第109話 ホッカイ国

「それは、ホッカイ国です」


 ほっかいこく? それって北の国のことっぽい?


(北海道のことなのだヨ)

(そうじゃないかと思った)


「なんで寒いほうに行くんだよ。行くなら暖かいほうだろ?」

「南国には私の伝手がないんですよ。でも、ホッカイ国にならあります」


「伝手? 伝手があったところでホッカイ国でサトウキビなんか獲れるはずが……あ? そうか、違うのか。あれだ。あのサトウ大根とかいうやつか?!」

「よくごぞんじですね。甜菜というのが正式名称ですが、あれは寒冷地じゃないと獲れないのです」


「サトウ大根なら北海道……ホッカイ国は最適地だな。それは分かったがえらく遠いことには変わりがないぞ」

「ええ。それで私の伝手を使おうかと」


「どんな伝手だ?」

「大学の同級生が、そちらで農業試験場に勤めています。その人に、甜菜を作っている人を紹介してもらえばいいかなって」


 なるほど。伝手というほどの人脈かどうかは分からんが、一考の余地はある。


「よし、じゃあ、その人に連絡を取ってくれないか。サトウ大根を作れる場所や人材が必要なら、まとめてこの研究所から資金を出そそう」

「ああ、そうですか。はい分かりました。そう聞いたらシャインもきっと喜びます。あ、シャインというのはその同級生の名前です。昔の英雄からとった名前だそうですが」


 うむ。ともかくこれでちょっと砂糖生産の可能性がでてきた。もうミヨシとウエモンとの間に入って窮屈な思いをしなくて良くなる。

 そのシャインとかいうのがこの話に乗ってくるようなら、一度視察に行かないといけないな。


 ……北海道だよな。もう雪が降っている季節ではないか? 行くとしても夏になってからにしようっと。


(そう言うと思ったのだ。それよりユウ。我にはひとつ心配があるのだヨ)

(なんだ、魔王が心配することって?)


(オウミから聞いているのではないか。北の大地では、オウミの元の眷属・クラークがその地で魔王になっているのだヨ)

(なにその、妄想を抱けとか言いそうな名前)

(それは大志を抱けであろうがヨ。やつは危険なのだヨ)


(ああ、あれか。思い出した。オウミに時間統制魔法を教えたってやつか?)

(そうそれだ。その無駄な魔法を100年もかけて開発したやつだヨ)

(俺にとってはものすごく有効な魔法だけどな)

(お主がこちらに来るのが、あと300年ほど早ければ良かったのにヨ)


(……その時代には必要なかったんだな)

(やつは医者だった。あの魔法はケガ人を直すために編み出した魔法だったのだヨ。ところが)

(ああ、その辺は聞いている。時間を遡らせても、その分の時間が経つとまたケガが復活してしまうとか)


(そうなのだヨ。理由は分からんのだが、進めた時間は戻らないのに、遡らせた時間は戻ってしまうのだヨ。そうするとその患者はケガをしたときの苦痛を、再び味わうことになる)


(うわぁ、それはきつい)

(うむ。それで批判に晒されたのだヨ。そのことに気づく前に、相当な人数を『治療』してしまっていた。おかげでその批判の声は日に日に増えていったのだヨ。最初はやり直していたのだが、やがてキリがないということがだんだん分かってきた)

(それは魔力がいくらあっても足らんわなぁ)


(そうなのだヨ。やがて、クラークの魔力が尽きた)

(尽きるとどうなるんだ?)

(普通は魔法が使えなくなるだけだヨ)


(そうなのか。でも魔王になったんだよな? 魔王になったのはその後か?)

(クラークは優秀な魔法使いだったがしょせんは人だ。魔力には限度がある。しかし、そのときは魔力が尽きたために、自分の生命力を魔力に変換して使ったのだ。そして―バーヒートを起こした)


(ああ、自滅の雰囲気が漂ってきた)

(まあ、そういうことだ。それを助けたのがオウミだ。オウミはクラークを自分の眷属とすることで、命を救ったのだ)

(おおっ、オウミ格好いいじゃないか)


(そこまでは良かったのだヨ。しばらくは安定した状態が続いたのだが、オーバーヒートの後遺症が3年後くらいから出てきたのだヨ)

(なんだ後遺症って?)


(魔法の暴走だヨ)

(なにそれ怖い)

(オウミの話では、本人が意図していないときに勝手に魔法が発動するんだそうな)

(そりゃまた迷惑な)

(その都度オウミが抑えていたそうだが、それにも限界がある。そしてとうとうあの日、あの事件が起きたヨ)


「あのぉ? ユウさん、聞いてます?」

「え? あ、ああ。すまなんだ。なんだっけ?」

「返事が来ました。偶然にもシャイン自身が甜菜作りの研究をやっているそうです。ぜひやらせてくれとのことです」


「……なにが?」

「もう、しっかりしてください。甜菜です。甜菜の作付けのことです」

「それがどうした? ってあれ? なんでそうなった?」


「ユウ、モナカには特別なネットワークにアクセス権限があって、それですぐホッカイ国と連絡を取ったのですって、すごいわね」


「えっと。シャインとかいうやつと? 連絡をとった? なんでそんなことができるんだ?」


「ニホンの大学には、魔回線ネットワークというのがあって、IDを持っていればそれで連絡が可能なのです。大学で特別学位を取ったものだけがもらえるIDです。私もシャインも持ってますので、それですぐに連絡を取りました」


 なにそのインターネット。こちらにもあるんじゃないか。


「それはすごいな。端末はなにを使うんだ?」

「え? 端末ってなんですか?」

「あれ。違ったか。そのネットワークにアクセスするのに必要な機器がなにかあるだろ?」


「いえ、特別にはなにもありません」

「じゃあ、どうやってアクセスするんだ?」

「IDを言って、こちら〇〇〇です。どうかネットワークのお仲間に入れてくださいね、ってお願いすると入れるんです」


 この世界はそんなんばっかりかぁぁぁ!!!


「はぁはぁ。なんて便利なものがあるんだ。それはかなり普及しているのか?」

「いえいえ。まだ全然です。ID持っている人なんてニホン中に100人といませんし、使えるのは大学関係者だけで、それも国立限定です」


 なるほど。インターネット黎明期か。それはこれから大いに発展することだろう。


 しかしその分だと、OSとかプロトコルとかツールとかなにもいらない世界だな。ビルゲイツがこちらにきてもなんの役にも立たないなわははは。ざまあみろTCP/IPめ。


「そうか。それはともかく連絡が取れたのは朗報だ。ところでそれ、いまも繋がっているのか?」

「ええ。所長と直接話をさせることも可能ですよ、話しますか?」


「いや、あの、それは、ちょっと。モナカが伝えてくれ。どのくらいの費用が必要か聞いてくれないか」


「出ればいいのに。えっと、費用はどのくら必要かって、うん、そうね、はい。分かった。どのくらい作れば良いかって聞いてますけど」


「そうだな。どのくらいの規模まで可能なのか聞いてくれ」


「はい。作付面積はどのくらいまで可能かって。うん、うん。そうね。そう。分かった。来年でいいのなら、1万ヘクタールぐらいなら可能だって」


 ホッカイ国パネェッす!! さすが北の大地。でも、いきなりそんなに作れるかい。


「甜菜1Kgから砂糖はどれだけ獲れるのか、聞いてくれ」

「はい、そう。1Kgから砂糖は、ええ。そう、はい分かった。所長、これものすごく面倒くさいのですけど、150gほどだそうです」


「15%ってことか。いいから続けなさい。こちとら文字数稼げて嬉しい……なにを言わせるんだよ! じゃあ、1ヘクタールで甜菜がどれだけ獲れるか聞いてくれ」


「はぁい。うん、文字数がね、稼げるって、あ、それは関係ないわ。ごめん、甜菜は1ヘクタールでどれだけ収穫できるのかって、うん。去年の実績? うんうん。分かった。去年は52トンだったそうです」


「ってことは、1ヘクタールの作付面積で7.8トンの砂糖が獲れるということか。ミヨシ、そんなにいるか?」


 ぶんぶんぶん、と顔を横に振るミヨシである。当たり前である。料理用の砂糖など、せいぜい㎏単位でしか買わないのだから。


「ウエモンはどのくらいいる?」

「1トンもあれば、お腹いっぱい」


 直接食う気かよ! 早死にするぞ。


「砂糖は保存の効く食品だから場所さえあればいくらあっても困らないが、それにしても限度があるな。初年度だし、お試し期間として3ヘクタールを用意してもらおうか」


「3ヘクタールだって。え? もっと作りたい? だけどいきなりそんなには。ええ、土地が余ってるから? そんな無茶を言わないの。3ヘクタールだけ作って」


「その品質次第では、徐々に増やしてゆくつもりだから良いものを作ってくれよ、って言ってくれ」


「あ、聞こえた? 品質が良ければ増産してくれるって。だからがんばって良い砂糖を作れって。ええ、うん。分かった。そう伝える。所長、了解するから初期費用だけ先に払ってくれないかって」


「分かった。詳細はエースと相談してからだが、どのくらい必要か聞いてくれ」


「最初はどのくらいいるかって? え? そんなに!? 分かった言ってみるけど、それはどうかな。所長、120万欲しいって」


「そんだけでいいのか? じゃあ、少し余裕を見て200万出そう。来年収穫できたものは、そのときの相場で全部買い取ると言ってくれ」


「ええ? そんなに出して良いのですか。シャイン、いいってさ。うん、あと砂糖も全部買ってくれるって。良かったね。これで生活が楽になる? ってあんたの個人のお金じゃないからね。分かってるよね? 土地を用意するだけじゃなくて、ちゃんとまっすぐに畑起しするよのよ。年が明けたら見に行くからね。ええ、ぜひ来てくれって言ってます」


「夏になったら行くと伝えてくれ」

「え? それはちょっと遅い、ええ。夏だって。収穫間近だよね、うん。あ、その前に私が行こうか? 良いですか? 所長。植え付けのところを見ておきたいのですが」


「いいだろ、出張を許す。あとはふたりで連絡取り合って進めてくれ」

「だそうよ。3月になったらまた会えるわね。楽しみにしている。じゃあ、今日はこの辺で」


 交渉成立である。ホッカイ国のような遠国と、すぐ連絡が取れて交渉までできるというアイテムを俺は手に入れたのだ。これは使えるぞ。


「あの、私はアイテムではないのですが。せめて部下と言ってください」


(こいつにかかると、なんでもアイテムになってしまうのだヨ)

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