第13話 唯一の救世主(2)



 赤は、見ていたよ。

 赤は、見つめていたよ。

 赤は、うっとり見ていたよ。

 赤は、レディ達の声を聞いて、おっとりしていたよ。

 赤は、なんて麗しい音色なんだろうと思ったよ。

 赤は、レディ達を見たよ。

 赤は、女性と少女を見ていたよ。

 赤は、思った。姉妹かな? って思ったよ。


 辺りは、どんどん暗くなっていった。道に照明がついたよ。


「ずいぶん長く歩いちゃったわね。疲れてない? メニー」

「大丈夫です!」

「うふふ。元気そうね。安心したわ」


 少女は紙袋を見ては、笑っていたよ。


「お姉ちゃん、チョコレート好きなんです。お腹痛くても、チョコレートくらいなら大丈夫ですよね」

「ええ。それくらいなら大丈夫だと思う」

「喜んでくれるといいな」


 二人は歩くよ。

 赤はついて行くよ。

 二人は立ち止まったよ。


「あら?」

「あれ? 馬車がない」

「デヴィッドさんったら、どこに行ったのかしら。ここで待っているって言ってたのに…」

「デヴィッドのお腹がすいたのかもしれません!」

「うふふ! そうかもしれないわね。メニー。ちょっと待ってましょうか」

「前もそうだったんです。お姉ちゃんと一緒に出掛けた時に、デヴィッドって、ちょっと小腹が空いたんでって言って、サンドウィッチを食べに行ってました」

「うふふふ! デヴィッドさんらしいわね」


 女性がしゃがみ、少女の顔を覗き込んだよ。


「ねえ、メニー、訊いてもいい?」

「はい」

「ずっと気になってたの。アメリアヌのことはお姉様、テリーのことはお姉ちゃんって呼んでいるでしょう? それはどうして?」

「テリーお姉ちゃんが、あの、…私、お父さんが死んで、ふさぎ込んじゃってる時に、その方が呼びやすいだろうから、そう呼んでって、言ってくれたんです」

「そうなの。テリーって優しいのね」

「はい。すごく優しくて、…強くて、かっこいいです」

「憧れてるの?」

「はい」

「テリーが好き?」

「はい」


 少女は、それはそれは、幸せそうに答えたよ。


「大好き、です」

「そう」

「お父さんが死んでから、私、どうなるんだろうって不安でした。そんな時に、お姉ちゃんが全部守ってくれたんです。私の事、大切な妹だからって」

「まあ、素敵。そんなことがあったのね」

「はい。それまで、お姉ちゃんとは全然喋ったこと無かったんですけど、でも、それからたくさん遊んでくれるようになって、お姉ちゃんのおかげで、だいぶあの屋敷での生活にも慣れてきました」

「ねえ、メニー、これは秘密よ」

「え?」

「ほら、初めての授業覚えてる? 絵を描いたでしょう?」

「あ、はい」

「一番好きなもの、っていうお題で、自分が何を描いたか覚えてる?」

「……えへへ」

「そうよ。テリーを描いてたわね」

「…はい」

「テリーもね、メニーを描いていたのよ」

「え」

「うふふ」

「ほ、本当ですか?」

「さあて? どうかしらねー?」

「ど、どっちですか?」

「帰ったら、私の部屋にいらっしゃい。見せてあげるわ。でも、テリーには秘密よ。あの子は恥ずかしがり屋だから」

「絶対ですよ。先生!」

「はいはい」


 女性がおかしそうに笑ったよ。

 赤は思った。もっと幸せにしてあげたいな。そう思ったよ。

 赤は思った。君たちにも、幸せになる方法を教えてあげよう。赤はそう思ったよ。

 だから、声をかけるよ。


 ねえ、


「青が暗い色なのは、知ってる?」

「え?」


 女性は立ち上がって、振り向いたよ。

 少女もぽかんとして、振り向いたよ。

 二人とも、赤を見つめたよ。

 だから赤は、また教えようとしたよ。


「青が悪なのは、知ってる?」

「……すみません、人違いでは?」

「赤は善の色なんだよ。これはテストに出る事さ!!」

「…先生、知り合いの方…じゃないですよね?」

「聞いてほしい。僕は、君たちに幸せを運びに来たんだ」

「メニー、行きましょう」


 女性が少女の手を引っ張ったよ。人気の多い場所に向かって歩き出したよ。

 でもそれは駄目だよ。これは、秘密の方法なんだよ。


 待ってくれ!


「ぼ、僕は、怪しい者じゃない! なんて言ったって、僕は、君たちに幸せになってほしいから、それを教えに来たんだ!」

「結構です」

「先生…」

「メニー、歩いて」


 赤は戸惑ったよ。

 赤は追いかけたよ。


「待ってくれ! 幸せになりたくないのかい!?」

「け、結構です」

「僕は、君たちに赤を届けにきたんだ! ほら、赤だよ!」

「きゃあ!?」


 赤を見せた途端、女性が悲鳴をあげたよ。きっと驚いてしまったんだね。でも大丈夫だよ。これは幸せの赤だから。大丈夫だよ。


「お、驚いたかい? さ、最初だけさ。最初だけ、驚くだろうけど、大丈夫。これで赤になれるからね!」

「メニー! 走って!!」


 女性は少女を引っ張って、走り出したよ。

 赤は必死に追いかけたよ。


「待って! 待って! どこに行くんだい? 赤になりたいんだろ?」


 さあさあ、お客様、お手を拝借!!


 よー! ぽん! (あ、ここは太鼓の音でお願いします)


 今こそ、女性と少女に教えましょう。


 幸せの定義とは、つまりは赤になればいいのです。

 赤は善の色。赤は、皆にあるべき色。


 だから赤になれば皆幸せになれるのです。

 赤はそれを教える魔法使いです。


 さあさあ! 教えましょう!

 さあさあ! 手を貸して!

 さあさあ! 手を伸ばして!


 それをすべて、赤にしてあげよう!


「誰か! 誰か!!」

「さあ! さあ! さあ! さあ! 選ばれしレディたちよ!! 僕が教えてあげよう!」


 君たちはまだ、不幸なんだ。

 なんだって、青だからね!


「でも安心して! 僕らには」


 赤がついているんだよ!!!!


 幸せになるために!


「幸せになるために!!」


 幸せになるために!


 幸せになるために!


 幸せになるために!


「僕が、君たちを、幸せにするんだ!!!」






 幸せ、最高!!!!!!!!











「そこまでにしないか? 犯罪者」


 ぽんと、肩を叩かれたよ。

 振り向いたよ。

 後ろには、青い少年がいたよ。

 青い少年は微笑んだよ。

 青い天使だったよ。

 青い悪魔だったよ。

 腕が、吹っ飛んだよ。

 赤が飛び散るよ。

 青い少年が赤に染まるよ。




 通り魔も、赤に染まったよ。


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