第84話 役場への届け出の件
目が覚めたらそういう話がすっかりできあがっていて、起きなさいって言われて、もいちど気を失ってぐぅぐぅぅぅ。
「二度寝している場合じゃないから!! 大変なことになってるのよ。早く起きなさいユウ!」 バシバシバシッ。
痛い痛い痛い。気がついたら私の大事なほっぺが痛かった。
(なんか混ざってるノだ)
お後がよろしいようで。
「よろしいことあるかぁ! 俺のほっぺが痛んでるから。いつもにもましてすごい痛んでるから」
俺がぐっすり寝ている間にいったいなにがあったんだよ。まだ8時じゃないか。こんなに早く起こしやが……あぁぁぁ?! あんたはあのときの? おこしやがす?
(どこの方言なノだ?)
「おはようございます、ユウさん。オワリ軍で近衛大将を務めさせていただいてます。エース・トヨタです」
「おあようございます。あ、え、えっと。あのその。ユウ・シキミです。あんたが大将?」
いろいろ苦労もあるでしょうが。いかん、まだ頭が働いとらん。
「本日は、ユウさんを我が軍にお迎えすべくまいりました。一緒にきていただけませんか」
我が軍? 近衛大将とか言ったが、あれってエライ人を警備する役職じゃなかったか?
武官の最高位だったはずだ。この人そんなエライ人だったのか? ってかなんで俺が軍に呼ばれるんだよ!? ああ、だれか3行でまとめてくれ。
「我が軍っていったい? なにがなにやらさっぱり」
「イズナ様がこちらに向けて進軍しているという話は聞いてますよね?」
「ああ、それなら聞いたことがある。ただ、俺には関係ない話だと思っていたが」
「その件で、ミノ国から我がオワリ国に要請がありまして」
「なんと! 妖精さんが?! ぼくら、むかえにくるです?」 ぽかっ、痛っ
「ラノベボケはいいからちゃんと聞きなさい!」
かたなのつばでなぐるとか、ざんしんなつっこみですなー。……ちょっとぐらいいいじゃないか。場を和ませようとしただけなのに、暴力女め。ぶつぶつ。
ってか、ここミノ国っていうのが正式な地域名称だったのか。まるでたったいま決まったような(ミノ国チュウノウ市ハザマ村ですよ。いま決めたんだけど)。
「オワリ国の当主・シャチ公爵がそれを受けたのです。それで私が出張ることになりました。ぜひ我が軍にあなたのお力を貸していただきたい。ミノ国の当主・ハクサン家にはすでに話を通してます」
俺には通ってないけどな。ハクサンって誰だ?
だがしかし。何度も言うが俺はカイゼン屋だ。言い方を変えると問題解決のプロだ。
そこになにか問題があるというなら、解決してやろうじゃないか。そもそもそれが俺の本職だ。それが生産であったも戦争であってもたいした違いはない。それをやって欲しいという依頼なら、受けずにはいられない。
「良く分からんこともあるけど分かった。お手伝いをしましょう。で、なにをすれば?」
あららら、いとも簡単に了承しちゃったよ……。ユウ、ほんとにそれでいいのか。うちに来たときもあっけらかんとしてたが、出て行くときもあっけらかんだな。私たちを置いて行っちゃうことにほんとに躊躇もないのね。なぐって黙らせようか?
物騒なことを言ってるやつがいるぞ! 誰か(ハルミを)止めろ!!
「まずは我が陣に来ていただけますか。そこで詳細は説明します」
「我が陣、ってのはどこに?」
「現在は、関ヶ原に向かって行軍中です。おそらくそこが戦闘場所になるかと」
有名すぎて説明するのもはばかられるな。俺のいた日本では、過去に2度。そこで天下を分ける戦いが行われている。
「いずれにしても、俺に戦闘の依頼がくるわけはない。となれば、させたい仕事は相手の足止めか戦意喪失を狙った策略か。それとも自軍の戦力増強のためのカイゼンか。そのぐらいだろう?」
「これは驚いた。お察しの通りです。ですが、現段階ではこれをして欲しい、というものはありません」
「は? それならなんで俺を?」
それは私のほうからご説明致しましょう、といって執事のレクサスさんの登場である。
「当家では、この工房に業務提携を持ちかけております」
「トヨタさんが、ここを?」
「本当は買収するつもりであったのだろう? 調べはついておるぞ、レクサス殿」
おっとじじい。そこまで調べてあったのか。って買収するつもりだったぁぁ?! あぁ、あの銀行をそそのかしたのは、トヨタ侯爵だったのか!
「これはこれは、ご存じでしたか。その通りです。めっき技術の噂を聞いた当主のエースが、ぜひにも欲しい技術だと言って触手を伸ばしたのです」
シレっと認めやがった。悪びれもせずに堂々としてやがる。人を破産の目に追い込もうとしたくせに、これだから貴族ってやつはたちが悪い。
「この間はそのためにここに来ました。ところが、そこでハルミ殿の余りに見事な剣技を見て、毒気を抜かれてしまいました」
そう言われてハルミがぽっと顔を赤らめる。違うからな。おだてているだけだぞ。
その男はトヨタ家の卑怯な振る舞いをあっさり認めておいて、それを誤魔化すためにハルミをダシに使っておだてているだけだぞ。騙されるなよ。
「そうでしょう。見事な剣技でしたでしょう。我が孫娘ですからなわはははは」
じじいが騙されてどうするよ!
「素晴らしかったです。それで買収ではなく、業務提携という形で当家とお付き合いいただければと思いまして、いくつかご提案をさせていただきました」
「そのいくつかの中に俺の件が入っているのか?」
「はい、その通りです。とは言っても、ユウ様の件につきましてはもともとオワリ国のシャチ家とミノ国のハクサン家との間でまとまった話の一環です」
今度は上の組織の名前を出して誤魔化そうという魂胆か。俺に知らないところで勝手に話をまとめるなんて、ものすごく気に入らない。なんか仕返しをしてやりたいものだ。
どこかの高級車のような名前のこのおっさん、口がうますぎて信用できない。執事ってこういうものなのか。
(ところでミノウ。ハクサン家ってなんだ?)
(この地をずっと前から収めている家だヨ。我が生まれるよりもっと前から続く家系で山岳信仰の総本山だヨ。我もちょくちょくお世話になって……あっ!?)
(どうしたノだ?)
(いま、思い出した。5年前、ハクサン家でイズナと会ったのだヨ)
(それがどうした?)
(そのとき、我はイズナと賭けをやって負けたのだった)
(魔王が賭けなんかするなよ。暇なんか)
(暇なのだ! 遊び相手もいないし、戦争か決算期以外は特にすることもない。退屈で寂しいぼっちが魔王というものなのだヨ)
(悪かった悪かった。もう悲しくなる話はいいから。で、なにを賭けたんだ? 魔王が賭けるものっていったい?)
(なんかうまいものを食わせてやると)
(わ、割と普通だな)
(普通すぎて驚いたノだ)
(それでうまいものを探してうろうろしていたのだ。とりあえず、我の好きなナツメは年中収穫できるようにした)
(それ、自分が好きだってだけだろ)
(だから、それ以外のものが必要だと思って探しているうちに、あの実を見つけたのだヨ。そして中に入ったらなんか楽しくて、遊んでいるうちに出られなくなってしまったのだヨ)
(魔王が一人遊びか。。。悲しいねぇ)
(う、うるさいのだヨ。そのうち実が発酵を始めて、発生したアルコールで酔ってしまった。そんなわけで5年が経ち、いまココ)
いまココじゃねぇよ! お前か!! この戦争、すべてお前のせいか!!
(だから謝りに行けといったノだよ)
(いや、思い出せなかったのに、どうやって謝れというのだヨ)
(じゃ、いまから謝りに行け)
(え?)
(そうなのだ。思い出したのだから謝れるであろう。ナツメでも持って謝ってくるノだ。それで万事解決なノだ)
(そうだそうだ。オウミの言う通りだ。すぐに飛んで行け)
それとは知らないトヨタ侯爵は言った。
「ユウさんに我が軍が期待するのは『なにかをしてくれること』です」
「なんじゃそりゃ」
「私は長年、近衛軍を率いてきました。簡単に勝てるはずの戦で苦戦したことも数多くあります。苦戦すると思ったのに簡単に勝てたこともあります。つまり負けたことはないという自慢ですが」
自慢はいいから。続きをはよ。
「苦戦するときというのは、いつも決まって相手方に『なにかをする人間』がいたときなのですよ」
「うんうん、まったく分からん」
「例えば、集合に遅れた敵の一団が、道に迷ったあげくに着いたところが私の隊の目前だったり」
「なにそれ、怖い」
「そのときは慌てて敗走するハメになりました。あれにはまいりましたね。また逆に、こちらの新人の放った矢が、風に乗って届くはずのない場所にいる敵大将の首を打ち抜いたこともあります」
「なにそれ、怖い」
「おかげで楽に勝つことができました」
「それを俺にやれと? あんた意外とアホなんじゃ?」
「戦には、特に混戦になったときには、必ずそういう『なにかをする人間』が生まれるんですよ。ユウさんにはその技能も大いに期待をしていますが、そういう『なにかをしてくれる』人間としても期待しているのです」
いろいろ言葉を修飾して誤魔化しているが、単純に俺の持っている運の良さを取り込みたいということのようだ。俺はお守りか? それなら気は楽だが、俺って運が良いんだっけか? 魔王をふたりも眷属にできたのだから、運が良い方だと言えるのかもしれないが。
(このやろめこのやろめ、早く行きやがれぼかぼかぱかなノだ)
(なんだとばかやろうめ、我の身にもなればしべしべしばしヨ)
油断するとすぐこうなる魔王を眷属にするって、本当に運が良いのだろうか? 大いに疑問である。
「普通なら、俺はミノ国のほうの支援に回るものじゃないか?」
「いえ、そうでもありません。直属の兵士ならともかく、傭兵や冒険者は住んでいる地域には縛られません」
「それもそうか。ミノ国にそんなに義理もないしな。依頼があったところに行くほうが、まっとうか」
そこにじじいから質問が飛んだ。
「侯爵様。ハクサン家からは3,000人。シャチ家から2,000人の兵力を出すという話を聞いておりますが、イズナ軍はどのくらいの兵力なのでしょう?」
執事が答えた。
「約1万人と言われております」
「ふむ、充分な戦力とは言えませんなぁ」
「はい。だからユウ様が必要なのです」
やっぱりお守りか。執事が話を続ける。
「こちらでユウ様についてはいろいろ調べさせていただきました。ソードに美しい金めっきをつける技術開発、そして錆びない鉄にそれを使った包丁。さらには恐ろしいほどの切れ味を見せるダマク・ラカス包丁。それに加えてこのニホン刀です。もう目が眩むような開品の数々。これらもすべてユウ様の発明ですね?」
「いや、さすがにそれは、ちょっと、俺だけのものかっていうと、その通りだけど」
(謙遜する気はないようなノだ)
(謙遜する素振りだけは見せようと、努力はしていたようだヨ)
「そのユウ様が、驚くべきことにまだどこにも所属されていらっしゃらないことが最大の僥倖でした。それならぜひ、我が軍(家)で力を振るっていただこうと」
「「「「「えええ?!」」」」
じじい以外の全員が驚きの声を上げた。俺はてっきりタケウチ工房の人間になっていると思っていた。
どういうことだじじい? じ、じつは、だな、ちょっとした書類上のというか手続き上の綾というかだな。綾ってなんだ、綾って。紐を手でとったりあげたりして形を。だれが綾取りの話をしろと言ってんだ。てめぇ、提出するのを忘れてやがったな!!
「ヤマシタ工房からの離脱書類は出ておりますが、タケウチ工房に入るための書類が、役所に出されていませんでした。あれ、ご存じありませんでしたか?」
「社長。あの日、すぐにでも出すと言ってましたよね?」
「うん、忘れてたな」
忘れてたな、じゃねぇよ! お前はどこかの軽音部の部長か。じゃあ、いまの俺の立場って?
「無所属、ということになります。だから当家で借り受けるどころか、採用してもなにも問題はないかと」
「えぇぇぇ。じゃあ俺の株は?」
「工房に所属していない以上、ストックオプションは発効していません。無効ですね」
「当然、配当も?」
「出ませんね」
「じゃあ、いままでやってきたこと、全部無料奉仕?」
「そういう、ことに、なりますね。お気の毒です」
鬱だ、死のう。
(イキロヨ!)
「じゃ、そゆことで」
「なんだ? ユウ、どうした?」
「寝る」
待てぇぇぇぇ!!! いま起きたばっかりだろうがーー。
なんか騒がしいが、もう知らない。早起きさせられた上に一気にやる気が失せることを言われた。寝る。寝ると言ったら寝る。もう知るもんか。それが俺だ。ぐぅぅぅぅぅ。
「うつ伏せに寝ちゃった……。どうしましょう?」
「こうなったら、ユウはまず起きないのよね。部屋に運ぼうか?」
「ミヨシがおっぱいを出したら目を覚ますかも 痛ぁぁぁぁい」
「ハルミ姉さんは黙ってて!!」
「うぅぅう、名案だと思ったのにぃ、ぐすっ」
単純に寝たりなかっただけだった俺は、1時間ほどで目を覚ますとすっきりした頭ですぐに交渉に入った。出した条件は3つだ。
俺の仕事は現場に着いてから俺が決めること。それと、ひとりだけこの工房から連れて行くこと。それから、報酬のこと。
それだけ飲ませたら、明日にも出発だ!
(あのぉ。我はどうすれば良いのだヨ?)
(それは次話に明らかになる)
(気を持たせるヒキなノだ)
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