第209話 ヘンゼルとグレーテルの石
あと1時間しか持たないだと?
「じゃ、じゃあ、すぐにも逃げなきゃいけないではないか!」
「それは手遅れというやつだな。この洞窟の外はすでに炎の中だ。外にでたとたんに黒焦げになるだけだぞ」
「ハルミ、お前がくだらないところで余計な時間を使うからだぞ!!」
「な、なんでも私のせいにするな! お前だって勝手に骨なんか折りやがって」
「か、勝手に折ったわけじゃねぇよ! すべてお前が原因を作ったんだろうが!!」
「同じように転んでも私はキズひとつ負ってないぞ。お前が軟弱過ぎるんだよ!!! 毎日筋トレぐらいやりやがれ」
「ああ、お前は丈夫なだけが取り柄だもんな。そのかわり衣服はひとつも着てないけどな!!!!」
「わぁぁぁぁ、忘れていたのに、それを、それを言うな!!」
忘れたんかい。忘れていれば大丈夫って、お前の羞恥心ってその程度なのか。
「それにしても困ったな。あの火砕流がこの洞窟に入って来られないように、入り口にフタをするとかできないのか?」
「俺たち仙人は長生きしているから知識はたくさん蓄えているが、魔王と違って物理学の法則を無視することはできんのだ。洞窟には人から見つからないような結界が張ってあるが、物理的に遮断はできない。溶岩が流れて来れば中に入ってくるだろうな」
「入ってきたら、どうなるのでしょう」
「この中は蒸し焼きであろうなぁ」
「あろうなぁ、じゃないだろ! どうすんだ、これ」
「ここの出入り口はあそこに1箇所だけだ。なんともならん」
ああ、もっと早く決断してここを出て行くべきだったか。とは言っても火砕流の足は早い。俺の足で逃げられるわけもなかった。それに骨折しているのだ。走ること自体が無理ゲーだ。俺を抱えてはハルミだってそんなに早くは走れまい。
ふむ。ということは、ここはひとつ。
「よし! ハルミ!!」
「あぁ、びっくりした。なんだ?」
「おっぱい揉ませろ」
「ちょ、おま、お前はこんなときになにを言っているのだ、それどころじゃないだろが」
「こんなときだから言ってるんだろうが。これから俺の一生分、おっぱいを揉んでやる。こっちに来い」
「嫌だ! 誰かがそんなことさせるか。もう一度お前の骨を折ってやる、めきめきめき」
「あたたたたたた。こ、こら、止めろ!! まだ直ったばかりの手を逆に曲げようとするな!! また折るつもりか!!」
「それが嫌ならそのイヤラシい手つきを止めろ!」
「もうこれで死ぬんだから、最後くらい良いではないか」
「どこのお代官様だよ。ダメなものはダメだ」
「良いではないか、良いではないか」
「お主らはのんきだの」
「「お前(あんたが)が一番のんきだろ!!」」
「それにしてもおかしいな? 俺の予測ならもう洞窟の前を通り抜けている頃なのだが、一向に熱くなる様子がないな?」
「そうなのか。いまどういう状況なのか、ここにいて良く分かるものだな」
「鳥たちの声や、虫たちの羽音。けものが騒ぐ声。風の音、それに炎が燃える匂い。そういうものを感じとるのだ。そうすると、外の情報はなんとなく分かる」
「さすが仙人様です。それで外の様子はどうなのでしょう?」
「生き物がこちらに集まってきているようだなぁ。どうしてだろう?」
「生き物がこちらに集まってくるということは、ここが安全だということではないか?」
「ふむ。その可能性は高い。しかし、どうしてであろう? 自然の気まぐれか。それとも誰かの幸運のたまものか?」
「俺はこっちに来てからは、かなり運は良いほうだと思っているが」
「こっちに来てから?」
「ああ、俺はミノウっていう魔王にこちらに呼び出されたんだよ」
「おや、お前はカミカクシであったか。こちらに来てから長いのか?」
「いや、まだ半年にもならないな」
「それではその幸運は、あまり当てにならないなぁ」
「それもそうか。ハルミはどうだ? 運は良いほうか?」
「私は悪いほうだと思う。いまだって着るものもなくて、凍えているし、服を取りに行きたいが、あそこまで戻るのも怖いし」
「それで良く、吹雪の中で結界が張ってあるここを見つけることができたものだな」
「それは、なんだか岩が凹んでいるのが見えちゃった?」
「ハルミには、特殊な能力が備わっておるのかもしれんな」
「まあ、このおっぱいだけでも充分特殊能力だが、もにに」
「こら! どさくさで揉むな!!」
「しかしおかしい。もうとっくに溶岩は到着しているはずなのだが。ここからでは詳細が分からん。ちょっと外を見てこよう」
「仙人でも分からないことがあるのか」
「目があるわけではないからな。とりあえず、いまはこの辺りは安全のようだ。一緒に来るか?」
「俺は止めておく。どうせ行っても役にはたたん。ハルミ行ってこい」
「うん、分かった。仙人様、連れて行ってください」
「ついでに、着るものも回収してこいよ」
あぁあぁぁぁそうだったぁぁぁ。と今さらながらに恥ずかしがるハルミを前に歩かせ、クドウは出口に向かった。
……ハルミを前に歩かせ?
……あのやろう! ハルミのケツを見たさに先に行かせやがったな! あの身長なら目の前で見られるもんな。帰ってきたらとっちめてやる。カスミに胡椒とか振りかけて食べさせてやる。今度俺もやろうっと。
その今度があるかどうかは、生き延びられるかどうかにかかっている。クドウが最初に言ったことが本当なら、ここは逃げ道もない袋小路だ。火砕流が押し寄せてきたら、それで終わりだ。
押し寄せてこなくても、入り口を塞がれたらその熱でも死ぬだろうし、その前に窒息死するかもしれない。
天災なのだ。どうしようもないほどに、これは天災なのだ。火山噴火にまともに立ち会う経験を、どれほどの人類がしたことだろう。
まともに歩くこともできない俺が、この状況で助かることが想像できない。イタリアの古代都市・ポンペイは、一瞬のうちに街全体が火砕流に飲み込まれて、焼け死んだ人の苦悶の表情までが遺跡として残っているという。怖っ。
俺はなるべくかっこいい形で遺跡になりたいものである。ハルミみたいに刀でも持っておけば、魔物と戦って命を落とした的な遺跡にならないかな?
いやいやいや。そんなこと考えてどうする。まだ死ぬと決まったわけじゃない。それにしても、あいつら遅いな。まさか、外で燃えちゃったんじゃないだろな?
そう思っていたら、突然。すちゃらかなやつが目の前に現れた。
「見つけたぁぁ!!!!! こら、お前なにやってんだ。探したじゃないか」
ウエモンのように見えるのだが、これはウエモンではない。俺はきっと混乱のあまり幻想を見ているのだ。でも、幻想なら他にもっといいキャラがいたはずなのに、なんでわざわざこんな貧乳を。
「いま、すっごい失礼なことを考えただろ。ユウ。助けにきたんだぞ。少しは感謝しやがれ」
「お前は誰だ?」
「がしがしがしがしがし」
「分かった、それで分かった。ウエモンか。分かったからやめろ。どうやってここに来た?」
「雪に刺さっていたミノウから、この辺りにいるはずだと聞いて、皆で探していたゾヨ」
「おおっ、イズナではないか! そうか、お前も転送魔法が使えるんだな。ミノウも助けてくれたのか。しかしミノウは、かなり上流のほうで刺さっていたはずだが、良くここが分かったな」
「途中まではソリの跡があったからそれを追ったゾヨ。だが、途中で不意に跡が消えてしまったと思ったとこに、あの噴火があってビビったゾヨ。仕方なくその辺りを探していたのだ。そしてウエモンが見つけたのだ」
「ウエモンが見つけた? なにを?」
「ブチブチに斬られた岩を見つけたんだ。あんなもんハルミが斬ったに違いないだろ」
あ、ああ、なるほど。ハルミが羞恥のあまり錯乱して切り刻んだ岩の数々が、いい目印になったというわけだ。ハルミにとって岩石はヘンゼルとグレーテルの白い石かよ。
「そうだったか。ともかく助かったよ。それじゃさっそく俺たちを回収してくれ。ハルミは下にいる。それに、もともとここに住んでいた仙人も一緒だ」
「仙人? それ、どういう食べ物?」
「食べるな! 俺を助けてくれたクドウって人だ。折れた足を治してくれたんだ」
「クドウという仙人か? ワシには良く分からんが、ともかくオウミに連絡を取るからちょっと待っていてくれ。ワシはウエモン以外の人間は運べないのだゾヨ」
「そうだったか。それで頼む。ハルミとクドウと俺の3人を運べるのはオウミだけだからな」
「カンキチも来ておるぞ。やつも運べる。すぐに探して来る。待っていてくれ」
「待ってろよ」
カンキチも来てくれているのか。あちらも大変だろうに。これもすべては外で素っ裸になっている女のせいだからな。俺にはなんの責任もないからな。
あ、そうだ。このことをあいつらにも教えてこなきゃ。外の様子も気になるし。
そして俺はまだ痛む足をひきずって下に降りて行った。下りの階段は思ってたより痛い。段差がきつい。ひーひー、言いながら降りて行くと、途中でこちらに猛ダッシュしてきたハルミと正面衝突。
どんがらーがーん。ぽきっ。 ぽきっ?
「痛たたたたた。このアホタレ! 前を見て走りやがれ!」
「たたたた、大変なのだ、ユウ。仙人様が仙人様が仙人様がわぁぁぁぁ」
「お前は落ち着いてしゃべるということを学習しろ。クドウがいったいどうしたんだ? なにがあった? 火砕流はどこまできている? なんでお前はまだ素っ裸なんだ? 外はどんな様子だ?」
「ユウもそんなに一度に聞く癖を直せ!」
「じゃ、ひとつだけ。クドウはどうした?」
「そ、それが」
「ここで続くのかヨ?」
「見事なヒキだろ?」
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