第110話 秘書・モナカ

「というわけなので、砂糖は大量に入手できる見込みは立った。それまではさっき言ったやり方でやりくりしてくれ。ふたりともいいな?」


 ミヨシもウエモンも、うんうんと頷いてくれた。現状には不満はあるのだろうけど、明るい未来が見えているならそれまでの我慢だと思えるものだ。


 政治家が人民の不満を反らすために良く使われる手法である。


 予定が達成できないと暴動に変わるのだけど、それはいまは考えない。



「ところで所長。私のヌコがずっと気になっているようなのですが」

「なにをだ?」

「所長にも、なにか眷属がついているのではありませんか?」


(バレてるけど、もう隠す必要はないよな? ミノウとオウミ)

(オkなのだヨ)

(我は気にしないノだ)


「気づいていたのか、さすがは魔物だな。もう隠す必要はないので紹介するよ。ただし、これは企業秘密なのでこの情報は外には絶対に出さないでくれ。友人でさえもだ。いいな」


(いままでそんなこと気にしたことなかったノにな)

(我らが気を使って隠れていてやったのにヨ)

(うるさいよ)


「は、はい。そのぐらいすごい魔物なのですね。分かりました」

「魔物って言うか……。まあ、いいや。じゃ、ひとりずつな」

「え? ふたりもいるのですか。所長すごい。まだ若いのに、魔法使いでもないのに」


「へろぉ ヨ」

「格好つけた挨拶すんな! 中途半端な英語なんか通じんだろ」


「どもなノだ」

「お前は照れてんのか?」


「こっちがミノウでこっちオウミ……ってどした?」

「〇××△〇◇■××〇☆〇××〇□!!●◇□!」


「お前の眷属がなんか言ったぞ?」

「驚いたって、言ったあと硬直してますね」

「もっと長めにしゃべっていたようだったが?! お前の翻訳は大丈夫なんだろな」


「まあ、この子が硬直するのは良くあることなのです。捕食者に対する生体反応でしょうか。捕食者? そ、そ、それにしても美しい魔物さんですね。眩しいほどです。私はモナカです。しばらくこちらでお世話になります。よろしくお願いしますね。ミノウさんとオウミさん」


「お、おうなのなのだヨ」

「こちこちこちらこそ、なノだ」


 お前らのほうが戸惑ってて草。


 魔王たちにとっては、こういう普通の対応こそが慣れない反応なのだ。タケウチの連中は魔王と知った瞬間にこぞって絶句してたからな。


 それに比べればモナカはずいぶん落ち着いている。本好きなだけあって知識は相当にあるのだろう。きっとこいつらのことも知っていたに違いない。


 大人の対応をしてくれて俺も安心した。


「そう言えばミノウさんって……あれ? どこかで聞いたことがあるような気がするのですが。もしかして有名な方ですか? 私が田舎者ですみません」


「いや、別に良いのだヨ。我は一応ここで魔王をやっているけどヨ」


「ああ、そうでしたか、それで私が知っているぐらい有名……え? 魔王って。あの魔王さん? え? ミノの魔王でミノウさん……ミノウ様ってあの有名な……ええぇぇぇぇ?!」


「他に魔王なんていないだろ。あとはフィギュアスケートの天才少女ぐらいか」

「それは真央だ、ってこっちでは誰も知らないのだヨ」

「ツッコんでくれてありがと」


「ええと。ちょっと、ちょっと頭の中を整理させてくださいね。ミノウさんはあの、ここの、ミノの地の、魔王さんであると?」

「何回同じことを聞くのだ。世間一般でそうなのであるヨ。このミノの領地を束ねる魔王こそ我ミノウであるぞ」」


 え? は? ほ? へ?


 結局そうなるんかい!!


 博識ではあったが、魔王と出会うことなんて想像もしていなかったようだ。エチ国は領地が広いだけあって、魔王・イズナを見る機会もなかったのだろう。


「いや、魔王と話したことのある人間が稀少なノだぞ」

「魔王をそこいらのレンガみたいに言うでないのだヨ」


 レンガにはしてねぇよ。しかし博識なのに天然ボケさん。だんだんモナカのキャラが固まってきたかな。


「ところでミノウ、そこで硬直しているヌコをなんとかしてあげて」

「分かったノのだヨ。ぺしぺしっ」


 叩きやがった?! あ、起きた。


「〇×?!」

「なんて言った?」

「あなた様がミノの魔王様でしたか。お目にかかれたことを神に感謝しております。私はしがない下級魔物のヌコと申します。お近くにいることをどうかお許しきゅぅぅぅぅぅ」


「そんなに長いわけがないだろ。あぁ?!」

「きゅぅ。すまぬのだ。ちょっとだけ盛ったのだヨ」


 ちょっとじゃないだろが! だいたいお前はいつもいつも……


 そのとき、どだっんという大きな音がした。


 モナカが直立不動のままで倒れとる。後ろにテーブルがあったおかげで後頭部直撃は避けられてよかった。なかったらエライことになってるとこだ。それで、モナカはどうした?


「ユウ。この子にはいろいろ刺激が強すぎたのよ」

「刺激って。まったく情けないやつだな。まだ魔王その1しか紹介してないのに」


「きゅぅぅぅ。魔王その1としては、もうその手を離してもいいと思うのだヨ?」

「あぁ?」

「我らへの扱いがぞんざいすぎるのだヨ。お主はいつもいつもきゅぅ」


「いつもいつもは俺のセリフだ。ミヨシ。その子叩いていいから起こしてあげて。地面に寝っ転がると身体が冷えるぞ。女性に冷えは大敵だろ?」


「男の子がそんなとこに気を使わなくていいの。ほら、モナカさん、起きて起きて。ぺしぺしぺし。身体が冷えるわよ」


 お前がそのネタを使いたかったけじゃないのか。


「あ、ああ。ミヨシ? あ、ごめんなさい。私どうしたんだっけ……きゃぁぁぁぁぁ魔王様ぁぁぁぁ」


 俺がつまんでいるミノウを見て、悲鳴を上げた。なにをそんなに大騒ぎすることがあるんだよ。おかげでちっとも話が進まないじゃないか。


「モナカさん、大丈夫よ。アレはいつものことだから」

「い、いつも、いつものこと、ってアレがいつもの、あぁぁ、もうダメ くたっ」


 あ、落ちた。


「我を魔王だと知ると、だいたいこういう反応になるノだ。だから我は魔王と名乗るのが嫌だったノだ」

「以前にそんなことを言っていたな。しかしそれを目の当たりにすると説得力があるな」


「これはしばらく起きないわね。客室まで運ぶから、ユウ、手伝って」

「え?」

「そうだった……。誰かいないー?」


「なんだ、どうした、ミヨシ。おや、その人はこの間来たばかりのエチ国のモナカさんか? なにがあったんだ?」

「あ、ハルミ姉さん。ちょうど良いところに。この子、ミノウ様を見るなり倒れちゃったのよ。客室まで運ぶから手伝って」


「はいよ。お安い御用だ。しかし、魔王を見たぐらいで倒れるとは、軟弱な。明日から筋トレをやらせようか」


 筋トレでそれ直るんか? モナカさん、ご愁傷様です。魔王を見て倒れて、起きたら魔人の手ほどきで筋トレです。がんばってね。


「倒れたのは、お主を見たときだったようなノだよ?」

「失礼な」


「違うのだヨ。我らに対するこやつの態度が偉そうだったことにビビったのだヨ」

「態度が偉そうで悪かったな。これは生まれつきだ」


 モナカには俺の秘書になってもらうつもりだ。だから早く慣れてもらわないといけない。魔王ごときでいちいち卒倒していたら仕事にならない。


 目が覚めたらこんどはオウミが待っている。その後にはイズナもいる。研究所が完成するまでに、慣れてくれるやろか。


(我らに平気なこいつのほうが異常だと思うノだが)

(平気どころか、ペット扱いされているのだヨ)

(それは、お主がアホだからなノだ)

(そ、そ、そんなことはないのだヨ。ぽかっ)

(やったな、この、この。ぼかすからぼか)

(なにを、ぺちぺちばしぽち)


 お前ら。全部聞こえているけど、いいのか?


「「え?」」

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