第102話 仲が良いですね?
「こちらが、ニホンの最初の女優・小山優の出生地と言われる由緒あるお寺・優照寺です」
「なにそのあずみの原作者みたいな女優。ところでこっちにも女優っているんだ?」
「アズマやカンサイにはいるけど、この辺にはまだまだ……」
なにエースの残念そうな顔は。
「ここはまだまだ田舎だからねぇ」
「それはハザマ村がってことじゃなくて、ミノ国やオワリ国が、ってことか?」
「そうよ。中央からも遠いし、この女優さんも中央に行ってから有名になったのよ」
「そうなのか。文明的には田舎なんだな」
「まあ、仕方のないことだけどね。こちらには演技をさせられる舞台もないし観客もいない。東の現中央と西の元中央に挟まれた文化不毛地帯なんて悪口もよく言われるよ」
「いいじゃないか。それなら文化じゃなく文明ってやつをこの地から発信して、ニホン中を驚かしてやろう。それとついでい富もいただこう」
「ねえユウ。文明と文化? って同じものじゃないの?」
「全然違うぞ、ミヨシ」
「どう違うの?」
「簡単に言ってしまうと、文明は普遍的で文化は限定的だ、ということかな」
「ますます分からないのだけど?」
「厳密な定義を言い出すとキリがなくなるので、大まかに言うぞ。文化というのは特手の地域でしか通じない常識だと思えば良い」
「特定の地域でしか?」
「そう。例えばご飯を箸で食べる。これはニホンでは常識だが、外国ではそうじゃないだろ?」
「外国なんか行ったことないもん」
「難儀だな。じゃあ言葉だ。方言はその地方でしか通じないだろ?」
「ああ、それなら分かる」
「だから方言は文化だ。それと違って普遍性を持つ常識が文明だ」
「例えば?」
「たくさんあるぞ。ミヨシが着ている服も文明だ。ここまで乗ってきた馬車も文明だ。これらはどこの国でも地域でも通じるだろ? 流行廃れはあるにしても、服は人を寒さから守るし、馬車は人を運ぶという機能に変わりはない」
「なるほどね。なんとなく分かった気がする」
「とりあえずは、だいたいで覚えておいてくれればいい」
「ユウは博識だな。私はぜんぜん知らなかった、というか考えたこともなかった」
「私なんか説明されても、さっぱり分からないよ」
エースもハルミも教え甲斐のない連中だ。
「それでねユウ」
「なんだミヨシ?」
「どっちがどっちだっけ?」
「お前もかよ!!」
「ともかく、普遍的なものをいろいろ発明して、それを全国販売することでこの地を文明発祥の地にしよう、ということで良いよな? ユウ」
「その通り!」
エースはポイントだけはつかんでいる。それだけ分かっていれば問題ない。まあ、社長なんだから、そのぐらいじゃないと困るけどな。
「それで、ここにはなにがあるんだ? ただ有名女優さんの出生地だってだけ?」
「それではまず入り口から行きましょう。山門には見事な仁王像が建っているので見てもらおう」
おおっ、と声が出た。ほんとだ。見事に。
でかい。
(感想がおかしいのだヨ。これは芸術作品だぞヨ。でかいだけじゃないのだヨ)
(そんなこといわれても、それしか思い付かんから仕方ないだろ)
全長10mはあるんじゃないかってぐらい、でかい。こんなのに踏まれたら屁ぐらい出るわな。
(屁もどうでもいいと思うのだヨ)
(お前も仏像のことなんか知らないだろうが。いちいちツッコむな。古典落語にそういうのがあったんだよ)
(くせもの、におうか?)
(そっちは知ってんのかよ!)
「どちらも金剛力士という仏像です。こちらから向かって右側が阿形(あぎょう)、左が吽形(うんぎょう)となってます」
「侯爵様。あぎょうとかうんぎょうとか、いったいなにを意味してるんですか?」
「ハルミ殿、よくぞ聞いてくれました。これは五十音です」
「あいうえおかきくけこ、ってやつのこと?」
「そうです。五十音を縦書きにすると、最初の文字が『あ』で右側から始まるでしょう? それで阿形は右側。そして五十音の最後は『ん』で終わりますよね。だから左側が吽形というわけです。両方で初めから終わりまでを現しているわけです」
「へぇぇ、すごい。伯爵様は物知りですね」
(俺の博識について、ハルミからはなんのコメントもなかったようだったが。なあ、ミヨシ、このふたりなんか良い感じじゃね?)
(うんそうね。ハルミ姉さん、仏像なんかに興味あるはずがないのに話を合わせているわ。これは相手に気に入ってもらいたいという女の意思表示よ)
(そうなのか。女ってややこしい生き物だな)
(私も女だけどね)
(うん、ミヨシなんかそうとうややこしあん痛ぃん)
「ただ、問題もありましてね」
「え?」
「右か左からは、どちらから見てのことのかが決まっていないのですよ」
「え? それじゃぁどっちがどっちか?」
「そうです。参拝者側から見てなのか、本堂からつまり仏の側から見てのことなのか、決まっていないのです。それで結局、二種類の仁王像が存在しているというお笑いです」
「あははははは。侯爵様、おかしぃあはははは」
(愛想笑いまでしてるし)
(もう完全にふたりだけの世界ね。ユウを誘っておいて良かった)
「この筋骨隆々な造形美を見てください。素晴らしいでしょ」
「うんうん。すごいです。こんな筋肉、私も欲しい」
(筋肉仲間かよ!)
(最近、毎朝ふたりで筋トレしているらしいわよ)
(もうそれほどの仲か?)
(それほどの仲みたいね)
「あ、そちらのおふたりさんも、よく見てあげてくださいね」
「「あ、はい。いえ、お構いなく」」
「え? で、では、次に行きます。次こそはこの寺院自慢である、大本尊の不動明王です」
「不動明王? ってゼンシンが作ろうとしてたやつじゃないか」
「え? ゼンシンってユウさんとこにいるあの鉄を作る職人さんですか?」
「ああ、やつは本来は仏師志望なんだ。なりゆきで鉄作りをやらせているが、いずれは仏師になるだろう。特に不動明王を掘りたいと言ってたな」
「そうでしたか。確かいまは工房に戻っていましたね。それは残念なことをしました」
「ゼンシンがこれを見たら喜んだだろうな。ところでこれはそんなに値段は高いものなのか?」
「いや、値段はどうか知りませんが」
「あんたはなんですぐお金の話になるのよ!」
ハルミに怒られた。解せぬ。
金にならないのなら、ゼンシンという貴重なリソースを使って仏像なんか作らせる必然性がないじゃないか。
「いつかゼンシンさんにも見てもらいましょう。そしてこの素晴らしさに感動する気持ちを分かち合いたいものです」
お前は話し相手が欲しかっただけかよ。
まあ、それも無理のない話だ。仏像の素養がないハルミでは、相づちを打つぐらいはできても、その感動までは分かち合えない。
俺たちに至ってはその他大勢の観光客だ。いくら説明されても、はぁぐらいしか言えなもんな。こいつも、ある意味孤独なのだろう。
「ここまで馬車を飛ばせば2時間とかからない。近いうちに連れてこよう」
「じゃあ、明日にも連れてこようか?」
早すぎるだろ!! ミヨシは近いうち、という言葉の意味を、
「だって、明日ノズルの納品が完了したら、ゼンシンの仕事はもうないでしょ? それならこっちにいたっていいじゃない」
「「ああっ」」
それもそうだった。
「そういえば、社内研修だか旅行の途中で、仕事を振ってしまったんだったな。全員こちらに戻して、旅行の続きをしてもらうか」
「ああ、そうだな。それが良い。侯爵様は明日の予定は?」
「ええ。もちろん、私はかまいませんが……」
(かまいませんが……ときたぞ。ミヨシ、ここはもう一押し必要のようだ、つんつん)
(きゃん。背中をつつかないで。分かってるわよ)
「そのときはもちろん、ハルミ姉さんも一緒に来てくれるわよね?」
「え? あ、ああ、それはもちろん、来てもも良いのなら」
「ああ見えてゼンシンはものすごく人見知りする子なのよ。侯爵と話をしたこともないでしょう? そんな人とふたりきりなんてあの子には無理よ」
「そういえば、そうだったな。うん、そうだ、確かに」
「ハルミ姉さんには懐いているし、もともとゼンシンを連れてきたのもハルミ姉さんだし。そこは、ぜひ一緒に来てあげるべきよ」
立て板に水か! よく即興でそれだけの理屈がくっつけられるもんだな。
「分かった。じゃあ、明日は私も一緒に来ることにする。侯爵様はそれで良いですか?」
「ええ、もちろん。かまいませんとも。明日、またここに来ましょう!」
エースのやつ、いままで一番の笑顔で答えやがった。お前って意外と分かりやすいやつなんだな。
(でもミヨシ。こうなっちゃうとソウとハルミの間がどういうことになるか。俺は知らないぞなでなでなで)
(ちょ、ちょっと、なんでそこでお尻をなでるのよ!! 私なんて全然知らないわよ。こら、止めなさいぎゅぅぅ」
(いてててて、爪を立てるな爪を! 背中じゃ物足りないってこの手が言うものだからあだだだだだだだ)
「前から思っていたのですが」
「え?」
「おふたりは、仲が良いですね」
(いや、あの、その。なんだ。そういうわけでもないのだが、そういうわけでもあるような。な? ミヨシ?)
(そこでなんで私に振るのよ! ぎゅぅぅぅl)
またつねられた。ぎゃーー。
こうして無責任な俺たちを巻き込みながら、三角関係は続いて行くのでありましたとさ。
(三角関係って、お主らを邪魔するものはいないようだヨ?)
(お前はすっとぼけてんじゃねぇ!!)
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