第115話 多忙な魔王
俺は断った。
「なんでだよ!」
オウミが、なんか偉そうだったから?
「そんな理由で断るなよ。なんで疑問形なんだ」
それは冗談だ。裁判のとき、俺が魔法をかけた人たちの証言をいくつも聞かされた。俺を擁護する発言をしてくれたのは、あのキュウリ夫人だけだった。
「の漬物を作っていた人、まで抜けてしまったのだヨ」
「まるでキュウリのQちゃんだな」
「もっと偉い科学の人を想像しないのかヨ」
それも夫が死んだら保険料がたらふく入ったとかいう理由でな。
「Qちゃん、やるな」
「もうその名前でいくのかヨ」
やるな、じゃないだろ。褒めてどうする。で、なんだQちゃんって?
俺がツッコみ役になってしまったじゃないか。そ、それでだな、その裁判での証言がまた酷かったんだ。
俺だけが悪いのオンパレードだった。あいつのせいで友は死んだ、彼女も死んだ、高額報酬をとっておいて苦しませただけだ、おかげでうちは破産した、ジャガイモを返せ、余計なまねしやがって、そもそも顔が怖い、態度も悪い、医師免許もないくせに。
「医師免許持ってないのかよ!!」
「まるでぶらっくじゃっくなのだヨ」
この世界にも医師免許というものは存在するが、そんなに厳密な運用をされているわけじゃない。役所に届け出るだけだ。モグリの医者なんてそこらじゅうにいる。別に違法じゃない。お上のお墨付きがないだけだ。
それなのに、よってたかってそんな苦情ばかりを言われた。治療してやったときは感謝していたくせに、ここぞとばかりに俺の悪口を言い立てやがった。
こんな連中のために俺は身を削って魔法を使ってたのか、と思ったら憎らしくなってきたのだ。
「それ、お前に責任はない、とは言い切れないようだな」
どうしてそう思う!? 返答しだいでは
「な、なにをする気だ?」
3カ所ぐらい虫刺されの跡を作ってやる。
「そ、それはたいへんだー(棒)。んなとこまでオウミに似るなよ」
それで、俺の責任とはどういうことだ。
「まず、そもそものやり方が間違っている。お前はモグリとは言え医者なんだろ? それなのに、どうして時間を戻したりしたんだ」
え? それは、それで直るからに決まっているだろうが。
「直ってないだろ? それは治療じゃない奇跡だ。リバウンドがある奇跡だ。お前は医者の領分を越えたことをしたんだよ」
うっぐっ。それは、それはそうかもしれないが。
「もう一度聞く。大けがをした人に、どうして時間を戻すなんて無茶なことをする必要があったんだ」
そ、それは治療法として有効だと思ったからだ。実際にそのときは直ったし、感謝もされたんだ。
「そしてリバウンドして逆に怨みを買ったんだよな。怪しい宗教家ならそれでもいいさ。だけどクラークはあくまで医者だと主張するのだろ? それなら時間を戻すべきではなかった」
目の前に苦しんでいるものがいるのだ。なんとかしてやりたいと思うのが医者であろうが。俺がその方法を知っているのだから、それを使うのがどうして医者じゃないのだ。
「もしもだ、そのときクラークが医者の心で患者と接していたのなら、時間を戻すのではなく『進める』ほうを選択したはずだ。違うか?」
「「え?」」
「なんでミノウまで一緒になって驚いてんだよ! 相手はケガ人だろ? 苦しんでいるんだろ? なら時間を進めてやればいいじゃないか。消毒さえしておけば、ちいさなケガなら数時間、大けがでも何日か進めれば痛みぐらいは消えるだろ?」
「「あっ、えっ。ほっ?」」
「こっちの人って、びっくりするとみんなそうなるんか? ケガをなかったことにしようなんて考えるから、無茶をすることになるんだ。それは奇跡だ。神の領分だ。もちろん時間を進めても、失ったものは戻ってこない。手が生えることもない。だが、痛みは消える。少なくとも和らぐ。それこそが医者の領分じゃないか」
それは、しかし。それでは。なんとも。あの、その。
「クラークは称賛が欲しかったんだ。誰にもまねのできないことがしたかったんだ。ジャガイモで治療してやったぐらいだ、金が一番の目的ではあるまい。だけど、名声を求める欲望が強すぎて、医者として、というよりも人としのて領分を越えてしまったんだよ」
……
「だから、それはお前が負うべき責任だ」
そうか。そうかもしれん。そうだな。その通りか。よく分かった。蚊に刺された跡は1カ所にしておいてやろう。
「なんで0にならないんだよ!?」
なんか偉そうで気に食わんからだ。裁判後の俺は、なにもかもが嫌になっていた。アルコール中毒での死者は100人を超えたそうだ。俺がなにもしなければもっと少なかったであろう。ケガ人はケガが戻るだけだが、それでもケガをしたときの苦痛をもう一度味わうことになる。
それを待つ日々がどれだけ辛いことであろうか。それを思ったら、俺の命のひとつぐらいでは安すぎるぐらいだろう。
だがそれでも、不当な迫害を受けたという気持ちは収まらなかった。こんな連中のために、俺の名声はもちろん、いままでの苦労も水の泡だ。貧しいものからは金は取らなかったのに。その分、金持ちからはたんまりいただいたけどな。
「どんな医者も、そうあって欲しいものだな」
「医は、仁術と算術のいったりきたりヨ」
「お? ミノウがうまいことを言ったぞ」
「ある歴史マンガで読んだのだヨ」
「その作者を言ったりしないようにな」
「みなも……ほいヨ」
そんな俺にオウミは根気よく眷属になる道を進めてくれた。最初は拒否してたんだ。もう死んでもいいつもりだったからな。しかしそのうち俺の考えは変わった。こいつを利用すればいいと。そして力を貯めていつか俺を貶めた連中に復讐してやろう、ってな。
そう思ったら、なんだか肩の荷が下りたような気がした。そして和かな気分になると、ついつい爆裂魔法をだな。
「ぶっ放したのか!!??」
ちょっとしたお茶目だったのだが。
「「お茶目で済むかぁぁぁぁ!!」」
そのうち、それが快感となって止まらなくなり、1日1回はそれやらないと収まらなくなったのだ。
「どこかの目の紅い自称天才魔法使いみたいなヨ」
「それ、いけないクスリと同じだから。禁断症状だから。ただのラリってる危険な人だから」
一度、ニオノウミというでっかい池でぶっ放したんだが、そしたらオウミにどエライ怒られてな。
「それは池じゃなくて湖なのだヨ」
「湖ならたいして問題なさそうなのにな」
うむ。俺もそう思ったのが、湖中の魚が浮いたそうだ。
「あぁ、それはダメだ」
「オウミは水の管理人だヨ、それは怒って当然なのだ」
それで大げんかとなって、俺は眷属を止めた。
「そんな理由だったのか! もっとごちゃごちゃでぎったんぎったんなドロドロ人間(魔王?)関係をこじらせた、って話になっていたようだが」
「それは、そういうのを期待した人の作り話のようだヨ」
なんでそんな話になってんだ! あんな適当な魔王とそんなドロドロ? な話になるわけがなかろう。
「「そりゃ、そうだよな。言われて見れば」」
魚を浮かせたのは悪かったが、死んだのはごくわずかだし、それは漁師がとって食べてたし。ほとんどはすぐに元に戻ったのだからそんな怒らんでもよくね?
「よくね? って言われてもヨ」
「それでクラークはオウミと別れてこんな荒漠の大地・ホッカイ国に来たのか」
ここなら誰にも迷惑をかけることなく、心置きなく爆裂魔法をぶっ放せる場所がいくらでもあるからな。
「そういうことだったの? お前がここに来た理由って」
ああ、そうだ。もちろん、ここには魔王がいなかったというのも大きな理由だけどな。もう魔王なんかに仕えるのはまっぴらだ。
「それで自分が魔王になったのか。よくなれたものだな。ただの医者崩れだろ?」
医者崩れ言うな。こちらではときどきシャケをもらったりするから、お礼にケガに効く薬草の作り方とか、回復魔法をかけてやったりとかはしていた。
でもそれよりも、毎日爆裂魔法を打つ危険なやつ、ということで相当に恐れられていたようだ。気がついたら魔王になってたよ?
「たよ? じゃねぇ! 魔王ってそんないい加減になれるものなのか?」
「はっきりした定義は我らにも分からん。ただ、魔王になるにはそこに住む人々の承認がいることだけは確かだヨ。クラークは恐れさせることだけじゃなく、他にもなにか住民のためになることしたのではないか?」
他になにか? したっけか? 爆裂を打ったあとは石だらけの土地も粉々になるので、そこにマメ科の植物でも植えたらどうかなんて助言はしたことがあるな。マメ科の植物は土地を肥やしてくれるからな。寒冷にも強いマメ科の木を俺は知ってたからそれを紹介してやった。
それとただっぴろいだけの草原にはアクセントってものがない。それなら、寒冷に強いラベンダーでも植えたらキレイかなって思ってタネをばらまいてみたし。
冬には大量の雪が積もって溶けないから困りものなのだが、お遊びで雪の宮殿とか作ってみたらめっさ受けたな。いまではそれが定例のお祭りになっているようだが。
「人のためにいろいろやってんじゃねぇか。お前は天才か」
俺、医者なんだけど(´・ω・`)
「クラークは変なとこで律儀だなぁ。魔王になれるわけだ」
「結構面白おかしく暮らしてたのではないか、それなのになんで人間を滅ぼそうなんて思ったんだヨ」
イソガシクテ
「「なに?」」
アソブジカンガホシクテ
「「なななななんだとーー!!!」
ま、魔王というのはだな、忙しいのだ! マメ科で寒冷に強いハリエンジュってのを植えたのだが、根が強すぎて土が耕せなくなったのだ。土地は肥えたが作物を植えられない。だから時々俺が出向いて根のカットをしている。それでもどんどん増えてゆくんだ。
もうじき雪が降るようになれば、雪を会場に集めるのは俺にしかできない仕事だし。そこへのアクセス道は俺が整備しないといけないし。
ラベンダー畑も手入れしないと雑草がはびこるし、その上決算書の確認だの罪人の処分だの裁判だの朝ご飯の準備だの昼ご飯の、
「あぁ、もういい分かった。そんな程度のことで人を滅ぼすつもりだったんかよ。お前はなにもかもやり過ぎだ。その執事にまかせられないのか?」
「私は、晩ご飯担当です」
「「それだけ?!」」
「クラークは、もっと仕事を他人にやらせるということを覚えろよ」
「お主が言うと説得力があるのだヨ」
「あれ? しかしだ。クラークに時間が余ったとして、いったいなにをして過ごすんだ。遊び相手なんているのか?」
そ、それは……。そうなってから考えるさ。
「定年で仕事を辞めたらすることなくて、痴呆症になっちゃったお父さんコースだぞ、それ」
そこらのおっさんと一緒にするな。俺はそんなことにはならん。
「フラグを立てているようにしか思えんが、それにしても多忙なのは分かった。クラークにはお手伝いが必要だ」
それはそうなのだが。俺は恐がられるタイプだからな、募集をかけても応募者がいないのだよ。
「募集はかけたのか。そのやり方はあえて聞くまい。そういえば、魔王なら召喚魔法も強力なものが使えるのではないか?」
「そうなのだ。我もそれを不思議に思っていたのだ。召喚して、片っ端から部下にしてしまえばいいのに」
召喚魔法ってなに?
「「そこから?!」」
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