第6話 「Shall We Dance?」


 ダンスホールに戻ると、クラシック音楽が奏でられていた。

 キッドがあたしの扇子を奪い、通りすがりの使用人が持ってたトレイに置く。


「失礼。これ持ってて」

「はわわっ」


 キッドがあたしを引っ張り、人混みの中に入った。あたしの肩を抱え、ぬらりくらりとぶつからないように進んでいく。見上げると、キッドもあたしを見下ろし、くすりと笑っていた。


「楽しそうね」

「お前は楽しくないの?」

「………」


 首を振る。


「悪い気分じゃない」

「なら、行こう」


 クラシック音楽が終わる。拍手。お辞儀。入れ替わる人々の波に乗り、キッドと手を繋いで歩いていく。


「過呼吸は?」

「平気」

「無理そうなら言って。また親切にお外へ連れ出してあげるよ」

「なめないで。何のために踊りの練習をしたと思ってるのよ」


 ふん、と鼻で笑う。


「あんたこそ今さらリズムが分からなくて、踊れないやーって言わないでしょうね」

「俺をなめてるの? ダンスくらい出来るよ」

「実は身長が合わないんじゃない?」

「何とかするのが俺さ」

「お手並み拝見と行きましょうか? 王子様」

「俺の魅力に気づいたって知らないよ。お姫様」


 位置につき、お互いの手を握り直す。

 キッドがあたしの腰を。あたしはキッドの肩を。


「…………」

「辛いなら腕でもいいよ」

「辛くない」

「はいはい」


 見上げる。キッドがニッと笑った。それにつられて、あたしの口角も少しだけ上がる。


 あたしの目がキッドの目と重なる。

 キッドの目があたしの目と重なる。


 新たなクラシック音楽が始まる。足を踏み出す。


 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 ターンする。


 1、2、3、


 くるんと回る。


 1、2、3、


 キッドと向き合う。


 1、2、3、


 足が動く。


 1、2、3、


 背中が後ろに反る。


 1、2、3、


 支えられる。


 1、2、3、


 体を起こす。


 1、2、3、


 キッドと向き合う。


 1、2、3、


 また足が動く。


 1、2、3、

 1、2、3、

 1、2、3、

 1、2、3、


「へえ、なかなか」


 キッドが呟いた。


「当然」


 余裕の笑みを浮かべる。


「貴方もなかなか」


 あたしが言うと、キッドが笑う。


「お褒めに預かり光栄です」


 また、足のステップを踏む。

 1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3、


 ――――こいつ、どうしてこんなにも踊れるの?


 浮かび上がる違和感。


(でも)


 手を握る力が、どことなく、強まる。


(訊いちゃいけない気がする)


「おや?」


 キッドの目が細まる。


「これはどうしたことか」


 笑われる。


「なんか訊きたいって目」


 はっとして、再び余裕な笑みを浮かべる。


「は? 何のこと?」

「目が言ってた。俺に訊きたいことがあるって」

「思うわけないでしょ」

「俺、人の目を見るのが好きって、前に話したよね。考えが何となく読めるんだ」

「あたしの気持ちを読んだってこと? 気持ち悪い」

「愛しい人が何を考えているか気になるじゃない」

「ほほほ。ペテン師が。ほざけ」

「くくくくっ!」


 キッドがまた笑う。


「いいよ」


 ん?


「いいよ。訊いて」

「…何が?」

「質問タイム」

「質問タイム?」

「曲が奏でられている間」


 もしくは、


「踊っている間」


 あたしの体がくるんと回った。


「何を訊いても答えよう」


 キッドと距離が近くなる。


「さあ、何でも訊いて。さっきは俺が質問したから、今度はお前の番」


 その青い目を、じっと見つめる。


「何が知りたい?」


(……そう言われたら、何を訊いたらいいのか分からなくなる)


「レディ?」


 キッドがあたしを呼ぶ。


「質問を」


(……じゃあ)


 あたしは質問する。


「何歳?」

「数えで17歳」


 あたしは質問する。


「誕生日は?」

「12月24日」


 あたしは質問する。


「何座?」

「山羊座」


 あたしは質問する。


「血液型は?」

「O型」


 あたしは質問する。


「趣味は?」

「ゲームして遊ぶこと」


 あたしは質問する。


「特技は?」

「何でも出来る」


 あたしは質問する。


「休日にすることは?」

「寝てるか遊んでる」


 あたしは質問する。


「好きな色は?」

「濁った赤」


 あたしは質問する。


「好きな食べ物は?」

「苺ケーキ」


 あたしは質問する。


「嫌いな食べ物は?」

「抹茶味全般、エトセトラ」


 あたしは質問する。


「どんな性格?」

「優しくて紳士的だと評価を頂いてます」

「自分でそう思ってる?」

「思ってるけど、違う一面もある」


 あたしは質問する。


「例えば?」

「がさつ。面倒なことは全部じいやに任せてる。掃除も嫌い。うん。現実主義の、楽観的かな」


 あたしは質問する。


「恋人はいる?」

「四歳年下の婚約者がいる」


 あたしは質問する。


「好みのタイプは?」

「俺のことを大好きでいてくれる子なら身分関係なく受け入れる。…女の子限定ね」


 あたしは質問する。


「ペットを飼うなら」

「猫」


 あたしは質問する。


「好きな言葉は?」

「完全勝利」


 あたしは質問する。


「好きな教科」

「道徳」


 あたしは質問する。


「踊りはどこで?」

「幼少期から習ってる」


 あたしは質問する。


「家族はいるの?」

「沢山ね」


 あたしは質問する。


「弟さんいるの?」

「いるよ」


 あたしは質問する。


「学校は行ってる?」

「自宅学習」


 あたしは質問する。


「好きなことは?」

「四歳年下の婚約者をからかうこと」

「最低」

「くくっ」


 あたしは質問する。


「好きなものは?」

「四歳年下の婚約者、エトセトラ」


 あたしは質問する。


「嫌いなものは?」

「弟」


 ん?


 あたしは質問した。


「嫌いな人は?」

「弟」


 あたしは質問した。


「嫌いなことは?」

「弟の相手すること」


 あたしは質問した。


「嫌いなの?」

「嫌いだよ」


 あたしは質問した。


「なんで?」

「何もしなくても俺の欲しいものを手に入れる奴だから」


 あたしは質問した。


「何歳離れてるの?」

「二歳」


 あたしは質問した。


「仲良いの?」

「さあ、どうかな」


 あたしは質問した。


「ストレス溜まらないの?」

「溜まるから遊んでる」


 あたしは質問した。


「一緒に住んでるの?」

「住みたくないから、あそこに住んでる」


 あたしは質問した。




「………どうしたら、心を許せる?」




 キッドが声を出して笑った。


「無理」


 首を振った。


「無理だよ。そんなの」


 くくっと笑った。


「嫌いな奴は嫌いだもん」


 ましてや、


「家族ならなおさら」


 ましてや、


「血が繋がってるならなおさら」


 血が繋がってなければ、


「俺は完全に突き放してるね」


 同情なんてしないよ。


「家族だから仲良くしてやってるんだ」


 感謝してもらいたいね。


「いいよ。あんな奴の話なんて」


 キッドは微笑む。


「質問は以上?」

「……何、訊いていいか分かんない」


 でも、


「弟さんのこと、随分と嫌いなのは伝わった」

「嫌いな奴くらい、俺にもいるよ」

「意外。だって、あんたって皆のこと好きでしょ」

「あれは別」

「そうなの?」

「そうだよ」

「…苺ケーキ好きなのね」

「大好き」

「意外。もっと、こう、煮物が好きとか、肉が好きとか言うかと思った」

「ケーキ。ケーキすっごい好き。チョコレートもチーズもフルーツ系も皆好き。生クリームも最高。一番は苺のケーキ」

「そっか。だから誕生日のケーキが苺のケーキだったのね」

「そうだよ。去年の美味かっただろ?」

「ええ。美味しかった」

「今年はまた違う店でケーキ探すんだ。お前も手伝って」

「だったらケーキをプレゼントするわ」

「ケーキはいい。じいやが用意してくれるから」

「あんたの好きなものが分からないから、プレゼント困るのよ。本当に悩む」

「くくっ。今年も楽しみにしてるよ」

「プレゼントの意味で虐めてくるのやめてよね」

「だってお前どんぴしゃで持ってくるんだもん」

「まだ二回だけだけど」

「今年はなんだろうね」

「考えておく」


 そうだ。


「…ありがとう。誕生日プレゼント」

「ああ、あれね」

「ネイルのグッズ可愛かった。爪弄るの好きだから」

「うん。お前くらいの年齢って、爪で遊ぶの好きだよね」

「どうやって用意したの? あれ、高級品でしょ?」

「買ったの」

「買えるの?」

「お金があれば買い物は出来る」

「…キッド、やっぱり変」


(あ、いけない。名前言っちゃった)


 つい、ルールを破ってしまった。名前を呼んでしまった。

 けれどキッドは気にしない。そのまま、もっともっとと子供のように、話を続ける。


「ほら、次は?」

「え…」

「質問していいよ?」

「……」

「しないの?」


 ずいっと、笑顔があたしに近づく。


「いいんだよ」


 テリーになら、


「俺のこと、教えてあげる」


 だから何でも訊いて。


「何が知りたいの?」


 俺のこと訊いて。


「俺のこと、知っていいんだよ」

「いいの?」


 見つめる。

 見つめられた。

 目が合う。


 背中がのけ反る。

 キッドが引っ張る。

 あたしが戻ってくる。

 距離が近くなる。

 キッドは微笑む。


「いいよ」


 キッドは微笑む。


「テリーならいいよ」


 キッドは微笑む。


「俺のこと訊いて」

「訊いたら、もう少し近づけられる」

「訊いたら、もう少し分かり合える」

「訊いたら、もう少し理解が出来る」

「テリーならいいよ」

「教えてあげる」


 手を握る。

 握り返される。


(あれ?)


 どきっと、胸が鳴った。


(あれ?)


 胸が熱くなってきた。


(あれ?)


 キッドの嘘のない瞳に、視線が離れない。離れられない。


(あれ、なんか)


 キッドのことをもっと知れると思ったら、

 キッドが知ることを許してくれたと思ったら、

 なんでか、

 どうしてか、

 トクン、と胸が鳴った。


(なんか、………悪くない)


 握る手が心地好い。

 握る手が暖かい。

 握る手が手袋越しでも暖かい。


(悪くない)


 胸が鳴る。


(悪くない)


 キッドが見つめてくる。


(キッド)


 ―――じゃあ、テリー、いっそうのこと本当に結婚しちゃおうか?


(キッドと?)


 ―――テリーが15歳になれば俺は18歳で、結婚の条件は満たしてる。

 ―――結婚して、俺と夫婦になって、子供産んで、一つの家族になろうよ。


 あれ、


 悪く、ない。



(あれ?)


 なんか、


 なんか、いい、かも。




 キッドと、結婚して夫婦になるの、悪くないかも―――。






「いてっ」

「あ」


 あたしとしたことがステップを間違えた。ぎゅっと、靴の先端でキッドの足を踏んでいた。


「ごめんなさい」


 慌てて謝ると、キッドがくくっと笑った。


「びっくりした?」


 悪戯な笑みを浮かべているキッドがいる。


「何よ。ちょっと」


 ちょっとだけ、


「考え事を、してたの」

「なぁに? 俺のことでも考えてくれたの?」

「……はあ? 何言ってるの? 馬鹿。そんなわけないでしょ。自惚れ屋め」

「くくっ。駄目だよ。レディ。素が出てる。びっくりして気が抜けたんだ。馬鹿はお前だよ」

「馬鹿って言わないで。馬鹿って言った方が馬鹿なのよ」

「そうだよ、俺は馬鹿だ。そしてお前はとんだ馬鹿だ」

「………大人げない」

「大人げなくて結構。テリー限定さ」

「……………………………」


(あたし限定?)

(あたしだけ?)

(キッドのこういう姿を見れるのは、あたしだけ…)


 確かにそうだった。

 今までもそうだった。

 今までだってそうだった。


(あれ?)

(あれ?)

(あれ?)


 キッドの顔が見れない。


(あれ?)

(あれ?)

(あれ?)


 何これ? 何なの、これ。胸がドキドキする。高鳴る。うるさい。胸の高鳴りで、集中が出来ない。あたし、ちゃんと踊れてる? テンポを数えないと。そうしないと、何かに集中しないと、


 ―――顔が熱くて、仕方ない。


「…………………あたしだって」

「ん?」

「デート許可するの、……キッド限定だもん…」


 消え入りそうな声で、呟く。


 キッドが黙った。

 あたしも黙った。

 足が動く。

 123、のリズムに合わせて。

 ワルツを踊る。

 距離が近い。

 ターンして、くるんと回って、またターンして、向かい合って、


 向かい合って、


 また目が合う。


「…………………………」

「…………………………」


 駄目だ。分からない。思考がぐちゃぐちゃだ。

 キッドの目が、

 あたしの目が、

 何を考えているのか、分からない。


(何か、話題を)


「あの」

「んっ」

「えっと」


 えーーーーーっと。


「……この後、リトルな少女達と合流するんでしょ?」

「……ああ、うん」

「そうだ。姉さんを紹介してあげるわ。あんた、話したことないでしょ?」

「……まあ」

「そうだそうだ。姉さんとも踊ってみてよ。あんたと年が近いのよ」

「…………」

「よかったら、そうそう。妹とも踊ってあげて。あんたね、あまりにもいけずうずうしいから、あの子に怖がられて…」

「テリー」


 キッドがあたしを抱き寄せる。


(ふへっ)


 ぎゅっと、抱きしめられる。


「…………」


(1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3……………)


 音楽が随分とおしとやかになる。落ち着いて、艶っぽくて、ゆっくりと体を揺らす。キッドの胸に耳が当たる。


(……へ?)


 なんで、こいつ、こんなに鼓動が早いの。


「…………」


 キッドはあたしを抱きしめるだけ。


「……いい曲だね」

「……ん、んん……」


 こくりと頷く。仮面でお互いの顔は見えない。あたしがどんな顔をしているかも、キッドには分からない。


(分からない)


 どうしてこんなに体が熱いのか分からない。

 どうしてキッドに抱きしめられたらこんなにも落ち着くのか分からない。

 どうしてこの手を離したくないと思うのか分からない。分からない。分からない。分からない。


 キッドの温もりが、心地よくてたまらない。


「………なんで」

「へっ?」

「なんで、隠してるの?」


 キッドの手があたしの頭に滑る。あたしの頭を隠すレースを弄る。


「勿体ない」

「か」


 強気な言葉が口から漏れる。


「からかったくせに」

「気にしてるんだ?」


 キッドが耳元で囁いてきた。


「可愛い」

「………うるさい」


 ふい、と顔を逸らす。心臓はドキドキうるさい。


「テリー」

「…名前、駄目だって…」

「テリー」

「だから、名前…」

「テリー」

「あの」

「テリー」

「………」

「お前さ」


 キッドが真面目な顔で、あたしの顔を覗き込んだ。


「婚約解消、したい?」


 ―――――――――え?


「婚約解消、したいと思ってる?」


 キッドの目が、からかいのない目が、あたしを見つめる。


「…何言ってるの?」


 それは、


「あんたが決めることでしょう?」

「テリーはどう思う?」

「あたしは」


 視線を逸らして逃げる。


「決める権利、無いもの」

「じゃあ、しないよ」


 キッドが言った。


「しない」


 あたしは慌てて見上げる。


「それ、話が違う」


 キッドがあたしと目を合わせる。


「結婚、しなくていいって言ってた」

「うん。結婚はしなくていいよ」

「ずっと婚約者でいるの?」

「そうすればお前は俺の傍にいる?」


 手を強く握られる。


(なんで)


 どうして、こんなに強く握ってくるの?


「な、何言ってるか、分からない…」

「俺以外に好きな人を作ってもいい。許すから」

「何の話?」

「でも俺から離れないで」

「キッド?」

「なんか、駄目」

「キッド…?」

「嫌なんだ」

「き、キッド…」

「この先、俺、」



「テリーと離れたくない」





 お互いの足が止まる。

 呆然と、驚愕と、唖然と、

 様々な気持ちが交差して、まぜこぜになって、どれが本当の気持ちかわからないほど混乱して、困惑して、キッドを、見つめて、キッドが、あたしを、見て、掴まえて、捕まえて、手を、離さない。目を、離さない。


 離れ、られない。


 目を、逸らせない。


 キッドの目を、逸らせない。


「テリー」


 キッドが真剣な眼差しで、あたしを見つめてくる。


「一緒にいよう」


 胸が高鳴る。唇が震える。震える瞳でキッドを見つめる。キッドの顔が近付いた。あたしはそれをじっと、見つめるだけ。


 手を、きゅっと、握りしめる。


「……テリー」


 キッドの声が、


「……キッド」


 あたしの声が、


 重なった。


 瞬間、


 ―――――――――――――がちゃん。


 音が鳴ったと同時に、会場内が停電した。


「あっ」


 思わず声が漏れる。キッドの手は強まったまま。

 音楽も止まり、人々がざわつく。暗いダンスホール。

 なんだ、どうした、停電かと、ざわつく声。


 あたしとキッドが、自然と、そっと、お互いの手を離した。


「全く。タイミングが悪いな」


 キッドが笑った。


「仕方ないわよ。宮殿も完璧じゃないんだから」


 キッドが笑った。


「いいや?」


 キッドが笑った。


「完璧にやってくれたよ」

「え?」


 あたしは瞬きした。


「ねぇ、テリー」


 キッドが愉快そうに声を弾ませた。


「お前だけ特別」


 これが終わったら、


「お前だけに時間をあげる」

「え?」

「俺に愛の告白をする時間、あげるよ」

「え?」

「お前が、俺に惚れちゃうだろうから」

「え?」

「お前だから、特別」

「え?」

「いいや、絶対惚れさせる」

「え?」

「かっこいいところ見せて、大好きって言わせる」

「え?」

「俺はそれを受け入れる」

「え?」

「いいよ」

「キッド?」

「テリーなら、いいよ」

「キッド?」

「テリーなら、俺の隣にいていいよ」

「………キッド?」

「テリー、動くなよ」


 ―――来るぞ。


 キッドが言った直後、スポットライトが天井に近い窓に当たる。そこに、マントで姿を隠す人物がいた。金の髪がライトの照明で輝く。覗いて見える顔から、笑みがこぼれているのがわかる。


 マントの人物は微笑みながら、会場にいる全員に言うように、声を出した。


「どうも。こんばんは。ダンスをお楽しみの皆々様」


 くすすっ、と笑い出す。


「今宵、このような素敵な舞踏会が開かれることを知りまして」


 つい、うっかりと、


「侵入してしまいました」


 美しいご令嬢に誘惑されて、


「ここまで来てしまいました」


 さて、


「世間話はここまでといたしまして」


 自己紹介を。


 マントを、翻した。

 顔の半分を仮面に包んだ、その人物。


「この私こそ、大怪盗パストリル!」


 事前に予告状を差し上げました通り、わたくしは、


「今宵、この場にいる美しきご令嬢の心と、王家の宝をいただきに参りました!」


 さあ、踊り続けなさい。


「盗んでみせましょう。最高の宝を」


 怪盗パストリルの笑い声が、会場内全体に、響き渡った。




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