第3話 舞踏会の準備


 アメリのふわふわなドレスが揺れ、アメリの緑の髪が揺れ、どきどきした瞳があたし達に向けられる。


「どう? どう?」


 紫に近いピンクのふわふわな柔らかい生地で出来たドレスを身に着けて、くるくる回るアメリに、あたしが頷いた。


「ん、なかなか」

「お姉様! 素敵!」

「似合ってるわよ。アメリアヌ」


 メニーが拍手をして、クロシェ先生が微笑んで頷くと、アメリが喜んだ。


「ああ、なんて可愛いドレスなの! 最高!」


 注文していたドレスが出来たと連絡を受けて来てみれば、アメリにとても似合うドレスが出来上がっていた。デザイナーのセンスが良かったのだろう。レースの使い方がとても豪華で、珍しい生地の、薔薇の形をモチーフにしたドレス。

 ピンクのような、紫のような、美しい色のドレスだ。きちんとアメリに似合っている。


 アメリが踊るようにくるくる回り、メニーの手を取った。


「うふふ! メニーも似合ってるわ! 本当に可愛い!」

「そ、そうかな? えへへ。お姉様に褒めてもらえるなんて、嬉しいな…」


 メニーが似合わないドレスなど存在しないはずだが、確かにメニーはメニーで似合っていた。

 メニーのドレスは、とても濃い緑。まるで森の花々に囲まれた少女。美しさではなく、可愛らしさを目的としたドレスのようだが、これがまたなんと可憐なことだろう。仮面をつけていなくても、メニーは十分美しかった。


「靴も揃えたし、次はアクセサリーね。テリー」


 アメリがあたしを呼ぶ。


「ねえ、選んで。あんた選ぶセンスだけはいいんだから」

「だけ、は余計よ」


 一度目の世界で働いていた囚人だらけの工場から何度も抜け出して、窓から色んな舞踏会の光景を見ていたおかげで、目が鍛えられたようだ。確かに、選ぶセンスは悪くないと思う。


「私の髪飾りどうしたらいい?」

「これ」


 薔薇で合わせましょう。あんたにはこれが似合うわ。アメリ。


「ネックレスも欲しい」

「これ」


 ほらどう? そうね。ほら、やっぱり、これがいい。


「このピアス可愛いわね」

「こっちの方が合ってる」

「そう? ならこっちにするわ」


 アメリのアクセサリーを選び終わったら、次は…。


「メニー、来なさい」

「はーい」


 アメリがメニーを呼んだ。


「テリー、イヤリングいると思う?」

「メニー、つけたい?」

「つけてみたい!」

「だって」

「じゃあ探しましょうか」


 イヤリングが入った箱を開ける。


「アメリ、可愛いやつがある」

「どれどれ」


 花か。ハートか。


「わあ、可愛い!」


 箱を覗いたメニーが微笑む。あたしとアメリがメニーを見て、眉をひそめる。


「メニーはハートかも」

「メニーは花じゃない?」


 あたしとアメリが相談する。


「花は大人過ぎない?」

「ハートは子供過ぎない?」


 あたしとアメリが相談する。


「クローバーは?」

「緑のドレスだし」

「決まりね」

「パーフェクト!」

「エクセレント!」


 あたしとアメリがお互いの片手を叩きあって、メニーにクローバーのイヤリングを向ける。アメリがメニーの左耳に。あたしがメニーの右耳に挟んでつけてみる。


「ほら、どう?」


 鏡を見せれば、メニーの頬が赤く染まり、目をきらきらと輝かせる。


「可愛い!」

「じゃあ、これは購入」

「お姉ちゃんは?」

「あたしは、これ」


 耳につけた月のピアスを見せる。


「可愛い」

「当然」


 ふんと鼻を鳴らした。


「アメリお姉様は?」

「私もテリーに選んでもらった」


 そう言って、アメリも自分の耳につけた薔薇のピアスを見せる。


「わあ、綺麗! お姉様に似合う!」

「ふふん。そうでしょう?」

「アメリお姉様、すごく素敵!」

「ほらテリー、あんたもメニーみたいに褒めてくれていいのよ!」

「はいはい」

「つれないわねー!」


 アメリが嬉しそうに笑い、鏡に映る自分に見惚れて、あたしは再びアクセサリーの箱を覗きこむ。耳の次はネックレス。


「メニーはこれくらいがいいかも」


 シンプルなパールのネックレス。


「お姉ちゃんは?」


 星のネックレスを見せる。


「耳が月だから、星」

「星空みたい」


 メニーがアメリに振り向く。


「アメリお姉様は?」

「耳が薔薇だから」


 ピンクのサファイアで作られた薔薇のネックレスを見せる。


「これよ」

「きれーーー!!」


 メニーが興奮して、そのネックレスに見惚れる。さあ、首の次はおてて。


「指輪は?」


 メニーは首を振る。


「指輪はいいかなあ。まだ慣れてないし…」

「テリーがつけてるやつみたいなのは?」

「これ可愛いよね!」

「デザインだけはね」


 つけてる小指の指輪を見て呟き、箱から指輪を取る。


「メニー、これつけてみて。可愛いわよ」

「あ、可愛い」

「似合ってる。購入ね」


アメリが頷き、あたしはあたしで考える。


(あたしはどうしようかな)

(耳は月)

(首は星)

(指はどうしよう。星に合わせて、金の指輪でもつける?)


 アメリのピンクのドレスを見て、メニーの森のようなドレスを見て、あたしは振り向いて、鏡に映る自分のドレスを見た。


 二人とは違って、あたしは青いドレス。

 海のように濃い青。フリルが波のよう。このドレスは、海のようなデザインなのだと思う。ドレスについてるチョーカーのようなものをホックで止めれば、首から肩まで黒いレースで隠れる。ちょっとセクシーで大人っぽい。でも胸元に置かれた大きなリボンが少女らしさを残す。髪飾りは頭の半分が覆われるほどのレースがついた花のヘッドドレスで落ち着いた。


(これなら髪も隠せる。素晴らしいわ)


「…綺麗」


 メニーがぼうっと鏡に映るあたしを眺める。


(メニーに綺麗と言われても、説得力がない)

(だって、お前の方が綺麗だから)


 口には出さず、メニーに振り向いたあたしは微笑むだけ。


「ありがとう、メニー。なかなか悪くないでしょう?」

「仮面つけなくても綺麗…。………つけない方が綺麗」

「あのね、仮面舞踏会なのよ? 分かってる?」

「分かってます」

「それと、帰ったらダンスのレッスンよ」

「……本当にやるの?」


 嫌そうなメニーの肩を叩く。


「普段着用のドレスに着替えてやるわよ。いいこと」

「はーい。………」

「ん?」


 黙ってあたしを見てくるメニーに、あたしはきょとんとして、瞬きする。


「メニー? あたしの顔に何かついてる?」

「………ううん。本当に綺麗だなって、思っただけ」

「もー。褒め上手なんだから!」


(お前に言われても、何も嬉しくない)


「あんたも世界一可愛いわよ」

「お世辞だ」


(よく分かってるじゃない。お世辞よ)


「お世辞じゃないわ。メニーは可愛い。あたしは美しい」

「テリー、私は?」

「アメリはそこそこ」

「そこそこって何よ。私は美しいのよ」


(あたしが美しいのよ)


 美しいあたしは、ダンスも完璧なのよ。教えるくらい、痛くも痒くもない。


(リトルルビィは踊れるのかしら?)


 ―――テリー! 私、踊れないの!


(………いいわ。リトルルビィ。あんたはしょうがない子ね。あたしと一緒にジュースでも飲んでましょう。悪いことしちゃ駄目よ)


 でも、


「メニーは駄目!」

「なんで!」

「メニーだからよ!」

「理不尽だ!」

「うるせえ!」


 お前はイケメンと踊ってればいいわ。あたしは小さな小さな赤ずきんちゃんと仲良しこよしでジュースを飲みまくるから。だから、あたしが今ここでメニーにダンスのステップを叩きこめば、それも実現する未来があるってことよ!

 つまり、メニーの子守りをしなくていいってことよ!!



 というわけで、



「レッスン開始!!」


 拳を掲げると、メニーが拍手をする。ドロシーがメニーのベッドに寝そべり、欠伸をした。



 罪滅ぼし活動ミッション、メニーにダンスを教える。



「メニー、ワルツの基本のステップから始めるわよ」

「あれでしょ。いち、にー、さんってやつでしょ?」

「そう。ゆっくりでいいからやりましょう」


 あたしが男役に立ち、メニーの手を握り細い腰を掴む。メニーがあたしの手を握り肩を掴む。凛と顔を上げる。


「お姉ちゃん、姿勢大丈夫?」

「ええ。問題ない」


 じゃ、


「始めましょうか」

「お願いします!」


 ゆっくりと、テンポを刻み、カウントする。


 1、2、3、


 カウントすれば、足を動かす。


 1、2、3、


 ゆっくりと、動き出す。


 1、2、3、


 メニーが遠慮がちに、動き出す。


 1、2、3、


「メニー、踏んでもいいから足を動かして」


 1、2、3、


「うぐぐ…。…難しい…」


 1、2、3、


「数えて」


 1、2、3、


「うわっ」


 1、2、3、


「大丈夫。痛くない」


 1、2、3、


「ごめんなさい、お姉ちゃん…」


 1、2、3、


「平気だから、動かして」


 1、2、3、


「いち、にー、さん…」


 1、2、3、


「そうそう。そんな感じ」


 1、2、3、


「基本は出来てるんだから、慣れるだけね」


 1、2、3、


「じゃあ、次はこれ」


 1、2、3、


「これでターン」


 1、2、3、


「ううううう!」


 1、2、3、


「ちゃんと数えて、足動かす」


 1、2、3、


「待ってお姉ちゃん! もう少しゆっくり!」


 1、2、3、


「わっ、ごめんなさい!」


 1、2、3、


「ターン。またターンして、ターン」


 1、2、3、


「お姉ちゃん、からかってるでしょ…」


 1、2、3、


「え? 別にからかってないけど?」


 1、2、3、


「お姉ちゃん、私知ってるよ。お姉ちゃんがそうやって笑う時って、からかってる時なんだよ」


 1、2、3、


「メニー。集中して」


 1、2、3、


「理不尽だ…。お姉ちゃんが先にやったくせに…」

「お黙り」


 1、2、3、


「…………」

「なんで黙るの。数えなさい」

「お黙りって言ったじゃん」

「誰もそんなこと言ってないけど」

「お姉ちゃん! それ理不尽って言うんだよ!」

「お黙り!」


 1、2、3、


 メニーがくるんと回る。


 1、2、3、


「お姉ちゃん」


 1、2、3、


「何?」


 1、2、3、


「顔、近いね」


 1、2、3、


「ダンスって密着するのよね」


 1、2、3、


「ちょっと大人になった気がして、ドキドキしない?」


 1、2、3、


「なんだか、抱き締められてるみたい」


 1、2、3、


「そうよ。王子様に抱きしめてもらうの」


 1、2、3、


「意外と楽しいでしょ?」


 1、2、3、


「仲良くなるには最適だわ」


 1、2、3、


「一度踊れば、仲良くなれる」


 1、2、3、


「お姉ちゃんは、あまり踊らないよね」


 1、2、3、


「でもこんなに上手なんだね」


 1、2、3、


「気落ちする必要は無いわ。誰だって最初はこんなものよ」


 1、2、3、


「お姉ちゃんも?」


 1、2、3、


「そうよ。アメリにレッスンしてもらったの」


 1、2、3、


「舞踏会、キッドさんも来るの?」


 1、2、3、


「来るんじゃない?」


 1、2、3、


「踊るの?」


 1、2、3、


「どうかな」


 1、2、3、


「踊らないの?」


 1、2、3、


「どうかな」


 1、2、3、


「お姉ちゃん、キッドさんと踊るなら、私とも踊ろうよ」


 1、2、3、


「メニー、女の子同士は踊れないのよ」


 1、2、3、


「どうして?」


 1、2、3、


「馬鹿ね。ダンスは異性とやるものよ」


 1、2、3、


「ドレスとドレスで踊ったら、踊りづらいでしょう?」


 1、2、3、


「でも、今はドレスで踊ってるよ?」


 1、2、3、


「今は練習だから」


 1、2、3、


「私がスーツを着ればいいの?」


 1、2、3、


「メニー。スーツを着ても駄目」


 1、2、3、


「どうして?」


 1、2、3、


「本番は殿方と踊るのよ」


 1、2、3、


「あたしに甘えるのはいいけど、坊ちゃん達とも仲良くしなさい」


 1、2、3、


「踊ったら仲良くなれる?」


 1、2、3、


「なれるわ」


 1、2、3、


「こうやって見つめ合って、相手と息を合わせるんだもの。お互いを知る機会にもなる」


 1、2、3、


「キッドさんと踊るの?」


 1、2、3、


「どうかな」


 1、2、3、


「お姉ちゃん」


 1、2、3、


「踊らないで」


 1、2、3、


「え?」


 1、2、3、


「キッドさんと踊らないで」


 1、2、3、


「メニー?」


 1、2、3、


「踊ったら、嫌だ」


 1、2、3、


「踊るなら、私と踊って。お姉ちゃん」


 1、2、3、


「急にどうしたの?」


 1、2、3、


「キッドに惚れた?」


 1、2、3、


「惚れてない」


 1、2、3、


「ただ、お姉ちゃんがキッドさんと踊るのが嫌なの」


 1、2、3、


「なーに? メニーったら。まさか、お姉ちゃんを取られてヤキモチ妬いてるの?」


 1、2、3、


「そうだよ。私はお姉ちゃんと踊れないから、ヤキモチを妬いてるの」


 1、2、3、


「だって、踊ったら、お姉ちゃんはキッドさんに抱きしめられるんでしょ」


 1、2、3、


「だって、踊ったら、お姉ちゃんはキッドさんと仲良くなるんでしょ」


 1、2、3、


「だって、踊ったら、お姉ちゃんはキッドさんと目を合わせるんでしょ」


 1、2、3、


「お姉ちゃん、キッドさんのこと嫌がってたでしょ」


 1、2、3、


「仮面舞踏会では、一緒に美味しいもの食べてようよ」


 1、2、3、


「踊るなら、キッドさん以外にして」


 1、2、3、


「どうしたの? メニー」


 1、2、3、


「あんたらしくないわね」


 1、2、3、


「キッドが嫌い?」


 1、2、3、


「あの人、怖い」


 1、2、3、


「優しいじゃない」


 1、2、3、


「そうだ。メニー、もし会えたら、キッドと踊れば?」


 1、2、3、


「嫌だよ。キッドさんとは踊りたくない」


 1、2、3、


「意外と仲良くなれるかもしれないわよ」


 1、2、3、


「相性が良くて、結婚しちゃうかも」


 1、2、3、


「私、結婚なんてしないよ」


 1、2、3、


「そんなこと言わないの」


 1、2、3、


「私、お姉ちゃんと一緒にいる」


 1、2、3、


「私、ずっと、お姉ちゃんと一緒にいる」


 1、2、3、




 ――――――――足が止まった。


 メニーがあたしに抱き着く。あたしはその拍子に、驚いて両手を上げる。


 動けない。邪魔だ。退け。


「メニー、動けない」

「…………」

「こら、練習」

「疲れた」

「わがまま言わないの。舞踏会まで時間無いのよ」


 叱ると、すっとメニーが息を吸った。そして、―――唄った。



 小鳥よ 小鳥よ 小鳥さん

 綺麗に鳴く声 そのお声

 耳に響けば 心地が好い

 聴き入る 鳴き声 そのお声

 私のものだと 謳います

 鍵付き 鳥かご 閉じ込めて

 綺麗に 鳴く声 そのお声

 私は求める そのお声

 鳥かご 小鳥の 小鳥さん

 どうか私に歌声を

 どうか私だけだと

 祈り願う



「……どういう意味?」


 両手を上げたまま訊けば、メニーが首を振り、あたしに抱き着き続ける。あたしの腰に腕を回して、動かない。


(ねえ、不快だから離してくれない?)


 突き飛ばしてやろうか? 押し倒してその首を絞めつけてやろうか?


(離れろ)


 じっと、静かに、メニーを上から睨む。じっと睨む。睨んで、睨んで、睨めば、


「にゃー」


 ドロシーが鳴いた。視線をそちらにやれば、猫がぱちんとウインクした気がした。


 ―――気を確かに。その子は君に甘えているだけだよ。


(……分かってるわよ)


 あたしはメニーを抱き締め返し、背中をぽんぽんと叩く。


「はいはい。分かった分かった。踊らない踊らない」

「………」

「あいつ、可愛い女の子が好きなのよ。舞踏会にいたとしても、あたし以外と踊るに決まってるし、会えるかも分からない。来ないかもしれないし」

「………」

「メニー、明日も練習しましょう? ね? 今日は、もう止めておこう」

「………ん」

「メニー、動けないから離してくれない?」

「……もうちょっと」


 メニーは離さない。

 甘えん坊の義妹は、自分を憎んでいる姉から離れない。


(あたしがお前に優しくしてるのは)


 死刑にならないためよ。


「もう、メニーは甘えん坊ね!」


 抱き締めながらメニーの頭を撫でる。


「よしよし、メニー。メニーメニーメニーメニーメニー」

「………」

「踊らない。踊らないから。ね?」


 ああ、本当に面倒な奴ね。あたしはお前のママじゃないのよ。


「よーしよし」


 あたしはお前を憎んでるのよ。


「よしよし、メニー」


 お前が美人だから、憎んでるのよ。


「よしよし、メニー」


 お前が美しいから、あたしは、


「メニー」



 憎くて仕方ない。




「愛してるわ」



 顔を上げれば、憎しみで表情を歪ませるあたしと、あたしに抱き着くメニーの背中が、本棚についている鏡から見えた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る