリア、とぅるんってするの? ねえ、とぅるんってするの?」
「タナトスのご馳走は美味しいですよ。本当に、ナイフとフォークが止まりません。どんなに舌が肥えた子供だって、タナトスでは皆とぅるん」
「とぅ、…とぅるん…」
「おまけに舞踏会もある。あー、素敵」
サリアが起き上がり、窓を見た。
「懐かしき我が故郷。ああ、久しぶりに、あのとぅるんを味わってみたい…」
サリアが言った。
「誰か連れて行ってくださらないかしら。私も久しぶりに、お休みがほしいわ。大好きな誰かと二人きりで旅行がしたい。ああ、美味しい魚料理が食べたいわ。ブリの照り焼きがもう最高にとぅるんっていけるのよねー」
「ブリの照り焼き……?」
「ザリガニのソテーも最高」
「ザリガニのソテー…?」
「あーあ。残念残念。ドリーにも作れないあの味。とぅるんるん。あー。また味わいたかったわー」
「サリア」
あたしは起き上がる。
「二週間後に三日間お休みを取って。出かけるわよ」
「あら、どうしたのです? テリーお嬢様。ご体調が悪いのに。無理なさらないでください」
「タナトスに行くわ」
チケットを取って。
「貴族ならば、開かれる舞踏会には参加するべきよ。それが仮面舞踏会ならなおさらよ」
「そんなっ、ああ、テリーお嬢様、今、お体を動かしては駄目です。安静になさってください」
「二週間後でしょ。生理は終わるし、足だって軽い捻挫だもん。平気よ」
「でも、無理はよございません」
「メニーが誘拐されて、城下の仮面舞踏会はめちゃくちゃだったわ。あたし、大切なメニーがいなくて心がボロボロなの! 何もかもを忘れて、舞踏会を楽しみたいの!」
「危険です! 怪盗パストリルが現れるかもしれません! ああっ、恐ろしい! おやめになって! テリー!」
「構わないわ!!」
ふんっ、と鼻を鳴らす。
「貴族が怖がってなんぼなものよ! あのね、貴族は怖がるんじゃないの。怖がられるものなの。貴族は常に堂々と、凛と、毅然に立つのよ!」
怪盗パストリル?
「いいわ。だったらメニーもいるってことでしょう? ちょうどいいじゃない。迎えに行ってあげるわよ!」
あたしの目が鋭くなる。
「サリア、ドレスをオーダーして」
「かしこまりました」
「メニーの普段着用のドレスも」
「かしこまりました」
「旅行用のドレスも準備して」
「かしこまりました」
「新しい仮面もよ」
「かしこまりました」
「髪飾りも揃えて」
「かしこまりました」
「チケットも忘れないで」
「かしこまりました」
「サリアも私服の準備を」
「かしこまりました」
「それと………」
あたしはサリアから視線を逸らす。
「………スープのおかわりを」
「かしこまりました」
サリアが微笑んで、トレイを持った。
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