第73話 3つに分ける

「ユウ、ぜんぶ皮を剥いたわよ」

「じゃあ、次はその白っぽい実も剥いちゃって」

「はーい。むきむき、あぁぁ、ぬめってて持ちづらいわぁ。むきむき」


 ラグビーボールの中には想像以上のたくさんの小さな実が入っていた。50個はあるだろう。ウズラの卵くらいの大きさだと形だ。


 それらがまるで納豆みたいにねばねばで扱いづらい。匂いはほとんどないのに、ミノウはこれのなにに酔ったのだろう。魔王にしか分からない匂いなんてのがあるのだろうか。


 ミヨシはそのねばねばを1個1個手で持ち、包丁で切れ目だけを入れて手でむきむきする。手が滑ってやりにくそうだ。だけど俺は手伝わない。男子厨房になんたらである。ただ、ヘタだからやりたくないだけである。


 ぬるぬるの白い実を少しだけ食べてみたが、青臭くて思わず吐き出してしまった。こんなのは実じゃない、草の汁だ。その上に後味がすっごい苦い。これがブドウの味とかいったやつでてこいや。


 本当こんなのでちょこれいとが作れるのだろうか。


「ミノウ、あの話は本当だろうな?」

「あの話ってなんだヨ」

「これは、本当ちょこれいとの原料であるカカオの実だよな?」

「そりゃ、そう……だヨ?」


 自信ないのかよ!! 違ってたらどうすんだ。それを信じてなんかどエライ宣言をしてしまった気がするんだが、いまさら間違えてましたてへってなわけにいくやろか。


「いくわけないノだ」


 ですよね。今度は夜逃げの準備が必要かな。


「ねぇ、白いのはなんとか取れたけど、これからどうするの?」


 どうしましょうかね。これがカカオでなかった場合、いったいなにができあがるのか。ああ、もうだめだ。ここは考える時間が欲しい。


「と、とりあえず、そのままで乾燥させよう。ザルのようなものに入れて明日まで放置だ」


 なんかまだベタベタしてるし、少し乾かした方がええやろという適当な判断である。


「はーい。じゃあ、今日はこれで終わりね。私、お昼の買い出しに行ってくるね」


 行ってらー、とミヨシを送り出した。そしてしげしげと実を観察する。ザルに一杯のカカオらしき実が入っている。それをずっと見ていて気がついたことがある。


「なあ、ミノウ。お前が閉じ込められてたってのはこの実で間違いはないか?」

「間違いない。ただ、この実は、うぅん。なんか違うヨうな?」

「どう違う?」


「それはな。ええと、なんか違うヨ?」

「うん。お前の頭脳に期待した俺が間違っていた。それにしてもあれだな。同じ実のはずなのに、見た目がずいぶんばらついているもんだな」


「それは我も思ったヨ。真っ白のやつから緑色のかかったやつまである。これなんか茶色っぽい……ん? ヨ?)

「なんだどうした」

「この茶色いやつだけ、ちょっと匂うのだヨ」


「くんくん。俺には分からんけど、腐ったかな? 結構長く放置してあった実もあったらしいからなぁ。それは取り除くか」

「いや、そうではなく。我を酔わせた匂いに似てるのだヨ」


「ミノウを酔わせた匂いか。くんかくんか。そういえば、この実だけ少しなんというか、俺に苦手なものの匂いがするような……まてよ、ミノウが酔う?」

「やっぱりこれだ、この匂いなのだヨ」


「ところでミノウって、酒は好きか?」

「なんだいきなり。大好物なのだヨ。奢ってくれるのか、今度は酒を造るのかヨ? ヨヨヨ?」

「ヨを重ねて強調すんな。そんなに酒が好きなのか。だから引っかかったんだな」


「引っかかった? お主、また我を罠にはめたのかヨ」

「俺じゃねぇよ! ミノウを罠にはめたのはこの実だ」

「実が罠をはるのか?」


「そうだ。発酵したんだよ。お前はそれに引っかかったんだ」

「なんのことかさっぱり分からんのだヨ?」

「この実には、普通に食べる果物ほどではないが糖分がある。それがアルコール発酵して酒になったんだよ。お前はそれに酔ったんだ」


「ああ、あの甘ったるい匂いは酒であったか。どうりで我が惹かれるわけだ」

「実が熟しすぎて発酵したんだろうな。本来なら自然に落下するんだろうが、お前が中にいたから引っかかって落ちなかったのだろう」


「引っかかった我が、実を引っかけていたのか、なんかおもろいのだヨわはははは」

「ああははは。間抜けな魔王もあったものだなわははは」


「ふん、うるさいのだヨ、プンプン」

「わはは、悪かった悪かった。でもおかげでこいつの見かけ上のばらつき原因が分かった。発酵しているものとしてないもの、それにその途中のものだ。それがいろいろ混じっているから見かけの違いができたのだろう。とりあえず分類をしておこう」


 おおまかに3種類にわけると、実はそれぞれ80個ほどになった。


「発酵しちゃったやつは使い物にはなるまい。本命はその前の2種類のどちらかだな」

「せっかく発酵したのなら、酒にはならんのかな。良い匂いがするのだが」


「酒にできるほどの糖度はないだろう。あれば、俺の前の世界でそういう酒が造られているはずだ。それなら博識な俺が知らないわけがない」

「なにげに自慢が入っているのだヨ」


「読書量だけなら自慢できるぐらいはしているからな」

「そういうときは、そんきょするものだヨ」

「そんきょじゃねぇよ。相撲取りの立ち会いか。謙虚だろ。オウミもだが、難しい言葉を使おうとするから、間違うんだよ。普通の言葉でしゃべれよ」

「うぅぅぅ。オウミと同じレベルってのは腑に落ちないのだヨ」

「なんか失礼なことを言っているノだ」


 これにて本日の作業は終了。いきなりやることがなくなってしまった。


 さて、寝るか。


「ごらぁぁぁぁ!! まだ日も高いうちから寝るんじゃないヨ!」

「そうだそうだ。大事なことを忘れているノだ。それをやってから死ぬノだ」


 殺すな!!


「分かったよ。それじゃ寸法を採ろう。お前らが持つとして、ナイフの長さはどのくらい必要だ?」

「このぐらいがいいヨ」

「我はこのぐらいなノだ」


 ふむふむ、めもめもめも。フォークのサイズは一緒でいいよな。


「それじゃ、刀はどのくらいの長さがいる?」

「このぐらいがいいヨ」

「我はこのぐらいなノだ」


「あ、またコピペしたノだ」


 そんなことに気づくな。


 ふむふむ、めもめもめもっと。ということはだ、このぐらいのでこうなってああなってそうなるからこんなもんか。


「ふむ。小さすぎてフォークが難しいな。なあ、先端は二つ割れでもいいか?」

「まあ、いいだろ。ナツメが突き刺せればいいノだ」

「うむ、同意なのだヨ」


 よし、それならこんなもんでいいだろう。では、さっそく。


「「おおっ、作ってくれるのか!」」

「いつできるかはゼンシンの都合次第だがな、現場に行こうか」


 るんるん気分なふたりを連れて、俺は戦いに赴く。そこは灼熱地獄ともいえる場所である。


「ただの焼成炉の前だヨ?」

「こんな程度の熱に弱いとは、情けないやつなノだ」


 うぅぅぅ。ゼンシーン、いるかぁ。


「はい、ユウさん。こちらに見えるのは久しぶりですね。どうしました?」

「ちょっとお願いしたいものがあるんだが」


 と言って、先ほど書いたメモを見せる。


「えらく小さい食器……あ、これはもしかして?」

「察しがいいな。その通り、こいつら専用の食器だ。どうだ、このサイズできそうか?」

「ええ、できると思います。最後の磨きだけヤッサンにお願いする必要がありますが、それ以外はまかせてください」


「磨きだけヤッサンに? そりゃまたどうして?」

「これはもちろん例の魔鉄で造るんですよね? あれを磨いた経験があるのはヤッサンだけなんですよ。僕がやると魔フォークにならないかもしれません。せっかくミノウ様が使ってくださるのに、ただのフォークでは申し訳なくて」


 いやいやいや。もう魔なんとかはいいから。これは普通ので


「「ぜひヤッサンに頼むのだ!!」」


「声を揃えて強調しやがった。ただの食器をそんなふうにする必要ないだろ!」

「ただのではない。魔王の食器であるぞヨ」

「その通り。我らが使うのだから、それいふさわしい格というものがあるノだ」


 いままで手づかみか、かじりついて食ってたくせに、こんなときだけ魔王を振りかざしやがって。


「もう分かったよ。じゃあ、ゼンシン。まずは魔鉄? から作る必要があるということか」


「僕はその現場は見てませんが、おそらくはそうだと思います。オウミ様は覚えていらっしゃいますよね?」


「え? あ、あれは。ただの偶……いや、覚えていらっしゃいますとも!」


「自分に敬語をつけるな。偶然だったのはもうバレているっての。確か鉄を加熱ぐにゅぅぅぅぅ」


(その製法に関しては秘密なノだ。言ってはならぬ、見てもならぬ)

(お前はどこかの怨霊か。そういえば魔法付与ができることを知られなくないんだったな。加熱して溶かし始めたときにヘンテコな呪文を唱える、でよかったか?)

(ヘンテコではない、大切な呪文なノだ。だがその通りなノだ。ミノウ以外には絶対に秘密なノだ)

(へーい) 多分そのうち忘れるけどな。


「お、覚えているとも。我にまかせるノだ」

「じゃあ、そのやり方はオウミからミノウに指導してやってくれ。魔鉄はそれぞれ自分が必要とするる分だけ作るように。ゼンシン、あとは頼んだ」


「「「了解!」」」


 じゃ、そういうことであとはまかせた。俺もう限界。だっしゅかいが~~ん。


「行ってしまったノだ」

「僕は毎日10時間はここにいるんですけど」

「10分も持たないとか、ユウの虚弱体質にも困ったものなのだヨ」

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