第112話 クラークと会食
「お前がユウという少年か。ずいぶんちっこいな」
「やかましいわ。お前はずいぶんとでっかいな、おい」
俺はいま、北の魔王・クラークとかいうやつと対面している。こいつは見かけは完全に人間である。元が人間であったそうだから当然かもしれないが、魔王ってものに見慣れていた俺にとってはなんだかケツの据わりが悪い。
いつもなら手のひらに乗せて話せるし、羽根をつかんでやればきゅうとなる。だが、こいつにはそれはできないし、男キャラだからやりたくないし。
ところで、魔王を見慣れている俺って、いったい何者?
クラークは身長191cm、体重78Kgのスリムな体型で、
「なんでそんな細かい数字まで知ってるのだ」
とてもじゃないが、身長141cmしかない俺の、手のひらには乗らない。そして角刈り頭に黒のズボンに恐ろしい顔。そして胸にも背中にも、魔王とプリントされたTシャツを、
「着るなよそんなもん!!! お前はヤンキーか!」
「分かりやすくて良いであろうが!」
それもそうだけど!
「そんなとこで魔王を主張するなよ。威厳をつけたつもりが、かえって損なっているぞ」
「そ、そ、そんなことはない。俺の手下たちはこぞって格好いいと言ってくれたぞ」
「どんだけ手下に怖がられてるんだよ。横暴魔王か。どこかの大統領みたいな暴言王か」
「失敬な! 俺はそんな横暴な態度は部下の前でしかとったことはないぞ」
「とってんじゃねぇか。だから怖がっておべんちゃらを言ってんだよ、お前の部下たちは」
「……そんなことはどうでも良い。お前をわざわざ呼んだのは、仕事の依頼があるからだ」
「誤魔化しやがったな。まあいいや、聞いてやろう。この俺にして欲しいこととはなんだ?」
「俺にも、魔刀ってのを作ってもらいたい」
「やだ」
「そうか、それはすまな……って違うだろ!」
「違わない。そんなのは問題のうちには入らない。俺は問題解決のプロだ。困っている問題があるなら解決するために相談に乗ってやるが、その程度のことなら正式に発注すればいいだけだろ。俺がわざわざ出張るほどのことじゃないぞ」
「それができれば苦労するものか。聞くところによれば、その魔刀というのは特殊な鉄を作って、それを元に特殊な技能者が特殊な打ち方をして、それに特殊な魔法をかけて特殊な仕上げをするらしいではないか。しかも、それを一手に握っているのがお主だと聞いたぞ?」
「誰に聞いた?」
「そこにいるミノウだ」
(おいっ)
(ぴゅ~)
(またそれかよ。お前はどんだけ盛ったら気が済むんだ)
(間違ったことは言ってないのだヨ。ほんのちょっと盛っただけなのだヨ)
(ほんのでも、ちょっとでもねぇよ!)
「しかしそれがどうした? それは発注できない理由にはならんだろ」
「ここから発注したところで、お前は作ろうとはしないだろ。だから呼びつけたのだ。ちょうど良い機会もあったしな」
「そっちの勝手な理由で呼びつけるってどういうことだよ。依頼したいのならお前から来るのが筋というものだろう」
「魔王が領地から離れられるわけがないだろ」
「お前なぁ。それを言ったらここにいるミノウやオウミはどうなるんだよ」
「そいつらはお前の眷属なんかになったからだろ? 俺はそうはいかない」
「ミノウ、そうなのか?」
「いや、それは、その通りかもしれないが、分からないヨ」
「なんだそれ?」
「この数千年の間に、魔王を眷属にしたなんて話は聞いたことがないのだヨ。だから我も知らないのだヨ」
「そうのか。いや待てよ? オウミは俺の眷属になる前からミノ国に来ていたいぞ? イズナだって戦車と一緒にやってきたじゃないか」
「あんないい加減な連中と俺を一緒にするな!」
「ひどい言い方だな。オウミはかつての自分の主だろ?」
「ああ、まあ、そうなのだが。いい加減なのだよ、やつは!!」
「確かにそれに関しては反論できないが。いい加減だからといって怒るほどの理由にはならんと思うのだが?」
「お前には分からんよ。それよりも、作ってくれるのかくれないのか」
「作ってやってもいいが、お前の態度が気にいらない」
「人間の分際で偉そうに。魔王であるこの俺が頼んでいるのだぞ!」
「偉そうなのはお前だ。魔王をふたり眷属にしているこの俺が断ってんだよ!」
ぐぬぬぬぬぬぬぬぬ。
「やれやれ。どっちもどっち、なのだヨ」
「まったく、せっかく接待してやっているというのに、こやつめ言うことを聞きやがらねぇ。ジョウ、どうしたら良いと思う?」
クラークは傍らにいた執事のジョウに話しかけた。こいつにも執事がいるのか。俺にも欲しいな。帰ったらそういう人材を探そう。
「とりあえずは、昼食にしてはいかがですか?」
「あっ。そういえば俺はメシ食う前だったんだ。腹減った。なんか食わせろ」
「俺だって朝からずっと執務室に籠もっててだな……分かった。昼食にしよう。ジョウ準備を頼む」
「はい。おふたりとも、お腹が空いて苛立っていたのでしょう。もう用意はできております。こちらへどうぞ」
「いいだろう。続きはウエブ……じゃない食べてからにしよう」
今朝。俺はいつもの時間に起きて、日課となっている筋トレ(腕立て伏せ1回、腹筋1回)をして、
「それ、筋トレとは言わないと思うのだヨ」
「あんなもん2回もやったら、ハルミになってしまうだろ。1回で充分だ。てかそれ以上できん」
「以前、ハルミには刀を1000回振れとか言っていたようだったが」
「読者はもう忘れているよ。昔の話を蒸し返すな」
さあメシだと思ったところに、モナカがすっ飛んで来た。
「所長、所長! 大変、大変です。ホッカイ国からユウさんに赤紙が来ています」
「なんだ赤紙って? 召集令状?」
「ちょっとこちらに遊びに来て下さいませんか魔法です」
だからそういうのはもういいから。まったくこっちの世界は呪文がなんで丁寧語だよ。しかもなんでそれが魔法なんだよ。
「どうしますか?」
「意味が分からん。それ、どう見ても手紙なんだが?」
「ええ、手紙といえば手紙です。赤紙です。魔法ですけど」
「手紙ならとりあえずは見てみよう。返事はその内容次第だ。ちょっと貸してみろ」
「え、あ、あぁぁ。もう開けちゃうんですか」
「開かなきゃ読めないだろうが。ホッカイ国の知り合いってことは、この間のお前の同級生ぐらいじゃなひゃほひゃひゃぁぁ???」
それで今、ここにいる
「ざっくりな説明なのだヨ!?」
「俺の赤紙魔法で飛ばしたのだ。ミノウまでついてくるとは思わんかったがな」
「そんなものいきなり送りつけるな! ミヨシのとこに行ってたオウミはまた留守番になってしまったじゃないか。帰ったらまた文句を言われそうだ」
「そうなのだヨ。人を招待するならあらかじめアポをとって相手の予定を聞いて、ある程度の準備期間をみたのちヨ」
「あぁぁ、もう嫌だ。考えただけでも面倒くさい。そんなこと考えるのも嫌だ。赤紙で呼びつける方がずっと楽だ」
「嫌だ、じゃねぇよ! 子供か! 面倒なら部下にやらせりゃいいだろ」
「ここで魔法が使えるのは俺だけなんだから仕方ないだろ! おかげでなにもかもが俺の仕事になるんだぞ!! その苦労が分かるか!」
なんかやたら自分の苦労ばかりを主張してますが、そういうものなのか? ミノウ?
「こちらには魔人として使えるものはいないのかヨ?」
「いない。俺はまだここでほんの数百年程度の魔王だからな。俺の手足となってくれる魔人はまだ見つかっておらんし、そもそも魔人口が少ない」
ふむ、新参者の悲哀か。まあ、それは分からんでもない。
「それで、なんで魔刀なんかが欲しいんだ、もぐもぐもぐ。ジンギスカン鍋ってうまいなもぐも」
「あまりに忙しいので、俺ももっと楽になりたいのだがつがつがつ、羊肉はこうして食うのが一番だろがつがつ」
「それじゃあ、部下が欲しいということなのかヨ? さくさくさく」
「ん? ミノウ、それはなんだ?」
「ああ、これは我専用のナイフとフォークだヨ。ユウに作ってもらったのだ。魔鉄でできているのだ。どうだ、美しいだろう? しかも良く切れるしよくささる。食べやすくなるのだヨ」
こら! お前はどうして相手を焚きつけるようなことを言うんだ!
「ほほぉ。我に魔刀を作ることはできなくても、こやつにはこんなものまで与えてるのか?」
「これは魔鉄が余ったときに、俺の部下が勝手に作ったんだよ。そのときにはすでに刀を打つほどの材料は残っていなかった」
ゼンシンって俺の部下でいいよな?
「ふむ。もうその魔鉄とやらは残ってはいないと?」
「だな」
「今度作る予定は?」
「もう作らないつもりだ」
「どうして!?」
作り方が分からんとは言えんし、どうしたもんか。これ、責任者のミノウ。お前がなんとかしろ。
ええ? 我なのか? そんなこと知らんがなヨ。困ったヨ。
「お主はなんでそんなに魔刀にこだわるのだヨ?」
「今すぐにも必要なのだ」
「どうしてだヨ?」
「ちょっと、人間を滅ぼそうと思ってな」
「ミノウ、帰るぞ。ごちそうさま」
「了解なのだヨ」
「待った待った待った。なんでそこですぐに結論を出すんだ。そういうときは、なにかあったのか? と聞くところだろう?」
「やかましいわ! そんな物騒なことに、魔刀を使わせてたまるかよ!」
「そうなのだ、人が滅んだらもう好素が味わえないではないかヨ!」
「なんだ好素って?」
魔王のくせに知らないのか?
「もしかして、オウミから教わっていないのかヨ。好素を取り込む呪文を」
「知らん。そもそも好素なんて初めて聞いた。なんだそれは?」
「じゃあ、我に続いて呪文を唱えてみるのだヨ。ただし属性のところはお主のものに代えるのだ」
また呪文か。こうそをわれにください、とかそんなんだろ。
「大慈大悲の甲冑を得て土の精霊に加護を申しつけん。ソワハンバシュダサラバダラマソワハンバーシュドカン!!」
えええっ?!
ミノウの周りに濃密な空気が集まって来た。その分だけミノウが霞む。それは渦となってミノウを取り囲み、大の字に手足を伸ばした全身から吸収されてゆく。
「うむ、おいしかったのだ」
食事風景か! どうしてそういうときだけは、それっぽい呪文になるんだよ!!
「そ、そうか。分かったやってみよう」
「大慈大悲の甲冑を得て、水の精霊に加護を申しつけん。ソワハンバシュダサラバダラマソワハンバーシュドカン!!」
「おおっ。なんだこれは。なんといったら良いものか」
「それをすると、どうなるわけ?」
「ごちそうさま」
やっぱり食事風景か。
「なるほど。力がみなぎってきた。体力と気力が一気に回復した感じだ。これが好素というものなのか?」
「そうなのだヨ。これは魔王だけの特権だヨ。お主は魔王になったと同時にオウミから離れてしまったので、教える時間がなかったのであろうヨ」
「ふん、あやつのことだ。俺に教える気などなかっただろうさ」
えらくひねちゃった魔王だことで。
「ただ、ここの好素はあまり質が良くないヨ。人々に笑いが足りないのだろう。もっと景気高揚策をとらないと増えないぞヨ?」
なにそのケインズ政策。減税と公共投資ですか。
「なに? これでも質が良くないのか。そうなのか。他の魔王たちがどうしてあんなに人間に優しいのか、俺には分からなかった。これが理由なんだな?」
「我らは、最初のうちは好素だけが目的で人を増やすように務めていたのだヨ。だけどそれだけでは良い好素が増えないことが分かってきたのだヨ」
「良い好素とそうでないものがあるのか」
「あるのだ。一度我の領地に来るが良い。あそこの好素は絶品であるぞ。なにしろ我が手塩にかけて育てた人間ばかりだからな」
俺も手塩にかけられたのかよ。そういえば、オウミはそれでミノ国に来たと言っていたな。ミノ国が裕福なのは、噂通りこのミノウのおかげなのだろう。意外とあどれなりん。
「あなどれん、ではないのかヨ?」
「そうだったのか。俺は人を憎んでいる。俺をこんな性格にしたのは人間だからな。だから人間へ復讐するために、俺はずっと力を蓄えてきたんだ。だが、これは。この好素の誘惑にはあらがい難い。ああ、もうどうすりゃいいんだか」
「お前の人へ憎しみってのは、どこから来てるんだ?
そしてクラークは語った。人間の医者から魔道に落ち、一度はオウミに救われたものの結局は魔王にならざるを得なかったそのいきさつを。
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